7話
このサヴィーナは、武の国である。貴族男性は、武人であることが第一とされる。事情は王族も同じだ。名だたる公爵家の貴公子でも、たとえ王家に連なる者であっても、この国では武を修めずして一人前とは認められない。
「リュデュキオ公の剣の腕は、お強いのですか?」
「デュクス―――ティエアル公よりは上だ」
クレオンは答える。ティエアル公爵家はサヴィーナでも一二を争う武の名門であった。その当主よりも、ディオクレスは強いという。
「では、リュクレクス様とならば」
途端、クレオンの、冷たい紫の瞳が向けられる。
「くだらぬことを言うな」
リュクレクス公爵家は、百年ほど昔の王子を祖とする王族である。ティエアル公爵デュクスより、武術では、リュクレクス公爵クレオンの方が優れていた。
シャーロックとクレオンのふたりは、会場に入った。異様なほどの熱気が、そこには展開されている。
「私は少し用がある。セイデン、先に行っていろ」
「はい」
シャーロックはクレオンと分かれ、デュクスのもとに向かった。最もよく会場が見渡せる特等席に、彼はいた。
「来たか」
風が強い。たばねたシャーロックの髪は舞い上げられて、彼の視界を遮った。
シャーロックは砂避けの外套のフードを被って、それから口を開いた。
「ティエアル様」
「もう始まるぞ。クレオンは」
「ご用があると」
「なるほど」
つぶやいて、デュクスは視線を会場に向ける。異常な光景だった。幾百、もしかすると千にもとどくほどの数の人間が、みな武装して、集まっている。
「多い。――」
呆然としたような声を、シャーロックがあげた。彼はサヴィーナの『名誉ある死』を実際に見たことはなかったが、知識の上では知っている。
「当たり前だろう。仮にも当代一の武人の相手に、百や二百だなんて数じゃ、ディオクレスに悪い」
名誉ある死。その実質は、なぶり殺しに近い。集められた人数すべてを倒せば、いかなる罪でも許されるという、一種の恩赦である。
が。
そのようなことは、まず不可能であった。通例では、対象者の相手は、百も集まれば多い方とされる。しかしそれでも、その相手すべてを倒せた前例はない。さらに、ディオクレスは三日前まで受けていた拷問が原因で、疲弊している。
シャーロックは会場を見下ろした。五百人はいるだろう。これだけの数を、ディオクレスはひとりで倒さなければならない。
「無理だと思うか?」
デュクスが問うた。シャーロックに尋ねていながら、それは返答を期待したものではなかった。
「いいえ」
それが分かっていて、シャーロックは答えた。デュクスはわずかに目を細くした。それが何に対する反応なのか、シャーロックには分からなかったが。
「追い込まれた人間というものは、存外しぶといものですよ」
「それはお前の主張か?」
年齢不詳の異国の公爵は、微笑を浮かべようとして、失敗した。
「統計的に、です。ティエアル公」