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第十一話 情報交換

「……驚いたわよ」


 場所はさくら山内部の、水槽前の広場。そこにある三台のテレビの前に、ニーナ含めた二十人近い鶏たちが、そこに一台に映された映像と音声に、目を点にさせていた。

 そこに映っているのは、さくら山の駐車場の映像である。全て近くの監視カメラから届けられた映像だ。そしてその一つに、駐車場に飛び出したヤキソバの姿がある。


「狩りに出して、こいつの能力を調べようって話があったけど……まさかこれは……霊獣ってこんななのね」


 ニーナは本当に予想外だったらしい。唖然として、その映像に釘付けになっている。

 彼女は、ヤキソバが人語を解せるとは、本気で気づいていなかった。更にはその力の強さもだ。監視カメラからの映像で、彼女たちは、今ヤキソバが何をしたのか、全てを見ていた。


 アデルがトドメをさされる寸前に、ヤキソバが口から火を噴いた。

 それが火なのかどうかは、はっきりとは判らないが、真っ赤に輝くエネルギーの塊を、光球として口から吐き出したのである。

 彼が勢いよく息を吸い込み、何か力を溜めるような動作をする。そして吸った空気を、一気に吐き出すように、勢いよく大口を開ける。

 するとその口から、真っ赤な光球が、ピッチングマシンのように、高速で吐き出されて発射されたのだ。


 身体の小さいヤキソバの口から発せられたので、それは野球ボール程度の小さい光球だった。だがその威力は恐ろしかった。

 アデルに襲いかかっていた蜘蛛怪人に、それは見事に命中。すると光球は太陽のような輝きを放って弾ける。するとその光と共に、蜘蛛怪人の身体が吹き飛んだ。

 ボム!と小さな爆音と共に、その異形の身体の半分が、花火のように弾け飛ぶ。後には上半身が焼失した、蜘蛛怪人の死骸があった。

 長々と説明したが、短く纏めて話すなら、それはすなわち、ヤキソバは蜘蛛怪人を、一撃で倒してしまったのだ。


「何だ!? あいつが何かしたのか!?」


 先程のヤキソバの行動を、戦闘中又はアデルの方を向いて見ていなかった鶏忍者達が、唖然としていた。


「ビシャァアアアッ!」


 蜘蛛怪人達は、鶏忍者達よりも、ヤキソバの排除を優先順位と考えたらしい。皆鶏忍者達を無視して、一斉にヤキソバに向かって突撃した。


『はりゃぁああああっ!』


 ヤキソバはこちらに向かってくる、残り六匹の蜘蛛怪人達に、再びあの光球を吐く。

 次々と連続して発射される光弾。それらが真正面から突っ込んでくる蜘蛛怪人達に、次々と命中し、その身体を最初の奴と同じように、木っ端微塵にしていった。

 敵は距離数メートルにまで接近したが、その時にはあらかた片付いていた。そして残り一匹、ラスト一発の光弾を放ったが……


(あっ!)


 一番後方にいた一匹が、仲間の死骸に踏みつけたところで、ヒラリと横にそれた。

 先程まで奴がいた地点を、ヤキソバの光球が素通りする。標的を外した光球は、そのまま真後ろの柵をぶち抜き、近くの家屋に衝突する。

 再び爆音が鳴る。柵の金属製の網には、ニッパーでくりぬいたような丸い穴が空き、家の一階部分の半分は範囲型の爆発によって、まん丸に吹き飛んでいた。

 ただ真っ直ぐ突っ込むだけだった蜘蛛怪人だが、ヤキソバの攻撃の弾頭を、この時点で読み切っていたようだ。

 ヤキソバはすぐに次の光弾を撃ちたかったが、その時には既に、敵は自分のすぐ目の前にまで迫っていた。


『ちい!』


 蜘蛛怪人の槍のように鋭い、足の先端が、ヤキソバに向かって振り下ろされる。

 彼は以前にも、この手の攻撃を受けたことがある。あの時は諸に攻撃を受けて、危険な状態に陥っていたが、今回は違った。

 ヤキソバは後ろ足で地面を蹴り、その場から飛び跳ねた。彼のいた地面のコンクリートに、蜘蛛怪人の足先が深々と突き刺さる。

 前のめりに飛んだヤキソバの身体は、蜘蛛怪人の顔の当たりに飛び込んでいた。


 ガブッ!


 ヤキソバの口と蜘蛛怪人の首が、真っ赤に染まった。ヤキソバは飛び跳ねた勢いで、蜘蛛怪人の首元に飛びつき、彼の首に噛みついたのだ。


 鮫のように鋭い歯が、一気に蜘蛛怪人の首の肉に突き刺さる。そして前足を蜘蛛怪人の頭に押しつけて、その身体を蜘蛛怪人の上半身に固定させる。

 蜘蛛怪人は即座に、首元のヤキソバを攻撃しようと、数本の足を持ち上げた。だがそれで何かをする前に、ヤキソバの口が、奴の首から離れた。

 別に噛みつきをやめたわけではない。噛みついたまま、彼の首元から顔を離した。そして食いついた肉は、まだ彼の歯に刺さったままだ。

 要はヤキソバは、強靱な顎と歯で、一瞬で蜘蛛怪人の肉を食いちぎったのだ。


 蜘蛛怪人の首の肉が減り、減った箇所から大量の鮮血が飛ぶ。

 しばらく蜘蛛怪人は、苦しそうに地面をじたばた藻搔いていたが、やがて静かに鳴り、永遠に動かなくなった。かくして蜘蛛怪人は、ヤキソバ一人の手で、全て倒されたのであった。






 その日の夜にて。

 外の街は曇り空で月も星も隠れているので、いつも以上に真っ暗な闇の世界になっている。だがさくら山の中は、電灯が一杯についていて、この時間でも昼のように明るい。

 これは鶏忍者達がここに居着く前も、同じであったようだが。


 一階のアデルの部屋にて、半日前に自身の爆弾で重傷を負った彼女は、ここに運ばれていた。

 身体をミイラのように包帯グルグル巻きにされて、自分のベッドで寝かされている。重傷者の看病としては、随分雑なやり方である。

 元々丁寧に扱う必要もないのかも知れない。何しろあの時の戦闘で、吹き飛んだはずのアデルの五本の指が、今は半分近く生えてきているのだ。

 欠損した肉体の部位が再生するなど、普通の人間ではあり得ないことだ。ましてやこんな短期間でなど。


「あう……うん?」

「目が覚めたようね」


 アデルの声が出て、彼女の目が開くと、その部屋にいたもう一人が、さして心配してなさそうに声をかけた。

 起き上がると自分の椅子にニーナが座っていた。ついでにその隣には、ヤキソバが四本足を地面に折り曲げて座っている。今まで気を失っていたアデルは、まだ記憶がはっきりせずに、彼女に聞いた。


「なあ……俺どうしたんだっけ?」

「大蜘蛛達と戦って、ドジ踏んで自爆したのよ」

「……ああ、そうだった。そうだ! あいつら、どうなった!」

『大丈夫だ。全部俺がやっつけたから』


 戦いが無事に終わったと知り、アデルは安堵の息を漏らす。そして直後に、疑問の表情を浮かべた。


「今喋ったの誰だ? 男の声が・・・・・・」

『俺だよ、ヤキソバだ』


 アデルは信じられないような顔で、ヤキソバを見た。今さら隠す気もない彼は、平然と彼女の前で喋ってみせる。


『俺が火を吹いて、蜘蛛たちをぶっ殺してやった! 感謝しろよ』

「あっああ……ありがとうな。てーか、お前喋れたんだな……」


 そんなヤキソバの言葉に、アデルは素直に頭を下げる。


「意外と冷静ね。私は驚きすぎて、しばらく動けなかったのに」

「こいつとしばらく一緒にいたからな。何となくそんな感じはしてた。何だかこっちを探ってるような、変な雰囲気でな。ていうか、霊獣が喋れるって、お前知らなかったのか?」

「何度も言ったでしょ。霊獣の事なんて、資料が少なくてよく知らないって。まあ、お互い聞くことがいっぱいあるし、ここで仲良くお話ししてみない?」






しばしして、ヤキソバは先程ニーナ達にも話した、自分の身の上を、改めてアデルにも話す。

 アデルは彼が喋った時は驚いたものの、その後はかなり冷静に話を聞き、その全てを受け入れていた。


「ふうん……お前が実は人間だったか。人間が霊獣になるって、そんなことあるもんなのか?」

「だから私は知らないって! 何度も言わせないでよ、何でも博士じゃないんだから!」

「ていうか、前から言ってた、その霊獣ってのは一体何なんだ?」

「ああ、そこから説明が必要か……」


 今までは全てヤキソバ、自分の状況を説明する側だった。だが全てを話し終えた後、今度はヤキソバの方から、アデル達に質問を始めた。


「霊獣てのはね、人妖とは違った、精霊の力を持った動物らしいわ。私達のいた世界では上級の竜とかが、そんな風に言われてたけどね。あなたのその姿は麒麟ね。こっちの世界でも、空想の動物として知られてるけど、私達の世界では女神コン様の愛馬として知られてるわ」

『精霊とか世界とか女神とか、ファンタジーな単語が、平然と出てくるんだな。まあ、今さら驚かねえけど……。それで俺がその霊獣になるってのは、やっぱり異常事態なのか?』

「私の知る範囲ではそうね・・・・・・。あなた、石眼(いしめ)に会う前に、何か変なことととか無かった?」

『石眼? いや特に何も。普通に映画館に向かって、その途中で意識が無くなって、そのままバッタリだが・・・・・・』

「う~~~ん」


 首を捻るニーナ。これ以上は特に進展はなさそうなので、ヤキソバは話題を切り替える。


「それでこれが一番の疑問なんだが……お前ら一体何だ? あの白蛇と関係あんのか?」

「いやその白蛇……俺たちの言う石眼とは、特に関係ねえよ。ただあいつらがやらかした後の世界を利用して住み着いてるけどな。実は……俺たちはこの世界の人間じゃないんだよ」

『ああ、それはとっくに判ってる。そんでどこから来たんだ?』


 アデルの語った真実を、バッサリと話しを斬るヤキソバ。衝撃の事実を口にしたつもりだったのに、アデルはやや戸惑いながらも、要望通りに質問に答えた。


「俺たちは異世界を旅する流浪の民だ。今まで色んな世界を、あちこち飛び回ってきたんだ。そんで今は、無人になったこの世界に定住してる」

『遊牧民みたいだな。元いた世界はもう無いのか?』

「ああ、もうない。人妖に全部滅ぼされた」


 ここでヤキソバはもう一つ思い出した。彼女らはずっと前から口にしていた、この人妖という単語。どうやら外を徘徊している怪物の事らしいが、よく考えてみればあれも謎である。


「人妖ってのは、俺たちと同じように、異世界を渡る化け物共だ。昔はもの凄い繁殖力でイナゴの群れみたいに、いくつもの世界を滅ぼし回っていたんだ。今は遺伝的な劣化のせいか、繁殖力がえらい下がって、絶滅しかかってるらしいがな」

『絶滅? 街の外に、あんなにいたのにか?』

「あれでも昔と比べれば、かなり減ったほうさ。俺たちが故郷を離れる前は、もう何百万匹も群れをなして、世界を食らいつくしてたんだぜ……あれは何百年も経った今でも、記憶に焼き付いて忘れられねえよ……」

『そうか……それは怖いな。だが俺はそれよりまた一つ気になることができたんだが……お前ら、今幾つだ?』

「さあ? 忘れちまった。何しろ、色んな時空を飛び回ってたからな。でも流石に300歳は越えたと思うがな」


 目の前にいる、見た目は自分より年下に見えた、鶏少女達は、実は自分よりも遥かに年上だった。これはこれで、ヤキソバにとって意外な事実であった。


『ここに子供や年寄りがいなくて変だと思ってたが……お前らは年を取らない種族なのか?』

「ああ、まあな。随分昔に、俺たちレグン族は、不老の法を一族全員かけたんだ。元々年寄りだった奴らも、その力で肉体が若返ったりしたから、そのおかげで俺たちには若い奴らしかいないわけよ。俺たちみたいなのを偽緑人(ぎりょくじん)っていうんだ」

『偽?』

「緑人っていう、完全な不老不死の一族がいるんだよ。それを真似た技術をつかったから、偽緑人だ。あいつらと違って俺らは完全な不死じゃなくてな、寿命はないが、死んでも自動で蘇ったりはしねえ」


 何だか別の世界では、もっとすごい一族がいるらしい。ヤキソバが次の質問を考えているところ、先にニーナが問いかけてきた。


「ところでヤキソバさん……あなたに聞きたいんだけど」


 何だかやけにかしこまった、真剣な表情で問いかけてくるニーナ。これにヤキソバは、やや困惑して首を傾げる。


「あなたの力で、石化した人を治せたり、私達を元の身体に戻せるかしら?」

『どうして俺に出来ると思うんだ?』

「そんな話しをしてきた奴がいるんだよ。“召喚の精霊”とかいう、どこかから来た精神生命体がな。その話しを間に受けて、新城の奴らがお前を欲しがってるぜ」


 まだ何か、この街に変なのが住み着いているらしい。後者の方は知らないが、前者の方は是非自分も欲しい力だ。だが……

『いや知らねえな。そもそもこの身体が何なのかも知らねえし』

「さっき口から火を噴いたりしてたが? まえに肉を甘くしてたりしたし」

『あれはなんとなくできたんだよ。前に人(コブ白鳥)から、頭の中でイメージを浮かべれば、喋れることを言われたんだ。それで同じように、火を噴くイメージを思い浮かべてやったらできたんだよ。肉のことは……何でああなったのか、俺も知らねえ。お前が言ってた力も、同じように出来るのか?』

「「さあ?」」



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