【競作/承】長い長い一日:鈴
幼馴染の鈴木宗見が、俺との肝試しのさなかに妖怪たちにさらわれて 、早いもので10年が過ぎた。
もしくは、俺が一人でこの世界へと迷い込んだのか、幼馴染と同姓同名の人物が、こちらに迷い込んできたのか、それは分からない。
ただ、手首につきっぱなしの、すでに色あせて元の色が分からないミサンガだけが、彼女が確かにいたという証拠のようだった。
大学へ進学した俺は、本物の鈴木宗見を探せるように、いろいろと調べてみた。
この世界にいる鈴木宗見は、アメリカへ留学してしまい、今はメールだけのやり取りの間柄だ。
一方の俺は、いろいろ調べた結果、タイムトラベルを研究している人は皆無であり、それでも俺は一縷の望みをかけ、物理学科へ足を踏み入れていた。
「タイムトラベルねぇ……」
大学で知り合って、一番の友人となった青江宇美が、学食で俺の話を聞きながら、つぶやいた。
「なにかねえかな」
「うーん……」
いろいろと考えてくれているようだが、どうやら結論に達したらしい。
「ないわけじゃないけど、あまりお勧めはしないよ?」
「どんな方法」
「タイムトラベルじゃないんだけど、あんたの彼女、妖怪にさらわれたって言ってたよね」
俺はしっかりとうなづく。
「なら、彼らと話してみるのも、方法の一つよね。要は、彼女を助ければ言い訳だから」
その通りだ。
「それでも、危ない橋を渡るわけだけど、いい?」
「構わない」
はっきりと青江に俺の意思を伝えると、青江は目の前で携帯を取り出し、何処かに電話をかけた。
「あ、お爺ちゃん?宇美だよ。ちょっと頼みたいことがあるんだけど。彼らと話したいっていう同級生がいてね、うん、彼女さんが向こうに連れていかれたそうなの。160年前の契約に反するでしょうに。え、土曜日?」
ここで青江は俺に聞いた。
「今週の土曜日、それと日曜日って空いてる?」
「大丈夫だけど」
それだけ聞くと、再び電話に話かける。
「もしもし、大丈夫だって。じゃあ、午後1時に大学の正門で、二人で待ってるから」
電話を切ると青江は、俺に話しかける。
「後悔することになるかもしれないんだよ?」
「それも覚悟してるさ。後悔しても、やってみたということが大切だからな」
そう答えると、残っているカレーを一気に食べた。
土曜日の午後12時55分。
俺は青江と一緒に大学の正門で、誰かくるのを待っていた。
「すまない、青江まで巻き込んでしまって」
「大丈夫。それよりも、河島荘司くんが心配」
「俺が?」
「そう。彼らと会うのは、とても危険。もしかしたら死ぬかもしれない。でも行くんでしょ」
何度も似たようなことを聞かれていたからだろうか。
すぐに俺は答えることができた。
「死んでも行くさ。もう、決めたことだからな」
そう答えると、大型バンが正門前に止まった。
「宇美か」
助手席から顔をのぞかせた老人が、宇美に声を掛ける。
「おじいちゃん、待ってたよ」
「その人が…?」
俺を指さして、彼は言った。
「そう。160年前の契りを破られた人。河島荘司くん」
「今日は、よろしくお願いします」
「あいよ、よろしくな。こっちは宇美の祖父の青江瑞垣だ。今運転しているのが、宇美の父親の青江茅野だ。今日明日と二日間ほどかかるが、大丈夫だな」
「はい、予定は全部空いてます」
「なら、乗りなさい。すぐに向かおう」
そう言われ、宇美が開けてくれたドアを通って、後部座席へと乗り込む。
「シートベルト、ちゃんとしとけよ。ここで死なれたら行けないからな」
「……長老のところですか」
「そうだ」
それきり、ラジオから流れる軽快な音楽と、適当なおしゃべりだけが、車の中に響き渡っていた。
途中、一回だけ休憩をはさみ、かれこれ4時間は車を飛ばし続けていた。
「着いたぞ。ここだ」
そこは、神社だった。
「水洲神社、ここの名前だ。元は美鈴と呼ばれていたらしいのだが、時代と共に変容していき、今では水洲と呼ばれている。縁起によれば、神武皇后の時代、このあたりが暗闇に覆われた際に現れた神が、鈴の音を頼りに水路を通したことが始まりと言われているが、どこまで正しいかは分からない」
略歴を語ってくれる瑞垣に対して、宇美と茅野はすぐに神社の建物の中に入ってしまう。
「二人が準備を進めている間、こちらも準備をしよう。水垢離だ」
瑞垣が言いながらも、神社の裏手へと案内してくれる。
そこには、小川があった。
「裸になれ」
「え?」
「水垢離をするのに、服を着たままするやつがどこにおる。それと、着替えもこちらで用意してあるからそれに着替えてもらう」
「…分かりました」
言うと、俺は一気に服を脱ぎだす。
「ふむ、ではこちらへ」
瑞垣も同じように裸になり、それでも彼はふんどしを締めていたのだが、俺と同じぐらいの腰ぐらいにまで水につかった。
「私の言葉を復唱して」
「分かりました」
古語調の言葉を唱えるにつれて、じょじょに気持が穏やかになってくる。
もともと水温が高めだったことも幸いしてか、全てを受け入れてしまいそうなほど、柔らかくなってくる。
5分ほどしただろうか、それで瑞垣の言葉は終わった。
「これでいいだろう。着替えは岸においてある。それに着替えなさい。それから、案内しよう。長老のところへ」
いよいよのようだ。
俺に用意されていたのは裃だった。
慣れない和服に四苦八苦しながらも、どうにかちゃんと着れると、神社の拝殿へと上がる。
「そっちの準備は」
茅野が正式の宮司の服装で現れる。
すぐ後ろには宇美が、巫女の装束に身を包んでいる。
「本殿へ行きますか」
茅野が瑞垣へ聞く。
一回だけ、瑞垣がうなづいた。
本殿に上がると、そこには、鈴がおかれていた。
ろうそくの光だけしか見えない中で、俺は瑞垣に言われたところに座る。
正座は苦しいが、そうしないといけないらしい。
祝詞を唱えながら、瑞垣が俺の周りを右に1周、左に1周して、さらにもう一度右に1周する。
「では、これを飲みなさい」
その横で、宇美の手によって鈴が鳴らされる。
顔ほどの大きさがある盃にいれられた透明の液体は、匂いからして少なくてもお酒の類ではないようだ。
「一気にな」
瑞垣に言われた通り、そこにいれられた液体を一気に飲み干す。
「では、私も飲もう」
そう言うのが聞こえた直後、目の前が分裂した。
それから光が見える、まさにカーニバルのごとく騒ぎだ。
頭の中が爆発するかのような膨張と、全てが無になるような収縮を繰り返し、そして俺は覚った。
どうやら、だまされたようだ。
おれは、ここでしぬらしい。
さようなら。
それが、俺が覚えている最後の記憶だった。