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サイコロジスタ

タイトル

  ファイナル タスク~最後の仕事~












    ペンネーム・窪良太郎

 ファイナル タスク

あらすじ~


 サイコロジスタとは、心理学者という意味です。


 主人公の冴木礼紀さいき・れいきは、自分が持っている能力のせいで、心身にストレスをためていた。

 それがきっかけで、精神科の病院の診療所に、診察を受けにいった。

 しかしその能力は、科学者の医者には理解されなかった。


 そこからこの物語が始まる。


 冴木礼紀は精神化の病院での生活から、個性がある人物たちと出会う。

 そして少年は恋をした。

 その後に、それが必然だったかのように、ある事件に出くわしてしまう。


 少年の過去。

 登場してくる女との恋。

 男女の別れ。


 冴木礼紀は、様々な経験をしながら、一人の男としてたくましく育っていく。


 冴木礼紀は、多重人格症状を持っている少年。

 主人格ではないときに、特別な能力を発揮します。

 そして、霊感が強くて、霊の存在を感じることができます。

 その主人公の特別な能力を使って、ある事件を追うことになる。


 今、この現代日本の裏で起こっている、卑劣な犯行。


 その事件を解決するために、少年は、封印していた特別な能力を解禁する。


 冴木礼紀は事件の犯人を捜して、黒幕と対決するミステリー。


 特殊な能力を持っている主人公対、特別な能力を持っている犯人。


 未知の凶器。

 宗教団体。

 不幸のメール


 サイキック・レイキは、その事件を解決するために、信念を燃やすのであった。

第1章~サイコロジスタ~




 ここは長岡ながおか心療医院の中の、精神科の診断室です。

 長岡診療医院は、主に精神病という、心の病を扱っている病院だ。


 この物語りの舞台は、北海道の奥尻島から北へ100キロメートル。札幌から北西へ200キロメートル進んだところにある、海底火山が噴火したことによってできた、竜ヶ島という島が舞台です。

 この島は、海底に沈められた竜が、暴れ登って作った島とされており、今でも竜が住んでいるという、竜伝説が伝えられている島だ。


 別名、虹の島。


 1917年に、突如として出来上がったこの島は、すでにあった47の都道府県に新たに加わり、48番目の地方都市に数えられて、住所の県名は、竜の都だけに、竜京都と呼ばれている。


 竜ヶ島の面積は、300平方km。

 竜ヶ島はカルデラになっており、島の中央は窪地だ。


 島の構造上、中央の窪地の、赤栄という土地に、人口が密集している。


 主要産業は、主に観光と、漁業だ。

 竜ヶ島には、観光で年間、300万人が訪れる。

 その竜ヶ島には、現在日本人が、8万人ほど住んでいる。



 島の北側の頂町には、人が入植していない大きな山の、カイザーマウンテンがそびえ立つ。


 島の北東の紫町には、病が治ることで、全国的にも有名な、ハーブ温泉がある。 


 島の東側の藍町には、大きな湖の、クリスタルレイクが存在している。


 島の南東の青町には、豊富な漁場もあって、漁に出る船や、観光船などが停まっているマリンハーバーがある。 


 島の南側の緑町には、小高い丘の、ヘヴンズヒルが壮大に構えている。


 島の南西の黄町には、新しい空港がある。その名もエンジェル空港。


 島の西側の橙町には、島ができてからの手つかずの、天然記念物の自然を残した、デビルフォレストと呼ばれる森と、美しいホワイトビーチが広がっている。


 島の北西の赤町には、雄大な滝である、フェアリーフォールが流れている。


 これが全国でも有名な、観光地の竜ヶ島の魅力だ。




 1920年に、島の北西にある山に存在する火口から、大量の溶岩が、中央の窪地に流れ込んだことが確認された。

 北西側の赤町から、赤い溶岩が流れ込んだということで、中央区の土地を、赤栄と呼んでいる。

 現在その火口からは、水が流れることで滝になり、妖精の滝と呼ばれて、観光客が詰めかけている。





 物語の舞台の、長岡心療医院は、その竜ヶ島の窪地にある、中央区の赤栄という土地に建てられた病院だ。


丸山「あなた、名前は何ですか?」


礼紀「は、はい……。冴木礼紀さいき・れいきと、いいます。」


 その人ごみが激しい、中心街に建つ診療室で、冴木礼紀は、丸山学まるやま・がくという精神科医の医者に、症状の診断を受けていた。



 丸山学という精神科医は、一つ一つの質問を丁寧に、礼紀の目を直接見ながら、メガネをかけた眼差しで語りかける。

 丸山は、白髪混じりのボサボサな髪型で、体型は痩せ型で白衣を着ていて、鋭い目をした42歳の医者です。


 何事にも動じない、冷静な言葉選びで診察します。


丸山「年齢は、いくつですか?」


礼紀「一六才です。」


丸山「学校には、毎日、行っているのですか?」


礼紀「い、いいえ。」


丸山「あなたは、昼夜逆転の生活をしていませんか?」


礼紀「そ、そんなことは、ありません。」


丸山「体調が悪くなったのは、いつからですか?」


礼紀「昔からです。」


丸山「では、昔から学校にいっていないのですか?」


礼紀「むかし、学校で、い、いじめられて……。」


丸山「わかりました。しかしいじめられたからといって、ここにきても何も解決はしませんよ。今回あなたはなぜこの時期に、この診療所にきて、診察を受けようとおもったのですか?」


礼紀「は、はい。ぼく、最近、そ、その……うじゃうじゃ、霊が見えるんです!! それで心が安定しなくて…、」


丸山「れ、霊ですか……はい、幻覚ですね。それでは、何か不思議な音などは聞こえませんか?」


礼紀「は…い、霊の声が聴こえます。」


丸山「幻聴ですね……。わかりました。」


 診断者の丸山は、少し間をおいてから、病名を発表しました。


丸山「はい、統合失調症です。」


 このいつものやり取りを受けて、礼紀は『またか……。』といった表情をします。


 しかし丸山学は違っていました。

丸山「この病気は、何が原因で幻聴や、幻覚が発症するかは明らかになってはいませんが、いじめられた過去の記憶や、その時の脳への障害がきっかけで症状が起こります。根気強く治療していかなければいけません。今の体調が悪いなら、とりあえず入院して、治療してみますか?」



 こうやって冴木礼紀は、長岡心療医院の精神科に入院することになった。


 精神科の病院は、世間とは隔離された施設であるが、礼紀は暴れて問題を起こすタイプではないということで、本人の意向があれば自由に外に出れる入院形態になった。

 入院したとしても、患者は何もすることがない、ただ心を休める生活を過ごすことだけでした。



 冴木礼紀は、過去にいじめられた経験があった。

 それが原因で、心に傷があって、自分に自信がもてない少年です。


 髪は伸ばしっぱなしの黒髪で、身長は一六五センチメートルのイケメンなのですが、すこしおどおどとした感じがする16才の男の子。


 



 長岡心療医院は、都会の一等地に立っている。

 しかし意外とその中の病室は、心休まる静かなところです。

 季節は夏の終わりで、まだ真夜中でもTシャツ一枚で過ごせるころでした。



 この病院の精神科には、礼紀の他にも患者がいます。


 礼紀が生活する病室は二人部屋で、礼紀と相部屋になる患者さんは、川瀬惣二郎かわせ・そうじろうさんという、律儀な65歳の老人でした。

 白髪姿ですこし腰が曲がっていて、いつも独り言をいっているおじいちゃんです。


 他の患者さんは、頭が良くて、きれい好きで、いつもタバコをくわえている大熊正志おおくま・まさしさん。

 この病院の最高齢で、杖をついて歩く70歳の老人です。


 そして太っていて、食べるのが大好きな、リーダー格の岡元しょうおかもと・しょうこさん。

 この病院一のおしゃべりな、24歳の女性です。


 そして野球が大好きで、いつもテレビでプロ野球中継を観ている坂松秀寿さかまつ・ひでとしさん。

 中年太りでのしのしと歩く、58歳の中年です。


 そしてオシャレ好きで、背が高くて、髪形はオールバックの竹村永次たけむら・えいじさん。

 ひげをはやした60歳の、イケてる男性です。


 そして料理が好きで、男勝りな、ショートカットの東山くみとうやま・くみこさん。

 清潔感がある、50歳のオバサマです。


 そして恋愛家で、彼氏がいて、ロングヘアーの、おちゃめな美人の赤嶺サキ(あかみね・さき)さん。

 背が低い、26歳の女の子です。


 そして茶髪で、セミロングの髪形の、三笠りのん(みかさ・りのん)さん。

 女の子としては背が高めの、かわいい19才です。

 礼紀はこの三笠りのんと初めて会ったときに、運命的なものを感じていました。


 そしてこの病院の看護婦さんは、やさしさがあふれていて、何にでも相談に乗ってくれそうな、白衣を着た松下みどりさん。

 小じわが目立つ、49歳の女性です。



 礼紀は、とりあえず同部屋の川瀬さんに挨拶をしました。


礼紀「よ、よろしくおねがいします。」


 すると川瀬さんは、にっこりとした笑顔で答えてくれました。


川瀬惣二郎「よろしく。」


 礼紀は、川瀬さんは時々独り言をいうが、とてもやさしそうな人ですごく安心した。




 長岡心療医院は、都会にそびえたつ巨大な施設だ。

 そしてその精神科は、外部から隔離されている。

 心の状態が悪い患者たちが、普通の病棟と同じくらいの広さの中で生活している。

 ここの病棟は、男と、女で分かれていない、共同の病棟だった。


 礼紀は、この病棟で生活を始めて、お気に入りの場所を見つけた。

 それは、陽が当たる中庭のベンチだ。

 まだ昼は日差しは強いが、そこで礼紀は、リラックスしてくつろいでいる。


 中庭には、人工的に植えられた緑が元気よく育っています。

 そこへ一人の女性がやってきて、声をかけてきた。

 若い女性。

「おはようございます。」


 それは、長岡心療医院に実習でやってきた女性の看護学生でした。

 その学生さんたちは、病院に白いナース服を着て勉強をしにきていたのです。

 それはまさに、礼紀には白衣の天使にみえた。


礼紀「お、おはようございます。」


 礼紀が挨拶を返すと、その一人の看護学生は、元気に明るい笑顔で自己紹介をしました。

角島「私、角島サヤカ(かどしま・さやか)っていいます。お名前、何とおっしゃるんですか?」


礼紀「あ、冴木礼紀です……。」


角島「なるほど、冴木さんですね。よろしくおねがいします。」


 そういうと角島サヤカは、軽く会釈をして、同じ看護学生の輪の中に戻っていきました。


 角島サヤカは、茶髪の長い髪をしていて、すらっとした美人の垢抜けた若い女性です。

 性格は明るくて、誰からでも愛されるような、人懐っこい元気な22歳の女性です。

 そのとき礼紀の胸は、ときめいたことを覚えていました。


 翌日も、角島サヤカは、実習生として長岡心療医院にやってきました。


角島「冴木さん、こんにちわ。」


 そう角島は、礼紀に元気よく挨拶をしてくれます。


 礼紀は、その美人の角島を見つめながら、お話をしました。

 角島サヤカは、元気で明るい、いまどきの女性でした。

 病院の中庭で、二人は一緒のときを過ごしました。


角島「冴木さんって、おいくつなんですか?」


礼紀「16才です。」


角島「今、彼女さんっているんですか?」


礼紀「いえっ、全然いないです……。」


角島「えっ、本当に? 髪を切ったら、モテそうなのに……。」


礼紀「そ、そうですか……!?」


角島「それじゃ兵藤さん、私はこのへんで失礼します。また冴木さんのところへ戻ってきますね。」


 礼紀は、息苦しい病院生活の中で、角島という若い女性に癒されています。

 次の日も。

 また次の日も、角島は、長岡心療医院の精神科に実習を受けにやってきました。


 礼紀は、気さくな彼女といっしょに過ごす一瞬の時間が楽しかった。

 礼紀は、隔離された状況の中で希望を持つことができた。

 人を好きになるということが、こんなにも素敵ことだということを実感した。



 そして礼紀は、いつもどおりに自室の二人部屋で過ごしていました。

 そこで同部屋の川瀬さんが、言うのです。


川瀬惣二郎「礼紀さん、今、恋してるじゃろ?」

 と、川瀬さんがずばり言いました。


礼紀「そ、そんなことないですよ……。」

 と、礼紀はとっさに否定しました。


 他の人に感じられているのでしょうか?

 図星でした。

 そして川瀬さんは、にっこりとした笑顔になってただ笑っています。










角島「私たち、別れましょう。」


 そう切り出したのは、角島サヤカです。

 角島サヤカには、一般人の彼氏がいた。

 その彼氏と、今日別れた。

 その原因は、彼氏の浮気だ。

『なんで恋愛って、うまくいかないの?』

 その彼氏は、角島を結婚する相手とはみていなかった。


 角島が好きな男性のタイプは、やさしくて、男らしくて、自分のことだけをみてくれる男性ひとになった。


 しかし理想の男性像と、付き合ってみる男性の現実とは、ギャップがある。

 そんな理想の男性に出会わないのか?

 はたまた、そんな理想の男性は、もともと存在していないのか?

 それはまだ、角島にはわからなかった。







 そして翌日。

 礼紀は期待に胸を膨らませ、真新しい長岡心療医院の精神科で、角山サヤカの姿を探します。

 礼紀は、角島に言われたとおりに、男らしく病院内の散髪屋で長い髪をばっさりと切っていたのだ。


 その姿を、いち早く角島にみせたかった。

 だから角島を探していた。

 今日も角島は、長岡心療医院にきていた。


 しかし角島は、患者の竹村永次さんにセクハラを受けていました。


竹村永次「電話番号を、教えろよー。」


角島「いやぁ、やめてください……。」


 それをみた礼紀は、まるで自分のオンナに手を出された男のような感情になりました。


 日中の小競り合い。

 しかし礼紀にとっては、大事なことでした。

 こだわりがある男のようにキレていました。


礼紀「何してんだよ!!」


 このとき礼紀の目が変わった。

 何か別の人格が、冴木礼紀の肉体を操っているかのように、礼紀はいかりまくっています。


礼紀「おい! 何してんだよ!」


 礼紀はこのとき、記憶がまったくないくらいに、竹村永次さんに向かって吠えました。


竹村永次「関係ないやつが、何キレてんじゃ!!」


 竹村さんも礼紀のようすをみて、けんか腰です。


 この状況をみて角島サヤカは、仲裁に入ります。

角島「冴木さん、落ち着いてください!! わたしは良いんです。」


 まるで人が変わったような礼紀を、なだめています。

 周りの人も集まって、騒ぎ始めます。

 そのようすを確認した看護婦さんの松下みどりさんは、事態を収束しようと割って入ります。


礼紀「彼女が、嫌がってんじゃねーか!!」








 この事件で、礼紀は鍵がかけられた隔離室行き。


 隔離室とは、白いコンクリートで囲まれた畳四帖ほどの壁の檻。

 周りは何もなくて、ただあるのは白い壁だけ。

 和式トイレと、給食受けがあり、鉄格子の外には小さな窓がある。

 その窓の外には、自由が広がっていた。

 ただ考えるだけ。

 ただ見るだけ。

 ただ思うだけ。

 そんな空間に、礼紀が置かれた。



 この日は丸一日。

 礼紀はこの独房に閉じ込められた。

 外の天気は、まったくわからない。





 しかし翌日。

 無機質なコンクリートで固められていて、他の部屋とは隔離された、職員しか通れない場所にある隔離室で、夜を明かした礼紀は、だれかの声で目を覚ました。


女「冴木さん! 冴木さん!! 私、角島です。角島サヤカです!!」


 そういって鉄格子の外から現れたのは、実習生の角島サヤカでした。


角島「ごめんなさい。私のせいで、こんなところに……。」


礼紀「あっ、いや、そんな…。」

 と、礼紀はまるで記憶がなかったかのように言いました。


角島「私、実習生だけど、ここまでは入れるらしいです。」


 しかし礼紀はこんな状況ながら、角島に聞きたかったことがありました。


礼紀「あ、あの、角島さんって、どんなタイプの男性が好きなのですか?」


角島「えっ、こんなところで、タ、タイプですか…!? え~と、浮気をしない男性です。」


 角島は、そうきっぱりと言いました。



 その答えを聞いて、礼紀の覚悟が決まりました。

 礼紀は決めていた。

 今までいじめられていて、暗い人生を送っていた自分を捨てること。

 目の前にいる、今の自分にとっては世界で一番かわいい女性と思える女性に、自分の想いを伝えようと。

 礼紀にとっては高嶺の花である、角島サヤカを手に入れるために、告白しようと決めていた。

 それが成功するか、失敗するかは、わからないが、今までの自分の人生を変えるために、男として奮い立とうとしていた。


 一度っきりの、人生。

 好きになった女性に告白することが出来ずに、後悔はしたくない。


礼紀「角島さん、今日は良い天気ですね?」


角島「いえ、外は暗いし、今日は雨ですよ。」


礼紀「あ、そういえば明日の夜、花火大会があるそうですね?」


角島「いえ、花火大会は、あさってですね。」


礼紀「そ、その、花火大会に一緒に見に行く男性っているんですか?」


角島「えっと、今はいませんね。」


礼紀「あ、じゃ、もしよろしかったら、ぼくと一緒に見に行きませんか?」


角島「私は良いですけれど、冴木さんは勝手に外に出れないじゃないですか。」


 すこし沈黙がありました。


 しかし礼紀は、勇気を出して告白します。

礼紀「ぼくは、角島さんのことが好きです!! もし運命のひとではなくて、この告白の結果が悪かったとしても、幸せになってください。」


 このやさしくて、男らしい告白を聞いて、角島の心の理想が崩れた。

 角島は、『この男性だったら、純粋に私だけを愛してくれるかも』という感情を抱いた。

 徐々に様子を変えた角島サヤカ。


角島「冴木さんは私のために、セクハラをやめさせてくれて、私を守ってくれて、すこし男らしかったし……。その純粋な気持ちで、私だけを想ってくれるのではないかと…。」


 そこに礼紀が角島に対して、素直に語りかけるようにして伝えます。


礼紀「角島さんは、私にとっては雲の上の存在です。だからこそ、告白をせずに後悔するのは嫌だった。この先どうなるのかは解らないけれど、またぼくにできることがあるのならば、支えさせてください。」


 礼紀と、角島は、二人で見つめ合っています。


 どちらも合図をしたわけではないが、鉄格子越しに二人の顔が近づきます。

 お互いに瞳を閉じて、そして二人は唇と、唇を吸い寄せます。

 そのキスの時間は、一瞬、時が止まったかのようでした。

 二人は再び瞳を開きだすと、触れ合っていた時を照れくさそうに笑っています。


角島「私、もうそろそろいかなくちゃ。」


礼紀「えっ、もう? 続きは……?」


角島「また今度。」


 こうやって二人は、また離れ離れに戻りました。

 この後、礼紀は翌日に、隔離室から解放されることが決まりました。












 翌日。

 曇り空の天気が秋を伝えていました。

 隔離室から出た礼紀は久々の自由を満喫することはなく、精神科内で角島サヤカの姿を探します。


 しかしいくら探しても、角島さんの姿を見つけられませんでした。

 そこで礼紀は、看護婦さんの松下みどりさんに聞きます。


礼紀「あ、あの……、実習生の角島さんって、体調が悪くて、今日は休みなのですか?」

松下みどり「角島さん…? あー、彼女たちね。もう実習が終わったの。」



 礼紀は癒しを失った。

 礼紀は、好きな女性とずっと一緒にいられるとは思ってはいなかったが、角島と逢えなくなることが、こんなにもつらいことだとは思ってもいなかった。

 ただ一番悔しかったのは、好きな女性に『サヨナラ』を言えなかったことだった。










 礼紀が、この長岡心療医院の生活に慣れ始めたころ。

 もう外は肌寒くて、衣服を何枚か重ね着しなくてはいけない季節になっています。

 ついこの前までは、新しい日常だった景色が、今では当たり前の日常になっている。


 礼紀は親から、携帯電話を買ってもらった。

 そしてこの長岡心療医院の精神科にも、新しい一人の女性の患者さんが入院してきた。


 その女性の名前は、木下このきのした・このは

 木下この葉は、タイプのひとには、とても美人と思えるエキゾチックな容姿をしていて、長い髪をした20歳の、身長が高いお姉さまといった感じだ。

 その木下この葉は、持ち前の性格で、礼紀に明るく声をかけてきた。


この葉「あら、イケメン君、こんにちわ。名前は何ていうの?」


礼紀「あ、冴木礼紀といいます。」


この葉「私、この葉っていうんだ。年は二〇歳。君は何歳なのかな?」


礼紀「16才です…。」


この葉「ふーん。その携帯電話、新しいね。私も新品のスマホ(スマートフォン)に、変えちゃった。後で番号を教えるね。」


 このこの葉のようすをみて、礼紀は彼女が本当に精神障害者なのかと、ふと疑問に思うくらいだった。







 この長岡心療医院の精神科では、いつもどおりの時間がながれています。

 野球好きの坂松秀寿さんは、テレビの前で巨人のプロ野球中継を熱心に観戦している。

 料理好きの東山くみ子さんは、料理のレシピの本をみて、味のイメージを膨らましている。


 礼紀と喧嘩した竹村永次さんは、鏡の前で髪型を整えている最中です。


 赤嶺サキさんは、現在の彼氏さんと電話をしている。


 川瀬惣二郎さんは、部屋で般若心経の念仏を一人で唱えている。


 木下この葉は、新型のスマートフォンで音楽を聴いて、暇をつぶしている。


 岡元しょう子は、もう寝ている。


 そして三笠りのんと、最高齢の大熊正志さんは、二人で精神科内の、喫煙所でタバコをふかしている。


『ゴホゴホゴホゴホ』


 その喫煙所は、周りを囲まれて、換気扇が回っている、暗い場所にあります。

 喫煙所の近くにいくと、タバコくさい。

 礼紀は、『タバコは健康に悪いのに、なんでこんなものを吸うのだろう』と、ふしぎに思っています。


『ゴホゴホゴホゴホ』


 タバコを吸っていた大熊正志さんが、咳き込んでいます。

 礼紀は、ふと大熊さんの顔を覗き込みました。


礼紀「ん!? 大熊さんの顔がとってもキツそう。顔に死相がみえる!!」


 礼紀は、ひとが死ぬ前にみせる人相を、感じ取る能力を持っている。

 その礼紀が予言する能力は、子供のころからハズれたことがない。


 昔その能力で、同級生の男の子から死相を感じ取って、寿命を予言したことがある。

 その男の子は礼紀の予言どおりに、まもなく病気で死んだ。


 その事件が一つのきっかけになって、礼紀は周りにイジめられた過去がある。

『お前が何かして、殺したんじゃないか?』とか、『また予言してみろよ!』などと言われて、かんぐられて生きてきた。


 それが悔しかった。

 だからそれ以来、礼紀は自分の能力を封印して、周りに隠しながら生きてきた。

 しかしこれが、礼紀が持っている能力の一つだ。



礼紀「大変だ。これは看護婦さんに知らせなきゃ!!」


 礼紀の伝達で、大熊さんはすぐさま体調検査を受けることになった。

 もともと70歳という高齢で、タバコを吸っている。

 検査の結果、確かに脈拍が遠かったみたいだ。


礼紀「大熊さん、また大好きなタバコを吸うことを、制限されなきゃ良いけどな。」


 この日は礼紀は、安心して眠りにつきました。





 その翌日。

 今日は朝から、ひょうが降っている。

 何かの前触れのように、外の景色が凍っている。

 礼紀は朝食をとる食堂で、一人患者さんが少ないことに気づいた。


 川瀬惣二郎さん。

 岡元しょう子さん。

 坂松秀寿さん。

 竹村永次さん。

 東山くみ子さん。

 赤嶺サキさん。

 三笠りのんさん。

 木下この葉さん。

 ・・・・・・。


礼紀「そうだ、大熊正志さんがいない。相当、体調が悪かったから、自室で特別食でも食べているのかな?」


 礼紀は大熊さんのことが気になって、看護婦さんの松下みどりさんに聞いてみた。


礼紀「松下さん、大熊さんって、大丈夫なんですか?」


松下みどり「大熊さんはね、お星様になったのよ。」


 礼紀には、この意味がすぐに解りました。


 大熊さんは、召されたのだ。

 老人の突然死。


 このときのショックが原因で、礼紀はまた別人のような表情に変わりました。

 細々と、そして泣いているような声になってしまいます。


 礼紀の目が変わった。


礼紀「そ、そんな・・・・、うゎーー、大熊さーんー!」


 礼紀は弱弱しくて、まるで年を忘れた老人のような性格になっているようでした。


松下みどり「あっ、この子の病気が出たね。大丈夫よ、大丈夫。礼紀君は心配いらないから。」

 


 多重人格。

 礼紀が持っている症状。

 精神学でいう病名は、解離性同一障害。

 つらい経験をした人が、現実から逃れるために、記憶を遮断して別の人格を作り出すのだ。


松下みどり「礼紀君、心配いらないの。」


礼紀「ぅわ~ん、ひっ…」


 この日は、看護婦さんの松下みどりさんが、礼紀をなだめて落ち着かせました。






 冴木礼紀という肉体には、三つの人格が存在している。

 

 まず主人格の、レイキ。

 主人格は、普段の冴木礼紀を動かしている精神だ。


 そして攻撃的な、ライキ。

 このライキは、竹村永次さんと喧嘩したときに現れた人格です。

 しかしこのライキが、冴木礼紀の肉体を支配したときの記憶は、主人格のレイキは記憶していない。

 

 そして弱弱しくなる、ザイキ。

 ライキとは正反対に、ザイキは消極的である。

 ザイキのときの記憶は、主人格のレイキは記憶している。


 そしてこのザイキ。

 なんと霊と会話することができる。

 そしてザイキは、霊の声を聞くことができる。

 これが、冴木礼紀の能力の一つ。


 しかしこれは、現代科学では解明することができない。

 だからこれを、人に言ったってしょうがない。

 いくら勉強をした精神科医の丸山学でも、わかることではない。

 この世には、特別な能力を持って生まれてくる人間が存在している。



 礼紀は確かに聞こえていた。

 大熊さんの声を。

 他の人には聞こえていない、礼紀には聞こえた大熊さんの声が。


 大熊さんは語っていた。

大熊「礼紀君、ありがとう。」


 こんなかたちで別れることになった大熊さんに、今の礼紀には、かけてあげる言葉はなかった。

 この大熊さんとの、突然の別れによって、礼紀はこれからは、人の役に立ちたいと思ってくるのでした。







 暦は2月14日。

 バレンタインデー。


 肌寒い季節です。喫煙所には誰もいない。

 礼紀もこの日は、チョコレートをもらえるのかで、落ち着きません。


 そこへ一人の女性がやってきて言いました。

 それは木下この葉でした。


この葉「あ、あのー、礼ちゃん、これ……。」


 そのときです。

 松下みどり。

「三笠りのんちゃんが、脱走したー!!」


 三笠りのんが、閉鎖されている長岡心療医院の精神科から、脱走したということらしい。

 そういえば昨日、りのんが『誰かに、どこかに連れて行ってもらいたい』といった、駆け落ちめいたことを、話していたことを、礼紀は聞いていました。


 礼紀はそのことを、看護婦さんの松下みどりさんに報告しました。

 しかし、松下みどりさんは言いました。


松下みどり「それは、大人の男女間の感情なの。」

 と、あしらわれました。


 礼紀がそれを聞いたときに、非常に複雑な想いをしていました。

 どうりで、いつもいるはずの喫煙所にいないわけだ。


 長岡心療医院の精神科は、大騒ぎです。

 三笠りのんが脱走したことで、看護士の中の数人が、捜索で病院を出ています。


 結局この日は、三笠りのんは長岡大学病院には戻りませんでした。

 礼紀は、ただ三笠りのんが無事であることだけを祈っていました。





 翌日。

 事態を察したかのように、外の風も嵐のように激しい日でした。

 季節外れの雪が、強風で吹雪になっています。


 礼紀は朝になって、喫煙所をのぞきました。

 しかしそこには、お決まりの三笠りのんの姿はなかった。

 まだ三笠りのんは、長岡診療医院に帰っていない。








 しかしその日の午後。

 外の嵐のような風が、ぴたりと止まっています。

 三笠りのんが、長岡心療医院の精神科のナースステーションにいるところを、確認しました。

 その姿をみた礼紀は、体が無事であることがわかって、ほっと胸をなでおろしました。

 しかし三笠りのんは脱走したことで、一日は隔離室に閉じ込められることになりました。




 三笠りのんが、隔離室から出たその日。


 隔離室明けした暗い表情のりのんのところに、みんなが集まっています。

 みんなは、三笠りのんに対して、何があったのかを聞いています。

 しかし礼紀だけは、あえて何も聞かずに、ただ温かく迎え入れることだけを決めていました。


 後に解ったことですが、三笠りのんはどうやら、バレンタインデーに元彼に逢いに行っていたようです。

 礼紀は大人に事情はしりません。女性と付き合ったことがありません。

 だから礼紀は、なんともいえない気持ちでいます。

 しかしそのことは何も聞かずに、りのんが無事に戻ってきて、安心していられることだけを心がけていました。




 そして翌日。

 この日は、嵐が明けて太陽がにっこりと顔を見せています。

 礼紀は食堂で、お気に入りのケーキを食べようとしていました。


 そこへあの三笠りのんがやってきて、こう言いました。


りのん「礼紀くん、そのケーキちょーだい。」


礼紀「えっ、うん。その……、すこし食べかけだけど、ほしいならあげるよ。」


りのん「うん。ありがと。」


 三笠りのんは、礼紀からケーキをもらうと、おいしそうにケーキをほおばりました。


りのん「礼紀くんのケーキ、おいしい♥」


 三笠りのんは、ケーキをもらって嬉しそうに、礼紀を見つめています。

 それからりのんは、幾度となく礼紀の近くに寄ってきて、礼紀を見つめます。

 りのんの瞳が変わった。









 その日の夜。

 礼紀は自室の二人部屋で、すやすやと寝ていました。

 その二人部屋は、完全に仕切られてはいないが、礼紀のベッドがおいてある場所には、外の共同のベランダから人が入れるくらいの大きさの窓があります。


 夜は冷たい風がふくので、礼紀は窓を閉めています。

 しかし窓のカギはかけていません。

 その窓が開きます。

『ギギー、スーー……。』

 これは、礼紀の部屋の窓が開く音です。


 礼紀は、眠っています。

礼紀「ぐー、ぐー、ぐー……。」


 そこに女性の声が聞こえました。


女性「礼紀くん、礼紀くん!」


 しかしまだ礼紀は、半分寝ています。

礼紀「ぐー、ぐっ、…ん? 誰…?」


女性「礼紀くん、礼紀くん!」


 その声に、礼紀は完全に目を覚ましました。

礼紀「え!? だれ?」

 礼紀はその声が聞こえる方向を見ると、一人の女性が礼紀の部屋に忍び込んでいました。

 その女性は、礼紀に対して聞きます。

女性「同じベッドに入って良い?」


 礼紀は、はっきりとその女性を断定することができなかったが、その女性に対して答えました。


礼紀「う、うん…、良いよ…。」


 窓の外から部屋の中に入ってきたのは、三笠りのんでした。

 すると三笠りのんは、また聞きます。

りのん「一緒に、寝ても良い?」


 隣には、川瀬惣二郎さんが寝ています。

 礼紀の胸は、バクバクしています。

 礼紀はゆっくりと、承諾しました。


 礼紀は、生まれて初めて、女性と同じベッドの中に入りました。

 礼紀は、本当は以前からりのんのことが気になっていた。

 礼紀はこんなに、胸がドキドキしたことはありませんでした。

 そしてりのんは、迫ります。


りのん「ねぇ、キスして良い?」


 すると二人は、若い男と、女のように、唇を求め合いました。

 そして二人は、そのまま結ばれました。

 甘い夜。

 礼紀にとっては、初めての経験。


 それは、男が求めるまで終わりませんでした。

 そしてこのまま、二人は礼紀のベッドで夜を明かした。















 翌日二人は、廊下で照れくさそうに顔をあわせた。

 そして何もなかったかのような表情をして、病棟内で生活をしている。

 まるで、初めて親に内緒で朝帰りをした男女のようでした。


礼紀「俺たち、付き合ってんのかな?」


りのん「そうだよ。」


 礼紀は、初めて他人から愛されていると感じた。

 生まれて初めて出来た彼女。

 しかもその彼女が、かわいいことが自慢でした。


 しかし二人は、この精神科内が基本的に恋愛禁止ということで、周囲に気づかれないように、こっそりと付き合うことを決めた。


 病院内で、礼紀と、りのんの恋人生活が始まる。



 ついこの前まで、凍えるように冷たかった冬の風が、肌に涼しいと感じられるまでになったころです。

 夜になるとりのんは、礼紀の部屋にいきます。


りのん「おまたせ。」


 そこで二人は、話します。

礼紀「ねぇ、りのんちゃん。何で忍び込んでまで俺の部屋にきたの?」


りのん「私ね、心の芯からさびしかったの。私、バレンタインデーに、脱走して元彼のところまで行ったの。よりを戻そうと思って逢いに行ったの。」


りのん「でもその元彼は、別の女性と結婚するみたい。だから私、フラれて帰ってきたの。だからその日は、とてもさびしかったの。」


りのん「ものすごくさびしくて、さびしくて、礼紀くんに頼ったの。私、さびしくなると、近くにいる男性に助けてもらうの。」


りのん「だから礼紀くんが受け入れてくれて良かった。礼紀くんを別の女に獲られる前に、私のものにするために忍び込んだの。」


礼紀「ふ~ん。」

 それを礼紀は、ただ無言で聞いています。

 好きな女性の過去の男の話は、今の彼氏は知りたくないものです。

 この日はこれで、二人は自室の部屋に戻りました。


 しかし明日。

 二人は病院に外出許可をもらって、街にデートしに行くことを決めた。

 礼紀が憧れていた、彼女と二人っきりで、映画館に行くことを叶えようとしていた。








 翌日。

 うまくデートをできるか、期待で、不安で、胸いっぱいのようす。

 二人は別々に外出許可届けを提出して、繁華街の待ち合わせ場所に合流した。

 まず二人は、ウインドーショッピングをして、ランチを食べて、映画館に入っていった。

 人がにぎやかな、赤栄の繁華街にある場所である。

 映画館の席は、人気作品ということで、ほぼ満員でした。

 中で二人は、映画を観ながらポップコーンを食べた。

 その映画が、とてもすばらしい作品だったことが、印象に残っています。


 二人は、鑑賞した映画に感動しながら、映画館から出てきた。

 それは日が沈みかけて、空が真っ赤に染まっていくころです。

 二人は、帰りはタクシーを使った。

 そのタクシー代は、男の礼紀が払った。


 そのタクシーの中で、二人は感慨深げに話した。

「楽しかったね。」


 二人は満足して語ります。

 もうすぐ一等地に建つ、長岡心療医院に着きます。


 だんだんと景色が、いつも見て知っている風景になってきました。

 長岡心療医院に着くと、二人は時間差を使って、別々の時間に精神科に戻りました。


 これで礼紀と、りのんの、お忍びデートが終わった。










 その日の夜。

 意外と悲しい雨が降ってきました。


 この夜もいつものように、りのんが礼紀の部屋に、他の人にバレないようにやってきた。

りのん「おまたせ。」

 そして二人は、同部屋の川瀬惣二郎さんに気づかれないように、ベッドの上で話します。

りのん「また一緒に、映画館に行こうね。」


 それに対して、礼紀はあいまいな返事で答えます。

礼紀「う、うん……。」


 すこし沈黙があった後に、礼紀は真剣な面持ちになって、突然に話を切り出しました

礼紀「俺たち、別れようか。」


りのん「えっ!?]

 と、素直に驚いています。


 だってさっきまで、ラブラブでデートをしたばっかりだったからです。


りのん「私が、女として飽きられたからなの?」


 しかしそれには、礼紀は首を横に振って答えます。


礼紀「そういうわけじゃない。むしろ僕は、りのんちゃんにぞっこんだ。そんな僕みたいに、顔がかわいいりのんちゃんには、ほかの男が言い寄ってくる。きっと僕なんかよりも、お金を持っている良い男性からも、好意を持たれるだろう。」


礼紀「そんな一般人の病気を持っていない男性と、こんな統合失調症という病気を持っている僕が、りのんちゃんをめぐって争っても、俺が勝つはずがない。」


礼紀「僕は昔、毎日同じ生活をしているサラリーマンって、何が楽しいのだろうと、思っていた。でもりのんちゃんに必要なのは、そんな生活力を持っている普通のサラリーマンだと思う。」


礼紀「りのんちゃんはかわいいから、こんな病気の私とは、天秤で量ったら釣り合わない。りのんちゃんのほうが、比重が重くなる。だからわざわざこんな僕のところにいないで、そういう男性を見つけてください。」


礼紀「俺いろいろと考えたんだ。俺はりのんちゃんのことが大好きだ。でも私はりのんちゃんにはふさわしくない。どうせ近い将来にフラれるのならば、好きから、取り返しが付かないほどに、本気で愛してしまう前に、別れたほうが良いと思う。」


 その礼紀の真剣な別れの言葉を聞いて、りのんは絶句しています。


礼紀「私が、あなたに対してできることは、自ら別れることだから、もう僕はあなたを支えることはできなくなったけど、毎晩、神様に、「りのんちゃんを代わりに支えてください」

って、祈ってるね。」


 そんなりのんに、礼紀はあるプレゼントを取り出して言いました。


礼紀「これ、街に行ってりのんちゃんに似合うと思って買った青い水玉のスカートだけど、サヨナラの記念に贈るよ。この服があるだけで、りのんちゃんとずっと繋がっていられる気がする。だからこの服だけは、一生捨てないでね。」


 そして礼紀は最後に言いました。

「好きだから別れよう。」



 しかし翌日の夜。

 昨日から降っていた雨が、もうやんでいる。

 りのんはまた、礼紀の部屋に来ていた。

 そんなりのんに、礼紀は思います。


礼紀「せっかく気持ちを込めて、真剣にお別れの告白をしたのに……。」


 でもりのんは、自分の意思で言います。

りのん「だって私、淋しくてりんりんするんだもん。」


 しかし礼紀は、嬉しかった。

 お別れの告白をしても、りのんが、りのんの意思で、礼紀の部屋にきたからだ。

 それはりのんが、今の礼紀を選んだことを意味する。

 それが嬉しかった。


 そしてりのんも、過去の自分を告白します。


りのん「私ね、やさしい男性がすきなの。今までの彼氏の中で、バレンタインデーに逢いに行った男性が一番やさしかった。」


りのん「私ね、昔学校でイジメられていたの。そのことが苦しくて、一度自殺未遂をしたの。私ね、淋しくなったら思い出すから、淋しくなったときに、近くにいるやさしい男性に助けてもらうの。」


 そういうと、りのんは礼紀に、自殺未遂をしたときのあざを見せました。


 りのんは、足の付け根にあるそのあざを見せてから、礼紀に語ります。


りのん「これ、焼身自殺をしたときの、火傷の跡……。」


 きれいな身体からだに、そこだけが痛ましかった。

 りのんも、礼紀と同じような過去を持っていました。



 礼紀は決めた!!

 この愛した女性と、いつまで一緒にいられるかはわからないが、この病院で一緒にいる間だけは、この女性を幸せにしてやると。



 そこで礼紀は、恋愛家の赤嶺サキの部屋を訪ねて、女の子が喜ぶようなことを聞き出しています。


『やさしさも大事だけど、男らしさも大事。』

『女の子は、オシャレな男性が好き。』

『女の子がもらって嬉しいプレゼントは、やっぱり指輪。』


 礼紀は、恋愛学を学んでいる最中です。

 礼紀は恋愛について頼りにしている、赤嶺サキの部屋を、ちょくちょく通っています。



 そんな中で、同居人の川瀬惣二郎さんが、礼紀に対して聞きました。

川瀬惣二郎「冴木さん、三笠りのんちゃんと、付き合っているじゃろ? そうじゃろう、そうじゃろう。」


 礼紀は、隠れて付き合っていることがバレて、思わず口走ってしまいました。


礼紀「なぜ、そのことを…!?」


 川瀬さんは、笑いながら言います。


川瀬惣二郎「本当じゃろ、本当じゃろ。」


 礼紀たちが秘密にしていたことが、川瀬さんにはバレていました。


礼紀『これは大変だ、おしゃべりの岡元しょう子さんの耳に届いたら、恋愛禁止のこの施設の看護婦さんに伝わって、りのんちゃんとの仲を引き裂かれるかもしれない!!』





 この病棟の精神科のリビングでは、定番の巨人のプロ野球中継を熱心に観戦する、坂松秀寿さんの姿があります。


 そして食堂にある小さな調理場では、料理好きの東山くみ子さんが、食器の後片付けをしています。


 そして洗面所では、相変わらずに鏡の前で、村松永次さんが髪型を整えています。


 岡元しょう子は、もう寝ている。


 木下この葉は、部屋で荷物をまとめていました。


 そこにこの葉が現れて、礼紀に挨拶をしました。


この葉「礼ちゃん、私、アルバイトを見つけちゃった。私は退院して、アルバイトを始めるから、ここでサヨナラだね。それに礼ちゃんは、私のものにならなそうだし……。それじゃ、バイバイ。」


 ここで、木下この葉は退院して、別れることになりました。











 今夜は月が満月で、月光が輝いていた日でした。

 いつもは、りのんが礼紀の部屋に行っているが、川瀬さんにバレているということで、今夜は、礼紀がりのんが一人で使っている部屋に行きました。


 そこで礼紀と、りのんは、いつものようにベッドの上で話します。

 りのんはそこで、礼紀に告げていました。

りのん「私、最近、夜に眠れていないんだ……。」


 しかし礼紀は話をかえて、りのんに聞きます。

礼紀「りのんちゃんの、好きな食べ物ってな~に?」


りのん「やっぱりケーキ。」


 今度は、りのんが礼紀に聞きました。

りのん「礼紀くんの、好きな女性のタイプって、どんなひと?」


礼紀「えっ、女の子らしい女性かな? 背が低くて……。」


りのん「ふーん。」


 この日はこれで、礼紀は自分の部屋に戻りました。



 そして翌日。

 この日は、風雲急を告げる事件が待っていました。


 礼紀は売店で、りのんが好きだといっていたロールケーキを買ってきた。

「りのんちゃんは、喜ぶかな?」



 時刻は日中です。

 礼紀はロールケーキを持って、りのんの部屋まで行きました。

 そしてりのんが出てくるまで、部屋のドアをノックしました。

『ドンドンドン!!』


 するとりのんは、さっきまで寝ていたような、眠たそうな表情で出てきました。

 部屋の前で待っていた礼紀は、りのんにロールケーキを渡すと、今度は恋愛学を教えてくれた赤嶺サキにも、ロールケーキを渡しました。

 赤嶺サキは、とっても嬉しそう。


 礼紀は好きな女性に尽くすことが、こんなにも心が満たされることを知りました。





 それから数時間がたちました。

 夕焼けが美しい午後です。


 なにやらナースステーションで、騒ぎがありました。

 そこでは、三笠りのんちゃんと、看護婦の松下みどりさんがモメていました。


りのん「睡眠薬を、ちょーだいって!!」


 しかし松下みどりさんはなだめます。

松下みどり「今日は、さっきあげた分しか処方できないの!!」


 礼紀は、最近りのんが、眠れないことをしっています。

 そこで礼紀は、心配になってりのんに聞きます。


礼紀「りのんちゃん、大丈夫?」


 しかしりのんは、反応がありません。

りのん「……。」


 無言です。


礼紀「りのんちゃん、どうしたの?」


りのん「……。」

 りのんは、礼紀に対して無視です。

 そしてりのんは、プイッと、どこかに行きました。

 三笠りのんが、変わった。









 礼紀は、自室の部屋の窓から、外の喫煙所を眺めている。

 喫煙所は、夕日に照らせれながら、タバコの煙で充満している。

 そこには、いつものようにタバコを吸う、お決まりの三笠りのんの姿がありました。

 いつもと同じ姿。

 しかしその表情は、すこし苛立っていたようにも見えました。



 その日の夜。

 いつも礼紀の部屋にくるはずの、りのんはこない。

 礼紀は、この夜はずっと考えていました。

 長い間考えながら、眠れなかった。

 どうしてりのんが、礼紀を無視するようになったのか?

 どうしてこんなことになったのか?


礼紀『きっと、最近りのんちゃんが夜に眠れないことを知っていて、りのんちゃんが昼間に眠っているときに、ケーキをあげにドアをノックして起こしたからだ。だから怒っているんだ。』


 そして礼紀は、一つの結論を出した。






 一方、三笠りのんは。

りのん『礼紀くんは絶対に、赤嶺さんと浮気している。私だけに優しくしてほしいのに、他の女性と仲良くして、小柄で背が低い赤嶺さんの部屋にまで入っていった。それに嬉しそうにデレデレしてケーキをあげていた。でも、もうそろそろ反省しているころだと思うから、許してあげようかな?』


 そんな三笠りのんがいる部屋のドアの下から、何かがスーっと入ってきました。


 それに気づくりのん。


りのん「何だろ?」

 りのんがそれを、手に取ります。

 それはついさっきに、書き走ったような手紙でした。

 三笠りのんは、その手紙を注意深く読みます。



『りのんちゃんへ』

『りのんちゃん、昼間に起してゴメンね。りのんちゃんが最近眠れないことを知っていて、ケーキをあげに行って起してしまってゴメンね。』


『りのんちゃん、ケーキを食べた? 食べなかった? もうりのんちゃんは、何も言ってくれないね。こんなぼくの買ってきたケーキなんて、マズそうで食べたくないよね。』


『もうりのんちゃんは、こんな私を見たくない。口も利きたくないようになってしまいましたね。』


『私は大好きなりのんちゃんから、いるだけで迷惑な存在には、なりたくありませんでした。でも実際にこうやって、りのんちゃんにとって迷惑な存在になりました。』


『だから嫌いで別れるのはいやだったけれど、もうりのんちゃんにとって、私はイヤな存在になったから、もうお別れになります。』


『ほんの少しの間だったけれど、私はりのんちゃんと一緒にいられるだけで、幸せだったよ。どうせわたしのことなんてすぐに忘れるだろうけど、わたしはりのんちゃんのことをずっと覚えているよ。とても楽しかったよ。とても嬉しかったよ。』


『あぁ、あのケーキなんて買わなかったらよかった……。あのおいしいケーキを買わなかったら、まだおいしいうちに食べてもらおうと思わなかったのに。』


『以前りのんちゃんが言っていたけれど、私と付き合ったのは、ただ近くにいただけの男だったからなの? 私と付き合っていることは、秘密にしておかなければいけないような、そんな存在だったの?』


『りのんちゃんは今度は、やさしい男性を選ぶんだよ。顔はそれほど良くなくても、やさしい男性を選ぶんだよ。わたしでの失敗で学んで、間違っても俺のような、病気のような男をまた選ばないようにしなきゃね。』


『いつも思っていたんだ。神様がわたしと、りのんちゃんを、出会わせた理由。それって、わたしがダメ彼氏だっただけに、その分、りのんちゃんの次の彼氏さんが、より輝いて見えるじゃん。そのために、二人を出会わせたんだよ。』


『愛しているから、さようなら。りのんちゃん、ありがとう。そしてあの服は、捨ててください。』


『ダメ彼氏より。』






 この手紙を読んだりのんは、急いで礼紀の部屋へと走りました。


『ガチャ。』

 三笠りのんが急いで礼紀の部屋のドアを開けると、そこには川瀬さん一人が寝ている姿しかありませんでした。


りのん「礼紀くん……。」


 真っ暗な夜の時間に、部屋の空けられた窓から外の冷たい風が吹き込んでいる。

 このようすを川瀬さんが察して、目を覚ましてりのんに伝えました。


川瀬惣二郎「ありゃ、りのんちゃんも、冴木さんのことが気になったんじゃろ? 何か今日の冴木さんは、えらく落ち込んでいる感じだったじゃろ。冴木さんは、なにやら泣きながら手紙でも書いているようじゃった。ただ『ごめんね……。』とか、『さよなら……。』とか言いながら。しかし、誰とサヨナラするのじゃろか…?」


 ただここの景色は、月光の中でカーテンだけが、無造作にゆれていた。








 礼紀は、純粋すぎた。

 礼紀は、愛している女性の迷惑な存在になることが耐えられなかった。

 これで礼紀は、三笠りのんにもサヨナラを言えなかった。

 ただそれだけが、悔しかった。

 愛した女性を幸せにできないのは、自分が悪いからだと思っていた。

 礼紀は、男と、女には、別れがあるものだということを知った。

 その無念の想いを胸に、長岡心療医院を去った。


 朝になると小鳥たちが、無邪気に小唄をさえずっているころでした。


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