(7)言われなくても知ってます
心配する小野寺君を説得して帰ってもらって、わたしは部屋に戻った。
「どこにいるんですか、先輩。出てきてください」
先輩がスッと現れた。
「何でこんなに意気地無しで弱虫で卑怯なんですか」
何も答えない。
「先輩といっしょに行ったっていいんです。きっぱり覚悟はできてます」
「それはできない。わかるだろ?」
「何でですか。なんだったら今から高いビルの屋上に一緒に行きますか。あ、でも先輩、ここから出られないんですよね。じゃあ今、ロープを用意してきますから。鴨居はないから、どこで吊ればいいですかね。朝になって先輩が消える前に決着つけますよ」
「だめだよ。そんなの全然だめだ」
「わたし、先輩に言われなくたって、愛は醜いって知ってます。わたしにはお似合いです」
「お願いだ、そんなこと言わないでくれ」
「なんでわたしも逝っちゃだめなんですか。バカなわたしに分かるように説明してください、今ここで」
「ごめん、今までオレが言ったことは全部うそ。愛は醜くないし、奪うものでもないし、食物の方が大切でもない」
「執着っていうのはどうなんですか。先輩が執着してるのは何ですか?」
「それ、本当にわからないで聞いてるの?」
「こんなにあからさまに出られればわかります! そこまでバカじゃありません。先輩の口から聞きたいんです」
「オレが執着してるのは、おまえだよ」
「声が小さい」
「おまえに執着しています」
「もう一回」
「おまえを愛してました」
「何で過去形なんですか。何でもっと前に言ってくれなかったんですか。バカですか。バカなんですねっ」
「バカです。バカがつくほどずっと前から好きでした」
「だから過去形は認めません! 先輩、手を握ってよ。抱きしめてよ。キスしてよ。さっき先輩じゃない人としちゃったじゃないっ」
「おまえ、あんなのわざとオレに見せんな。あんなの見て喜ぶタイプの変態じゃないんだよ、オレは」
「わたしだって恥ずかしいよ! 先輩のぶあーか、ぶあか、ばかもの、もうどうしたらいいか、わかんない」
「もうバカって言うな、そっちこそバカな頭で姑息なこと考えやがって」
「でも先輩バカでしょ。前からうっすら思っていたけど、あっさり死んじゃうほどバカだとは思わなかった」
「だからあっさり成仏しないで出てきたんじゃないか、おまえのところに」
「何でそんなにえらそうなんですか。来るのが遅いって言ってるんですっ」
「いいか、よく聞け。愛とは執着に似ているのだ。こういう身の上になってよぉく分かった。だからつい、愛した人のところに出てしまう。成仏できないってのはつまり、執着してるってことに等しくもあるのだ」
「何がついですか、何を得意げに解説してるんですか」
手近にあったグラスを先輩に向かって投げつけた。
グラスは先輩の体をすりぬけて、壁に当たって砕けた。
「こうなってから気がつくってこともあるんだよ。おまえは世間知らずだから教えてあげる。行動は生きてるうちに起こせ」
「あんたに言われたくないっ」
もうわたしの顔は、涙と鼻水でぐちゃぐちゃだった。
先輩はあの日、実家に帰る途中で事故にあって亡くなった。わたしがそれを知ったのは、亡くなってから一週間もたってからだった。どどめ色の日々の幕開けだ。
わたしと月影さんの誕生日は命日になった。どこまでわたしをばかにしたら気が済むのか。