(3)木っ端が微塵
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失礼があったらすいません。
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「閑話」の前、(2)からの続きです。
ごめんねごめんねと泣きながら、死んだ金魚を夜の公園に埋め、わたしはいよいよ決心した。長年の思いを伝えて、決着をつけようと。
そこでわたしはない智恵をしぼって、先輩がごまかせない方法を考えた。間近にせまったわたしの誕生日、その日に会ってくれと先輩に頼んだのだ。
何の因果か、月影さんとわたしは誕生日が同じだった。それを知った時には、なんともいえない気持ちになった。なんでこの人と自分が同じ誕生日なのかと。
それでも、大学も同じ、好きになった人も(多分)同じ、ということは、運命だったのだろうか。立ち位置はだいぶ違うのに。だとしたら、なんだか嫌な運命だ。
断られたら、すっぱりあきらめて、新たに楽しい青春を謳歌しよう。わたしはそんな風に考えて、自分を励ました。そんなきれいごとであるわけないのに。
わたしは人を試すような、嫌な嫌な人間になってしまっていた。人のせいにしてごまかすような、嫌な嫌な女になってしまっていた。きっとわたしは先輩にふさわしくないのだろう。
でも、先輩のことを知るまでは、こんなに嫌な人間ではなかった。だからこれはぜんぶ、先輩のせいということにする。
あるいは先輩の胡散臭い説教のことばを借りれば、愛のせいともいう。
そして案の定、前日になって、先輩はその日会うことを断ってきた。電話一本で。それも、月影さんのことを暗示することさえなく、急きょ実家に帰省しなければならなくなったという、腹の立つ理由をつげて。
逃げられた。体中の血液がざっと音をたてて落ちていくような感覚の中で、わたしはそう思った。
それから一週間ほどたって、実家云々の話はまあ嘘ではなかったことがわかった。あの日、先輩の父親が手術を受けることになったそうで、父親のその後の病状は安定して回復に向かっているものの、一時期は危なかったという。
その情報とともに、それまでのように二人で食事することも、もうできなくなったことがはっきりしてしまった。わたしは選ばれなかった。
そのうえ、それ以前のひと月ほどは、父親の体調が思わしくないため、大学を休学するか、最悪やめて、家業を手伝うべきかと悩んでいたらしいことも耳に入った。
そんなこと一言も聞いていなかったわたしは、木っ端微塵に吹き飛ばされた。
先輩の実家は、わたしの実家から車で三十分足らずのところにあるはずだ。高校時代の話をするついでにでも、どうして話してくれなかったのか。そんな事情を抱えて、なんでいつも、あんなに楽しそうにしてたのか。そんなにもわたしは、信用されていなかったのか。あんなに優しく笑っていたのに、どうしてこんな、残酷な仕打ちができるのか。
それが今から、ほぼ三週間まえのことだった。何かを食べる気にもならず、外出する気にもならず、ぐっすり眠ることもできず、美奈をして「どどめ色の生活」と言わしめたそんな生活からなんとか少し浮上して、お腹がすいたり、眠くなったりするようになってきた今日この頃。
世間一般は夏休み。
わたしも以前から決めてあったバイトにせいを出し、お金稼ぎに没頭しつつある今日この頃。
くどいようだが、先輩の「せ」の字も口に出さずに、わたしが地の底からなんとか這いずりあがろうとしている今日この頃。
あの男が、先輩が、やってきたのだった。愛に関するゴタクを並べるために。
その日は朝から雨だった。そんな筈はないのだけれど、あのどどめ色の日々には毎日雨が降っていたような気がするから、それ以来、雨は大嫌いだ。
夏休み中の平日は、すでに決まっているファーストフードのバイト。基本は昼過ぎから休憩をはさんで午後七時か八時まで、ほぼ毎日。週末は週末で、単発で割のいいバイトを入れるつもりだった。とにかく忙しくしていたかった。
平日だったのでファーストフード店での接客中、珍しい客があった。
同じ学年、同じ学部の男子学生と、美奈。取っている講義がけっこう重なっているようで、その男子学生には何度か話しかけられたことがあったのだが、あいにく名前を覚えていなかった。そこで再び名前を教えてもらった。ここでは仮に小野寺君としておこう。
心配性な美奈のこと、何かのついでにバイトの様子を見に来てくれたのだろうと、そのときは思った。
バイトをあがってさて帰ろうか、と携帯を確認すると、美奈から「ユー、もお先輩のことなんか忘れちゃいな」という某事務所社長みたいなメールが入っていて、店を出たら雨の中、小野寺君が待っていた。そういえばバイトが終わる時間を聞かれた気がする。
小野寺君いわく、わたしが小野寺君の顔を覚えていない可能性が高いので、わたしと親しい美奈に聞いてバイトのことを知り、一緒に来てもらったのだという。
そんな話を聞くと、わたしに特別な関心があるのかと思ってしまいそうだが、だまされてはいけない。何せわたしは、ある程度は親しいと思っていた人に、大学をやめるかもしれないという一大事を伏せられていた過去を持つ女だ。
おおかた美奈が、おせっかい心を起こして、小野寺君に頼みこんでくれたのだろう。
小野寺君は、まあいわゆる、ナイスなガイだ。はやりの服装に髪型、さわやかな語り口、大学で話しかけられたり姿を見たりした時も、同じような感じの女子学生に囲まれていた印象がある。
もしも世の中の人間を、月影さんタイプとわたしタイプの二つに分けるとすれば、いうまでもなく、月影さん側に属する人である。
今までいろいろ心配してくれた、美奈の気遣いは心にしみて、素直にうれしい。でも正直、まだ今はこの種の気遣いはいらないし、忙しくも楽しい予定が満載な感じの小野寺君にも申し訳ない。
結局その日、小野寺君はわたしの古いアパートの近くまで雑談をしながら送ってくれて、そのままスタスタ帰っていった。
「おい、おまえ」
小野寺君の背中を見送ってから、玄関の鍵をあけたところで、忘れもしない人の声がして、それはもう、腰が抜けるほどびっくりした。