弐
三ヶ月前――ある日の、雨が冷たい日だった。今思えば、その頃はまだまだ平和だった。
「王様、隣国の外交官が参られております」
老兵を思わせる、体がガッチリした男、ビマーが、王の前に跪いた。
ここは謁見の間。豪華な飾り物が沢山飾られており、そこに似合わず、一際大きな木の扉が一つあった。それを見つめるかのように、王座があり、そこに若々しい、いかにも軽そうな、“王様”が座していた。
「分かった。通せ」
軽い王様のキリィが言った。
はっ、と返事をし、ビマーがそのまま礼をすると、扉の両側に立っている槍兵に、合図した。グォオン、と、木と床がこすれる大きい音が、謁見の間に響き、扉が開け放たれる。奥に、外交官と呼ばれた男が立っていて、王に一礼し、歩を進めた。ビマーは後ろに下がり、様子を見守った。
「キリィ様、おひさしゅうございます」
外交官、スイダズは、王の手前、何mかで跪いた。このスイダズは、貧相そうな顔立ちをしており、賢そうな顔もしている。目が狐のように長く、細く、策士家かなにかと誤解してしまいそうな容貌だ。手に重そうな、皮の袋を持っている。
王はスイダズに微笑んだ。
「そんなにかしこまらなくていい。顔を上げろ」
その様子を、扉の守護をしている少女、リリーは、胸をムカつかせながら見ていた。
あのジジィ・・・きなくせッス・・・。
王はまだ若い。リリーと同い年くらいの、まだ成り立ての王サマだ。
先代の王が変死してしまい、ご子息のキリィ様が王サマになってからと言うもの、このスイダズは、度々やってきては、金をバラまいていく。リリーにはその行動がとてつもなくいやらしくて、ひっかってて仕方なかった。それはビマーとて同じだ。
スイダズは、顔を上げると、にんまりと微笑み、王に手渡しで、手に持った“重い袋”を献上した。
「どうぞ・・・“いつも”の品です・・・」
王は嬉しそうに受け取り、袋を少しだけ開けて、金色に目を輝かせた。
「おお、おお。いつもありがとうな。マキル王に、感謝するといっといてくれ」
マキル王とは、スイダズの国の王様のことだ。
「御意に・・・しかしぃ・・・」
スイダズは、奥歯に何か詰まったようなしゃべり方をした。
「それだけではぁ・・・そろそろ・・・ねぇ・・・」
とうとう噛み付いてきたッ・・・。リリーとビマーは同時に思った。
「ん?何が望みだ」
屈託なく言う王の言葉には、まるで疑いの気配無し。
スイダズには、この展開が望みだったのだろう。
「はぁ。この国に貢献したく、政治担当の者をここによこしたいのです。天才と呼ばれる逸材の者を、ですぞ・・・」
「おお、それは!とてもいい話だ!!」
まずい。リリーは思った。確かにいい話だ。だが、同時にとても危険・・・いや。もとからその危険を望んでのことだろう。危険とは、この国の乗っ取りだ。簡単に言うと、略奪。
諸国の批判を受けず、無血で国を得る方法・・・。しかし、当然それでは、裏切り者、すなわち、邪魔者は殺されてしまう。しかし、今の王では疑いもせず、首を縦に振ってしまう・・・ッ!
リリーは、いっそここでスイダズを殺してしまおうかと考えた。槍を気付かれないように構え、ビマーの方を見ると、ビマーは首を振った。『王を信じろ』。そうビマーの目は訴えていた。
「・・・チッ」
仕方なく、槍を戻す。
『王を信じろ』・・・か。この後に及んで、忠誠心が勝るとは・・・。ビマーはカタいヤツだと思った。
「そうだなー・・・うん、悪くない」
からっきしダメだった。信じろ、等、今何の役にも立たない言葉だ。リリーは槍を持ち直し、突撃に備えた。ビマーからの睨みを無視して。