蝉の音
特に会話がなく、時間は過ぎた。
時刻は三時を回った頃。
今まで口を開かずにパソコンの前で、仕事をしていた道草さんが、僕に話しかけてきた。
「ちょっといいか」
「何ですか?」
「すまんが、タバコを買ってきてくれないか」
「はい、分かりました。いつものですか?」
「ああ、頼む」
そう言うと、道草さんはまたパソコンに目を落とす。
まったく、この人は、相変わらず、人使いが荒い。
別に慣れてるからいいが。少し酷いと思う。言えないけど。
そうして、僕は準備をして外に出た。
外は恐ろしく暑かった。すぐに汗が出た。
うっとおしいくらいの蝉の音。頭がギンギンする。
「暑い…」
そんな言葉が無意識に出た。
それも仕方ない、今日は猛暑日だ。外は人一人いない。
今年はすごく暑い、去年とは比べ物にならない。
僕は道草さんに頼まれたタバコを買いに自電車に乗った。サドルがすごく暑い。
目指すはコンビニ。
いざ、と、自分に喝をいれて、コンビニへ向かった。
道路は蜃気楼で歪んで見えた。
どんどん自転車を漕いでいく。このままいけば、あと五分くらいでつくだろう。
早く付け、と心中で思いながら進んでいく。
そんな時、隣を男が通り過ぎた。
別に普段は人を気にしないが、その男は違った。
身長が恐ろしく高く、頭はスキン。日本には不釣り合いな格好だったからだ。
それは、とても異質だった。まるで、水の中の油みたいで、この街から一人浮いているようだった。
僕は自転車を止めた。
そして、激しい嫌悪感がして。左目の今が消える。
「………何か用か」
男は気づいたようで、こちらに声をかけてきた。
「えっと、い、いや、なんでもありません」
そう言うと、男はこちらを睨んで、
「なぜ、私を見つけられた」
と言った。
「えっ?」
「いや、なんでもない」
そう言うと、男は歩いていった。
「ふぅ」
なんか今の会話でどっと疲れた。
「………しかし、僕もまた視っちゃたか」
僕は男の死を視た。
・ ・ ・
少し僕について話そうと思う。
僕は、普通の家に生まれ、普通に暮らしていた。
けど、たぶん六歳くらいの頃だったと思う。
変わった。いや、認知したんだ。
知ってしまった、だから、変わった。
小さな頃から見えていた。
きっかけはお父さんの死だった。
お父さんが死んでしまう、数日前。
僕はお父さんの死を視ていた。事故死だった。前からトラックが来て、お父さんの運転していた車とともに突き飛ばした。
それを、僕は二度視て、見た。
それが、僕の狂いの始まりだった。
・ ・ ・
いつの間にか男は見えまくなっていた。
あの男の死がまだうっすらと視えるていた。消えかけの映像。
たぶん、焼死だ。
男のいなくなったここには、僕と蝉の音だけが残った。