甲板上の出会い
私は甲板上にいる。
ハンモックの寝床は居心地が悪い上、客室は酸っぱい臭いが充満していて、とてもじゃないがいられたものではなかった。
空を見上げる。厚い雲の切れ間から珍しい青空が窺えた。何だか得した気分だ。
帆は風を孕んで膨らんでいる。順調過ぎる出だしはどんでん返しがありそうで怖いけど、まあ、悪くないだろう。
出航四日目――ミスランディアはまだ見えない。
「遠いなあ」
私は独り言ちた。
世界地図を眺めた時はそんなに距離を実感しなかったのだ。
「遠いですねえ」
独り言に返事がされた。
少し離れた場所に黒づくめの中年男性が立っていた。中年男性は私を見ることなく、ただ話を続けた。
「ミスランディアへ行くことにより、人生は良くも悪くも大きく変わる。それは誰しも避けては通れぬ道」
変な人だと思った。関わり合いたくなくて、その場を離れようとしたとき、お嬢さんと、話し掛けられた。
「貧民街を越えてはなりませんよ。道化の言葉にも耳を貸さぬように。名無しに出会ったら回れ右が最善です」
まるで忠告だ。私は遮光眼鏡の奥に隠された目を探るように相手の顔を注視した。
「もしかして、ミスランディアに行ったことがあるんですか?」
「行ったも何も。生まれがミスランディアです」
中年男性はそう答えた。右手首の時計を一瞥し、失礼と去って行った。
結局、何がしたかったのか。私はただ首を傾げた。