第十七話 精霊と無心病
今回、前作の内容を含む話があり、前作を知らない人には話しが判りにくいかもしれません。
『世界を戻す?』
唐突な要求に、ヤキソバはますます首を捻る。
「お前石化を解けるはずだろ? じゃあ今石になった奴らを、元に戻して欲しいって事だよ。あんな風に駐車場やら体育館やらに、皆ゴミみたいに詰め込まれて可哀想じゃねえか。それにこれじゃあ連載中の漫画の続きも、永久に出ねえし」
『えっ?』
「うん、そうだね。私達そのために、この世界に来たんだし」
鷹丸の意味不明の言葉に、何故か翔子まで同調する。困惑するヤキソバに、皆の視線が集中する。
「ヤキソバ……お前そんなことできるのか?」
『できねえよ。力の使い方だって、つい最近ちょっと出来るようなっただけだしよ……』
アデルからの問いのヤキソバの回答に、今度は翔子達が面食らう。
「嘘でしょ!? できるはずでしょ!? ずっと昔、向こうの世界で石になった人達を助けたんだよね!?」
『助けたって、誰がだよ?』
「ヤキソバさんだよ!」
『覚えがねえな……そもそも俺、異世界の化け物なら散々見たけど、異世界に言ったことなんて一度もねえし……』
何故か責め立てるような口調での翔子の問いに、ヤキソバはやや不愉快な口調で答える。
「おいおい……話が違うだろ。俺たちはお前を頼って、一生懸命帰る方法を探してたんだぜ。……まあ、俺は大して働いてないけどよ……」
『そうは言われてもな……』
「ていうか異世界に行ったことがないって? それじゃあ、お前一体何?」
「ちょっと待って、落ち着いて。ちょっと話しをまとめてみましょう……」
やや険悪になりかけてきた空気に、ニーナが待ったの言葉をかける。そして翔子に、先程とは異なる質問を、再度問いかけた。
「監視カメラで見てたけど、あなたヤキソバを見て随分興奮してたよね? あなたたち、向こうの世界で、ヤキソバのことをどう聞いていたの?」
どうもこのヤキソバという存在に関して、双方に情報の誤差があるように思えた。
ニーナ達は、このヤキソバという霊獣に、自分たちに役立つ能力があるかもしれないと思っていたが、この世界を襲った石化の呪いを解けるとまでは思っていなかった。
先程動転した翔子は、少し落ち着きを取り戻したのか、一息深呼吸して答える。
「私達……あっちの世界で、石化を治す方法を一生懸命探したの。そしたら図書館の古い資料にあったんだよ。ずっと昔、ある町に石眼が人を襲ったことがあって……もちろん魔王に操られてない、普通の魔物の石眼だけど。そのとき石になった人達を、ヤキソバっていう麒麟が助けたって」
『俺がそれを?』
「うん。犬ぐらいの小さい麒麟だって書いてたから……もしかして麒麟違い?」
そんなことはないだろうと言いたげな翔子は、ヤキソバの前足の腕輪に書いてある《ヤキソバ》という文字を指さしている。
『もし本当にそんなことがあったのなら、もしかしたら昔の俺がやったのかもな。その時のことは、全然知らねえけど……』
「何それ? 記憶喪失?」
『どうだろ? 俺の過去の記憶は、俺が人間だった記憶だけだしな。そもそも俺の本当の名前はヤキソバじゃねえし……』
ヤキソバの問いに意味が分からず、揃って首を傾げる翔子と鷹丸。これにヤキソバは、以前アデル達にも話した、自分の身の上を一から話した。
「何だよそれ!? 意味分かんない!」
「お前も怪獣好きだったのか? その冷めた感じといい、何か俺と似てるなお前・・・・・・」
「そんなことどうでもいいよ」
訳が分からないのは、ヤキソバとレグン達も同じである。だが忘れかけていたが、確かにヤキソバに身に起こったことは、あまりに不可解極まりない。
そして今判ったことだが、どうやら彼が目覚めるずっと以前から、ヤキソバという名前の麒麟が存在していたらしいのだ。
「魔王は最後に言ってたんだ。最後の希望のヤキソバは、召喚の精霊と一緒に、石化させて向こうの世界に飛ばしたって。だから私達は、一生懸命元の世界に帰ろうとしてたのに……」
『石化?』
互いに全く訳が分からない状況の中、翔子のその言葉に、ヤキソバはふとあることを思い出した。
『そういや俺が石眼に襲われる少し前に、変な石像を拾ったぞ。麒麟みたいな小さい石像』
「うん?」
彼はアデルにも言っていないことが一つあった。それは彼が人間をやめる直前に、さくら山付近で、奇妙な広いものをしたことである。
それは掌に乗るサイズの大きさの、小さな麒麟の石像である。映画館での用が済んだら、交番に届けようと思って、拾った後バッグに入れたのだ。
思い返してみると、あの時バックも含めた彼の着用物は、目覚めたときには全くなくなっていた。当然その石像の行方も判っていない。
その事実を彼は、その場で皆に話した。それを聞いた皆は、最初は驚き、次に呆れの表情を見せる。
「お前な……そんな重大なこと、何でさっさと言わないんだよ?」
『言わなかったんじゃなくて、忘れてたんだよ……』
「忘れんなっつうに! どう考えても怪しすぎるだろ、それ!」
『ああ……うん……悪い。そんで佐藤さん。これって何か関係あんのか? 俺その辺のこと、よく分かんないんだけど……』
ヤキソバが翔子に指摘するが、当の翔子はかなり困り顔だ。
「いやそんなこと言われても……私だって、麒麟の生態なんてよく知らないし……」
「よく知らなくても予測がつくわ。多分それが、石化した本物のヤキソバ本人ね。何でそんなに小さくなってたのか知らないけど」
ヤキソバは元々これぐらいのサイズの小型の麒麟だったようだが、彼が拾った石像はそれよりも更に小さい。その意味は判らないが、翔子が言い淀む横で、ニーナが断言する。
それに驚く者や否定する者は一人もいない。まあ確かに言うとおり、常識的にそれ以外に考えられないのだが。
『じゃあ何で俺がこんな事になってんだ? 俺は元は人間の筈だぞ?』
「あなたに身体を託したんじゃないの? 自分の身体を自分で放棄して、他者の魂に自分の身体を譲る技術もどこかにあるそうだし」
『おいおい……どういう意図で、そいつがそんなことしてくれるんだよ?』
自分の身体を自分で放棄して、他人にやる。本物のヤキソバが、たまたま自分を拾っただけの、一般人の彼に施す。これはどう考えても、本人にメリットがある行動には思えない。
「でもそういう実例があるのよね……。初代の緑人のレイコは、長生きに飽きた末に、ゲドって言う、ある国の兵隊に、自分の身体を上げちゃったのよ」
『じゃあヤキソバも同じようなことしたってのか?』
「いや、それ以前にどうやってヤキソバは、石化している状態で、そんなことができた?」
アデルの最も指摘は、ますます現状の謎を深める者だった。石化して身動きとれない者が、どうすればそんなことができるというのか? だがそれに即座に回答する者がいた。
「別におかしな話しじゃないさ。時間をかけて、少しずつ石化の呪いを解いていったんだろう。召喚の精霊とかいう得体の知れない奴が、実際にそうやって復活したらしいしな。小さくなったのも、その副作用かもしれん」
そう答えたのは、今まで黙って話を聞いていた、部外者のガストンであった。
「ああ、そういやあいつも復活してたって話しだったな」
「そっか……霊獣だから、自力で復活しても変じゃないよね。あんな変な精霊にもできたんだし……」
その唐突な話に、何故か鷹丸と翔子は既に判っていたようなことを口にする。
『おい、何の話しだ……』
「お前石化災害までこっちにいたんだろ? だったらテレビで見たことないか? 最近弘後市を飛び回ってる、オレンジボールのUFOのこと」
この言葉を聞いて、ヤキソバは過去を思い出す。そしてすぐに、あることを思い出した。
『ああ、そういやそんなのもあったな……』
それは石化災害より少し前から、弘後市及び市周辺で目撃された、未確認飛行物体のニュースであった。
オレンジ色のガラス玉のような物体が、空を飛んでいるのを、実に大勢の人間が目撃し、映像にも複数撮られて、全国を騒がせていたのだ。あれは例の集団失踪事件に続く、弘後市の第二の怪奇現象である。
『あれは俺も昔は気になってた。ていうか少し前にも、病院で会ったし。あれは一体何だったんだ? 随分町を騒がせて、随分やかましくなってたけど……』
「会ってたの? 召喚の精霊だよ。あれが私達を、向こうの世界に連れていったの……」
『精霊? あんな変なのか?』
「そう、あの変なのが」
ヤキソバの感想に、翔子も同意の言葉を送って頷く。翔子達は向こうの世界の事情で、異世界に連れ出された。
だとしたら、空間を飛び越える力を持った何者かが、どこかに存在するのは当然である。
「……あいつ、私達を異世界に拉致ってから、こっちと向こうの世界を飛び回ってたんだけどね……途中であの石眼に捕まって、石にされちゃってたのよ。こっちの世界で……。おかげで私達、こっちの世界に帰るのに、すごく手間取っちゃって……。そんでさっきガストンさんから聞いたんだけど、どうやらあいつ、少し前に自力で復活してたらしいんだよね」
翔子の言葉に、ガストンが頷き、今度は彼女が話しの続きを始める。
「奴は突然俺たちの前に姿を現した。そしてお前のことについて、色々言ってきたよ。お前の力を借りれば、俺たちは元の身体に戻れるし、今この世界の人妖の脅威を取り除けると……それで以前お前を連れて行こうとしたんだが……」
「ああ……例の嘘くせえ話しの元はそれか……」
ガストンとアデルの言葉にヤキソバは、以前風呂場でアデルが言った話を、今になって思い出していた。
『ああ、そういやそんな話しもあったな。だからって拉致るのは駄目だろ?』
「まあ、そうだな。それにあいつの話じゃ、お前が人間だった話なんてしなかったしな……」
「さっき会ったって言ったけど、それはどういう状況なの?」
ニーナの問いに、ヤキソバは再び忘れていた、あの日の体験の一つを皆に語る。
「どっかいっちゃったの? あなたに何も言わずに?」
『ああ。あの時は俺も、頭の中がこんがらがっててな。八つ当たり気味に叫び声を上げたら、どっかいっちまった。あれが召喚の精霊か? ニーナが飛ばしてたドローンとは違うんだよな?』
「ちょっと待って。ヤキソバさん、その日のことを、よく頭の中で思い浮かべて」
そう言って翔子が、ヤキソバの頭に、右掌で触れる。ヤキソバは何だろうと思ったが、とりあえず言われるがままに、あの日のことを頭の中に思い浮かべてみる。
最もあの時はさっき言ったように混乱状態であり、時間もそれなりに経っているために、思い浮かべたのはかなり曖昧なものであったが。
翔子はしばらくの間、ヤキソバの頭に手をつけ続けた。周りの者は、彼女が何をしようとしているのか、判っている者と判っていない者の両者がおり、反応が大きく異なっている。
「記憶を読む術ね。道具も使わずそんなことができるなんて、さすが緑人ね……」
ニーナの方は判っていたようで、アデル達と違って困惑せず、納得した面持ちで様子を見ている。やがて翔子が、満足げな様子で、彼から手を離した。
「うん、間違いないよ。ヤキソバさんが見たのは、あの憎たらしい召喚の精霊だよ……」
翔子が右掌を広げて、誰もいない水槽前の通路に手をかざす。する彼女の掌から、懐中電灯のような一本の光が放たれた。
『これは……!? すげえな、おい!』
ヤキソバが思わず感嘆の声を上げた。それは映写機なしで行われた、空中映像能力であった。
翔子の掌から放たれた光は、拡大しながら空中のある一点で止まり、そこに窓のようなウィンドウを作り上げて、そこに映像を映し出したのだ。
そこにあったのは、おそらくヤキソバがかつて見たもの。病院の駐車場に浮き上がる、あのオレンジボールのUFOの姿である。
おそらくと推測になったのは、その映像があまり鮮明すぎたため。あの時のヤキソバが視覚した記憶は、混乱と時間の経過でかなりおぼろげだったのに、そこに映し出された映像は、あまりに鮮明だった。
当時そこで撮影していたんじゃないかと、疑いたくなるぐらいのものだったのだ。本人の意識よりも、遥かに正確に人の記憶を読み取り映し出す。さすがは緑人というところか、その力は凄まじいものだ。
「じゃあ次はあっちだね。あの人のこと、私に任せてくれない?」
皆が感心してその映像を眺めていたところ、翔子が唐突に映像を切る。テレビの電源を切るように、その映像が空中から消滅する。
翔子が指さした方向には、近くのソファーで寝かされている鶏忍者がいた。あの亡霊に取り憑かれて、翔子が言う無心病にかかった者だ。
「どうすんだ?」
「別にいいんじゃね? 仲間を助けてくれるって言ってんだし……」
「でも今日会ったばかりの奴を、そうすぐに信用すんのものな……」
「そういうんならヤキソバだって、いきなり連れ込んで、理由もなく信用してるけど?」
翔子の言葉に、一同は少し悩ましげに、口々にどうすべきか話し合う。やがてその話の内容が、肯定的な方向に向かってくると、翔子ははっきり了解を得ないまま、無心病にかかった鶏忍者の元へと歩き出す。
それを止める者はなく、ニーナも黙って成り行きを見るようだ。ニーナの対応に気づくと、皆もまた黙って成り行きを見ることになった。
「それじゃあいくよ。すごく久しぶりだけど、多分上手くいくと思うから……」
いきなり不安させるような発言をしながら、翔子が無心病患者の前へと立つ。そして前屈みになって、眠り続ける彼女の額に、右掌を当てた。そして何かに集中するように、翔子の表情が引き締まる。
(おおっ!?)
ニーナが心の中で、感嘆の声を上げた。翔子の掌から、特殊な魔力が放たれ、そこから患者の身体に流れ込んでいるのに気づいたのだ。
「ううっ……」
今まで死んだように静かに眠っていた患者が、初めて何らかの声を上げた。苦しそうな表情で、呻くような声であるが、確かに何らかの反応が起こっている。そして……
『何だあれ? 燃えてんのか?』
「霊が昇天しかかってんのよ。黙って見てなさい」
患者の全身から、湯気のような薄い煙のような、ユラユラと薄い白い何かが湧き出てきたのだ。それは蒸気のように空中へと、消えていく。
「除霊完了したよ。さあ、起きなさい!」
成功したことに喜んだのか、随分明るい口調で翔子が告げる。そして右掌で、患者の右頬をバチンと叩いて見せた。
「うげっ!? …………ううん?」
そしたら本当に患者が起きた。突然の痛みに驚いた様子で、ばっちりを目を開け。そして寝ている自分を見上げる翔子の顔を、呆然と見上げていた。
「うおおっ! マジで目覚めたぞ!」
「これが本物の緑人の力か!? 信じられねえ!」
これに他のレグン達も口々に驚きの声を上げた。何から何まで、半緑人を越える力を見せた翔子は、少し浮かれた様子で彼らを見渡していた。




