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リトルラブ

刑事の足利助九は、未成年が絡んだ、恋愛事件を解決に至るために、超能力者の、兵藤礼紀の力を借りる。クリスマスに起きた怪事件は、甘酸っぱい後味がする胸が痛む事件だった。



―連載中―


第3章~リトルラブ~





 12月25日。

 今年はホワイトクリスマスになった。

 深夜12時から、大粒の雪が、人々が作り出した街に降り積もる。




 12月25日。

 クリスマスの日の、午前7時。


 一人の少女が倒れている。

 その手首には、カミソリで切られた傷がある。

 そして口からは、多量に泡を吹いていた痕跡がある。


 この少女は、完全に死んでいた。


 公園の土の上に、遺体が残されていた。

 遺体のそばには、ダイイングメッセージが書かれてあった。


『アイしてる』


 どうやら土に、『アイしてる』と書いてある。

 そのメッセージも、降り積もった雪で、読みにくい。




 死体がある現場の、浄水場のふもとにある水の森公園には、駆けつけたパトカーのサイレンが鳴っている。

 その異常を嗅ぎつけて、近所の野次馬たちが、ここぞとばかりにたむろっている。




 年暮れのせちがらい世の中、公務員の警察は、いつも働いている。


 現場に一番早く駆けつけた警官は、初動捜査で、現場検証をしている。

 カメラで殺人現場を撮影して、地面の土に、白いチョークで番号を書いている。


警官「う~んっ、雪が積もって、道路が凍結しているから、パトカーでサイレン鳴らしても、こんなに時間がかかったな……。しかしクリスマスだというのに、こんな先がある可愛い女の子が、どうして命を閉じなければいけなかったのか? しっかし外見から見て、制服は着ていないけれど、中学生だな。周りに争った形跡はなし。これりゃ、自殺だな。」


 一番先に到着した警官は、キープアウトのテープを、水の森公園内に張っている。


 ニュース記者は、その一報を、携帯ニュースで流していた。

『竜ヶ島地方は、記録的な異常気象で、今年は暖冬です。しかしクリスマスの未明から、降り出した雪が積もり、道路が凍結している。竜京都の赤栄の村町市で、未成年の女児が遺体で発見!』




 その現場には、赤栄警察署の、一匹狼こと、足利助九あしかが・たすくも駆けつけた。   

 足利は、185センチメートルの大男で、スーツの上に、白いコートを着ている。

 鋭い目をしていて、鼻が効きそうな高い鼻と、どんな音でも聞き取りそうな、広い耳をしている。

 頭はハゲているが、それを気にしてか、中年男性が使ってそうな、ハンチング帽子を被っている。

 サッカー好きで、動物嫌いな、メカ音痴の、ノンキャリアです。



 そして足利助九の相方の、女刑事の黒木有希くろき・ゆうきも、遅れて駆けつけた。  

 黒木は、一見美人そうな顔をしているが、実は性転換して刑事に合格した、元男の遍歴を持っている。

 名前も、もともとの名前は、黒木勇気。それを改名して、有希にした。

 性転換したら、希のぞみは有ある。という意味で付けた。


 上司の考えでは、体力がありながら、プライベートな女性の対応もすることができるということで、足利刑事のもとで修行させている。


 身長は、普通の160センチメートル。

 黒のピンストライプのスーツを着ていて、赤縁メガネをかけて、冬なので、もこもこのカーディガンを羽織っている。

 髪型は、少しウェーブかかった長い髪だ。

 少し暑化粧が印象的。

 野球の巨人好きで、歌音痴で、方向音痴な、キャリアのオカマです。




 まず足利は、少女の遺体に向かって、供養して、一礼する。

 そして足利も、現場を検証して、事件性があるかどうかを、確認する。


 遺体を一通り見た黒木有希は、相方の足利に対して、こう語りかけた。


黒木「私が今まで見てきた経験を踏まえたら、これは自殺ですね。事件性はないと見ます。それを証拠に、周りに争った形跡がない。そして切られている傷がある箇所が、手首だ。その手首を確認すると、昔切ったことがある古傷がいくつかある。この子はリストカットと呼ばれる、自殺願望者だ。この年だと、恋愛関係がこじれたか何かで、勢いで、自殺まで発展したんんじゃないの。この年で、まだ未来があるというのに、思い詰めたんだんでしょう? これは加害者がいない、自殺のケースです。そうですよね、足利警部?」


 この黒木の問いかけに対して、足利は渋い表情をしながら応える。


助九「そ、そうだな……。しかし口から泡を吹いている形跡を考えると、慎重に捜査するべきだと思う。とりあえず、身元確認ができるような、遺品を探しましょう。この子の年代だと、親元から家出届けや、失踪届が出ているかもしれない。身元確認を優先して捜査しよう!」


 足利と、黒木は、仲間の刑事と共に、少女の遺体を調査している。 警察の捜査で、身元が判明した。


 公園で倒れていた少女は、名前を、内清正美うちきよ・まさみという。

 内清正美は、警察に捕まったことがなかったので、データベースには登録されていなかった。


 そして所持品が全くなかったので、身元を判明するのに時間がかかった。


 遺体の顔写真を、家出届けが出されてある家族に見せて、家族から確認が取れた。


 年齢は、14才。

 赤栄の、村町中学校に通う、中学2年生だった。


 冬休みが始まる天皇誕生日まで、普通に通学していたそうだ。

 しかし精神に障害がある子供ということで、心の体調が悪い時は、学校を休んでいたらしい。


 内清正美の親は、正美には、携帯電話は持たせていなかった。

 正美の治療費も重なり、内清家は、裕福な家庭ではなかった。


 わかったのは、これくらいだった。



 警官が、現場に駆けつけた理由は、第一発見者が通報したからだ。


 その第一発見者の名前は、浮柴拓人うきしば・たくとという。


 年齢は、クリスマスで、ちょうど20歳になったばかりの、大学生の男性である。


 浮柴拓人が少女を発見したのは、25日の、午前6時。

 浮柴拓人の日課である、散歩中に発見したらしい。


 証言によれば、少女が、微動だに動かない状況で見つけたという。

 浮柴拓人は、少女との面識はなかった。







 第2発見者は、現場の公園を、毎朝掃除をする、和民保わたみ・たもつという。


 年齢は、80歳の、男性だ。

 仕事は、定年を過ぎたのでしていない。


 和民保が少女を発見したのは、25日の、午前6時30分。

 毎朝の日課の、公園掃除で目撃したらしい。


 証言によれば、第1発見者と同じように、少女は死んだ状態だった。

 和民保は、数回、少女を見たことがあるというくらいだった。







 第3発見者は、毎朝公園近辺をジョギングする、大船伊織おおふな・いおりという。

 年齢は、50歳の主婦の女性だ。


 大船伊織が少女を発見したのは、25日の、午前6時45分。

 公園を通っている時に、騒いでいる発見者とともに、目撃したらしい。


 証言によれば、少女は死んだ状態だったらしい。

 大船伊織は、内清正美を知らなかったらしい。




 冬のクリスマスの早朝に、公園の隅で、内清正美を発見したのは、この3人だけだった。


 事件が公になると、竜ヶ島の、赤栄村町市は騒然となった。

 普段あまり、凶悪事件が起こらない土地だから、死亡事件発生すると、話が盛り上がる。


 竜ヶ島は、不況が続いていて、人口が、島から本土に移転して減少するなど、暗いニュースが問題になるような島である。

 この死亡事件は、テレビや、ラジオで、ニュースになって流れて、現場の公園は、封鎖状態だった。


 これには、いつも公園で遊んでいる子供たちがまいった。

子供「お母さん、この公園で何があったの?」


 母親は、子供に諭すようにして教える。

母親「あなたはもう、この公園には、行っちゃダメよ。」







 足利と、黒木の、刑事二人組は、赤栄の街を歩きながら、自殺事件について話している。


黒木「しっかし、助九ちゃん。竜ヶ島は殺人事件が少なくて、犯罪がなくて、仕事が少ないから、良い日和ですね? これが私が、必死に勉強して、公務員になった最大の理由!    私は、あったまが良いのよ!」


助九「しかし黒木君、その動機を公然と言うのは、やめたまえ。私は、不謹慎だと思いますが。」


黒木「良いんですよ、私のこの美貌さえ持っていたら、いざ仕事がなくなっても、貰い手なんていくらでもいるんですよ!」


助九「……、」


黒木「しっかし、助九ちゃん。もうお昼なんで、ステーキでも食いに行きましょ?」


助九「君は、あの死体を見たあとでも、平気でお肉を食べられるのかね?」


黒木「ぜっぜん! 私は肉食系なのです。」


 二人は、赤栄の村町市内にある、ステーキ屋に入っていきました。

 そこで、黒木は、特大ステーキを頼む。

黒木「大将、よろしくね!」


 足利は、ご飯と、サラダと、生姜焼きを頼む。


店員「へい、お待ち!」

 店員さんが料理を運ぶと、黒木は、勢いよくステーキにかぶりつきました。

 足利は、丁寧に食事を摂る。


 二人が料理を食べていると、お店の店員さんが、今回起きた自殺事件について話していた。


店長「でも正美ちゃんは、残念なことになってしもうたのぉ。あんなに最近、楽しそうに遊んでいたのに……。」


店員「そうですよね。親御さんも悲しんでいますよね。あの彼氏と付き合っていたから、こんなことになってしまったんですよ。」


 その街の声を、真剣に記憶する足利。

 黒木はステーキに集中していて、まだ肉をほおばっている。






 その店から出たあとの二人。

 足利は、深刻そうな顔をして歩いている。


黒木「どうしたんですか、そんな神妙な顔をして?」


助九「いや、さっきの話が頭から離れなくて……。」


黒木「い、いや、助九ちゃんは大丈夫ですって、いくら私でも、人のものを奪ってまで、助九ちゃんを狙っていないですよ。助九ちゃんには、大事な奥さんがいらっしゃる。私もそんなに飢えていないですよ! もう!」


助九「そんな話をしているんじゃない! あの店員さんたちが話していた内容だよ。そんなに楽しそうにしていたのに、まだ将来がある女の子が、自殺なんてするもんかね? 同じ女性側になったとしたら、どう思う?」


黒木「わ、私ですか!? そ、そうですね……、信じていた男性に、裏切られたときは、「死んでやる!」と叫んだこともありましたけど……、イメージと違うとか、女性らしくないと言われ…、結局男って、私の魅力を感じ取れないのですよ。でも私は男に裏切られても、自殺なんてしません。」


助九「そ、そうか……。でも気になるな。内清正美ちゃんには、彼氏がいたそうだから、一応暇なことだし、そのへんも調べてみるか。これは私の、刑事としても勘だよ。」


黒木「出たぁ~。足利警部の直感! この直感だけで、警部まで昇格したノンキャリアのエース。赤栄の星!」


助九「直感だけとは、どういうことですか!」


黒木「ゴメンなちゃい!」


助九「とりあえず、事件が起こった時間通りに、現場を訪れてみよう!」


 足利と、黒木の、刑事コンビは、発生時刻に、事件現場を調査することを決めた。 12月27日。午前5時。


 早朝から、形あるものを全て、雪で凍らせるような光景です。

 刑事の二人は、朝から事件が起こった水の森公園近辺を見張っている。


黒木「助九ちゃ~ん、朝っぱらから眠たくて、寒いよ~。こんなの公務員の仕事じゃないわよ!」


助九「これが、刑事の仕事なんです!」




 午前5時から見張っている二人。

 ようやく5時30分に、朝刊の新聞配達員が、自転車で配達中に、公園を横通りした。

 朝刊配達員は、若い男性で、帽子をかぶった、長髪で、線が細い男だった。


 その新聞配達員に、声をかける黒木。


黒木「おつかれさん!」


配達員「な、んんすか!?」


助九「いえ、我々は刑事ですので、ご心配なさらず、お仕事をお続けください。」


配達員「け、刑事さんですか……。」


 足利がフォローして、新聞配達員は、仕事に戻る。









 5時台は、この一人しか確認することができなかった。


 しかし6時台。

 その6時15分。


 男性のトラック運転手が、ものすごい勢いで、中型トラックを走らせる。

 そのトラックは白い車体で、少し汚れが目立つトラックだ。

 公園を避けるように通っていったことを確認した。


 足利が運転手の顔を見ると、少し目が血走っていて、公園の方を意図的に見ないようにして、運転していた。






 そして、午前6時30分。

 公園の掃除をする格好をした、一人の老人が現れる。

 ヒゲを伸ばしていて、腰が曲がりかけた、シャキシャキと動く男性です。


 その老人に、二人は声をかける。

助九「私は、こういうものですが……。」


 そう言って、足利が警察手帳を、老人に見せる。

 すると、

老人「刑事さんかいのぉ。」


黒木「おじいちゃん、お名前は何というのですか?」


和民「わしゃ、和民保といいます。刑事さんもこんな時間に、大変じゃのぉ?」


 足利は、メモ帳を取り出して、和民保を確認する。

助九「和民さんは、いま事件になっている、少女の遺体を発見した人ですよね?」


和民「あぁ、そうじゃ。恐ろしかったもんじゃ。おたくらは、その捜査で来たんかいのぉ?」


黒木「そうですよ、おじいちゃん。だから、思い出したことがあったら、包み隠さず、私たちに教えてくださいね。」


和民「あい、わかった。」


助九「ところで和民さん。死亡した内清正美さんとは、面識があったそうですね?」


和民「あぁ、そうじゃ。あの子はこの辺のもんじゃないけど、数回見たことはあるじゃき。」


助九「そうですか。和民さんは、確か、午前の6時30分頃に、遺体を発見なさったようですね。この時間には、間違いはないですか?」


和民「あぁ、そうじゃ。わしゃ、毎日6時30分に公園に着いて、掃除をし始めるんじゃ。そしてあの日は、わしが遺体を発見する前にも人がおったかもしれんが、わしも警察に連絡したんじゃ。」


黒木「おじいちゃん、何か思い出したりしたことがあったら、この名刺に書いてある番号に連絡してください。赤栄警察署一の、美人刑事と言えば、つながりますから。だから言っていないことがあれば、隠さず知らせてくださいね。」


和民「なんじゃ、おたくら、わしのことを疑っとるんか?」


 足利は、少しキレかけた和民保さんを、なだめるようにして言う。


助九「わかりました。ありがとうございます。和民さん、なにか大事なことを思い出したら、私に連絡してください。それではお掃除に、お戻りください。」


 足利と、黒木は、和民保の取り調べを終えたあと、印象を言う。


黒木「でも、何かあのおじいちゃんって、しっかりしてたわ。」


助九「そうだな。」









 そして6時45分。

 公園近辺をジョギングしている、熟女の小太りな女性を発見した。

 顔は昔は美人だったような顔で、身長が低い、タオルを肩にかけた女性です。


 二人は、その女性に声をかけた。

黒木「ちょっと、すみません。お話を伺っても良いですか? 私たちは、こういうものです……。」


 黒木が警察手帳を見せると、その女性は驚いたように止まって、二人を凝視しました。

大船「はぁ、は、刑事さんですか?」


黒木「あなたのお名前を教えてください?」


大船「お、大船伊織と言います……。」


 足利は、メモ帳を確認する。

助九「大船伊織さん。あなたは、6時45分くらいに、この公園で、死亡した少女を発見した方ですよね?」


大船「は、はい。そ、そうです。」


助九「あなたはいつも、この時間に、この近辺をジョギングしてらっしゃるのですか?」


大船「は、はい。あの日も、日課のジョギングをしていました。」


黒木「あなたが少女を発見したのは、確かに6時45分なのですね?」


大船「はい。その時間帯だったと思います。いつも腕には、時計をつけていますので……。」


助九「あなたが現場に来た時には、どんな人がいましたか?」


大船「はい、確か若い男性と、いつも公園を掃除する、和民保さんがいました。そのあとに、警察の方たちが来ましたが。」


助九「確か大船さんは、死亡された内清正美ちゃんとは、面識がなかったのですね?」


大船「は、はい。記憶にある顔ではなかったですね。すいません……。」


助九「わかりました。なにか大事なことを思い出したら、この名刺に書いてある、私のところまで連絡してください。赤栄警察署の、足利です。」


大船「足利、すけきゅう、さん?」


助九「たすくです! 足利助九です。よろしくお願いします。」









 刑事の二人は、警官が到着する7時を迎えた。


 公園近辺は、時間とともに、人が出てくる時間帯になった。

 様々な人たちが、道路を通って行って、公園を見ながら、事件について話している。


助九「よし。これで見張りは終わりだ。黒木君、休憩しても良いぞ!」


黒木「やったっぁ。あ~、疲れた……。でも助九ちゃん、何かわかったの?」


助九「あぁ、まだそれはわからない。しかし整理されてきた。この早朝の見張りは、あながち無駄ではなかったようだ。」


 足利と、黒木の、刑事コンビは、赤栄警察署に戻って、捜査の報告書を製作していた。


 そこに一本の通話が、赤栄警察署の刑事課につながれてきた。

 その電話に、黒木が出る。


黒木「えっ、内清正美ちゃんの事件の、第1発見者からの、電話? ピッ……、はい、もしもし、赤栄警察署の、黒木です。」


浮柴「ど、どうも、私は、女の子の死体を発見して、通報した者ですが、大事なことを思い出したのですが。」


黒木「あっ、それはどうもお世話になります。その貴重な情報を聞く前に、あなたのお名前をお聞かせください?」


浮柴「浮柴です。浮柴拓人です。」


黒木「浮柴さんですね。ところで、その思い出したことって、なんですか?」


浮柴「私が女の子を発見した6時に、公園に行くと、男女がもめている声が聞こえて、男が走り出す姿を見たんです。」


黒木「ちょっと待ってくださいね。はいはい、6時に、公園に行ったら、男が走りだしたのですね。その男は何人でしたか?」


浮柴「そうですね、記憶がちょっと曖昧ですが、一人です。」


黒木「なるほどなるほど、そしてほかに、思い出したことはないですか?」


浮柴「そうですね、他は、警察の人に言った通りです。」


黒木「はい、わかりました。惨劇を見た後で、気持ちを整えるのに時間がかかると思いますが、貴重な情報をありがとうございます! それでは。」



 黒木は電話を切る。

黒木「よーし。容疑者の姿を確認! これは事件の可能性が出てきたぞ。待ってろ犯人、私がお縄頂戴いたす!」


 黒木は新情報を、足利に伝えた。


助九「なに、それは本当か!? 私の勘通りに、ただの自殺ではないということか。黒木君、真剣に捜査を開始しよう。ところでその情報は、どこから頂いたのだ?」


黒木「第1発見者の、浮柴拓人からです。」


助九「浮柴拓人か……、わかった。しかし彼は、第1発見者ではないぞ。第1発見者が現れたんだ。朝刊の新聞配達員の、石森悠仁いしもり・ゆうじんだ。」


黒木「石森? あ~、あの新聞配達員ですか? ところで石森は、何時に内清正美ちゃんを発見したのですか?」


助九「発見してないよ。彼が見たのは、午前5時30分には、その公園には誰もいなかったという発見者だ。」


黒木「その情報は、確かなのですか?」


助九「本人から証言が取れたんだ。事件が公になってから、情報提供してきたんだ。彼は毎日、公園を通っている。そしてその日は、喉が渇いていて、公園の水飲み場で、水を飲みに行ったそうなんだ。しかしその公園の隅には、誰もいなかった。そう彼は証言している。」


黒木「その石森悠仁は、走り去るような男を見ていなかったのかしら? 助久ちゃん、証言を取りに行きましょう? 石森に会って、話を聞きましょう!」


 足利は、大きく頷く。


 足利と、黒木は、外出用の服に着替えて、調査に必要な準備をして、本格的に事件の捜査を始めた。



 足利と、黒木の、刑事コンビが、石森悠仁が働いている、村町新聞集配所に直行した時は、太陽が傾き始めた頃だった。


 二人は、仕事の準備をしている石森悠仁を訪ねて、話を聞いた。


 石森悠仁は、22歳で、帽子を脱ぐと、その長髪を後ろで束ねた格好をしています。

 線が細く、ひょろっとした、暗い感じがする男です。


黒木「よっ、お仕事頑張ってるね!」


助九「石森悠仁さんですね? 情報提供ありがとうございました。早速ですが、クリスマスの日に目撃したことを、残り隠さず話してもらいましょうか?」


石森「は、は…い。」


黒木「あなたが毎朝、新聞を配るコースですが、あの水の森公園を通っているのですか?」


石森「はい。あそこは配達コースですね。」


黒木「そこであなたは、公園の中に、誰もいなかったということを、覚えているのですね?」


石森「はい! これは確かです。公園内の水飲み場に、水を飲みに行った時には、あの公園には誰もいませんでした。」


助九「あなたは、毎日、あの公園で水を飲むのですか?」


石森「いえ、喉が渇いた時だけです……。」


助九「じゃ、あなたはクリスマの日だけ、喉が渇いたのですか?」


石森「は、はい、あの日はクリスマスということで、どこかで出会いがあるんじゃないかと、張り切りすぎて、喉が渇いていました。」


黒木「あなたは今回、警察署に情報を提供したわけですが、そのきっかけは何ですか?」


石森「は、はい。事件が公になって、あなた方が事件の捜査をしていて、情報を求めていると聞いたからです……、それにあの子がもし、求めない死に方をしていたらと思ったら、こんな私でも、事件の役になればと思って、提供しました。」


助九「あなたはいつも、水の森公園を通る時間は、5時30分なのですね?」


石森「は、はい、だいたい毎日、その時間帯です。」


黒木「その時間帯に、あなたは亡くなった内清正美さんや、怪しい男を見ませんでしたか?」


石森「いや、怪しい男は見かけませんでしたが、クリスマスということもあって、男女のカップルは一組見ました。」


助九「そのカップルの特徴を教えてください!」


石森「なんか、朝帰りっぽい、ラブラブな感じで、男は背が高くて、シュッとした男前でした。女性の方は、夜の仕事をやってそうな格好で、冬なのにスカートを履いた、化粧が濃い美人でした。二人はコンビニに入っていくのを見ました。その後は見ていません。」


助九「なるほどなるほど、わかりました。ご協力ありがとうございました。黒木君、行くぞ!」


黒木「ありがとさん!」








 足利と、黒木は、第1発見者の聴取を終えて、集配所から出てきた。

 まだ日常の明かりが眩しくて、街の息吹が感じられている頃です。


 そこで二人は、話し込んでいる。


黒木「クリスマスの日に目撃した、男女のカップルが怪しいですね。」


助九「そうだな……、よし、専門班に連絡して、そのコンビニの監視カメラの映像を調べてもらおう! しかし今回の件に、事件性が出てきたことは間違いない。」


黒木「助九ちゃん、これからどう動きますか?」


助九「とりあえず、確認したい人物がいる。」


黒木「誰ですかそれ?」


助九「第2発見者の、浮柴拓人だよ。」


 二人は、メモ帳に書いてある、浮柴拓人の住所を訪ねた。

 浮柴拓人の自宅前。

 足利と、黒木が、浮柴邸に着いた時は、夕暮れが哀愁を漂わせている頃です。


 浮柴家は、豪邸で、広い庭がある。

 庭に飼っている、可愛らしい2・3匹の犬が、二人を吠えている。

 母屋の他に、倉庫が建っている。

 建物は、ヨーロッパ様式の建築だ。


 刑事の二人は、浮柴拓人の情報を整理する。


黒木「浮柴拓人は、一番最初に、内清正美ちゃんの死亡を通報した人物です。年齢は20歳。この浮柴家の一人息子です。両親は共働き。父親は弁護士。母親は美容師として働いています。本人は、赤栄大学の学生です。今は第1発見者ではないけれど、第1発見者を洗いざらい調べるのは、刑事の鉄則ですからね。ですよね、足利警部?」


助九「うん、そうだな。ちょっと、気になることがあるんだ……。」


黒木「気になることって、何ですか?」


助九「内清正美ちゃんは、所持品をまったく持っていなかった。これはおかしいんだよ。いくら子供だからといって、財布や、化粧道具など、持っていて当たり前なんだ。しかし所持品は持っていなかった。最初に発見した直後の現場はどうだったかを、確認しておきたいんだ。」


 倉木は、浮柴家のチャイムを鳴らす。


『ピーン・ポーンッ』


 しばらくすると、年配の女性が現れました。

 その女性は、勢いよくドアを開ける。

『ガチャッ』


晴海「どちら様でしょう……?」


 二人は、この女性に警察手帳を見せる。


 するとこの女性は、顔を硬直させながら、応対する。

晴海「け、刑事さん!?」



 二人の刑事は、浮柴家の玄関口から、豪勢な内装を、物珍しそうに見つめる。

 その二人は、シャンデリアが迎える玄関口で、話を聞く。

助九「奥さん。浮柴晴海うきしば・はるみさんですよね?」


晴海「は、はい。ところで、刑事さんが、何の用でしょう?」


助九「今日は、息子さんの拓人君に、用があって伺いました。父親の、耕治こうじさんはお仕事ですか? 拓人君はいらっしゃいますか?」


晴海「夫の、耕治は仕事です。息子の拓人は、2階の部屋にいますが、呼んでまいりましょうか?」


黒木「よろしくお願いします。」


 晴海は1階から、品がある大声で、2階の自室にいる浮柴拓人を呼んだ。


晴海「拓人さ~ん。お客さんですわよ! 拓人さ~ん?」


 すると浮柴家の2階から、部屋のドアを開ける音が聞こえ、2階の階段から、男が降りてくるような足音が聞こえました。


拓人「まったく、誰だよ?」


晴海「あなたに、刑事さんが用だって。まったくあなた、何したの?」


 玄関口に近い、階段から降りてきたのは、浮柴拓人でした。


 浮柴拓人は、顔は少し長くて、切れ長の目が特徴。

 髪型は、母親が美容師らしく、若者らしい、最近の髪型をしている。

 服装は部屋着だが、清潔感があって、ラフな格好をしている。

 身長は高くて、180センチメートルある成人の男だ。




助九「あなたが、水の森公園で起こった事件の、発見者の、浮柴拓人君だね?」


拓人「あ、は、はい。刑事さんですか?」


黒木「そうですよ~。こんな美人の警官なんて、見たことないでしょ?」


拓人「は、はい……。」


助九「黒木君、答えに困るようなことを言っちゃいかん!」


黒木「助九ちゃん、きびし~い。刑事だって、仕事現場でも婚活させてよ~。」


助九「んん、ところで君は、事件の発見者として、警察に通報したことを、親御さんに話をしていないのかね?」


拓人「そうですね、親に心配をかけたくないので……。」


助九「拓人君、君はクリスマスの日に、テレビでもニュースとして流れている、内清正美ちゃんの事件の発見者ですよね?」


拓人「は、はい。第1発見者です。」


助九「君は、確かに、クリスマスの日の、午前6時に、内清正美ちゃんの遺体を発見したのですね?」


拓人「はい。午前6時でした。」


助九「その時間は、確かなのですね?」


拓人「は、はい。携帯電話を持っているので……。」


助九「君が、水の森公園に行くのは、日課なのですか?」


拓人「はい。毎朝あの公園を散歩しています。」


助九「確かに、君は、水の森公園で、内清正美ちゃんが、死んでいるのを見たのですね?」


拓人「は、はい。完全に死んでいました……。」


黒木「あなたは発見者として、警察に情報を提供したけれど、確かに午前6時に、水の森公園で遺体を発見した時に、確かに男女がもめている声を聞いて、男が走り去る姿を見たのですね?」


拓人「はい。見ました。」


黒木「その男の特徴は、どんな感じでしたか?」


拓人「はい、何か帽子を被っていて、目が血走っていた、怪しい男でした。」


黒木「カップルの声ですが、具体的にどんな内容でしたか?」


拓人「なんか、争っているような口調でした。」


助九「君は、第1発見者として、内清正美ちゃんが遺した、ダイイングメッセージを覚えていますか?」


拓人「はい。確か、『アイしてる』だったと思います。」


助九「それは、誰に対してのメッセージだと思いますか?」


拓人「わ、わかりません。その人を知らないもんで……。」


助九「内清正美ちゃんの死体の周りには、ほかに何か特徴的なものか、様子はなかったですか?」


拓人「ホワイトクリスマスで、雪が降っていて、土が凍っていたのですが、内清正美さんの遺体のところだけ、雪が積もっていなかったような……。」


助九「君は、あの現場にきた時に、遺体の周辺をイジったりしていませんか? そして少女が直接握っていたものとか、小女のポケットから出たものなどを見ませんでしたか?」


拓人「いえ、イジってませんし、ものなどもなかったです。」


助九「なるほど……、分かりました。情報の提供をありがとうございます。それでは黒木君、行くぞ!」


黒木「…えっ、えっ、ちょっとまだ聞いていないことが…、」




 黒木は、スタコラと去っていく足利を目で追いながら、後手後手で、ついて行く。


 足利は、浮柴家をサッと出て、一目散に、どこかに歩き出した。


黒木「なんで行っちゃうんですか、助九ちゃ~ん? ちょっと待ってよ~!」







 足利刑事は、サッサと100メートルほど、黙々と歩いて、急に立ち止まりました。

 そして、ボソッと、推理結果を、黒木にだけこぼした。


助九「あいつが犯人だ。彼は何かを隠している!」


黒木「えっ!? あのスラッとしたイケメンが、内清正美ちゃん殺害の犯人?」


助九「殺したかどうかは、わからない。だが……、彼は嘘をついている。それは私の、刑事人生で培った勘だ!」


黒木「ちょっと、その直感の根拠を、整理して教えてよ?」


助九「わかった。もう一度、証言者たちの話を整理しよう!」


 足利は、相方の黒木に対して、情報を整理して伝える。 足利警部は特別に、浮柴拓人が嘘をついているという、矛盾を浮き出した。


助九「彼は、毎朝水の森公園を散歩していると、証言した。しかし思い出してみろ。我々が水の森公園を見張っていた時に、6時に彼は来ていなかった。」


黒木「た、確かに! 毎朝の日課じゃないんだ!?」


助九「それに私は、彼が嘘をついているという、長年の直感から、トラップを仕掛けたんだ。」


黒木「そ、そのトラップとは……?」


助九「我々が何も言っていないのに、彼は、自分を第1発見者と名乗った。なぜ彼は、自分を第1発見者と、堂々と名乗れたのか? 第1発見者は、5時30分に、公園内には、誰もいなかったという証言をしたのにもかかわらずだ。」


黒木「確かに……。」


助九「そこで私は、『第1発見者の拓人君に、内清正美ちゃんの遺体の周りに、何か特徴的なものや、様子はなかったですか?』というトラップの質問を聞いた。すると彼はこう答えた。“雪が降っていて、土が凍っていたのですが、内清正美さんの遺体のところだけ、雪が積もっていなかったような”と答えた。矛盾しているだろう?」


黒木「な、なるほど! 第1発見者の証言と、矛盾している! 第1発見者の証言が正しかったら、まだ5時30分には、内清正美ちゃんはいなかったのに、内清正美ちゃんの遺体の下だけ、雪が積もっていない状態は作れない! 雪は深夜から降り積もっていたのだから!」


助九「そう、その通り! 雪は深夜の12時から降っていた。たとえ5時30分から、遺体が横たわっていても、もともと遺体の下には、雪が積もっているままだ。だから第1発見者の証言と、矛盾している。」


黒木「もし浮柴拓人の証言が正しいなら、内清正美ちゃんの下に、雪が積もらないくらいの間、遺体が横たわっていたということになる。そうなると、第1発見者の石森悠仁が、『5時30分には、公園には誰もいなかった』という証言が、嘘になる。」


助九「しかし私は、浮柴拓人が嘘をついていると考えている。それにあと三つ、矛盾しているんだ。なぜ彼は雪が積もっていたのに、土の上に書いた、ダイイングメッセージを読み取れたんだ? 我々が現場に来た時には、はっきりと読み取れる状態ではなかった。それがたった1時間前、つまり浮柴拓人が、内清正美ちゃんは発見したという時間で、はっきりと読み取れたというのは怪しい。」


黒木「お、おかしい! なぜはっきりと、ダイイングメッセージを読めたのか?」


助九「ほかにもおかしいところがある。親に、遺体を発見したことを、教えていなかったんだ。何か都合が悪いことがあるのだろう。」


黒木「そ、そうだ! だから何かを隠しているんだ。」


助九「私はほかにも、トラップを仕掛けた。浮柴拓人が、内清正美ちゃんを発見した時に、現場周辺をイジってないかと聞いた。そして所持品らしいものを見たのかを聞いた。しかし彼は、ノーと言った。しかし考えてみてくれ、冬の凍った土に、道具もなしに、ダイイングメッセージを、彫れるのか?」


黒木「て、天才! 確かに自分の指では、凍った土の上に文字を彫ることは難しい。内清正美ちゃんの指先は、キレイだった。しかも何か道具が必要なのに、それらしきものは、現場には落ちていなかった。」


助九「つまり、彼が所持品を持ち出した可能性が高いと、考えるのが妥当だ!」


黒木「ビ、ビンゴ! 犯人にたどり着きましたね!」


助九「これらの矛盾によって、私は、浮柴拓人が嘘をついていると判断したわけだ!」


黒木「さ、さすが! 勘だけは鋭い、足利警部!」


助九「だけは、とは何ですか!?」




 こうして足利と、黒木の、刑事コンビは、内清正美死亡事件の、犯人にたどり着いたのです。

 そう浮柴拓人が、今回の事件の、最重要人物です。








 足利と、黒木の、漫才刑事コンビは意気込みます。

黒木「さぁ、浮柴拓人を逮捕しましょう?」


 しかし足利は、首を横に振る。

助九「いや、内清正美ちゃんを、殺した証拠がない! とりあえず、浮柴拓人の関するデータを、署に戻って集めよう!」


 二人は、赤栄警察署に戻った。


 ここは赤栄警察署内。

 二人が警察署に戻った時には、もうすでに太陽が沈んでいて、漆黒の闇が街を覆いかぶしている頃です。


 刑事たちが慌ただしく、ひっきりなしに出入りしている。


 黒木は、集めたデータを、足利に見せた。

黒木「浮柴拓人は、村町市にある、帝立赤栄大学の2年生です。専攻は法学部です。父親の、浮柴耕治・49歳は、腕利きの弁護士です。親の影響で、法の道を歩んでいるのでしょう。母親は、浮柴晴海・45歳。村町市内にある、美容院を経営しております。経営は順調だそうです。」


助九「拓人君は本当に、法律家の道を進んでいるのかい?」


黒木「はい。しかしほかの分野でも、目立った活躍をしております。それは、囲碁です。」


助九「囲碁? 私も昔はよく打ってたな。頭の運動になるぞ。」


黒木「その囲碁で、竜ヶ島チャンピオンになって、今度、全国大会に出場する予定です。それもあって、最近はずっと、囲碁を打っているらしいですね。」


助九「内清正美ちゃんとの接点はないか?」


黒木「今のところ、出てきてません。しかし面識はあったと考えるのが妥当です。なぜ彼が、嘘をつく必要があったのか?」


助九「内清正美ちゃんが通っている、村町中学のOBか?」


黒木「いえ、浮柴拓人の出身中学は、エリートが進む、海雲かいうん中学です。」


助九「そういえば、黒木君が、浮柴拓人からの、電話を受けたんだな?」


黒木「そ、そうなんです。だから男女がもめている声を聞いたとか、走り去る男を見たというのは、嘘なのかしら?」


助九「多分、嘘の証言だろうな。自分に都合が良いように、我々を仕向ける狙いだろう。ズル賢こそうな顔をしてたじゃないか。それに囲碁のチャンピオンだぞ! 何か作戦があったんだ。」


黒木「何かを隠そうとして、我々を別の方角に仕向けた……。一体何でしょうか?」


助九「自分から電話をかけたということは、その箇所に、こだわる理由があるはずだ。」


黒木「つまり今回の件だと、アリバイですか……?」


助九「そこを先読みして、変えたかったのかもな? よし、浮柴拓人が、いつも出没しているところを調べて、そこで彼の情報を集めよう!」

 翌朝。

 12月28日。


 浮柴拓人を尾行して監視をすると、よく出没している場所が、囲碁を打つ場所の、碁会所だった。

 その碁会所は、村町市内のビルの2階にあった。

 ビルの外壁は、黒い汚れが目立っている。

 今日も浮柴拓人は、この碁会所に通っていた。


 老若男女の囲碁好きが、真剣に碁盤を睨んでいる。


 刑事二人は、遠目から、浮柴拓人を観察する。

 すると、奇妙な光景に出くわした。


 この男、囲碁に集中して、試合に入ると、人格が豹変した。

 まるで勝負の神様が、憑依したみたいだった。


拓人「ひえぇぇェェィィー!」


 浮柴拓人と対局する人は、この気合に負けて、蹴散らされる。

 浮柴拓人は、圧倒的な先を読む目と、冷徹なまでの勝負で、相手よりも多くの陣地を、獲得する。


 囲碁は、碁石で囲んだ陣地を、多く確保した方が勝つルールだ。

 基本的には、碁盤の地点なら、どこに碁石を置いても良い。


 しかし碁石を置いていけないところがある。

 そこが、碁石で囲まれている、置いたって、相手に取られてしまう、囲まれた眼の中だ。

 そこは着手禁止点と呼ばれる。


 囲碁は、相手の碁石を囲い込むと、アタリといって、石を取ることができる。

 着手禁止点は、その囲まれた中だ。








 足利警部が動き出した。

助九「私も久しぶりに、お手合わせ願おうか……?」


 足利は、圧倒的な強さを見せるので、対局相手が見つからない、浮柴拓人の前に立った。

 そして足利は、ひょうひょうと対戦を申し込む。

助九「拓人君、今度は私と、真剣勝負して、君の力を見せてもらおう!」


 浮柴拓人は、足利の顔を見ると、少し引きつった表情をしました。

拓人「昨日の刑事さん……。」


 しかし浮柴拓人は、対戦を受け入れた。



 足利対、浮柴拓人の、対局が始まった。


 協議の結果、足利が先攻することにした。

 囲碁は、先攻が黒い石を使う。


 二人は、人差し指と、中指で、上手に碁石を操る。


『カチッ!』


 碁石が、碁盤につく、独特の音が弾ける。




 試合は、先攻の足利が、囲んだ陣地を多く獲得していた。

 その展開を、浮柴拓人が変局する。


拓人「ぃぃひぇぇぇぇぃぃぃぇえ!」


 浮柴拓人の憑依が始まった。


 浮柴拓人は、基本的にはどこに打っても構わない囲碁のルールを活かして、足利の陣地を切り崩す。


助九「そ、そうきたか……!?」


 しかし足利は、切り崩してきた石を、囲み出す。


拓人「ぅぃひぃぃぇぇぇえ!」


 すると浮柴拓人は、碁石を囲みにこられても、囲まれて相手の石にされない、二眼の目を作り出した。

 その二眼にがんというのは、全体の重なった石の中に、二つの目を作り出せば、たとえ外を囲まれても、囲まれたことにならない状態だ。

 外を囲んで、目の中に碁石を置かれても、目が二つあるので、囲んだことにならないのだ。


 アタリという、外を囲んで、中心の目の中に置いて、すべての石を相手の石にされないのが、二眼の形だ。

 それが、囲まれても、相手に取られない、囲碁の形だ。


 囲碁は、どこにでも打つことができる。

 しかし目の中には、はじめから囲まれて、相手の石になるとわかっているので、着手禁止点といって、碁石を置くことができない。

 最初から、囲まれているところには置けないのだ。


 だから囲碁の世界では、試合の先を読む力で、囲まれても、絶対に相手に取られない、二眼を作るのだ。

 しかしその、二眼の目の中でも、二眼崩れなら、アタリといって、囲まれた眼の中に、石を置くことはできる。

 それで囲んだ石を、全て取ることができる。


 はじめから、相手の石になるわかっていても、アタリだったら置けるのだ。




 対局中、足利は事件について聞いてみました。

助九「ところで拓人君、君はクリスマスイヴの日は、何をしていたんだい?」


拓人「えっ!? クリスマスイヴの日は、ずっとパソコンで、囲碁の通信対戦をしていました。そしていつもの通り、午後の10時に就寝して、翌朝の5時30分に起きて、水の森公園まで、日課の散歩に行きました。」


助九「しっかし、おかしいな。私も午前5時から、午前7時まで、水の森公園を見張っていたが、君の姿は確認することができなかったよ。」


拓人「あ、そ、それは、公園で、女の子が、あんな姿になっているのを見てしまって、あのクリスマスの事件から、あの公園には行っていないのですよ。」


助九「そういうことか……、しっかし君は、自分のアリバイに、相当な自信があると見たが、それを証明する、証人はいるのかい?」


拓人「親が知っていると思いますが? 僕が部屋で囲碁をしているときは、ついつい奇声を上げることがありますので、その声と、碁石を打つ音を聞いているんじゃないですか? 午後の10時から、午前の5時30分までは、寝ていました。これって、立派な証人になるんじゃないですか?」


助九「そうかそうか、しかし、午後10時から、翌朝の5時30分までのアリバイは、完全に成立したわけじゃないからな。しっかし、ほかにも気になることがあるんだ。なぜ君は携帯電話を持っているのに、死体を発見したあと、その現場から離れて、公衆電話で警察に通報したんだ?」


拓人「あ、いや、気が動転してたんで、す、すいません……。」


助九「いや、ほんとにそうかな? 跡がつくからじゃないのか?」


拓人「刑事さん、今僕のこと、囲ってるでしょ?」


助九「人を疑うのが、我々の性分なんでね。」


拓人「そ、そうなんですか……、あっ、刑事さん、そこは、着手禁止点です。完全な二眼ですから……。」


助九「あっ、そうか、ここはアタリの地点じゃないのか、二眼の出来損ないの、欠け眼だと思ったのにな……。参りました。私の負けです!」


 試合は、終了しました。

 終わりの、コウの時間です。


 勝負は、より囲んだ陣地が多かった、浮柴拓人の勝ちです。


助九「お見事でした。久しぶりに対局して、胸がドキドキしました。完敗です。」


拓人「ははっ、また出直してください。」


助九「君とは、また勝負する日が来るだろう。その時は、お手柔らかに。」






 足利と、黒木は、碁会所を出た。

 そんな足利に、黒木は質問する。


黒木「良いんですか? 彼をこのまま帰らせて。」


助九「確信した。彼はアリバイ工作をしている。その鉄壁のアリバイを証明するために、我々に電話をかけて、仕向けて、誘導しようとしている。そのアリバイを崩すことができたら、一気に犯人を突き止められる。今度は、内清正美ちゃんと、つながりがあったという証拠をみつけよう。家宅捜索だ。裁判所から令状を取ろう。」

 刑事二人は、赤栄警察署に戻った。


 赤栄警察署では、いつも通りプンプン怒っている上司の舘右近たち・うこんが、誰もが働いている警察署の中で、一人だけ座って二人を待っていました。


 警察の上司の舘右近は、誰からでもわかるような七三のヅラをかぶっていて、白のYシャツに、紺のネクタイをはめた、低身長で細身の、キャリアです。

 いつも軽快なフットワークで、署内をウロチョロと動き回っている。


 その上司の舘右近は、足利と黒木の姿を確認すると、急に立ち上がって、二人に重要なことを伝えた。


上司「足利さんと、黒木くん、ちょっと来てくれ……。」


 足利と、黒木は、警察署の上司に、別室に呼ばれた。


助九「改まって、何でしょう……?」


黒木「私たち、何かしたのかしら?」


舘右近「今、君達が追っている事件だが、検死報告書が出来上がってきた。検死の結果、内清正美は自殺だ。事件性はない。右の手首にあった切り傷だが、あれは、内清正美の利き手である、左手で、カミソリを使って切ったことが判明した。切り傷から見て、自分の利き手で、力を入れられた形跡があった。そして死因だが、睡眠薬と、精神安定剤を、一度に多量に服用したことによる、中毒死だった。薬を大量に服薬したことで、泡を吹いていただけだ。これが検死報告書の結果だ。完全に自殺だ!」


黒木「そんな……、だって我々は、もう少しで犯人を突き詰めることができるのですよ!」


舘右近「だから犯人はいないっつーの! たとえ犯人がいても、その人を逮捕することができる可能性は低い。」


助九「私はやりますよ! 内清正美ちゃんの無念を晴らすために、私は一人でも、闘いますよ!」


舘右近「足利さん。彼女は、自分で命を絶つ決断をしたんだ。たとえ犯人がいようとも、我々が関与することができる範囲内ではないのですよ。」


助九「でも私は、内清正美ちゃんの、家族や、ご両親や、友達などの、辛い心情を考えたら、自殺まで追い詰めたと思われる、犯人を問い詰めることで、無念を晴らせると思うのです!」


舘右近「それは権力の暴走だよ! 我々は、事件が起こってから、その犯人を逮捕するのが仕事だ! 罰を与えたり、判決を履行させるのが、仕事ではない!」


助九「ぅうむん……、」


舘右近「足利さん、また一人で捜査するつもりじゃないでしょうね? 一匹狼は、刑事の違反行為だ。必ず、刑事は二人以上で、行動しなくてはならない。すでに解決した事件を追っているのがバレたら、またマスコミから「血税のムダ遣いだ!」と騒がれる。あなたも昇進したいでしょ? こうやって、年下の人間に怒られるのも嫌でしょ? プライドがあるからって、長いものには巻かれた方が、得策な時もあるのですよ。」







 刑事二人が、警察の上司から叱られた後。

 二人はデスクに戻った。

 意気消沈の二人。しかし足利の目は死んでいなかった。


黒木「助九ちゃ~ん。これからどうすんの? 私は事件が解決されたら、じっくし眠れることができるから良いけど、あ~、浮柴拓人が犯人だと思ったのになぁ~?」


助九「私はまた、一人で行動する! 君はまだ先がある人間だ。署内に戻りたまえ。」


黒木「えっ!? また一匹狼? さっき上司から叱られたばっかしじゃん!」


助九「責任は私が負う。私は、どんな事件も、最後の仕事のつもりで働いている。家宅捜索の令状がなくても、警官は捜査権を持っている。もう一度、浮柴家に行ってみる。そこで証拠を獲得すれば、上司も文句は言わないだろう? この検死報告書は、私が持つ。」


 そう言って、足利は、赤栄警察署から、勢いよく飛び出していった。


黒木「助九ちゃ~ん。単独行動は、刑事の違反なんだって~!?」

 12月29日。朝。


 足利警部は、一人で、浮柴家に突入していった。

 足利が、浮柴邸に着いた時は、もう夕方だった。

 足利が気づいたら、襟袖などに、しっかりと汗をかいていた。


 敷地が広い浮柴家の庭では、拓人の母親の、晴海が、庭掃除をしている姿が見えた。

 足利は、敷居の外から、その母親に声をかける。


助九「奥さん、今何をなさっているのですか?」


晴海「は、また刑事さんですか?」


助九「とりあえず、私も中に入ってよろしいでしょうか?」


晴海「ど、どうぞ……。」



 足利は、豪邸がそびえ立つ、浮柴家敷地に入る。


助九「奥さん、そこで何をしていましたか?」


晴海「た、ただの掃除です。年末のなので、今大掃除をしていただけです。」


助九「奥さん、息子さんの拓人君に、何か異変はなかったですか? 例えば、穴を掘ってたりとか、大きなゴミを出したりとか?」


晴海「あ~、確か、この庭で、ゴミを燃やしていたような……?」


助九「分かりました。ところで、拓人君は、今いらっしゃいますか?」


晴海「はい。部屋にいると思います。」


助九「それでは、私も失礼してよろしいでしょうか?」


晴海「ど、どうぞ……。」



 浮柴邸に入ると、豪華な装飾品が目立つ。

 足利は、晴海に連れられて、拓人の部屋に案内される。


 そこで晴海は、拓人の部屋をノックしてみる。


晴海「拓人さん、お客様ですよ~!」


 しばらくすると、部屋から拓人が出てきました。

拓人「なんだよ、勉強をしていたのに……、はっ、刑事さん……。」


助九「またお会いしましたね。都合がよかったら、私を部屋に入れてくれないか?」


拓人「は、はい……まだ僕をマークしてるんですか? でも、何もやましいことはないもんで。」


 浮柴拓人は、躊躇することなく、部屋に招き入れた。

 足利は、浮柴拓人の部屋に入ることに成功しました。

 足利は、刑事の仕事柄、部屋の中をチェックします。


助九「意外と、片付いているじゃないか。拓人君。」


拓人「刑事さん、今日は何の用で?」


助九「家宅捜索だよ。内清正美ちゃんとの接点を探すために、今日はお邪魔させていただいたんだ。」


拓人「ちゃんと、令状は取ってあるんですか?」


助九「全くない。でもやましいことはないんだろう?」


拓人「はい! いくらでもどうぞ?」


助九「君は自分の潔白に、相当な自信を持っているようだが、それが命取りになる場合もあるんだ。覚えとけ。」





 足利は、拓人の部屋を捜索する。


 卒業アルバム

 郵便物

 ビデオテープ


 押し入れや、戸棚や、パソコンの中。

 しかし何も見つからない。

 女の子のもののような、内清正美ちゃんの所持品らしいものも、見つからなかった。


 浮柴拓人と、内清正美との、接点がなかった。


助九「……ぅぬぬ。」


拓人「どうしたんですか刑事さん? 私が潔白だということが、証明されましたか?」


助九「私は知っているんだ、君がそこの庭で、証拠隠滅を図ったことを……。」


拓人「証拠隠滅? 僕がしていたのは、ゴミの焼却ですよ。」


助九「最後に、君が持っている、携帯電話を渡してもらおう?」


拓人「どうぞ、お構いなく。」


 足利が、浮柴拓人の携帯電話のデータを確認しても、内清正美につながる証拠が見つかりません。


助九「(データを削除しやがったな)くっ、何も見つからない……。」


拓人「僕の名前は、開拓する人という意味が込められているのです。」


助九「うるさい! 私は、タスク(仕事)をする人だ……。」


拓人「刑事さん、負けを認める、投了ですか?」


助九「……うむぬぬ……。」





 足利は、意気消沈して、拓人の部屋から出る。

 夕焼けの外で、カラスの鳴き声だけが、自分にだけ、馬鹿にしているように聞こえた。

 そのトボトボとした足取りは、重々しい。


 そんな足利に、母親の晴海は、丁寧に応対する。


晴海「刑事さん、息子は何をしたのでしょうか? 拓人さんは、とても良い子なんです。朝起き以外、なんでも出来る子なんです!」


助九「そ、そうですね……、んっ、ちょっと待ってください。拓人君は、朝起きが苦手なんですか? 5時30分に起きているんじゃないんですか?」


晴海「は、はい。毎朝私が、起こしています。自分からは起きてきません。」


助九「じゃ、事件があったクリスマスの日は、5時30分には起きていないのですか?」


晴海「いや、5時30分には起きるのですが、毎朝私が、起こしています。5時30分に起きるのは、脳科学的にも良いようで。確かクリスマスの日も、私が部屋をノックしたら、内側から『トントンッ』と、ノックが返ってきました。」


助九「確かに、内側からノックがあったのですね? そしてイヴの日の、就寝する午後10時までのアリバイを、確認することはできますか?」


晴海「クリスマスイヴの日も、いつものように、部屋から囲碁をするときの、奇声が聞こえてきました。そして碁石を打つ音も……。」




 再びうなだれて、浮柴家の外をトボトボと彷徨う足利。


助九「(やっぱり、拓人のアリバイは完璧だ……。)」


 足利が、晴海に礼をして、浮柴家を出ようとして時に、拓人の父親と、ばったりと出くわした。


耕治「晴海、この方は?」


晴海「け、刑事さんです。ほらあの、水の森公園で起こった事件か何かで、拓人を調べているんです。」


耕治「ほー、刑事さん、息子は私に似て、出来た子ですよ。拓人に詳しくは聞いていないのですが、ただの第1発見者でしょ? まだ拓人は、20歳になったばっかしだ。子供の発育にも影響する。警察が捜査したいなら、今度は裁判所から、令状を取ってきてください。それが本来のやり方でしょう。」


助九「し、失礼します……。」




 足利は一人で、肩を下ろしながら浮柴家から去っていった。

 そして自然に、数分のところにある、封鎖が解けた水の森公園にたどり着いた。

 夕暮れの薄暗い公園は、事件があったせいで、人がいないからなのか、妙にしんみりとしている。


助九「しもうた、また上司に怒られる……。(ピピピピピッ・・・ピピピピピッ・)」


 突然、足利の携帯電話が鳴りました。

 その電話に出る。


助九「あ~もしもし、足利だ。」


黒木「も~、どこにいるんですか助九ちゃん!」


助九「事件があった、水の森公園だが?」


黒木「コンビニの映像を解析したそうなのですが、写っていたのは男女のカップルだけで、怪しい男は写っていなかったそうです。」


助九「何だ、そんなことか! 私はね、今、証拠を見つけられずに、泣きながら、上司への言い訳を考えて、そうだ、君は部下だから、上司への言い訳を考えてくれないか?」


黒木「何言ってるんですか!? 助九ちゃんらしくない! でも私、気づいたんですけど、検死報告書に記載された、推定死亡時刻って、オカシくないですか? 私のメモ帳では、浮柴拓人が完全に死んでいた遺体を発見したのが、午前6時だと証言していましたよね? でも死亡推定時刻は、6時30分なんですよね……。」


 この黒木の着眼点に、足利はピーーンときた。


助九「黒木君、デカした! 矛盾している。拓人の証言と、矛盾している。黒木君、君も水の森公園に来て、新たな目撃証言を獲得してくれ! 拓人の完全なアリバイを、崩すことができるかもしれない!」


黒木「ちょっと、助九ちゃん!? この事件にはもう関与しちゃいけないって、上司も言ってたじゃん!」


助九「これは面白くなってきた。コンビニの映像? これもあながち、無駄ではなかったようだ。警察組織の名誉にかけて、この村町市内中を、調べてもらおう。そしたら些細な手がかりがあるはずだ。」



 12月30日。

 翌朝5時。


 水の森公園近辺。

 肌寒い早朝でも、社会に組立てられている人間は、生活をするために活動を始めた頃だ。


 黒木が一人で、見張っている。


黒木「なんで私が、またこんな捜査しなくちゃいけないのよ? 私って方向音痴だから、こんな知らない土地で、一人にされても困るのよね!? でも協力する代わりに、助九ちゃんが、良い男を紹介してくれるって言うから、こうやって見張ってんのよ!」




 午前5時30分。

 新聞配達員の、石森悠仁が、水の森公園を、自転車で通る。


黒木「よっ、お疲れ!」


 石森悠仁は、軽く会釈をして、去っていった。








 午前6時。

 浮柴拓人の姿はない。










 午前6時15分。

 トラック運転手が、水の森公園の方を向かないまま運転している。


黒木「この車の人だ!」


 黒木は、この白い車体の中型トラックを、警察の権力で停車させようとする。

 しかし運転手が、状況確認をしていなかったので、そのまま通り過ぎた。


黒木「えっ、何で!?」


 しかしトラックは、信号が赤になったので、停車した。

 それを見計らって、黒木が中型トラックまで行って、運転手に声をかけた。


黒木「はぁ、は、ちょっと良いですか? 私、こういうものです。」


 黒木が警察手帳を見せると、その男は、警戒した表情になってこぼす。


池上「け、刑事さん!?」



 黒木はトラックを、安全なところに停車させた。

 そして黒木は、話を聞く。


黒木「運転手さん、お名前と、年齢を教えてください?」


池上「池上です。池上辰郎いけがみ・たつろう。40歳。」


黒木「池上さん、ご職業は?」


池上「トラック運転手です。」


黒木「池上さんは、トラック運転手なのに、なぜ水の森公園の方を確認しないで、運転しちゃうのかな?」


池上「怖いものを見たからです。」


黒木「怖いものって何?」


池上「幽霊です。私、あの日見たんです。少女がうめき声をあげながら、苦しんでいる様子を。」


黒木「きみ、知らないの? あの公園で、死亡事件が起こったのよ。きみは、ニュースとか、新聞を読まないの?」


池上「えっ、本物だったんすか? 俺、ニュースとか、気にしないタイプなので……、俺、うめき声が聞こえるから、そっちをパッと見たんすけど、少女が苦しそうに悶絶してたんです。」


黒木「それ何時?」


池上「午前の6時15分です。このトラックの時計を確認しました。」


黒木「それ本当ね? 確信できる?」


池上「は、はい。6時15分頃だったと思います……。いや~、でも、幽霊じゃなくてよかった~。何だ俺、本物を目撃しただけなんだ、良かった~。」


黒木「池上さん、ありがとさん! じゃ、仕事に戻って良いよ。それじゃ。」





 黒木は、有力な情報を手に入れた。


 その後。

 午前6時30分に、老人の、和民保さんを確認する。



 そして。

 午前6時45分に、主婦の、大船伊織さんを確認する。



 そして午前7時になって、この日の黒木の、見張り番が終わった。


 黒木は、雰囲気がある喫茶店にいる足利に、情報を報告しました。

 足利も、周りの客も、忙しい師走の時期に、静かで調和がとれた空間で、おすすめのコーヒーをすすっている。


黒木「助九ちゃん、第3発見者が現れました。午前6時15分に、まだ内清正美ちゃんが生きているのを、発見した証言が得られました。浮柴拓人の証言と、矛盾してますね!」


助九「確かに、内清正美ちゃんは、午前6時30分まで、生きていたんだ! 浮柴拓人は、アリバイがある午前5時30分までに、内清正美ちゃんが死んでいたということにしたかった。そのために、我々警察に、電話をかけてきた。囲まれているところに、わざわざ碁を打ってきた。」


黒木「例えば、内清正美ちゃんが、浮柴拓人の携帯電話に電話をかけて、その記録が残っていたら、つながるんだけどね。」


助九「んん、電話? 確か浮柴拓人は、公衆電話から、警察に電話をかけてきたんだよな? そしたらその記録が、残ってるんじゃないか? 警察にかけてきた電話は、ちゃんと録音されているぞ。何かあるかもしれない、調べておこう!」


黒木「助九ちゃん、浮柴拓人の部屋に行って、何も見つからなかったんですか?」


助九「あぁ、何もな。携帯電話も、データを削除していて、証拠隠滅を図ったんだ。」


黒木「そしてイヴの日から、翌朝の午前5時30分までのアリバイが、完璧なんですよね?」


助九「やつは、二眼を作った。アリバイ工作と、証拠隠滅。その二つだ。」


黒木「二眼って、なんですか?」


助九「二眼とは、囲碁の用語で、外を囲まれても、囲んだことにならないようにして作った、内側にある2つの眼だよ。それを作ると、囲めないんだ。」


黒木「へぇ~、でも完全に出来上がる前に、潰せば良いんじゃないの?」


助九「それを、ナカデという。私はそれをしに行って、逆にやられたんだ……。」


 黒木は、仲間の刑事に、電話で連絡を受ける。


黒木「(プププププッ、ピッ!) はい、もしもし、黒木です。あっ、分かりました。早速足利に伝えます…、助九ちゃん、浮柴拓人が警察に通報した公衆電話の場所が、わかったそうですよ。」


助九「ホントか! よし、早速行ってみよう!」

 刑事の二人が、その公衆電話の場所に行ってみると、そこは水の森公園から、100メートル程の場所にありました。

 巨大な水の森総合病院の施設内にある、コイン式の公衆電話です。

 そこはひっきりなしに、救急車や、乗用車が出入りしている。


 その近くには、受付があって、中には人がいます。

 そして公衆電話が設置されてある玄関口には、監視カメラが設置されてあった。

 そのカメラは、公衆電話を利用している人も、記録しています。

 絶妙な角度に、監視カメラは設置されてあった。



助九「ここだな、公園の近くじゃないか? しかし最近、公衆電話があるのも、珍しいな。」


黒木「この電話に、発信記録が残されていました。警察への通報は、記録されていました。しかし冷静に、いたって普通の内容ですので、怪しいところは見つかりませんでした。」


助九「浮柴拓人は、内清正美ちゃんを、6時に発見したあと、現場から離れて、100メートル先の、この公衆電話にきたわけか。」


 すると足利警部は、病院の受付の人に、話を聞きました。


助九「ちょっとすいません。我々、こういうものですが……。」


 足利は、受付嬢に警察手帳を見せると、受付の看護婦さんは、顔をこわばらせた。



助九「この病院って、大晦日なのに、いつもこの公衆電話を、解放させているのですか?」


受付嬢「は、はい。この病院は、24時間緊急対応の病院ですので、常時開放しております。」


助九「クリスマスの日に、何かいつもと違ったこととか、怪しい人が使っていたなどということはありましたか?」


受付嬢「かわったことですか? 特にありません……、いや、でも、いつもこの公衆電話を使う女の子がいまして、その時間帯が、いつもの時間とは違うというのはありました。」


黒木「その話、詳しく教えてください?」


受付嬢「その子は毎日、午後の5時に、その公衆電話にかかってくる電話に出てました。でもイヴの日だけ、私が『今日は電話が来ないね』というと、『今日は6時に電話を待っている』と言ってました。でもその6時台は、ほかの患者さんが利用している時間帯で、その子には電話がかかってこなかったんです。しばらく観察してると、ほかの患者さんが利用を終えてから、その子がこちらから、電話をかけていました。かわったことといったら、これくらいです。」


黒木「その女の子って、こんな顔をしてませんでしたか?」


 黒木は、内清正美ちゃんの顔写真を、受付の人に見せました。


受付嬢「あ、はい、はい。この子です。この子がいつもそこで、電話を待ってた子です!」


助九「ありがとうございます。」


 足利は、受付の看護婦さんにお礼を言うと、確信めいた表情になります。


助九「公衆電話には、発信記録が残る。公衆電話からかけたのならば、履歴が残るんだ! イヴの日の午後6時台に、この公衆電話から、どこにかけたのかを調べたら、浮柴拓人にたどり着くかもしれない。これはクリスマスの日に、何が起こったのかを、はっきりさせるチャンスだ!」







 足利と、黒木は、公衆電話の解析は、専門班に任せて、二人は赤栄警察署に戻っていました。

 年暮れの外は、夕方であっても凍えるようだ。


 赤栄署内は、警官が一生懸命働いている。

 その中から、あの上司の舘右近が現れて言いました。


舘右近「足利さん! あなたは、まだあの事件を追っているのかね? あの事件は自殺。自殺なの。空港で新たに起こった事件で忙しいんだから、君たちもそちらの事件に、加勢してくれたまえ。終わった事件をほじくり返すなんて、税金の無駄! 無駄なの! あ~嫌だ嫌だ、毎年同じ席に座って、肉体労働されるのは。そうでしょ、黒木君?」


黒木「は、は、そうで、すね。」


 上司は愚痴を言うと、去っていきました。




 上司が去ったあとの署内。

 二人は嫌な顔をしている。


黒木「助九ちゃ~ん、気にすることないよ。あの人は、あ~いう~人なの。本当、ヅラをかぶっているのがバレバレなんだから、あのヅラガッパ! 私は、助九ちゃんのような人は好きよ。ノンキャリでスピード出世はできなくても、一生懸命働く人。それに助九ちゃんには、もう最愛の奥さんがいらっしゃるからね。」


助九「怒られなかったな。怒られなかったということは、まだこの事件を、追求しても良いってことだな?」


黒木「いや、そういうことは言ってないと思うけど……。」


助九「まだ時間はある! 公衆電話の解析結果はまだか?」


 ちょうどその時です。


専門班「解析ができました。クリスマスイヴの日の、水の森総合病院の、公衆電話からかけられた、発信記録ですが、午後6時10分に残されていた番号を、データベースで照合すると、浮柴拓人の名義の、携帯電話にかけられたものだということが判明しました。つまり監視カメラの映像が残っている、内清正美ちゃんがその時間にかけた相手先は、浮柴拓人の携帯電話だという証拠の履歴が残っていました!」


黒木「ツナがった……。ナカデ発見。」


専門班「そして、足利警部に頼まれた、イヴから、クリスマスまでの、村町市内の、ありとあらゆる設置カメラを調べてくれという、依頼ですが、すべてのカメラを解析した結果、写っていました。イヴの日に、浮柴拓人と、内清正美が、一緒に、ラブホテルに入ろうとして、未成年だからと、断られている映像が記録されていました。」


黒木「またまたツナがった、大アタリ! 欠け目決定!」


助九「みんな良い仕事をしてくれた!」


 警察署のみんなも、活気づきました。


助九「さぁ、被疑者として、事情聴取の準備をしてくれ! これで裁判所からの令状が届くだろう! 本人が法を学んでいるとか。父親が弁護士などは、関係ない! あの夜、何があったのかを明らかにしてもらおう!!」


 12月31日。大晦日。


 赤栄警察署内。

 取調室。

 取調室の外からも確認することができるように、マジックミラーも設置されている。

 殺伐とした空間に、刑事たちが睨みを効かしているから、余計に威圧感が感じられる。



 事情聴取中に、取調室には、父親の、弁護士の、浮柴耕治は入れない。

 浮柴耕治は、部屋の外で待機している。



 足利と、黒木は、取調室で、睨みを効かせて、浮柴拓人を問い詰めている。


助九「君はなぜ、嘘をついたんだ?」


拓人「僕のせいで彼女が自殺してしまって、もう僕は成人になってしまっていて、少年法が適用されないから、逮捕されるんじゃないかと思って、怖くなったからです……。刑事さんたちが見張ってることに気づくと、自分から警察に電話をかけて、中手にされる前に、完全な二眼を、アリバイを作り上げようとしたんです。僕には完全なアリバイがあると思っていた。しかしそれが逆に、自分の首を絞めることになろうとは……。」


助九「なぜアリバイ工作なんてしたんだ?」


拓人「僕が完全だと思っていた、身代わりが自分の家にいるアリバイ。いつもなら夜中に、外出なんてしないのです。クリスマスだったから、彼女が会いたいって言うから、初めて家を抜け出したんです。彼女が自殺をした時に、直感的に、ちょうど僕には完全なアリバイが存在していると思ったんです。それを利用しようとした。でも、ホテルで、僕と、正美が一緒にいる姿を捉えられていて……。家にいるというアリバイを覆す、証拠が出てきたら、僕はもうなにも……それからなんです、嘘をつき始めたのは。本当です、信じてください!?」


助九「恋人たちの聖夜が、欠け目の原因か……。」


黒木「あの日、イヴの日からあったことを、洗いざらい教えてもらいましょうか?」


拓人「は、はい。僕と、正美は、付き合ってました。告白したのは、彼女の方からです。そしてクリスマスイヴの日に、私たちは家から抜け出して、会う約束をしました。しかし私の家は、キビシかったので、後輩の替え玉を用意しました。後輩に頼んで、クリスマスイヴの日に、部屋にいてくれと、頼んだのです。」


助九「親御さんの証言で、部屋から奇声が聞こえるとか、ドアをノックすると、ノックが返ってきたというトリックは、どうしたんだ?」


拓人「はい、あれは囲碁の時の声と、石を打つ音を、カセットに録音して、カセットを流していたのです。部屋に鍵をかけているのですが、母親がノックをしたら、ノックを返してくれと、後輩に頼んでいました。」


黒木「そしてあなたは、クリスマスイヴの、午後6時に、いつもの公衆電話に電話をかけたのね?」


拓人「そうです。でも通話中で、繋がらなくて、彼女の方から、僕の携帯電話に、連絡がありました。でもその記録は、消去しましたけど……。彼女はお金がないので、いつも僕が、自分の携帯電話から、取次ができる公衆電話にかけていました。彼女は、毎日電話が欲しいとせがむので。」


助九「しかし公衆電話の方には、発信記録は残されていたんだな。そして、連絡を取りあった6時10分から、何をしていたんだ?」


拓人「午後の6時30分に、合流しました。街の方の、ファーストフード店です。そこで食事をして、今度はラブホテルに向かいました。しかし最初のホテルには、未成年ということで、入れてもらえませんでした。そこでこっそりと、2件目のホテルに行きました。そこでチェックインしました。」


助九「そこで、いろいろやったわけか?」


拓人「はい、男なもんで……。」


黒木「それから、どうしたの?」


拓人「別れを切り出しました。」


黒木「はぁ~? あんた何て……!?」


拓人「ほかに気になる女性ができたんで、正美とは別れて、別の子に乗り換えようとしました。その方が紳士的じゃないですか!? 彼女に内緒で浮気するよりも、他に好きな女性ができたから別れるというのは。彼女には、同じ校内の、美人のハーフの娘が好きになったので、もう別れようと、切り出しました。」


黒木「あんた、女の子の気持ち、少しは考えなさいよ! 大好きな彼氏が出来て、その男性とHまでしといて、いきなりフラれる、純粋な女の子の気持ち、わかんないの!?」


助九「それで内清正美ちゃんは、飛び出して行ったんだな?」


拓人「そうです。でも僕も反省して、彼女を探しました。いつも一緒に行っていた、ゲームセンターとか、いつも一緒に待っていた、バス停とか、いつも一緒に行っていた、海の砂浜とか、でもどこにもいなかったんです。何時間も探したんです。そしたらいたんです。僕たちが初めて出会った公園に。思い出の公園に、彼女が自殺未遂をしていたんです。僕は気が動転して、パニクりました。そして急いで、警察に通報したんです。それが、午前の6時頃だったと思います。」


助九「でも君は、近くの24時間救急がある総合病院に掛け合えば良かったんじゃないか? まだ彼女は、死んでなかったんだろ? 救急病院の公衆電話に電話をかけにまで行って、なぜ受付の人に、救急患者がいるって、伝えなかった?」


拓人「経歴に傷がつくと思ったんです。」


黒木「サイテー。」


拓人「未成年の女の子と一緒にいたら、淫行で捕まっちゃうんでしょ? 情状酌量だって、捕まったあとの話でしょ? もう彼女は、助からなかったじゃないですか? 実際その後まもなく、死んだじゃないですか? だから僕は、先に手を打ったんです。第1発見者として、アリバイを優位に使おうと!」


助九「なぜ君は、彼女が完全に死ぬと判断したんだ? 本当に死んだのは、君が発見した30分後だ。」


拓人「だって、泡まで吹いていたんですよ!? 僕は頭が良いが、医学のことまでわからない。でも、まもなく死ぬような、そんな様子だったんです!」


助九「それで君は、アリバイを持っている時間のうちに、彼女が死んだことにしておきたかった。それでわざわざ、囲まれているところに、石を打ってきた。しかしね、黙っていたら、この事件は、ただの自殺で処理されていたんですよ! 君が警察に電話をかけてこなかったら、我々も捜査を打ち切りになっていたのですよ! 囲碁チャンピオン、先を読みすぎたな。」


黒木「内清正美ちゃんの所持品、どこにやった?」


拓人「全部捨てました。」


黒木「てめぇえ!」


助九「やめたまえ! 黒木君。暴力はいかん。弁護士さんもいらっしゃるのですよ。」


 黒木は、怒りを押し殺します。


拓人「……でも、これは持っています。」


 浮柴拓人が持ち出したのは、二人で写った、プリクラの写真でした。

 足利は、そのプリクラを確認する。

 すると裏には、拓人の携帯電話の番号が書かれてありました。


拓人「これだけは、捨てきれなかったんです……。だから刑事さんに見つからないように、隠して保管していました。これだけは、最期まで握りしめていたんです。正美は木の棒で、ダイイングメッセージを彫っていました。それが僕への、メッセージでした。指揮者の棒。タクト。つまり僕です。ちなみに彼女は、清く正しく美しく……。」


助九「その木の棒は、どうした?」


拓人「ちょうど寒かったんで、手袋をはめてたんで、つまんで野原に捨てました。」


助九「内清正美ちゃんは、所持品を持っていなかったが、それは君が、手袋をつけて、指紋を付けずに抜き取ったんだな?」


拓人「はい、そ、そうです。」


黒木「あなたは何故、ご両親に相談しなかったの?」


拓人「父親が弁護士なんで……、心配をかけて、自分の弁護でもさせちゃったら、迷惑でしょ? それが今まで、優等生を演じてきた、僕の性分なんですよ!」


 足利は、かぶっている帽子を脱いで、はげ頭を掻きだした。

 これで今日の取り調べが終わった。








 警察署の外まで、拓人を見送る足利たち。

 そこに父親の、耕治が待っていた。


耕治「拓人、取り調べ中、違法聴取はなかったか? そうか、良い子だ。お父さんたちは、拓人の味方だぞ!」


 この発言と、態度に、足利は口を出しました。


助九「我々の仕事は、犯人を捕まえること。正月であっても、法を犯した者を、捕まえるのが仕事です。」


 すると浮柴耕治は、こんな言葉が返ってきました。


耕治「我々の仕事はな、その被疑者の代わりに、弁解することです。裁判官が、罰を与えるのが仕事ならば、我々は刑を軽くすることも仕事です! ところで、今回の事件で、遺族からの被害届が出ているのでしょうか?」


助九「まだ、提出されてはいませんが?」


耕治「それなら、警察は逮捕することができないはずだ! 警官は、警察の仕事をしていれば良いのだ。自殺した者が、どんな理由で自殺したとしても、加害者の罪は、警察は裁くことができない。」


助九「我々は、犬猿の仲ということですか……。息子さんは、また明日も来てもらいますからね?」


耕治「それはわからんな。大晦日だというのに、我々は無事に年を越せませんよ。私は、自分の仕事を全うするだけだ。」


拓人は、父親の耕治に抱えられながら、車で浮柴家に帰っていった。


 正美ちゃんの遺族に、遺品を調べてもらうと、拓人につながるものが出てきた。

 手紙や、プリクラや、携帯電話の番号。


 はじめからこちらを調べていれば、もっと早く被疑者にたどり着くことができた。






 今日は、1月1日。正月だ。

 浮柴拓人の、二日目の事情聴取の日だ。


 しかし時刻になっても、浮柴拓人は現れない。


 黒木に対して、一本の電話がかかってきた。

 浮柴耕治からだった。


黒木「えっ、電話? えー浮柴拓人の父親? んもう、しょうが、プルプルプルッ、ピッ、あ~もしもし、美人警官の黒木です~。えっ、なんですってー、拓人君を精神科の病院に入院させた!? 私、このために、正月なのに出勤してきたのよ!」










 赤栄警察署の刑事たちは、困惑した。


黒木「助九ちゃ~ん、どうしましょ? この展開をどう立て直しますか?」


助九「しまったな~。拓人は、二眼を作っただけじゃない。三つ眼を作ろうとしていたんだ! 父親は、拓人君が死体を直視したことによる、精神的ダメージで、心神耗弱状態になったから、これ以上、捜査しないでくれって、言ってるんだろ? 我々の権力では、法に触れる罪を犯した場合は、精神科に入院してでも、強制逮捕することができるが、確かに被害届が出されていない事件に関して、これ以上、突っ込むことはできないかもしれない? しまいにゃ、我々がせっかく逮捕したとしても、心神喪失状態だったとか言われて、罪に問えない場合もある。どうしたもんかね?」


 しかし黒木は、ある人物の存在を思い出しました。


黒木「あっ、でも、あの子なら、追求できそうでじゃない?」


助九「あの子って、誰?」


黒木「なに言ってんの、助九ちゃん! 助九ちゃんが、予言者男の時に、お世話になった霊能力少年よ!」


助九「あ~、レイキか!? 冴木礼紀さいき・れいき。霊と会話できる男!」



 1月2日。


 浮柴拓人の入院先。

 長岡心療医院。

 中心街に建つ病院は、人が通る交通量が多い場所で、大きな影を作っている。



 そこに再び、入院経験もある、冴木礼紀が訪ねた。


礼紀「拓人君に、面会したいのですが?」


松下みどり「あら、礼紀君、久しぶり。珍しいわね~。こんな正月に何しにきたの? また入院したくなった?」


礼紀「いや、今日は、面会をしに……。」


松下みどり「あら、そう~、良いわよ。正月だから、帰省している人も多いと思うけれど、そこの面会用紙に記入してから、また入っておいで。本当久しぶりだわね~。勉強頑張ってる?」


 礼紀は、おなじみという関係もあり、あっさりと、精神科病院に侵入した。




 精神科病院には、保護室や、個室、団体部屋などがあり、施設内で体を動かす広場もある。

 病院の中には、自由な翼を持った小鳥たちが、餌を探しに舞い降りていた。

 患者たちは、その珍しい訪問者を見ながら、話の餌にしている。


 その施設内の広場には、患者たちが、心身を休めるために、くつろいでいる。


 冴木礼紀は、顔写真を頼りに、施設内の憩いの広場で、浮柴拓人を発見した。


礼紀「やぁ、はじめまして。私の名前は、冴木礼紀と申します。君は浮柴拓人さんだね?」


拓人「は、は、い。なぜ僕の名前を知っているのですが?」


礼紀「知り合いに頼まれまして、今日は彼女を連れてきました。どうぞ、内清正美さんです。」


 礼紀にしか見えない、内清正美の霊を紹介しました。

 礼紀は、ずっと後ろに、内清正美の霊を連れてきたのです。


拓人「君は何を言ってるんだ?」


礼紀「すいません、改めて自己紹介します。実は僕は、霊と会話ができるのです。ある知り合いに頼まれて、内清正美さんの霊を、連れてきたのです。そして僕がこの霊が遺したい言葉を聞き出します。それでは、代弁しますね。」


 拓人は、ただ懐疑的になりながら、しかししっかりと、礼紀を見つめる。


 冴木礼紀は、自分の人格を、弱々しいザイキに変えて、霊と交信します。

 年寄りのように腰が曲がり、だんだんと声が弱々しくなってきた。

 体型も細々しくなり、動きも鈍くなってきた。

 そして、冴木礼紀の目が変わった。


 人格をザイキに代えた、冴木礼紀が語り出す。

(内清正美)「・・・・私は、拓人くんに、もう別れよう、と言われたときは、とても淋しかったよ。でも私、拓人くんのためなら、死ねるよ。それを証明します。今世では、私たちは、うまくいかなかったから、私、来世ではもっと拓人くんにふさわしい女性になるから、今度は来世では、結ばれようね。私たちが死んで、生まれ変わっても、また拓人くんに逢いたいな。そして私が、結婚できる16才まで待っててね。私、拓人くんを助けることができるなら、犠牲になれるよ。これから拓人くんを守るから、だから傍にいさせて・・・・。」



 礼紀はゆっくりと、背骨をきちんと、正しく張って、しだいに、弱々しかったザイキから、主人格の礼紀に戻った。

 礼紀は、なぜか涙目になっていた。


礼紀「はぁ、ぁ、僕からの、最後の審判です。今から僕の能力の一つである、前世ルートを使います。前世ルートとは、死んだ人間は、殺された人間を恨み、その人間に取り憑く。だから霊を辿っていけば、殺した人間の背後に、たどり着く。さぁ、今から、内清正美さんを放ちます。前世ルートの始まりです!」


 運命は、内清正美に委ねられた。

 1月3日。


 暁色に染まる水の森公園。

 親子連れや、カップル達が、公園に戻ってきた光景。


 そこに、一匹狼の足利が、公園内の泉で水浴びをしている野鳥を眺めながら、柵越しに誰かを待っている。


 ちょうど遅れて、サイキックレイキの、冴木礼紀が駆けつけた。


助九「あぁ、礼紀君。久しぶりだな。」


礼紀「足利さんも、お元気そうで何よりです。」


 二人は、水の森公園で、待ち合わせをしていたようだ。



 礼紀は、足利警部に、精神科病院で起こったことを、報告します。


助九「礼紀君、どうだった?」


 これに礼紀は、あったことを忠実に報告した。


礼紀「取り憑かなかった……。前世ルートで霊を泳がせても、拓人君の背後には、取り憑かなかった。内清正美さんは、まったく浮柴拓人くんを、恨んではいなかった。彼女は、本当に、拓人くんを愛していたんだ。」


助九「そうか……真実の愛だったか。すまなかったな、レイキ。」







 こうやって、憑依三つ眼男こと、浮柴拓人との戦いが終わった。


 その後、浮柴拓人は罪に問われることはなかった。

 しかし彼の心の中で、良心の呵責と、葛藤することになる。

 今でも、しっかりと、内清正美が生き続けている、浮柴拓人の心の中で。


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