表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
眉目清秀な劇団座長は、宿屋の平凡娘になぜか弱い。  作者: ゆずまめ鯉


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

25/26

番外編 八.大好き

 央央が目覚めてから三日が過ぎた。半月ぶりに姉と会えるのは楽しみだったが、日に日に増す緊張感でどうにかなりそうだった。普段は温厚でも、央央が傷つけられることには人一倍敏感だ。母親代わりでもあったので当然なのだが、晋高に怒りをぶつけることも考えられる。晋高は悪くないと、庇えるだろうか。

 楚月と共に現れた春鶯は、愛娘を楚月の実家へ預けたその足で琳家を訪問した。


「姐姐……」

「阿央。体はもう大丈夫なの?」

「う、うん」


 再会した姉は、思ったよりも冷静だった。琳家の応接間に通され、琳有が春鶯と楚月の二人に茶を淹れる。お茶菓子を勧めた後は、部屋の隅に立ち、緊張した面持ちで待機している。


「私が会いに来た理由、わかりますか?」

「……央央が、怪我を負ったからだ」

「ええ、そうです」


 春鶯と楚月が並び、その正面には晋高と央央が腰かけている。会いたかった姉だというのに、何時にもなく真剣な眼差しをしていた。


「保護対象者である阿央が怪我をした。あなたは保鏢失格です」

「……ああ。一生かけて償うつもりだ」

「姐姐!」

「ですが、悪いのは妹を傷つけた匪賊であって、琳公子ではありません」


 央央は、やっぱり自分の姉は気持ちを汲んでくれたのだと、ぱっと顔を上げた。春鶯と視線が合い、力強く頷いてくれた。ここへ来たのは、咎めるためではない。背中を押すためにきてくれたのだ。目頭がじんわり熱くなる。


「だが……」

「琳公子。妹は、あなたのせいで怪我をしたなんて、ちっとも思ってませんよ」

「……」

「それでも、一生、この子に償いたいというならば、阿央とのこれからを考えてくれませんか?」

「これから……?」


 春鶯の言葉に瞬きを繰り返した晋高は、ゆっくりと顔を上げた。どんな表情をしているのか、央央はふと気になり隣にいる彼を盗み見ると、目を見開き驚いていた。


「そうよ。償うために離れるだなんて言い出したら、私はあなたを許さない。少しでも好意があるのなら、妹が誰かに傷つけられないよう、傍で見守ってあげて」

「……姐姐……」


 思わず涙目になった央央に、春鶯はすぐさま気がついた。妹を勇気づけるためなのか、片目を閉じて合図する。その行動が「心配いらないわ」と言っているようで心強かった。姉に寄り添う楚月も、穏やかな表情をしている。


「琳公子。過去になにがあったのか、私は知らないわ。あなたにとって、大事で忘れられない記憶なのよね。でもね、戻れない日々を憂うよりも、今は、隣にいる相手との未来を見据えてほしいの」


 過去を捨てる必要はない。過去を持ったまま、央央との未来を考えてほしいと春鶯は頭を下げた。晋高はどう返事をするのか。やけに長く感じられた。数分、間を置いてから晋高は声を発した。


「…………わかった」

「え?」

「ありがとう、琳公子」

「ええええっ!?」

「落ち着きなさい、阿央」


 あれだけ押しても靡かなかった、難攻不落の男──琳晋高が「わかった」と返事をしたので、央央は激しく動揺した。大絶叫した途端、姉から咎められた。


「おめでとう、阿央。それからお兄ちゃん!」


 琳有は、手にしていた盆を放り投げて、央央の元へ駆けてくる。おめでとうと言われても、実感が湧かない。


「ふふ。私たちは席を外しましょうか」

「うん。行こうか、耀耀」

「春鶯さん、楚月兄さん。お祝いに、なにか買いに行きませんか?」

「いいわね、行きましょう!」


 放心状態の央央をその場に残し、春鶯と楚月と琳有は、応接間から仲良く退散した。二人きりにされてしまった。


「あ、あの琳哥哥。私が言うのもあれだけど、本当にいいの?」


 都合のいい白昼夢を見させられている可能性も捨てきれないし、空耳かもしれない。自信がないのだ。


「ああ」

「で、でも、私は性格がよくないし、姉さんと、占いと、極度の演劇愛好家だし、ええと、それから……」

「かまわない」


 思わずしどろもどろになってしまったが、一つだけ、訂正したかったので勇気を振り絞って切り出した。


「……償いとかは考えないでほしいの。私が迂闊だっただけで、琳哥哥でも伯父さんでも誰のせいでもないから。女将にも謝られたんだけど、自業自得なの。だから償いは必要ないわ」

「……けど」

「でも、背中に傷があるから、誰もお嫁さんにしてくれないかも……」


 結婚相手の母親が厳格ならば、服を脱がせて細部まで確認するかもしれない。健康体な嫁の方が、家のことを任せやすいからだ。傷の状態はわからないが、大きく縦につけられた傷跡を目にして、反対されないとも限らない。


「俺が娶る」


 聞き間違えではない。都合のいい夢でもない。確かに隣にいる男の口から「俺が娶る」と、明確な言葉がついに飛び出した。聞こえた。この日をずっと待っていた。

 央央は胸を高揚させながら、すぐ近くにいる彼の表情をこっそりと窺う。普段となんら変わらない、真剣な眼差しをしていた。


「ほ、本当に……?」

「ああ」


 自信がないので恐る恐る問いかけると、間髪入れずに頷いた。


「責任感じてない?」

「ああ」


 もう一度、央央が訪ねても、晋高の返事は早かった。そこに迷いはなかった。


「私を……私を、琳哥哥のお嫁さんにしてくれるの?」


 冗談はめったに言わないことを知っていても、まだ夢から醒めてしまう可能性は残っている。央央が晋高に片思いしていた年数は四年間だ。約一千四百日もの間、交わされ続けていたのだ。癖になっても無理はない。


「──俺と結婚してほしい」


 晋高と目が合う。瞬きを繰り返す。


「……夢じゃない?」

「……現実だ」


 何度もしつこく確認してしまったからか、眼前がふと暗くなり、央央が顔を上げると同時に口づけされた。最初の口づけは、そっと触れるだけの優しいものだったが、熱い唇の感触に惚けた。


(……触れた……口づけしてくれた……!)


 感動のあまり、央央の目からは大粒の涙が零れ落ちた。待ち望んでいた言葉と、待ち望んでいた口づけに、嬉しさが込み上げてくる。


「……大好き!」

「……知ってる」


 隣に座っていた彼の胸元に飛び込むと、晋高は受け入れてくれた。ぎゅっと抱きしめてくれた。央央はこの日を、想いを受け入れてくれた大切な日を、絶対に忘れない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ