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第十四話 佐藤家にて

『何だよ、これ?』

「何だ、これは?」


 場所はさくら山内部。あの水槽の側の大型テレビの前で、ヤキソバとアデルが、全く同じ疑問の声を上げていた。

 周りにも十数人程の、他のレグン達もいて、彼らも声こそ上げないが、同様に疑問に満ちた表情をしている。

 鷹丸達が姿を現してから数時間後に、ニーナが皆を呼び集めて、問題の映像をテレビに映して見せていた。


「これが数時間前、私のドローンが捉えた映像よ。いつもの人妖とは違った感じの、おかしな転移の力が発生したから、急遽そっちに飛ばしたの。そしたらこんなとんでもない映像が撮れちゃったわ……」


 人妖の大量出現に対応するために、ニーナは何台ものドローンを、弘後市内に飛ばして、街の各地を監視していた。

 街中にドローンを飛ばすなど、昔なら大問題になっていただろうが、人が消え去った今の時代ならば、何の問題にもならない。


 そしてそのドローンが映し出した映像には、あの鷹丸の変身から、人妖との戦闘までの一部始終が映されていた。

 途中で鷹丸がこちらに気づいたために、急いでドローンを引き上げさせていたため、彼の動向を最後まで監視できなかったが。


「これって映画の映像とかじゃねえんだよな?」

「ええ違うわ。多分あれは変身魔法の一つね。転移のエネルギーの発生から考えて、彼も別の世界から来たんだろうけど……」


 別の世界から来訪者。それ自体は珍しいが、あってもおかしな事ではない。だがあの奇怪な力と、その強さに、皆動揺しきっていた。ましてやこんな時期に、姿を現したのである。


「おいおい、どうすんだよ。あんなとんでもねえ奴まで出てきて、俺ら生き残れるのか?」

「いや、人妖を殺してたんだし、案外味方なんじゃね?」

「いくらなんでも、決めつけ早すぎだろ?」


 人妖達の謎の大襲来だけでも大変な事態なのに、こんな奇怪なイレギュラーまで出現したことに、他の面々も困惑を隠せない。

 そしてヤキソバとアデルは、彼らは別の方面でも驚いていた。


『一つ言いたいことがあるんだけどよ……あの化け物の姿……』

「ああ、俺も気づいたよ。俺も日本の文化はかなり学んだからな。あれって映画の奴だろ? 大怪獣ガルゴってやつ」


 アデルの言う“日本の文化”というのは、かなり偏っているのだが、彼女はヤキソバが言いたいことをすぐに理解していた。

 あの少年の変身した、あの特撮怪獣のような姿。実はあれは“ような”という表現ではなく、特撮怪獣そのものだった。

 あの謎の怪獣の姿は、かつてこの日本で上映され、ヤキソバも石化事件直前に見ようとしていた映画。“ガルゴ”という特撮映画と、その題名にもなっている主役怪獣と、瓜二つの姿だったのである。







 空の上を、巨大鳥が羽ばたき、町を見下ろしている。その背中に、あの謎の二人組が乗って、上空から弘後市を見渡していた。


「本当に人がいないんだね……車も全部止まってるし」

「ああ、俺が向こうに行ったときは、既にこんな状態だったな。でもよ……」


 鷹丸の方が、町の様子を見て、何やら怪訝な表情を浮かべている。


「妙だな……人が一人もいねえ」

「それは……皆石になっちゃったんだし……」

「その石になった人間は、今どこに行ったんだ?」


 その言葉に、翔子がはっとした感じで、再び町の様子を見る。つぶさに観察しながら、彼女もまた、鷹丸同様不思議そうに首を捻った。


「どうして? 私達が遅く来すぎて、皆消えちゃったとか?」

「そういう呪いじゃないはずだろ? それに同じぐらい時間が経った、向こうの世界では、まだ石になった奴らは無事だったろ?」

「う~~~~~ん」


 事態が上手く飲み込めず、悩み出す翔子。彼らが会話したとおりに、あの白蛇の呪いによって、世界の大部分の人間が、石化してしまった。

 そしてその顛末を、謎の空間から現れたこの二人は、予め知っているようだった。


「それで翔子、これからどうする? ヤキソバを探すか?」

「探すって、どこを探せば見つかるの?」

「……知らねえよ。この世界のどこかって以外、全く手がかり無しなんだからよ」

「ああ……うん。こっちに帰るのに必死で、そこまで頭になかったよ……。どうしよう? これなら阿部さんも連れてくれば良かった……」

「とりあえず、いつまでも空から見てもしょうがねえ。見た感じ、あの化け物共もいねえし。そろそろ降りるぞ」


 あちこち飛び回っていた巨大鳥と二人は、やがて最初に出てきた運動公園の方に戻り、やがてゆっくりと地面へと降下していった。






 運動公園から、そう遠く離れていない、とあるレンタルショップにて。そこは独自の駐車場を持った、三階建ての結構大きな建築物だ。

 レンタルビデオ・CDの他に、書籍やDVD・Blurayの販売なども取り扱っている、大手のエンターテイメントチェーン店の一つだ。

 町の中心部から、結構離れた地区にあるにも関わらず、連日それなりに客が来ていた店である。


 石像事件以降は、当然のごとく、客足は0で、清掃されていない店内は埃だらけであるが。だがそんな店に今日、数年ぶりの客が訪れた。

 電気が止まって開かなくなったガラス張りの自動ドアを無理矢理こじ開けて、悠々と店内に上がり、停止したエスカレーターを昇っていくのは、やはり鷹丸と翔子であった。

 翔子の掌から、謎の光の球が、人魂のように放たれた。窓がなく、電灯が点いていない薄暗い店内を、その光球が電灯の代わりとなって、店内を照らす。魔法らしき超能力が使えるらしい。


「帰ってきて最初に探るのが、この店とはな……」

「だって気になるじゃん! 私があっちに行ってから、あの漫画の展開がどうなったとか。鷹丸だって気になるでしょ!?」

「俺が最後にこの世界にいたときには、既に石化事件があったから、別に関係ねえな……」

「ああ……そうだった。作者の皆さん、無事だといいけど……」


 最初に入ったのは本屋。そこで買い物籠を持った翔子が、つぶさに本棚を観察し、目に止まった本を次々と籠に入れていく。


「ねえこの漫画って、どんななの? 面白い?」


 本棚の一カ所に、一列に並んだ単行本のシリーズを指して、翔子が鷹丸に問う。


「そんなの俺も知らねえよ。自分で見ればいいだろ? 別に金払わなくていいんだからよ」


 レジに目を向けると、やはりそこには店員の姿などない。これなら泥棒し放題である。






 やがて三階の中古ゲームとレンタルショップエリアに向かう二人。ここも先程と同様に、めぼしいものを籠に次々と詰め込んでいった。


「えっ!? これって!?」


 だがある物を見て、翔子が素っ頓狂な声を上げた。怠そうに後ろを着いていた鷹丸も、これに僅かに驚く。だが翔子の指さす棚の覧を見て、鷹丸が何やら納得したようだ。


「ああ、そういえば今まで一度も言ってなかったな。あの映画、続編が出てたんだよ」


 翔子が指さしたのは“ガルゴ2”という題が書かれた、Blurayが設置された覧であった。結構な数が並べられており、その隣の覧には“ガルゴ”という、前作らしき別の作品が並べられていた。


「うわぁ~~~懐かしいよ。これ、昔お父さん達と皆で見に行ったよね? 覚えてる?」

「ああ、覚えてるよ。ちなみに俺が向こうに行く少し前に、三作目も上映されてたぞ」

「えっ!?」


 翔子が再び棚に目を向ける。だがそこに“ガルゴ3”という表題の作品は一つもなかった。


「上映されたときは、石化事件の少し前だから、まだこっちには出てないよ」

「ああ、そうか……上映中だったから、前のやつが、こんなに並んでたんだね。うん? そうなると、私は見れないわけ?」

「そうなるな……。まあ世界が救われれば、また売り出されるかもしれねえがな」

「そうだね……。じゃあ張り切って、ヤキソバを見つけて、世界を救おうね!」


 何か知らないが、決意を新たにしたらしい翔子。さっきから二人が話題に上げているこのガルゴという作品のパッケージには、先程鷹丸が変身した姿と、瓜二つの怪獣の写真が貼り付けてあった。

 そしてその事実を、二人は何の疑問も挟まずに、話しを盛り上げていた。






 弘後市内のとある民家。道路沿いにある、寄棟型の建物であり、小さめの庭にはいくつかの樹木が植えられている、ごく一般的な家である。

 当然庭は手入れがされておらず、他と同様に雑草が生い茂っている。家の表札には『佐藤』という苗字が書かれていた。その家の庭に、巨大鳥に乗った二人が着陸した。


「ただいま~~」


 翔子がその家を、まるでごく普通に我が家に帰るかのように、その扉を開ける。

 家の中はやはり埃だらけであり、屋内には人の気配など全くない。玄関付近には水槽が置いてある。だがその水槽は、中身は空っぽで、中には干からびた魚の死骸がいくつかあった。


「……やっぱり誰もいないよね」


 出迎える家族などいない家の様子に、翔子は実に寂しそうにそう呟いた。そのまま二人は、家の中に上がり込む。


「本当に久しぶりだよ・・・・・・何にも変わってない」

「俺は向こうに行く前に、一度だけ食事で呼ばれていったな。お前の部屋も昔のままの筈だぜ」


 無人の家屋の中を、二人が探検するかのように、歩き回る。冷蔵庫の中身を見てみると、二人はかなり気分悪そうな顔をして、すぐに扉を閉めた。

 座敷が敷かれた日本間の方を見ると、翔子が不思議そうな表情をしてみる。彼女の視線の先には仏壇があった。

 そしてその中には、すすだらけの写真建てがある。その写真には、十歳前半ぐらいの、顔がふっくらで体型が横に太い、一人の少女が映し出されていた。


「……この子誰?」

「お前だよ。あっちに行く前、自分がどんなだったか忘れたのか?」


 首を傾げる翔子に、鷹丸が鋭く突っ込みを入れる。ちなみに写真の少女と翔子は、体型が全く違う上に、写真の方は頭に角など生えていない普通の人間である。この両者に共通項を見るのは、極めて困難である。


「ああ、そうだった。これ私だ!」


 だが当人は、この写真が自分だとあっさりと認めた。そもそも仏壇にいる=死んだはずの少女が、何故この場にいるのか、全くの謎であるが。


「二階にあるお前の部屋も、ずっとそのままにしてあったはずだ。とりあえず少し休んだらどうだ?」

「うん・・・・・・そうする」






 その夜のこと。二人は居間でテレビを見ていた。あの後三十分ほど休んだ後、二人は一緒に家の掃除をした。流石に全ての部屋となると時間がかかりすぎるので、二階の子供部屋と、廊下・階段・居間の限定的な所だけだったが。

 ちなみにテレビに映し出されているのは、先程彼がレンタル店からパクってきた、ガルゴ2という映画である。

 無表情で黙ってその映画を鑑賞し続ける二人。だが唐突に、二人は驚きの表情を見せた。別に映画の内容に驚いたわけではない。即座に映像を一時停止して、怪訝な様子で会話し始める。


「……鷹丸も気づいたよね?」

「ああ……いったい誰だ? 今この世界には、俺たちしかいないんじゃなかったのか?」


 二人が感じ取ったのは、外からこちらに近づいてくる複数の気配だった。動物や怪物の気配とは異なる、確かな人の気配。これに二人は困惑していた。この世界には人が一人もいないはず。

 翔子は脇に置いてあった刀を急いで拾い上げ、柄に手をかけて臨戦態勢をとる。鷹丸はどう動けば判らず、とりあえず外の気配に意識を向けている。まさかこの場所で、あの怪獣に変身するわけにはいかないので、実質戦闘には出られない。

 やがてその気配は、庭に入り、この家の玄関の前に立つ。


「俺たちは、今この都市に住み着いている異界の者だ! この家にいる者と話がしたい!」


 ドンドンと玄関のドアを軽く叩きながら、その来訪者はそう大きく声を上げた。電気が通っていないのでインターホンは鳴らない。故にドアを叩くという行動は責められまい。

 いつ襲いかかられてもいいよう身構えた二人は、この展開に再び困惑する。どうするか話す前に、鷹丸が声を上げた。


「何のようだ! てめえらは俺たちの敵か!?」

「それは話すまで判らねえよ! まあ人妖を殺してたから、敵の可能性は薄いだろ? 今庭にいるでけえ鳥にも手を出さずにいるし、まず話しがしたいだけだ。その様子だと、お互い何者か、全く知らねえみたいだしな!」


 最初の一声と違って、大分荒い口調で、そのような返答が来た。二人は警戒を解かず、ゆっくりと玄関に近づき、やがて意を決して玄関の扉を開けた。


「……時代劇?」


 ドアを開けた先にいる人物の姿を見て、翔子が無意識にそう口にする。玄関の前には三人の人がいた。

 新撰組のコスプレのような衣装を身に纏う、三人の女剣士。その頭には鶏のような鶏冠があり、下半身の両足は鳥の足になっていた。

 先頭のリーダーらしき人物は、かなり大柄の女性で、髪型はポニーテールである。以前ヤキソバとアデル達と一悶着を起こした。新城のガストンである。


「あんたらレグン族?」

「俺たちを知ってるのか?」


 翔子の言葉に、ガストンが意外そうな言葉を口にする。


「うん……でも私達が向こうの世界であった人達と何か違う感じ。あっちの世界の職人の一族と違って、あんたらにはもの凄い力を感じるよ。私達緑人と似た感じの……」

「緑人だと!?」


 今度はガストン達が驚きの声を上げる。翔子が口にした緑人という存在は、ある意味彼らにとっては、かなり因縁深い存在である。


「……まあ、とりあえず上がっとけ」


 お互いに話すべき事が多くあることに気づいた両者。鷹丸達は警戒を少し解き、この三人を佐藤家に招き入れた。



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