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眉目清秀な劇団座長は、宿屋の平凡娘になぜか弱い。  作者: ゆずまめ鯉


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番外編 四.央央は決意する

 季節は進み五月上旬。晋高の祖父を看取り、葬儀を済ませてから成り行きで連泊することになり、一週間も滞在してしまった。当初の予定では、霜北府に滞在するのは長くても五日程度のつもりだった。帝都と霜北府を往復するだけで十日かかるため、五日間の滞在でも十五日と半月になる。帝都にいる姉や姪の顔を見たいし、楓流軒での仕事もある。

 そんな央央の目的は、晋高の交友関係を探り、あわよくば晋高の両親や親族に、央央という存在を知ってもらうことだ。すでに達成しているので帰っても問題ない。

 しかし、帝都に帰るためには、馬車か馬を手配する必要がある。琳家を出た央央は、霜北府に何軒かあるうちの一つ、宿屋と併設された馬店を覗いた。


「馬車を借りたいって? あいにく、もうすぐ端午節があるから、全部出払っていて一台もないよ。周辺の村まで迎えに行ってるんだ」

「いつ頃、借りられるようになりますか?」

「ん? そうだな。うちだと、早くても来週になるかな」

「そうですか……他を当たってみます」


 央央が帰りの馬車を手配しようとしたところ、霜北府ではもうすぐ端午節が開かれるため、馬車どころか馬や驢馬など、すべて出払っていると断られてしまった。近隣の親戚を送り迎えするために、毎年、この時期は早くから予約でいっぱいになるという。何軒か馬店を当たってみたが、どこも似たような状況だった。


(借りられないのなら、仕方ないわね)


 端午節とは、その昔、川に身投げした詩人を供養する目的で催されるようになったという。川にいる魚が、詩人を食べぬようにと粽を投じたことから、家庭では粽を食べ、詩人の遺体を探すために舟を出したことから、川や湖畔では舟で競い合う。帝都でも行われているので央央も馴染みのある祭りだ。

 粽を食べて舟遊びをする以外にも、菖蒲を用いる風物詩がある。菖蒲の持つ強い香りや、剣のような見た目に厄除け効果があると信じられ、菖蒲を門に吊るしたり、菖蒲を切って形を変え、子どもの首からぶら下げさせたり、刻んだものを沐浴の際に投入したり、大人の場合は、菖蒲の根を漬け込んだ酒を飲むと、長寿になれるという言い伝えがあった。

 毎年、姉と一緒に作る粽や、菖蒲を吊るすことを楽しみにしていたが、今年は帰られないのだから仕方がない。琳家の粽を食べさせてもらおうにも、すでに七日間も世話になりっぱなしだ。今年の粽は露店のものを買うにしても、宿泊費や食費はかかっておらず、金銭面には余裕がある。琳家に立ち寄る前に、なにかお土産でも買おうか考える。


(いつまでも甘えてちゃダメよね)


 七泊もさせてもらった礼をしてから、今夜以降は宿屋に泊まることにした。

 その前に央央には解決したいことがある。馬夫人に会ったことを伝えてから、晋高とは一切会話していないので、どうにか打開策を見つけたかった。それについて考えるためにも、外の空気を吸いに出たのだ。適当に散策しているうちに、なにか思い浮かばないだろうかと淡く期待する。

 許嫁との別れが心の傷になっている晋高にとって、余計なことをしてしまったという可能性も捨てきれない。嫌われてしまったかもしれない。もしかすると、一緒には帰らず、別の保鏢を雇って帝都に帰るよう促されることも考えられる。でも、荒療治だとしても、晋高には前へ進んでほしかったので、央央は後悔していない。後悔していないのだが──。


「そこの悩めるお嬢さん。私が占いましょうか?」

「……結構よ」


 どうやら、無意識のうちに出た溜め息を聞かれてしまったらしい。声をかけてきたのは、暇そうに道端に座っている易者の男だ。同業者が傍にいるというのに隙を見せてしまった。一瞬だけ気持ちが揺らいだが、首を振ってやり過ごす。有名な易者になることが夢だというのに、そんな自分が誰かに占ってもらうだなんて、あってはならない。


(易者をして励ます側の私が、前向きにならないでどうするのよ!)


 面紗の上から頬を叩き、もう一度気合いを入れ直す。

 つい先日亡くなった晋高の祖父や、晋高の妹である琳有が、人知れず央央の恋を応援してくれたことを思い出す。祖父は晋高にも情があると言っていたし、琳有は、押して押して押しまくると、兄は絶対に落ちると励ましてくれた。いつもそうやって欲しい物を強請っていたらしい。


「避けられたくらいなによ! そんなんで諦められるなら、四年間も片思いでなんかいないわよ!」


 央央のいいところは、へこたれない強さと、諦めの悪さだと姉である春鶯も言っていた。出会った当初は、どこか遊びに誘っても応じてくれなかったのに、今では面倒そうでも律義に付き合ってくれるようになったじゃない、と自分自身を必死に鼓舞する。晋高に振り向いてもらうべく、もう一度挑むことにした。

 そんな折。美味しそうな串焼きや、好物の包子などを手土産に琳家へと戻ると、央央に占ってほしいという婦人が訪れていた。帝都から凄腕の易者が来ていると、噂になっているらしい。

 噂の出どころは突き止めなくてもわかる。霜北府の町中ではまだ占っていないため、琳有しかいない。琳家の宴に招かれ、余興として得意の人相占いを披露した後、祖父を亡くしたばかりの琳有を励ますため、今度は手相を見た。もうすぐいい出会いがあると伝えた次の日。片思いしていた幼馴染みと再会を果たし、向こうも琳有のことをずっと好きだったと想いを伝えられ、恋人になったという。さすがの央央も、まさか翌日に的中するとは予想外だ。もう少し先のつもりだった。そのことがきっかけだろうとすぐに察した。

 有名な易者になることが夢なだけあり、人から自分の占いを頼りにしてもらえるのはなによりも嬉しい。老婆に変装して人々の悩みに耳を傾け、人相や手相、生年月日を駆使して適切に助言すると、央央に打ち明けた人々は「ありがとう、ありがとう」とみな目元を潤ませ、晴れ晴れとした表情で帰っていく。霜北府では老婆の姿ではなく面紗をしていたが、外見について指摘してくる人は一人もいなかった。

 わざわざ訪ねてくれたので、時間の許す限り婦人のことを占った。彼女は誇らしげな表情で帰ったために安堵する。

 初めて訪れた霜北府は、少し肌寒いくらいで、姉のいう通り過ごしやすい町だった。すでに一週間も琳家には世話になっている。自称「嫁」でも、このまま滞在するのはさすがに図々しい。

 晋高の母親を探したところ、台所で夕餉の支度をしていた。先ほど買ったばかりの手土産を渡しながらお礼を告げると、またいつでも来て頂戴と言ってもらえて笑顔になった。

 次に挨拶に向かったのは母屋だ。そこにいるのは琳有と弟と伯父だ。近場の宿屋へ移ると伝えた途端、なぜか大反対されてしまった。晋高の未来の嫁なんだから、遠慮せずに泊まってくれと言うのだ。そうやって引き留められている最中、運がいいのか悪いのか、張本人が帰宅してしまった。


「嫁候補の阿央が、宿屋に泊まるってよ。引き留めなくていいのか?」

「そうよ、兄さん!」


 目を細めた伯父は、肘で晋高の体を突き、琳有はというと興奮気味に詰め寄る。弟はそんな二人に圧倒されている。


「……ただの知り合いだ」


 帝都にいた頃は、晋高との間にそこまで距離を感じなかった。哥哥と呼ぶことを咎められなかった。それなのに、なかば強引に故郷まで足を運んだ結果、ただの知り合いだと言われてしまった。晋高の返事に肩を落としながらも、央央は気丈に振る舞う。


「琳哥哥いわく、私はただの知り合いですけど、お嫁さんにしてもらえるまでは頑張ります!」


 そう宣言すると、琳有や弟、伯父の三人は拍手してくれた。


「ところで、お兄ちゃん。霜北府にはいつまでいられるの?」

「……知らん」

「えっ!?」


 知りたかったことを琳有が聞いてくれたというのに、返答を耳にした央央は唖然とした。その返しは想定外だ。


「久々の休暇だから、長居していいと言われている」

「あー、そうなんだ」


 帝都にいる楚月から書簡が届き、二年ぶりの長期休暇を満喫するようにと指示があったようだ。明確な日時はなく、楓流軒が繁忙期を迎える夏までに戻れ、という曖昧なものだった。央央が帝都に戻ったら、晋高にそんな曖昧な文は出さないでほしいと、楚月に文句を言うつもりだ。

 本格的な夏を迎えるまでは、一か月以上ある。最長でも五日のつもりでいた央央は、さすがにそこまで長居することはできない。せっかく帝都に姉夫婦が戻っているというのに、そんなに離れられない。

 仮に央央が、近日中に帝都に戻ると伝えたとする。けれど、晋高が一緒に帰ってくれるかどうかの保証はどこにもない。

 琳有は、央央の顔をちらちら窺っているので、先ほど決めたことを打ち明けた。


「馬車を手配しに行ったら、端午節が終わるまでは借りられないって断られたわ。だから、それまでは霜北府にいるつもりよ」

「ということは、あと五日くらい?」

「うん。だから、五日で落とす!」


 晋高を残り五日で落とすと宣言すると、琳有や伯父は頑張ってと応援してくれた。晋高はというと、一切、こちらを見ようとはしなかった。

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