序曲「天海より皮肉を込めて」
耳をプロペラの重低音が撫でる。
濁流のようなその音を聞きながら、俺は不意に窓の外を眺める。
空。
青色と、海のようにその青を埋め尽くす雲があった。
ため息をついて、硬い椅子の肘掛けに左腕をつく。
口の端に咥えたタバコが落ちそうになり、慌てて口を閉じた。
ふう、と少し多めに煙を吐く。
「おいドレッド、煙くせえんだよ。他で吸えよオッサン」
不意に背後から聞こえる、軽薄な声が、俺の気分を悪くさせる。
聞こえるように露骨に舌打ちをして、
「黙れ糞餓鬼。テメエに煙の良さなんざ分かるはずねえだろ」
「あぁ?」
「まあまあ2人とも」
そんな2人の間に割り込む女性。
ブラウンの髪が目立つその女性は、愛想笑いを浮かべて軽薄そうな男の肩を押さえつけた。
「今から出勤なんだから、もっとリラックスして、ね?」
「うるせえな」
「ほら、リラックスする!」
俺は本日何度目かのため息をついて、再び視点を窓に向ける。
とてつもないスピードで流れる白色を見て、俺は心の底からうんざりしていた。
また今日もあの中に突っ込む。
そう考えると、いい加減にこの仕事を辞めたくなる。
そんな考えを見透かしたかのように、頭上からアラームが鳴り響く。
ああ、面倒くさいな、などとぼやく間もなく、女性が声を張り上げる。
「さあ、今日は海賊船の退治ですよね。サクッと終わらせちゃいましょう!」
「へーい」
先にカタパルトデッキへ向かう2人を尻目に、俺はタバコを投げ捨て、踏み潰した。
歩きながら、拳銃に弾を装填して、腰のホルスターにしまう。
何百回と繰り返したその動作が、今日も俺に倦怠感を与える。
デッキには既に2人の姿はない。
「出遅れましたね、ドレッド中尉」
「何時ものことだ」
胸の無線機から聞こえる声をいなしながら、酸素マスクを顔に取り付ける。
パシュッ、と音がしてマスク内の空気が抜かれるのを感じた。
「今回は海賊船の掃討です。相手は武装しておりませんので、全員を射殺後、船を鹵獲してください」
「これも何時も通りだな」
適当に茶々を入れながら、床に放り出されていたアサルトライフルを取り上げる。
自分の装備を確認してから、俺は専用に塗装したバックパック型の装置を背負った。
「グラビティパック確認。出動を許可します」
「了解」
気の抜けた声で応答して、目に付いたハッチをこじ開ける。
爆風とともに、視界に雲が入ってくる。
「幸運を祈ります」
無線が、心のこもっていない声を発したのを確認して、俺は地面を蹴る。
音が、一瞬だけ止まる。
そして、落下を始めた体を制御しながら、雲の中へと突っ込んでいく。
耳を空気が切り裂きながら、遥か後方へと吹き飛ぶのを感じた。
「めんどくせえ」
俺の呟きが空へ溶ける。
ようやく視界に捉えた海賊船を見つめて、俺はまた盛大にため息をついた。