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眉目清秀な劇団座長は、宿屋の平凡娘になぜか弱い。  作者: ゆずまめ鯉


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番外編 六.危機

 つい先日、琳家まで央央を尋ねてきた婦人を占った結果、またまた次の日には的中してしまい、久方ぶりに恋人ができたとお礼を告げられた。手相と生年月日から、恋愛に関する運気が高まっていると央央が解釈しただけで、婦人も琳有も元々は魅力的な人物だ。

 そんな彼女が友人らに宣伝したことから、琳家には央央の占い目当てで訪れる者が日に日に増え、困ってしまった琳有は宿屋の居場所を教えてしまい、連日、宿屋に押し寄せるようになってしまった。女将も驚いたほどだ。けれども、女将には商魂があったので、央央が気に入って食べた料理として、串焼きや包子を勧めたところ、これが飛ぶように売れたので却って喜ばれた。その点はよかった。

 凄腕の易者は、もうすぐ帝都へ帰ってしまうということで、付加価値がさらについたようだ。我先にと行列ができていた。

 午前中に訪問してきたのは、二十代後半になっても息子にいい人が現れず、見合いをするも振られてしまい、後継者問題に直面しているという相談内容だった。実際に本人を連れてきてもらい、人相と手相、そして出生日時を駆使して彼の性格を把握し、釣り合いの取れるような最適なお見合い相手を助言した。上手くいくか保障はないものの、心当たりはあると大金を払い満足気に帰っていった。

 占ったすべてが的中するわけではない。嘘つきだと返金を求められたことも、一度や二度ではない。だから、定期的に占っている帝都とは違い、霜北府では楓流軒の住所を伝え、占った結果、なにか気になることがあれば書簡を出すようにと名刺を渡している。


「……ここでいいのかしら?」


 午前中、他の夫人の相談の最中、前金として五百文もの大金と住所を置いて行った老婆がいたらしい。央央は姿を見ていなかったが、女将が教えてくれた。

 さすがに依頼内容も知らずにそんな大金、受け取る理由がないため、本人へ返しに行こうと住所を頼りに宿屋を出発した。町外れにいる農夫に紙を見せ、場所を尋ねると、霜北府を出て道なりに進んだ先にある古びた一軒家だという。そんなところに住む老婆が、わざわざ霜北府の宿屋に来て、ぽんと五百文という大金を置いて立ち去るのはなんだか妙だ。後々、面倒ごとに巻き込まれないとも限らないため、相談内容を事前に言えない人や、挙動不審な人からの相談は一切引き受けていない。

 晋高に相談するべきか悩んだけれど、今日は用事があるらしく、遠くから央央を見守っているのは伯父だ。楽天的な伯父ならば、きっと気のせいだと背中を押しそうだと思った央央は、相談することなく金を返却することにした。

 町の外れで聞いた通り、道なりにしばらく歩くと古びた一軒家がそこにはあった。ところが、外観がぼろぼろすぎて、とてもじゃないけれど人が住んでいるようには思えなかった。

 土地の値段が比較的安価な町の外で暮らすには、治安や防犯の都合で、七軒も八軒も民家を密集させ、小さな集落を形成するものだ。夜盗が現れても、助け合うためだ。それなのに、ぽつんと一軒しか見当たらないので、央央は不思議そうに首を傾げる。


(……こんな建物、来るときにあったかしら?)


 紺色の幌に覆われた馬車に揺られていたが、外の情景を眺めた際に、古びた一軒家を見た記憶はなかった。景色を眺めるのが好きで央央は道中、暇があれば前方や後方を見ていた。

 とりあえず、家の外から声をかけ、老婆らしき声がするのならば、五百文を置いて帰ろう。央央は小さく頷く。


「ごめんください。誰かいますか?」


 外から央央が何度か声をかけても、中からは一切、音がしなかった。扉を開けるまで時間がかかるだろうかと待ってみたものの、しんと静まり返っていた。本当に人が住んでいるのかどうかも不明だ。このまま金を置いて帰るか、日を改めるか、央央は頭を悩ませる。

 明日の朝には宿屋を出発し、帝都に向けて移動する予定だ。その途中、もう一度立ち寄り、やっぱりいなかった場合は五百文をどうするべきか、央央には考えなければならないことが多すぎる。


(……仕方ない。少し待ってみよう)


 不在ならば買い物に出かけている線も捨てきれない。まだ日中で暗くならないので、一時辰ほど待ってみることにした。

 ところが。央央が家の前でしゃがみ込んでからそれほど経たずに「ガシャーン」と、家屋の裏から割れるような物音がした。


「え、なに!?」


 確認するべきか、諦めて帰るべきか。


(……もしも中で倒れた音だったら、大変よね……?)


 急病かなにかで家主が転倒した可能性を捨てきれず、央央は一軒家の裏から様子を窺うことにした。この時の判断を、後から悔やむことになるとは思いもよらなかった。

 裏側に移動して家屋の様子を見ようとすると、そこにいたのは刀を手にした大男だった。数日前に、央央を乗せた馬車を襲った匪賊だ。先ほどまでは誰もいなかった裏庭に、五人の男の姿があった。隠れていたのかもしれない。


「ひっ……!」


 背筋がゾッとしてくる。刀を振りかざして硝子を割ったらしく、辺りには散っていた。

 今すぐ逃げなければ──。

 粉薬は持参しているものの、風向きが安定していない日は使えない。逃げるしかない。


「俺の嫁、見ィつけた!!」


 男たちはけらけら笑いながら、央央を値踏みするかのように眺めている。舌なめずりする者もいる。鳥肌が立つ。簡単に引っかかってしまった。


「帝都から来ているとかいう、有名な易者と噂を耳にして、すぐに行き先がわかったぞ」


 だから老婆を装い大金を置いて帰り、央央が来るのを待ち伏せしていたのだろう。


「待っていても、あのつえー保鏢は来ないぜ?」

「な、なんでよ!?」

「お前の名前で文を送ったからな」


 まさか匪賊に名前まで調べられているとは思わなかった。


(伯父さんはどこ!?)


 央央を見守っていたはずの伯父の姿はどこにもなく、背後を窺っても見当たらなかった。


「ああ、あの後ろを見張っていたおっさんなら、適当に雇った女の誘惑で、あっさりついてったぜ?」


 そう耳にして、あの伯父ならあり得るなと納得してしまった。ここは一人で切り抜けるしかない。


「一度しか言わない。観念して俺の嫁になれ!」

「ふん。嫌に決まってるじゃない! あんたの嫁になるくらいなら、犬の餌になる方が何十倍もマシだわ!!」


 嫁ぐ相手は四年前から決めている。むさ苦しく、生理的に受けつけない男と婚礼を挙げるくらいなら、今すぐ舌を噛んでもいい──央央は小さく頷いた。


「……そうか。それなら仕方あるまい。俺のものにならないのなら、お望み通り、死んで犬の餌になってもらおうか!」


 叫びながら刀男はこちらに向かってくる。他の男たちは、にやにやしながら逃げる姿を見物している。悪趣味だ。絶対に捕まるわけにはいかない。

 霜北府へ一歩でも足を踏み入れれば、人目もあるため勝機はある。匪賊は馬に乗って来ているはずなので、馬の姿がないか探した。何頭か放牧されており、草を食んでいる様子が遠目に見えた。


「あの馬たちは、小娘には乗りこなせねえよ!」


 刀男はそう吐き捨てながら、余裕綽綽といった様子で逃げる央央を観察していた。暴れ馬だろうとなんだろうと、央央が助かる方法はそれしかない。

 必死に走ったものの、馬に乗ろうとしたところで、ヒヒーンと後ろ足を振り上げて暴れてしまった。


「ほらな、無理だって言ったろ?」


 刀男は愉快そうにほくそ笑んでいた。逃げる央央を眺めている男たちは、刀男が、体のどの部分から切り刻むのかを予想して楽しそうだ。つい先日は、真っ先に首を跳ね、予想が外れたから今日こそは当てて儲けるぞと意気込んでいる。


(……そんなの、冗談じゃないわ!!)


 央央はわざと暴れ馬の尻を叩くと叫んだ。


「肉にされて私に食べられたくなかったら、言うこと聞きなさーーーーい!!」


 央央の必死な様子が馬にも伝わったのか、しりっぱねを上げて怒っていた馬は、いきなり素直になり、背中に央央を乗せた。男たちはまさかの展開に驚いている。


「ふん。逃げるが勝ちよ──!!」


 暴れ馬の手綱を引いた央央は、そう宣言してから馬の腹を一回蹴った。すると、いきなり走り出す。


「ちょっと、向かうのはあっちよ!?」


 刀男に真正面から突っ込もうとしたため、慌てて方向転換するように右側に手綱を引っ張る。ぎりぎりのところで回避したので、後は町へ向かって逃げるだけだ。


(……よし。このまま行けば、なんとかなるわ……!)


 ところが。刀男から命からがら逃げきったと思いきや、ビュンと風を切るような音が背後から迫ってくることに気がついた。音の正体を確認するよりも先に、央央の背中には鈍い痛みが走る。なにかが刺さったあと、地面に転がり落ちた。一体、なにが起ったのか状況を飲み込めない。男の姿は後ろだ。刀の届く範囲ではない。


「よし。命中!」

「……えっ?」


 恐る恐る地面に落ちたものの正体を確かめると、そこには血のついた小刀が落ちていた。その血の持ち主はもちろん──。


「……央央!!」


 珍しく焦った様子の晋高が、乗っていた馬の腹を蹴ってこちらに向かって駆けてくる。匪賊は来ないと言っていたのに、その背後には伯父の姿もあった。助かった。


「おい、まずいぞ。逃げるぞ!」


 町の方面からは、晋高や伯父たち以外にも、大勢の憲兵が飛び出している。それを目にした男たちは、馬を目指して必死の形相で走り出した。


「一人残らず捕まえろ!」

「了解」


 そこからは走馬灯のようにゆっくりだった。央央は背中に走る激痛に耐えられなくなり、乗っていた馬の手綱を離してしまった。臆病な馬はその場で暴れ出し、なんとか背中にしがみついていた央央は、馬から振り落とされそうになる。それを目にした晋高は、乗っていた馬から飛び降り、落下する央央の体を、地面すれすれのところで抱き留めた。


「央央……すまない、大丈夫か? 央央……!!」


(……私は無事なのに、そんな悲しい顔をする必要はないのよ)


 今にも泣き出しそうなほど、暗い表情をしている晋高が心配になった。そして、背中の痛みから逃れるために、央央は意識を手放した。

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