第十五話 亡霊
今の前のテーブルに座る一同。椅子の数が足りないので、ガストン以外の鶏侍は、二人とも隣で立ったままである。そこでまずガストンが、先に話を切り出した。
「俺たちは偽緑人という者達だ。かつて緑人という不老不死の一族の力を得ようとして、半端な不死の力を得た者達だ……」
「半端な不死?」
「俺たちに肉体的な寿命はないが、死から復活することはできない。お前らが緑人だというのなら、死んでも蘇れるのだろう?」
それは以前アデルがヤキソバに対してした話し。ガストン達もまた、アデルと全く同じ境遇なのだ。そしてガストンの、僅かに妬みが感じられる問いに、翔子と鷹丸は、あっさりと頷いた。
「ああ、あるぜ。俺も一回だけ死んだことがある。あんときゃ死んだと思ったのに、目が覚めたら服だけ破れて身体が無事で、何があったのかさっぱりだったがな……」
「私は一度もないけど……友達が死んで生き返るところは、何回かあるよ……」
翔子の答えに、ガストンがやや眉を潜めた。
「友達? お前ら以外にも緑人がいるのか?」
「うん。向こうの……こっちとは別の世界に、私の友達の緑人が三十人ぐらいいるよ」
「……そうか」
そこからガストンは、自分たちの身の上を語り出す。
自分たちが人妖から逃れながら、様々な世界を旅してきた流浪の民であること。そしてこの世界に降り立った時、原住民の大部分が、石化していたこと。そしてこの世界に、絶滅寸前の人妖が、集中的に姿を現していることを説明する。
「あの時の怪物、人妖だったのかよ。絶滅寸前だって聞いてたけど、まだかなりいたんだな」
「無数にある並行世界に残っているのを見れば、最盛期と比べて極端に数が減った。完全な絶滅まで、そう時間はかからないだろうがな。だが最後の悪あがきなのか、この世界の滅亡だけはやり遂げる気のようだ。この世界を襲った石化の呪いも、変異した人妖が引き起こしたものだったしな……」
「ああ、それ知ってる。私達がこの間いた世界でも、同じ事があって。私達がそのボスがやっつけたんだ」
「「何!?」」
翔子の問いに、鶏侍達が目を丸くする。何かを問う前に、翔子が答えを語り始めた。
「ちょっと誤解をされちゃってるみたいだけど……私達は元々この世界の人間なんだ」
「この世界の? それじゃあ、その角と尾は?」
ガストンが指摘したのは、翔子の身体から生えている竜のような角と尻尾である。これは明らかに、純人しかいない、この世界の人間とは異なるものだ。
「これはあっちの世界に行ったときに、力を与えられて時に生えてきちゃったの。龍人って言うんだけどね。私達は石化の事件が起こるより何年も前に、この世界から別の世界に召喚されちゃったんだ。その世界の魔王を倒すために」
「魔王?」
「その魔王ってのはね、ストラテジストっていう、頭がいい人妖の特別な種類みたい。そいつがあっちの世界の魔物を操って、石化の呪いを広げてたんだ」
「それでその魔王は、お前らが倒したと?」
「うん。でもその時にはもう、向こうの世界もこっちの世界も、皆石にされちゃってて、私達も帰れなくなって。今日になってやっと、私達だけこっちの世界に来れたんだ」
「ああ、それのために今まで大変だったな。世界中の図書館を漁ったり、城だの博物館だの漁ったり……」
何やら感慨深く語る翔子と鷹丸。どうやらここに来るまでに、様々な困難があったようだ。そしてガストンは、最初は動揺していたものの、少しずつ冷静に、そして何やら納得したよう様子である。
「そうか……白蛇たちが、理由もなく死に絶えたのは、そういうことか」
この世界に災厄をもたらした白蛇たちが、突然死に絶えた理由。それはこの場にいる彼らが、白蛇たちの支配者を討ち滅ぼしたのが原因だったのだ。
レグン達も知らないところで、様々な事件や戦いが起こっていたようである。だが結局この世界は……いや正確にはここともう一つの世界が、人類の大部分が石化してしまった。
このまま誰も元に戻れなければ、結局人妖達の望みは達成されたことになる。
「ストラテジスト……知性がある人妖か。聞いたことがあるが、やはりまだ存在していたか。ならばこの世界に人妖が集中的に出現してきた理由が分かるな」
「俺たちが倒した以外に、まだ残っている奴がいるってこと?」
「それ以外に考えられん。丁度この世界には、石化を治す力を持つという霊獣がいるしな」
石化を治せる霊獣。その言葉に、鷹丸と翔子が、強く反応する。
「それってヤキソバのこと!? ガストンさん、ヤキソバを知ってるの!?」
翔子が驚きと共に発せられた名前。それはまだガストンが一言も口にしていない、あの小さな麒麟の名前であった。
鷹丸達とガストン達が接触して一時間ほどして。彼らは皆一緒に、外の佐藤家の庭に出ていた。
そしてガストン達が、他の皆に待ったをかけて、通信機で誰かと会話をしている。
「まあ、そういうわけだ。これからこいつらを、さくら山のヤキソバの所に会わせようと思ってる。もしかしたら、あのオレンジボールも出てくるかもな」
『そんな重大な奴らを、こっちからさくら山に引き渡すのか? 随分と殊勝だな』
「うっせえな! あの時は魔が差したんだ! 話しはこれまでだ。とっとと切るぞ!」
通信機の電源を切ると、ガストンは待たせていた皆に振り返る。
「こっちの話しはすんだ。今からさくら山に行くぞ」
ガストンが言いだしてから、彼の仲間の一人の女性侍が、鷹丸に説明を付け足してきた。
「夜の町を歩いていると、亡霊共に良く会う。この世界は災害後に、色々と環境が変化したせいでな。霊感無しでも、よく変なのが見えたりすんのよ。見た目が物騒な奴らがいたりするが、基本無害だから安心しろ」
「はい。でも大丈夫だよ。幽霊なら見たことも戦ったこともあるから」
「どうでもいいけどさ、あんたら揃い揃って口の悪い女ばっかりだな……。何だか漫画のヤンキーみてえ……」
翔子が素直に頷いた横で、鷹丸が思ったことを堂々と口にしてくれる。これを聞いたガストン達は、やはり不愉快に思ったのか、眉を潜めた。
「……これは訳ありでな」
「訳あり? 何か理由があんのか?」
「今はどうでもいい話しだ。とっとと行くぞ」
その後走り出す一行。道路の上を、まるでチーターのような速さで駆ける。別に急ぐ理由もないのだが、何となく気持ち的に、早くあっちに会いたい気分だったのだ。
高速道路の大きな橋を、自動車のように走る。今はどの時間になっても、一台も走っていないので、速さは出し放題である。その移動の最中、鶏侍の一人が、不思議そうに口ずさんだ。
「変だな……さっきから亡霊共を、一匹も見ない……」
「普通ならいるの?」
翔子の問いに、その鶏侍は首を縦に振る。先程からそれなりの距離を走っているが、道中誰とも出くわさない。
人間が一人もいないのだから、誰とも出会わないのは当然だが、人間以外の者も、全く姿を見ない。
「いつもなら夜の町にいると、あちこちでちらほら見るもんだ。あそこの病院なんか、夜になると建物の周りに、子供の例がわんさか出てきて遊んでいるもんだが……」
鶏侍が指さしたのは、橋が終わるところにある、一つの大型の建築物。暗闇ではっきり判らないが、彼女の言によれば、そこは病院らしい。
ついでに言えばその病院は、ヤキソバが麒麟の姿で目覚めてから、最初に駆け込んだ建物である。
さくら山の近くにあったあの病院。それが見えてきたと言うことは、さくら山はすぐ近くにあると言うことである。
だがそこに近づくにつれ、一行の表情は怪訝に、やがて警戒を示すようになってきた。
「皆気を引き締めろ! 何故か知らんが、向こうは戦場になっているようだ!」
「くそっ、何なんだ!? 何で今になって亡霊共が敵に!?」
「知るか! かかってくる奴らは、皆ぶっ殺せ! ……いや、最初から死んでたっけ?」
『こんな物理的に襲いかかられると、逆に怖くないんだな、幽霊ってのは』
さくら山周辺は、現在戦場になっていた。拠点に取り囲み、攻め込んだ敵を、ヤキソバと鶏忍者達が迎え撃つ。だが今回彼らの敵は、いつもの人妖ではなかった。
「「ウォオオオオオオオ~~~~~!」」
無数の叫び声かも判らない、奇怪な声が、夜の町に重なって木霊する。彼らが戦っているのは、人妖ではないどころか、生き物ですらなかった。
それは人型の半透明な奇怪な者達だった。人と同じ四肢を持っているが、人とは全く違う存在。
着用物はなく、体毛は一本も生えていない。まるでマネキンのように丸みを帯びた頭と体は、色が一切ついていない透明であった。やや白みかかった、半透明の怪人達である。
それらが月と星の光に照らされて、闇夜の町の中にくっきりと姿を現している。まるでガラス製の人型が置いてあるようだ。
ただ全て透明というわけではなく、頭部には顔と思われる特徴がある。口が口裂け女のように頬がなく、そこには鰐や鮫のような鋭い歯が生えそろっている。何故かその歯の部分だけ、透明でなく、薄めの白い色と光沢を放っていた。
目に当たる部分には、ガラス玉のような黄色い玉が埋まっており、それがギョロギョロと動いて、鶏忍者とヤキソバを見ている。
あまりに異質なその姿は、宇宙人と言われるとすぐに納得してしまいそうだ。そんな彼らが百匹以上、このさくら山に攻め込んでいるのだ。
そんな異形の者達を、アデルとヤキソバ達が、次々と屠っている。ヤキソバは火球を吐いて、異形達を次々と爆殺していく。
だいぶ力の使い方に慣れたようで、小ぶりの火球を次々と、機関銃のように連射し、かなりの高確率で異形達に命中させていく。
他の鶏忍者達も、さくら山の各四方で、異形達と戦っていた。各々の得意な武器で、異形達を屠っていく。
彼らの戦闘力は、人妖と比べるとあまり高くないようで、鶏忍者が単独で、複数まとめて相手することができた。
攻撃パターンも特徴的なものはなく、武器も持たずに、素手で襲いかかってくる。もしかしたら口の歯が、武器に該当するかもしれないが。
「くそっ! いつになったら終わるんだ!?」
ヤキソバが戦っている正門とは、逆側にある道路の上で、アデルは刀を機敏に振り回して戦っている。そして腕を振り回しながら、一斉に飛びかかってきた四体の異形を、まとめて斬り払った。
異形達は、身体を斬られたり砕かれたりされても、血は一切流れ出ない。紙くずのように破られた身体から、蒸気のような煙を上げると、身体がどんどん拡散して消えていく。
彼らの正体は、その身体から発せられるエネルギーを感じ取り、ヤキソバ達はとうに理解している。彼らは実体化した霊体である。
通常霊体は、霊感のない人間には姿が見えないし、物理的な干渉力もない存在だ。だがその身体に外部からエネルギーを取り込み、実体化する場合がある。
現に今この世界を彷徨う霊達は、数多くが実体化して動き回っている。夜になると力が高まるらしく、夜間の町にはよく霊達の姿を見る。
だが彼らが人を襲うことはこれまでなかった。その異形の姿から見て、この霊達は自分の元の姿をとうに忘れている=自我や記憶が不安定な存在だと判る。だからといって何故、こんなことをするのか?
ちなみヤキソバと鶏忍者達は、襲い来る霊達を次々と撃退して、一見優勢のように見える。だが実の所そうではない。
彼らは敵を確実に倒しているのに、戦闘が終わる気配はなく、さっきから一時間近く戦い続けている。
何故かというと、敵の数が一行に減らないからだ。先程霊の数を百匹以上と行ったが、その数はさっきから増えもしなければ減りもしない。倒されても倒されても、まるで煙のようにどこかから現れて、延々と襲いかかってくるのだ。
これでは戦いを終えようがない。この次々と現れる霊達の連鎖に終わりがあるのか? 仮に終わりがあったとして、果たしてそれまでヤキソバ達の体力が持つのだろうか?
敵を倒し続けている彼らには、明らかな焦りが生まれていた。
「ぐあっ!」
一人の鶏忍者が、長期戦で気力が落ちていたせいか、雑魚同然の筈の霊から、一撃をもらった。
鶏忍者に腕を切断されても怯まず突っ込み、その霊はその鶏忍者の肩に噛みついた。あの鰐のような歯が生えそろった口が、彼の肩を挟み込む。
だが鶏忍者も怯まない。すぐに刀を振り直し、自分に組み付いてきた霊を斬ろうとする。霊の力が思ったより弱いのか、それとも鶏忍者の身体強度が高いのか、その鋭い歯で噛みつかれた肩に、歯はあまり深く食い込まず、血も流れ出ない。
これならすぐに倒せると思われた。だが彼の得物が、その霊を切り裂く前に、異変が起きた。亡霊の身体が下から縮み始めたのだ。
彼の足が浮き上がるように地面から離れ、その足がどんどん短くなり消えていく。脚部から腰部に、腰部から腹部へと、風船が萎むように、その霊の身体が下から消えていく。
(ぐあっ!? これは憑依か!?)
鶏忍者の刀を持つ手は止まっていた。それどころか彼の全身が、金縛りのように硬直している。
そのためすぐに倒せるはずだった霊に、未だに組み付かれたままだ。下から消えるたび、ゆらめく霊の全身を見て、これがただ消えているわけではないことが判る。
この霊は、噛みついた口から、どんどん鶏忍者の身体に吸い込まれている。いや正確には、鶏忍者の身体に潜り込んでいるのだ。
やがて四肢が完全に消え、霊の頭も消え、やがて鶏忍者の肩に噛みついて歯だけが残った。まるで大きな入れ歯が挟まっているようだ。
そしてその歯も、ズブズブと彼の身体に食いこみ消えていく。それは物理的な作用ではないようで、彼の肩にも、肩を覆う衣類にも、傷一つついていない。
あっというまに霊の身体は、鶏忍者の体内に入り込んでしまった。
「……がっ……」
彼女の身体に外傷は一つもない。ただ霊に取り憑かれた影響からか、彼女は意識を失い、その場で倒れ込んだ。
『おいっ! どうした!?』
近くの道路上で戦闘していたヤキソバが、後方の駐車場で戦っている味方の気配の変化に気がついて振り向く。
そこには霊に噛みつかれて倒れた鶏忍者と、さっきまで彼女が相手をしていた霊達が、一斉にこちらに振り向いている様子だった。
彼らは倒れた鶏忍者に追撃する気はないようで、一斉に攻撃目標を、彼女からヤキソバに変えたのだ。
『くそっ!』
さっきまで戦っていた前方には、まだ倒し切れていなかった霊と、新たに湧いてきた霊が、一斉にこちらに向かって突進している。ヤキソバは丁度挟み撃ちの状態になっていた。
『くそっ!』
前後からの一斉攻撃を避けるため、ヤキソバは横に飛び跳ねた。驚異的な脚力の後方飛びで、一気に十メートル以上飛び、両側の群れから距離をとる。そして再び火球攻撃を放とうとする。
味方が一人倒れたことで、相手にしなければ行けない数が二倍に増えた。だがこれでへばっていられない。ヤキソバがまたあの連続火球を放とうとしたときだった。
「あっ! あああああああっーーー!? 麒麟!? 本当にいた!? えっ、えっと! 助けに来たよ!」
「翔子、少し落ち着けよ……。ちょっとお前がヤキソバか? 俺は鷹丸で、こっちは翔子だ。よろしくな……」
何やら興奮して上ずった少女の声と、冷静にそれに突っ込む少年の声が響き、戦地に割り込んできた。
『何だ、お前ら!? ……昼に暴れ回っていた怪獣!?』
この二人の姿を見て、ヤキソバが驚きの声を上げる。それは今日、ドローンが撮影した映像にいた、あの謎の二人組であった。
その後ろからは、新城の鶏侍達も姿を現していた。




