猪
短時間で仕上げたものですので、つまらないと感じたらすぐにページを変えることをお勧めします。
「追え! 川を越えたぞ!」
「中田組のほうだ!」
響く怒声。谷谷に木霊するそれは巨大な影を追う。人の足はそれに遠く及ばず、一つの影は疾風の如く土を蹴り斜面を瞬く間に駆け登る。
「周囲を固めろ! 逃げ道を作るな!」
「木の上から確実に狙え!」
屈強な男たちが弓矢を構え、影に向けて次々と放つ。鋭い音を立てて飛翔したそれらは、しかし大半が地を突き木を刺し、辛うじて当たろうとも急所ではなく、その疾走を止めるには至らない。
時に影は急に足を緩め、その眼前を矢が通り過ぎる。そして進路を変え再び疾走する。時につむじ風が起こり、その中へ矢が吸い込まれ翻弄される。影はその横を怒涛の如く走り抜ける。いずれの矢も平生であれば影に当たっており、そして確実に影の息の根を止める必殺の一矢であった。しかし、それらは尽く影に当たらず、運を、それこそ神を味方につけているような疾走を続ける影に、男たちの苛立ちは限りなく積もり行く。
「絶対に逃がすな!」
男たちが口々の叫ぶ。
「怨敵を討ち取れ!」
矢が次々と放たれる。
「ブォオオオオ!」
巨大な猪の猛り声が谷に響き渡る。
男たちを嘲るかのように。
***
昨年の収穫期。男たちの村は飢えに困窮していた。
米が無い。年貢も納められない。
野菜も無い。葉も根も全てない。
原因は分かっていた。水害でも日照りでも、冷夏でも蝗害でもない。猪だ。
田という田。畑という畑。それら全て襲われ、春に種を蒔き丹精込めて育てた作物を全て奪われた。
施した対策は暴力的に破壊された。相当な数がいたのだろうか、運良くかかっても一向に被害は減らない。夜通しの番は隙を突かれ、山狩りを行うと村人が襲われた。そして報復のように山菜や木の実は軒並み喰われ、薪の木を伐りに山へ入ることもままならず、やがて冬が来た。
冬の蓄えも準備もまったくされていない中、村では多くの死者が出た。老人を捨てようとも子は飢えた。泥を喰おうとも身には付かない。牛馬の肉は疾うに尽きた。挙句の果てに死者を脳髄まで喰ったが、それでも足りなかった。
閉ざしの雪が消える頃、村人の数は五割減った。人々は家族の亡骸を前に涙することすら出来ない。老人を捨てた山を眺めて罪悪の念を抱くことすら出来ない。
人々は思った。
――復讐を
閉ざしの冬は多くの猪の命も奪ったようで、秋のような数はいなかった。村の男たちは田を耕し畑に種を蒔き、そして鍬を弓矢に持ち替え山へと入った。
冬越えの猪には秋の力強さは無く、数の暴力を用いた男たちの弓に、次々と命を落としていった。蒔いた種が芽を出す頃には山で姿を見ることはなくなり、村は安堵の内に秋風が揺らす稲穂を眺めることとなった。
しかし、それは束の間の安堵であった。
稲穂が無残に食い荒らされた。野菜は非情に抜き取られた。猪が再び動き始めた。昨年のように、全ての作物を喰らわんがために。それらの風景は村人たちに悲劇を想起させた。家族の亡骸を想起させた。祖父母の苦しみを想起させた。
――再び狩りが始まった。
男たちは山を駆ける。逃げ惑う影を確実に仕留める。込められた怨みが反応するように、放たれる矢は次々と猪の命を突き刺していった。
そして、奴が最後となった。
***
確実に追い込んでいた。
男たちの放つ矢は、時に秋風、時に木々、時に運。多くのものに邪魔されながらも奴の命を着々と抉り取っている。奴の足は徐々に遅くなり、時たま滑落するほどである。
男たちは勝利を確信した。
「野木組のほうだ!」
奴の向かう先で待ち構える男たちの中に、青年が一人いた。彼は飢餓で親兄弟全員を失った。彼は悲しみに咽ぶことも出来ず、ただ淡々とそれらの死を受け入れるしかなかった。
山を駆ける男たちも村で留守を守る女たちも、皆が皆誰かしらを失い、青年と同じように強い怨みを抱き、弓矢を作り、それを構えている。
「殺せ!」
掛け声と共に放たれる音。研ぎ澄まされた矢尻に黒々とした毒を乗せて放たれた矢は、正面から突き進んできた猪の顔に吸い込まれ、肉を裂き骨を砕き、血潮を吹かせ足を止め、遂にはその巨体を地へと伏せさせた。
「おぉおおおお!」
喚起が沸き起こった。息を切らし汗を流し、しかし男たちは喜び合った。
その輪から少し外れた男たちがいた。その男たちは猪の巣穴を見つけていたのだ。
その中には、子猪が六匹。
放っておいても生き延びれないかもしれないし、生き延びたとしても村に姿を現さず生きていくかもしれない。しかし、これらが子を産めばやはり数が増え、いつか村を襲うだろう。それは間違いなく、数多の猪を屠った男たちに弓矢を引き絞る躊躇いはなかった。
しかし、躊躇いとは違う胸の引っ掛かりを男たちは持っていた。
猪によって苦しみ死していった人々。人によって狩られ、地に臥していった猪。
そして、今目の前にある新しい命。
男たちはそれらを振り切るように弓を放ち、子猪の命を奪った。
***
猪は人より弱かった。人は猪より強かった。
それだけの話である。
どうも、紅炎です。
以前活動報告で報告した、文芸部の三題噺です。
元を90分で書き上げてPCに打ち込みつつ推敲をしたので、まともな出来ではないですね。ここは反省しなければ……
これは感想とか批評とか批評とか批評とか貰えると嬉しいです。
いや、本気で、ね?
読んでいただきありがとうございました。
では、失礼します。