第一楽章「口の無い人への奏鳴曲」
眼下に見える、古風な帆船。
俺は吹き付ける風の中体制を整え、腰に着いた機械を操作する。
ガチリ、と歪で無機質な振動を伝えたそれは、俺に僅かな恐怖と期待を与えてくれる。
そして、そのまま。
俺はまるで羽根のように、全く音を立てずに帆船の甲板に足をつけた。
同時に、どっしりとした重さが体の芯にもたれかかった。
重く、苦い息を吐く。
「めんどくせえ」
無意識にそうぼやいて、肩にかかったアサルトライフルを構える。
安全装置を外すと同時に、船室から一人、バンダナを頭に巻いた男が現れた。
男は俺を見ると、ひどく取り乱してこう言った。
「お、お前誰だ!!」
「『鯨』だよ、餓鬼」
対して俺は、冷静に、そして当然に男を撃った。
独特の破裂音が響いた後、目の前の男が赤黒い水溜まりに沈む。
床に広がるそれを一瞥しながら、俺は考える。
めんどくせえ。
なんで俺がこんな奴らを殺さにゃならないのか。
「!てめえ、ジャックを!!」
「誰だそりゃ、知らねえよ」
次に船室から出てきた男も、破裂音の後に倒れ込む。
次も、その次も、その次も、その次も。
俺は何も考えず、出てきた人間をひたすら赤く染めた。
またひとつ、薬莢が足元に落ちる。
耳障りな絶叫と破裂音、そして薬莢か立てる金属音が何度も響いた。
そして。
「ひぃあ……うあぁあ…………」
俺が流れ作業から意識を戻すと、目の前には両膝を撃ち抜かれた若い男が腰を抜かしていた。
男の股間は何かの液体で濡れており、そこから出ているであろう不快な臭いが、俺の眉間の皺を深くする。
「た、たす、け、けて……」
目の前でみっともなく助けを請う男。
俺はそれを一瞥し、
「ばーん」
そんなふざけたことを言いながら、男の歪んだ眉間を撃った。
力の抜けた男の体が、重い音を立てて崩れ落ちる。
直後、耳元からノイズが走った。
『お疲れ様です、ドレッド中尉。レイニス准尉とウィリアムズ准尉は未だ任務中です。応援にいかれますか?』
「行くわけねえだろ」
知ってます、と冷静な調子で返す無線機に、俺はやはりため息をつく。
俺は酸素マスクを外しながら、懐から吸いなれた銘柄の煙草を取りだした。
『間もなく「クレーン」がそちらへ向かいます。その場で待機してください』
「早くしろっつっとけ」
乱雑に無線を切り、火を付ける。
俺にとって最高の時間、仕事終わりの一服。
ふう、と息をついて、まだ火をつけて間もない煙草を死体の口に突っ込んだ。
ふん、と鼻を鳴らす。
「なんでわざわざ、俺に殺されに来ちまったんだ、馬鹿共め」
少しだけ悲哀を織り交ぜた目を向けて、新しい煙草を取りだした。