3話
「セイデン公爵」
ルクレティアは、二十年前に王妃の輿入れに伴ないヴィルドローレンから来た美貌の公爵を呼んだ。
「お兄さま方からは、何も連絡はないの?」
「はい」
今日に入って、二十回は繰り返した質問だった。領地の視察に行った兄たちの、当初帰還すると予定されていた日から十一日。向こうで問題が起きたため、戻れないのだと、シャーロックからは説明を聞いた。
「わたし、―――」
言いかけて、けれどルクレティアはやめた。
公爵が視線を向けてきた。言いたいことは分かっている、そう告げる瞳だった。
「ご案じめされるな。陛下方には、リュデュキオ公が一緒なのでしょう」
ルクレティアの表情が、パッと明るくなる。
「そうね。心配なんて、ないのよね」
リュデュキオ公爵ルーナルティアことルーンは、ルクレティアの婚約者であった。
だが、ルクレティアはまだ、知らない。
彼女の兄のうちひとりはすでにこの世になく、そしてもうひとりも、生死の淵を彷徨っているのだとは。
そして彼女の兄をそのような目にあわせたのは、他でもない彼女の愛する婚約者であるということは。
「公爵、心配をかけてごめんなさい。それから」
ルクレティアの紫の瞳に、少し赤みが差す。
「あの。ルーン―――リュデュキオ公から連絡があれば、教えてほしいの」
「承りました」
公爵はルクレティアを見て、ちょっと笑ってみせた。