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眉目清秀な劇団座長は、宿屋の平凡娘になぜか弱い。  作者: ゆずまめ鯉


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番外編 九.婚礼の儀式は楓流軒で ~完~

 姉夫婦と共に霜北府から帝都へと戻り、仕事に準備に遊びにと、慌ただしく過ごしながら二か月余り。八月上旬のこの日、待ちに待った李央央と、琳晋高の婚礼の儀式が始まろうとしていた。

 琳家からは両親と妹の琳有、弟、そして三人の伯父が、多忙だというのに霜北府から駆けつけてくれたので、心行くまで寛いでもらうためにも、楓流軒の上房二部屋を貸し切りにしている。

 馬夫人からは、婚礼を祝福する書簡が届いていた。その心遣いが嬉しかった。文を受け取った晋高は、もう元許嫁に対する罪悪感が昇華されたらしく、婚礼前に一度、霜北府にある墓をお参りしている。

 央央は、五つ年上の姉と共に食堂にいた。食堂と言っても、婚礼のために椅子と机はすべて運び出しているので、広々としている。


「阿央。本当に私の婚礼衣装でよかったの?」


 赤い花嫁衣裳を身に纏い、薄い化粧と赤い口紅で美しさの際立つ央央に、春鶯は心配そうに声をかけた。新しく仕立てると春鶯は張り切っていたのに、拒んだのは央央だ。姉が着用した衣装で嫁に行きたいのだと頼み込んだ。妹の婚礼だけは、自分の時よりも盛大に送り出そうと決めていた春鶯に、最初は猛反対された。けれど、自分の挙式は自分で決めたいと、最後まで折れずにいたら、春鶯は諦めてくれた。


「これがいいの! 姐姐と同じ衣装で、好きな人のお嫁さんになるって決めてたから!」

「……阿央!!」

「ちょっと、泣くのはまだ早いよ?」


 感極まって涙を流す春鶯を揶揄しながら、央央はくすくすと笑っている。


「せっかくの化粧が落ちちゃうから、もう泣かないで」

「ふふ、そうね」


 そんな姉妹の様子を、少し離れた位置から覗き見ていた福来と琳有は、同い年だけあり初対面だというのにもう意気投合していた。秒で仲良くなったようだ。二人で手を取り合い、もらい泣きしている。


「いいなぁ。私も結婚したくなっちゃった!」

「私もよ~! 私の場合、式は霜北府でやることになると思うけど、阿来も来てくれる?」

「もちろん、行くよ!!」

「ありがとう! 招待状を送るから、後で住所を教えてくれる?」

「いいよ!」


 福来と琳有は楽しそうに会話を繰り広げている。その会話は、新郎側の控室として開放していた客間にも届いていたらしく、父親と三人の伯父たちは衝撃を受けていた。どうやら、琳有に恋人がいることを知らなかったようだ。結婚を待ち望まれていた晋高とは違い、十八歳の愛娘や姪が嫁ぐことは考えていなかったことが窺える。


「阿央。あなたが今日、世界中で一番、美しい花嫁よ」

「へへ、そうかな?」

「そうよ! だって私の自慢の妹だもの!」

「姐姐も、今日は世界中で一番かわいいお姐姐だよ!」

「ふふ。私の真似しなくてもいいのよ? 阿央」


 客間の様子など知らない二人は、楽しそうにお互いを褒めていた。

 これから新郎が迎えに現れ、花嫁側の親族が邪魔をしながらも、新婦を連れ去るという儀式を行う。その後で客間の扉をすべて解放し、友人知人を招き入れて婚礼の儀式が始まる。天地に一礼、両親に一礼、お互いに一礼をすると晴れて夫婦となる。

 まだ赤い衣装を着こなす晋高の姿を目にしていないので、どれほど素敵か想像するだけで口元が綻ぶ。


「それじゃあ、行ってくるわね」

「うん、お願い!」


 もうそろそろ晋高が顔を出す頃合いなので、姉である春鶯は足早に向かった。


(いよいよなのね……!)


 楽しみ過ぎて昨夜はあまり眠れなかった。式の最中、気を失ったらどうしようと福来に相談したところ、眠気を取り除いてくれるという、薄荷を煎じてくれた。そのおかげかすっきり気分は爽快だ。


「──央央」


 愛しくて堪らない人物にとうとう呼ばれた。ところが央央は、すぐには応じず、そっぽを向いた。


「私の名前を忘れたの? 李白(リーバイ)って呼んでくれなきゃ嫌よ」

 呼び方は追い追い変えようと話し合っていたが、式の当日ですら字の「央央」だったので拗ねてみせた。本名は李白だ。本当は呼んでくれるならなんだってかまわない。けれど、今日は一生に一度の主役になれる日ゆえに、特別感を味わいたかった。

 晋高は、央央がわがままを言っても怒ることなく穏やかなままだ。気持ちが通じあってからは、以前ほど無表情ではなくなった。うっすら笑うことが増えた。と言っても、正確に晋高の表情を読めるのは、今のところ人相占いが得意な央央だけだが。


「──阿白(アーバイ)


 李白ではなかったものの、名前を呼んでくれたので央央は笑顔で応じた。


「仕方ないわね、琳哥哥!」

「そういう阿白は変えないのか?」

「だって、この呼び方、結構気に入っているのよ。琳哥哥♡」

「はいはい」

「末永くよろしくね? 琳哥哥♡」

「こちらこそ、よろしく」


 晋高の腕に掴まった央央は、未来へと向かって、一歩一歩しっかりとした足取りで踏み出した。


***


 婚礼の儀式から二年余り。春鶯と楚月の元には二人目の女児が、央央と晋高の元には一人目の女児が誕生していた。ほぼ同時期の妊娠だったため、同級生になるねと生まれるまでは毎日楽しみにしていた。

 楓流軒には仲の良い姉妹と、三歳の女の子、生まれたばかりの女児二人がおり、演劇と子どもの賑やかな声に包まれていると有名になった。

 赤子を背負いながら、央央は箒で楓流軒の石畳を掃き清め、姉の春鶯は、同じく赤子を背負いながら柜台の手前に腰かけ、趣味に没頭している。


「ねえねえ、今書いている話はどんな感じなの?」

「仲良し姉妹の話よ」

「ふうん。それって、男前の座長と、凄腕の保鏢は出てくるの?」

「さあ、どうかしらね」


 このやりとりも定番になりつつある。いつか、自分たちを題材にした物語を綴ってくれると信じている。


「有名すぎて、なかなか占ってもらえない易者を特別に出したかったら、考えてもいいよ?」

「ふふ、それもいいわね」


 ふえーんという子どもの泣き声が奥から聴こえてくる。三歳になった愛娘を抱えた楚月が、ひょっこり顔を出す。


「耀耀。小桃(シャオタオ)が、昼寝中に漏らしたみたいだ」

「あら。すぐに着替えさせるので、その間、この子を見ててくれますか?」

「うん、いいよ!」


 紐を解き背負っていた乳児を預けると、春鶯は三歳の娘と共に奥に消えた。


「……また男前の座長は出ないみたいだ」

「アハハハ!!」


 書きかけの竹紙を覗いた楚月が、残念そうにつぶやいたので、央央は盛大に吹き出した。


「なにを笑っているんだ?」

「おかえりなさい、琳哥哥。また義兄さんが、姉の書く物語に出してもらえなかったって拗ねていたから、笑っていたのよ」

「懲りないな」

「でしょー? おかしいわよね」


 楽しそうな央央の笑い声が響く。少し遅れて春鶯も合流し、もうすぐ正午を迎えるので、腹の虫が盛大に鳴き出す頃合いだ。育児をしているからか、やたらとお腹が空く。


「姐姐。お昼になに食べるか決めた?」

「そうね……今日は麺にしようかな。阿桃も麺ならよく食べるし、多めだと嬉しいわ」

「わかった。琳哥哥と一緒に買ってくるね♪」

「ありがとう。行ってらっしゃい」


 晋高と出かけようとすると、春鶯は笑みを浮かべて送り出してくれた。それを止めたのは楚月だ。


「ちょっと待った、央妹。俺の分は?」

「義兄さんは、姉と一緒でいいんでしょ?」

「うん。俺も麺の気分だよ」

「ほら、聞く意味ないじゃない!」


 元々多めに買うつもりだったのに、引き留められてしまい、央央は頬を膨らませて不満を露わにした。楚月と春鶯は、そんな央央を目にして微笑んでいる。微笑まれてしまうと、仕方ないなと切り替えるしかない。


「行くぞ、阿白」

「はーい」


 愛しい人に名前を呼ばれた央央は、明るい笑みを浮かべて駆け寄った。その背中では、可愛らしい赤子がすやすやと寝息を立てている。晋高は、そんな愛娘の温かく柔らかい頬を、指先で優しく突っついた。けれど、ぐっすりと眠っている。央央と晋高は、仲良く肩を並べながら楓流軒を後にした。



──完──

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