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第十話 増える人妖

 翌朝にさくら山砦に、ヤキソバは帰還していた。

 元々地元の街であるために、道中迷うこともない。途中であの魔物の同類と出くわしたが、彼の強靱な走力で、難なく巻くことが出来た。

 入り口でアデルが、大喜びでヤキソバを抱き上げて、さくら山内に戻っていく。


「まさか自分で戻ってくるとはね。これなら鎖で繋ぐ必要はなさそうね」

「おいおい……物騒な事言うなよ。こいつもきちんと俺たちの仲間だと確認できたじゃねえか」


 さくら山内の食堂で、アデル・ニーナ・ヤキソバが、機嫌良く朝食を食べている。今日のメニューは照り焼きだ。ヤキソバが大きな口で、更に大盛りされた肉を、ガツガツと食べている。

 ちなみに今回の肉は、甘くないちゃんとした肉の味だ。


「しかしよ……新城の奴らが言ってたこと、本当だと思うか? こいつが石化の呪いも、俺たちの呪いも、全部解けるとか」


(……何?)


 アデルの聞き捨てならない発言に、ヤキソバが耳を傾ける。


「さあ……情報の出所からして怪しいし。少なくとも私は、その自称“召喚の精霊”に会ってみたいけれど……」

「ふうん。まあ俺はどっちでもいいけど。別に元の身体に戻りたいともおもわねえし」


 その場でその場で二人の会話が終了してしまう。是非詳しく聞き出したい言葉であった。しかしヤキソバは未だに、彼らに昨日習得した発生方法で、話しかけようとはしない。


(こいつらが信用できる奴らなのか……しばらく様子を見たほうがいいな。少し一緒に過ごして、見定めるか……)


 その後の数日間、ヤキソバは黙って彼らと一緒に、このさくら山で過ごすことになった。それはどんな生活かというと、とても退屈な毎日だった。


(こいつ……あと何時間ゲームする気だ?)


 すっかりヤキソバの定住地となった、アデルの部屋にて。アデルはぶっつけ五時間近く、テレビゲームをしていた。

 以前やっていたRPGは既にクリアしており、現在は恋愛アドベンチャーをプレイ中だ。このアデルという少女は、生活の大部分の時間を、ゲームと読書(漫画やライトノベル)に費やしている。

 二日に一度、数時間ほどだが、屋上駐車場で、他の忍者達と一緒に戦闘訓練をしていた。模擬戦が大部分で、おそらく身体のなまりを防ぐ程度のものだろう。

 以前やっていたような狩りは、あれ以降行っていない。どうやらそう頻繁に行くものではないようだ。


 このさくら山には、百人程度の鶏人間達が住んでいる。その程度の人数ならば、確かにあれほど大型の獲物を獲れば、食糧はしばらく持つ。あの冷凍庫には、保存した食料もあるのかも知れない。

 そして彼女に限らず、さくら山に住んでいる者達は、滅多に外に出ようとしないのだ。外の魔物を警戒しているのか、これでは暇を持て余すのも仕方がない。

 ヤキソバは、彼らの会話に、気を引き締めて、聴き耳を立てているが、未だに彼が必要とする情報は得られていない。





 そんなこんなで十日が過ぎた。


「ちょっといいかしら?」


 アデルの部屋にて、アデルとヤキソバが、古い映画のDVDを鑑賞中の時のこと。扉を叩いて、ニーナが部屋に来訪してきた。

 特に急ぐ用もないので、映画を一時停止して、ニーナを部屋に入れる。


「なんだい? 何か面白い話しでもあんのか?」

「面白いかどうかは知らないけどね。ちょっと困るかも知れない話があるのよね」


 部屋の中のテーブルに、向かい合って二人が座る。ヤキソバはそれを黙って聞いていた。


「困ること?」

「最近レーダーで人妖の生息数を調べてたら……ここ数日の間に、街の人妖の数が増えているみたいなの」

「そりゃいいじゃん。獲物を探す手間が、少なくなるし」

「この六日間で、数が六倍になってるんだけど……」


 少し喜ぶような口調だったアデルも、その数字を聞いたときには、表情を硬くした。


「六倍? 繁殖でもしてんのか?」

「いえ、空間の捻れも探知したから、異世界から新しいのが来てるんだと思う。何故こんな急にこっちに出てきたのかは知らないけど……。人妖は皆、繁殖力が低下して、絶滅寸前の筈なのに」

「六倍っていうと……今外に出たら?」

「結構危ないかもね。今まで以上に、食糧以外の理由で、沢山駆除する必要があるわ。ていうか、今すぐにでも行って欲しいんだけど?」

「それが言いたかったのかよ……」


 よく判らないが、人妖が急に増えるのは異常事態らしい。ヤキソバはいまいち事態が、どの程度深刻なのかピンと来ず、二人の会話を黙って聞いていた。






 かくして十日ぶりの狩りが始まった。その準備と、アデル達の服装は、以前の狩りの時とほぼ同じであった。

 だが前の時と違い、狩りに出た者の倍の人数、十七名の鶏忍者達が、戦いの準備を整えて、さくら山の出口の前に立つ。その中には、ヤキソバもいた。


「しかし、人妖が急に増えたか……このパターンだと、何か大きな災いの前触れか?」

「漫画の見過ぎだ、バーカ。もうすぐ絶滅するような奴らに、一体何が出来るってんだ?」


 今回は少しいつもと違い、事態に異様な物があるからか、見送りの人数が数十人と、前よりも多い。

 皆軽く応援の言葉をかけているが、やや心配なのか、表情に前よりも険しい気がする。


「いいか、今日の狩りは殺しが優先だ。例え食えなそうな敵でも、一匹残らず殺すぞ!」


 アデル達が全員にそう言い放ち、全員が外に出ようとしたとき、ニーナが追加で声をかけた。


「うん、頑張ってね。さっき探知したんだけど、人妖の群れが、もうこの砦の前にいっぱいいるみたいだから」

「「えっ!?」」


 後ろからそんな声を聞きながら、出口の真ん前に進んだ一行。

 自動ドアのガラスの向こうの外の風景には、以前にも見た蜘蛛怪人の姿が多数、こちらから見えていた。






 かつてアデルとヤキソバが初めて会った、さくら山の平面駐車場。そこで鶏忍者達と、蜘蛛怪人の激戦が発生した。

 幾つもの剣戟と爆発音が、彼らの拠点のすぐ前で、多重に鳴り響く。蜘蛛怪人の数は七匹。鶏忍者達の半分以下だが、戦況は拮抗……いやむしろ鶏忍者達が押されている。


「くそがぁっ!? 何でこんな急に、砦の存亡がかかる戦いが起こるんだよ!? もっと前振りぐらい出せっての!」


 アデルの剣撃が蜘蛛怪人に向かって斬りかかれる。だが蜘蛛怪人は、八脚の蜘蛛の足の一本を使って、その剣撃を受け止めた。

 さらに別の足が、鋭い槍のように、アデルに向かって刺突を仕掛ける。アデルはそれをギリギリで避けて、バックステップで蜘蛛怪人から距離を取っていた。

 別方向でアデルとは別の鶏忍者が、その蜘蛛怪人に斬りかかっていた。だがこちらは、剣撃を受け止められる前に、蜘蛛怪人の横薙ぎの足の一撃で、腹を叩きつけられて吹き飛んでいた。

 蜘蛛怪人の目線が別方向に向いた一瞬の隙に、アデルは懐からまた何かを取りだした。それはもはや恒例の、あの手榴弾か煙幕弾の、どちらかと思われる金属の塊である。


「今度は間違えねえぞ!」


 ピンを外し、その手榴弾を、今相手にしている蜘蛛怪人の一匹に向けて投げつけようとするが……


 シュルルルルルルッ!


 するとアデルの方に向き直った蜘蛛怪人の、あの異形の口から、何かが飛び出した。

 怪獣のようにビームや熱線を出したわけではない。某芋虫怪獣のように、口から大量の糸の塊を、放水するように吹き出したのだ。


「ほがっ!?」


 ネバネバした糸の塊が、アデルに向かって放射される。アデルは手榴弾の色を見間違えてないか確認している間に、すっかり隙を作ってしまっていた。

 そしてその糸の塊を、顔面からビッチャリと受けてしまう。糸の塊が拡散し、粘液まみれの糸が、アデルの全身に何重にも絡みつく。

 それが一斉に捕獲物に圧力をかけて、アデルの身体を拘束した。手榴弾を手に持った状態のままで……


(うわっ! ちょっと……これはやば……)


 大いに慌てるが、顔を粘液の糸まみれになって、声も上げられないアデル。身体のバランスを崩し、右横向きにすっころぶ。そしてそのまま……


 ドォオオオオオオン!


 右手に持っていた手榴弾が弾け、アデルはヤキソバに出会って以来の、二度目の自爆をした。

 かつてのようにアデルの身体がぶっ飛ぶ。以前は足下で爆発させたため、上の方へと舞い上がったが、今回は後ろにぶっ飛ぶ。そのまま隣の家屋の庭との柵に激突した。


「うげぇ……」


 蛙のように喉を鳴らしながら、アデルは動かなくなる。忍者装束はほとんど焼け焦げ、全身から自身の血がダクダクと流れ出ている。

 見ると手榴弾を持っていた右手の指が、ほとんど欠損していた。見るからに戦闘不能の瀕死状態だ。だがそれで終わりではない。

 さっきまで彼女と交戦していた蜘蛛怪人の一匹が、倒れたアデルの方へと向かって動き出す。両前足の先端を、槍のように構えて、柵に寄りかかって動けないアデルを、串刺しにせんと突進した。


「アデル!? 誰か援護しろ!」


 誰かがそう叫んだが、皆他の蜘蛛怪人の相手で精一杯で、誰もそちらに駆け寄れない。蜘蛛怪人がアデルのすぐ目の前まで接近した。もはやこれまでと思われたが……


 ボム!


 全ては一瞬だった。何か赤い光が、その場を照らしたかと思うと、次に低い爆発音が聞こえた。

 先程聞こえた手榴弾の爆発とは、比べものにならないぐらい小さな爆音。だがその威力は、音とは逆の意味で、比べものにならなかった。


「「「!?」」」


 その場にいる全員。鶏忍者だけでなく、残りの蜘蛛怪人達も、その爆音がした方向に顔を向けて、唖然としていた。

 そこはアデルの倒れている柵のある場所。そして彼女のすぐ目の前にまで迫っていた、あの蜘蛛怪人はその動きを止めていた。上半身を消失させて……


 何故奴が止まったのかというと、簡単な話しである。巨大な蜘蛛の胴体から生えている、人間に近い体型の上半身が、跡形もなく吹き飛んでいるのだ。

 あの蜘蛛ケンタウロスの姿は、今は顔のないただの蜘蛛になっていた。ブスブスと黒い煙を立ち込ませて、蜘蛛の頭の辺りにあった、上半身との接合部分は、真っ黒に焼けている。そのせいか、流血は意外と少ない。


「……ふえっ?」


 一時的に意識が遠のいていたアデルは、この珍事に一時的に目が覚めていた。もう終わりかと思っていたら、目の前の敵が突然爆発して即死したのだ。

 一体何が起こったというのか?


『蜘蛛共! 今から俺が相手だ! とっとと来い!』


 その場で聞き慣れない叫び声が聞こえた。全員が今度はその声の方向に向く。

 そこは駐車場の一カ所。そこに立っているのは、蜘蛛でも鶏忍者でもない。中型犬ぐらいの大きさの、四足歩行の竜と馬を合わせたような姿。それは麒麟・ヤキソバがいた。


「えっ!? 何であいつが!? 今の声は?」


 誰かがそう口にすると……


『俺だよ! 俺、俺、俺! どうだ! こっちは実は喋れたんだ! 驚いたか!?』



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