表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/13

(7)言われなくても知ってます

 心配する小野寺君を説得して帰ってもらって、わたしは部屋に戻った。


「どこにいるんですか、先輩。出てきてください」

 先輩がスッと現れた。

「何でこんなに意気地無しで弱虫で卑怯なんですか」

 何も答えない。

「先輩といっしょに行ったっていいんです。きっぱり覚悟はできてます」

「それはできない。わかるだろ?」

「何でですか。なんだったら今から高いビルの屋上に一緒に行きますか。あ、でも先輩、ここから出られないんですよね。じゃあ今、ロープを用意してきますから。鴨居はないから、どこで吊ればいいですかね。朝になって先輩が消える前に決着つけますよ」

「だめだよ。そんなの全然だめだ」

「わたし、先輩に言われなくたって、愛は醜いって知ってます。わたしにはお似合いです」

「お願いだ、そんなこと言わないでくれ」

「なんでわたしも逝っちゃだめなんですか。バカなわたしに分かるように説明してください、今ここで」

「ごめん、今までオレが言ったことは全部うそ。愛は醜くないし、奪うものでもないし、食物の方が大切でもない」

「執着っていうのはどうなんですか。先輩が執着してるのは何ですか?」

「それ、本当にわからないで聞いてるの?」

「こんなにあからさまに出られればわかります! そこまでバカじゃありません。先輩の口から聞きたいんです」

「オレが執着してるのは、おまえだよ」

「声が小さい」

「おまえに執着しています」

「もう一回」

「おまえを愛してました」

「何で過去形なんですか。何でもっと前に言ってくれなかったんですか。バカですか。バカなんですねっ」

「バカです。バカがつくほどずっと前から好きでした」

「だから過去形は認めません! 先輩、手を握ってよ。抱きしめてよ。キスしてよ。さっき先輩じゃない人としちゃったじゃないっ」

「おまえ、あんなのわざとオレに見せんな。あんなの見て喜ぶタイプの変態じゃないんだよ、オレは」

「わたしだって恥ずかしいよ! 先輩のぶあーか、ぶあか、ばかもの、もうどうしたらいいか、わかんない」

「もうバカって言うな、そっちこそバカな頭で姑息なこと考えやがって」

「でも先輩バカでしょ。前からうっすら思っていたけど、あっさり死んじゃうほどバカだとは思わなかった」

「だからあっさり成仏しないで出てきたんじゃないか、おまえのところに」

「何でそんなにえらそうなんですか。来るのが遅いって言ってるんですっ」

「いいか、よく聞け。愛とは執着に似ているのだ。こういう身の上になってよぉく分かった。だからつい、愛した人のところに出てしまう。成仏できないってのはつまり、執着してるってことに等しくもあるのだ」

「何がついですか、何を得意げに解説してるんですか」


 手近にあったグラスを先輩に向かって投げつけた。

 グラスは先輩の体をすりぬけて、壁に当たって砕けた。


「こうなってから気がつくってこともあるんだよ。おまえは世間知らずだから教えてあげる。行動は生きてるうちに起こせ」

「あんたに言われたくないっ」


 もうわたしの顔は、涙と鼻水でぐちゃぐちゃだった。

 先輩はあの日、実家に帰る途中で事故にあって亡くなった。わたしがそれを知ったのは、亡くなってから一週間もたってからだった。どどめ色の日々の幕開けだ。


 わたしと月影さんの誕生日は命日になった。どこまでわたしをばかにしたら気が済むのか。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ