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(5)聞きたくない

今回ちょっと暗いと思います、すいませんです。。。

読んでいただいて、ありがとうございます!

 その日もまた、雨だった。珍しくバイトが入っていない日で、小野寺君から、映画でも見に行こうと誘われていた。

 迷った末に、わたしは誘いを受けることにした。先輩と話せるのは嬉しい。でも、今のままじゃだめだ。先輩を見返してやりたいような気持ちもある。

 小野寺君の誘いにだって深い意味はないんだ、こちらも気軽に受ければいい。

 ほとんどやけくそみたいな感じで待ち合わせ場所に行ったわたしを見て、小野寺君は「かわいいね」と言ってくれた。

 わたしが一番言って欲しいと思ってる人からは、もちろんこんなこと、一度だって言われたことはない。自分が欲しかったのは、こんなに短くて簡単なことばだったのかと、思わず感心してしまった。


 映画は、楽しかった。映画の後の食事も、ただ何となくそのへんを歩いただけの散歩も。

 普通の会話って、こんなだっけ。このところ理屈っぽい話ばかりしていたから、なんだか新鮮だった。

 小野寺君は、軽い、というか、人当たりが良すぎる、というか、元々そんな印象があって、それも大きく外れてはいないだろうけど、とても気遣いのできる人だった。

 こちらの話をよく聞いてくれて、逆に話題が途切れると、何か楽しい話をふってくれる。黙っていたいと思う時には、それを察して黙っていてくれる。つい、異常に空気の読めない誰かと較べてしまうことを割り引いても、この外見でこの人柄なら、人気があるはずだ。


 そして帰り際、つきあって欲しいと言われた。

 ホットサンドはさめるとまずい、そんな事実を口にするのと同じような棒読み口調に聞こえたけれど、それでも単刀直入ってすばらしい。

 わたしもそれを見習って、返事はできるだけ単刀直入をめざしてみた。

 つまり、自分はつきあう気はないけど、今日は楽しかったし、誘ってくれて嬉しかった、とこんな感じで。楽しかったのも、嬉しかったのも、社交辞令ではなく本心だった。


 小野寺君の方は、わたしがそう答えることを予想していたようだった。美奈から先輩のことを何か聞いていたのかもしれない。もっと言えば、やっぱり美奈から何か頼まれたんじゃないかと思う。でも、そこまで確認してダメージを受けるだけの気力がなかった。


 わたしの返事に対して小野寺君は、自分は女の子の友達が多いし、最初はそういう友達と同じように、特別意識しなくていいから、というようなことを言った。

 冷静に考えてみれば、その発言も微妙だ。一夫多妻的な感じ?

 でも、棒読み口調だろうが何だろうが、告白じみた話を聞かされるってことは、わたしにとってかなりの異常な事態だ。だから多少はパニクっていたので、じゃあ今までと同じようにしていればいいのかと、よくまわらない頭で納得したのだった。




 その日の帰宅は、夜九時ごろになった。玄関のドアを開けると、やっぱり先輩はいた。

 そして妙に絡まれた。


「食物を愛するよりも誠実な愛は存在しないと、バーナード・ショーも言っている」

「まあ、食事は大切ですよね」

 わたしの返答は、いつもより上の空になりがちだった、あることばを聞くまでは。


「まったくおまえは、浮気者だな。同情されたのを愛と勘違いするんじゃないよ」

「!」

 それは小野寺君のことを言っているのか。わたしにはもう、同情されたからって怒るようなプライドはない。でも、今のことばをよりによって、先輩がわたしに向かって言うのは絶対許せない。

 手近にあったハサミをとりあげて、先輩めがけて投げつけた。ハサミは先輩にはあたらず、壁に当たって跳ね返った。それをもう一度投げつけようと拾ったとき、ハサミの片方の刃の部分を握ってしまい、手のひらに赤い血がにじんだ。

 それを見て自分がしたことの無意味さにようやく気が付いて、この人の前では絶対に泣くまいと思っていたのに、声をあげて泣きだしてしまった。


「ごめん、ごめんね」

 わたしが泣き疲れてそのまま寝入るまで、先輩が謝る小さな声が、子守唄のように聞こえていた。



 次の日。バイトにも身が入らず、注文を何度も間違ってバックヤードに配置換えされたりして、どっぷり疲れてアパートに帰ってきた。さすがにもう先輩はいないだろう。いないはずだ。いないに違いない。いない方に一万円。


「おかえり」

 ドアを開けると、何もなかったかのような、先輩の声。

 わたしは心底ほっとした。それなのに、口から出たのは心とは裏腹なことばだった。

「先輩、いい加減もうどっか行ってください。人の恋路を邪魔する気ですか」

「・・・ごめん。愛というのは」

「聞きたくありません」

「聞いてくれ。愛というのは執着だ。だからまだ、いなくなれない」

「先輩は、何に執着してるっていうんですか」

「・・・あの金魚は、いないんだね」

 わたしの質問に答えるかわりにそう言った先輩は、寂しそうだった。

「人の恋路を邪魔したいとは思わない。応援したいとさえ思ってるよ」

 先輩の無意味なことばを、今度はわたしが無視した。




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