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眉目清秀な劇団座長は、宿屋の平凡娘になぜか弱い。  作者: ゆずまめ鯉


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番外編 三.結婚できない

 それから三日が過ぎようとしていた。晋高の祖父は昨晩、体調を崩し、家族に見守られるまま眠るように息を引き取った。葬儀の準備を手伝っている最中、伯父たちに話を伺うと、晋高が到着する前までは寝たきりだったという。けれど、四年ぶりに晋高が本家に顔を出すことを耳にした途端、寝ていられないと起きたという。

 央央が手伝っているのは成り行きだ。三日前、晋高の家族に挨拶を済ませた央央は、部外者の自分が長居するのは失礼だと退こうとしたところ、祖父や伯父に引き留められ、央央を交えたちょっとした宴会が開かれた。食事のお礼として得意の占いを披露すると、部屋は余るほどあるから泊まってくれないかと、晋高の妹──琳有に熱心に引き留められる形で泊まることになった。琳有は央央と同い年だという。

 そうして二日間、有意義に過ごし、祖父を看取るという場にも居合わせたことから、央央も微力ながら尽力した。

 泣きじゃくる琳有を慰めつつ、晋高に寄り添っていたところ、少し話さないかと呼び出された。


(もしかして、告白!?)


 などと淡い期待をしなかったかと問われれば、嘘になってしまう。けれど、祖父の葬儀の後なのだから、流れ的にいい話ではないことくらい央央にもわかっている。


「──おまえとは、結婚できない」


 とうとう拒絶されてしまった。今までも、無視されたり、首を振られたりしたことはあったけれど、言葉ではっきり告げられたことはなかった。だから四年間も粘り続けられたというのに、央央の想いは受け取ってもらえなかった。


「……私が振られた理由を聞いてもいい?」


 自分のどこが結婚する相手として至らなかったのか、前に進むためにも聞いておきたかった。改善できる点があるならば知りたかった。央央が頭を下げて頼み込むと、晋高は口を開いた。


「……俺が二十歳の時、許嫁を一人、寂しく死なせてしまった。だから、俺は二度と誰かと婚姻関係を結ぶつもりはない」


 晋高には楚月の他に、異性の幼馴染みがいたという。幼少の頃は三人でよく遊び、学び、毎日一緒にいるほどだった。祖父同士の仲もよかったことから、二人が許嫁となったのは自然な流れだった。異議はなかった。

 ところが、保鏢を生業にしている晋高は楚月に仕える身だ。楚月は十七歳で親から勘当され、伯父が座長を務める月影座に身を置くようになった。そんな楚月に付き添い、十九歳の時に一緒に霜北府を出ているので、当然ながら許嫁と会う機会は減った。

 移動型の劇団は、一年で六、七箇所ほど各地を巡る。休みもあまりない。ただ、雪が降ってしまうと長距離の移動ができなくなるため、十二月から二月までの三か月間は、長期休暇を取ることも可能だ。楚月には、一人で霜北府へ帰るように促されていたが、晋高は面倒だからと帰省することはなかった。寄ろうと思えば寄れたのに、一度も帰らなかったのだ。病弱だった彼女は、寒さに耐えきれず二十歳で病死したと教えてくれた。


「俺が待たせることなく、早くに離縁していれば、一人で死なせることもなかったのかもしれない」


 晋高の後悔が、央央にもひしひしと伝わってくる。


(……今の私に、かけられる言葉はなにもないわ)


 辛い話をさせてしまったことを謝罪し、央央は晋高と別れると、琳家の屋敷を後にした。

 謝楚月の生家の場所は、姉である春鶯と晋高の妹から聞いていた。もう一人の幼馴染みの家は、そこから離れていないことも耳にしていたので、なんとなくそちらに向かって歩き出す。途中、花が売っていたので黄色い花を購入した。

 晋高のかつての幼馴染みであり許嫁が、本当に孤独のまま旅立ったのかがどうしても気になった。晋高が、許嫁である彼女に寂しさを植えつけたと思い込み、一人で塞ぎ込んでいるだけで、実際はどうだったのか知りたくなったのだ。

 ただ一方的に晋高を好いているだけの央央は、まったくの部外者だし、興味本位で首を突っ込んでいい問題ではない。けれど、真実はどうだったのか、意中の相手から振られるにしろ、晋高には前へ進めるようになってほしいのだ。背中を押したかったのだ。


「……あの、家になにか御用ですか?」


 家の場所がわからず、行ったり来たりしていたところ、身なりの整った婦人に声をかけられた。目元に皺の寄った、四、五十代くらいだろうか。央央は、すぐにこの婦人が、亡くなった幼馴染みの母親、馬夫人だと察した。

 いきなり切り出すのも不躾すぎるので、姉が楚月と結婚したこと、幼馴染みがいることを聞いていたこと、晋高に四年余り護衛をしてもらっていることを打ち明けた。それを耳にした途端、馬夫人から家に寄って行かないかと誘われたので、央央は素直に応じた。


「あなた、春鶯さんの妹さんなのね」

「姉をご存知でしたか?」

「ええ。一度、ここに謝公子と訪れているのよ」


 初耳だった。幼馴染みの位牌に、春鶯と共に手を合わせにきたことがあるという。姉は元気かと聞かれ、帝都で元気にしていることを伝えると、嬉しそうに微笑んだ。


「謝公子と琳公子はどうかしら?」


 娘が亡くなってからも、年に一度は必ず書簡が届いているらしいが、二人とも筆不精でいつも短文だと話してくれる。楚月が父親になったことは、本人ではなく謝家の夫人から聞いたという。楚月は帝都で元気に公演していることを伝え、晋高はというと、祖父を見舞うために霜北府へと戻り、昨晩、看取ったばかりだと伝えると、馬夫人は「そうだったの……」と悼むように目を伏せた。

 馬夫人を悲しませてしまったので、央央はなにかないかと探したところ、花束を手にしていたことを思い出す。先ほど、綺麗だったのでつい買ってしまったものでもよければと馬夫人に手渡すと、「黄色は娘の好きな色だったのよ」と嬉しそうに、小さな祭壇にある位牌の傍に供えてくれた。

 その流れで、どんな人物だったのか、離れ離れで寂しい思いをしていなかったのか、央央は質問する。


「あの娘は、自分が自由自在に旅できないことから、謝公子と琳公子から時々届く品物や、お土産話をいつも楽しみにしていたのよ」


 忘れた頃に送られてくる文や、珍しい品々を手に取り、いつも想像力を膨らませていたのだという。生まれつき病弱で屋敷から出ることは叶わなかったが、傍で見ていて楽しそうだったと。


「琳公子は、許嫁なのに傍にいることが出来ず、お嬢さんに寂しい思いをさせてしまうことがわかっていたのに、離縁してあげられなかったことと、葬儀に間に合わなかったことをずっと悔いているそうですよ」


 晋高から聞いた話を、その日のうちに馬夫人に伝えるべきではないのかもしれない。しかし、晋高と、馬夫人の中での認識が、どういうわけか異なっている点を見過ごせず、晋高が秘めている後悔を伝えた方がいいと感じた。最善だと思った。


「あらまあ。あの娘も、同じことを言っていたわ。私が離縁してあげた方が、琳公子のためになるのになって」

「そうだったんですか!」

「ええ。でも、あの娘ったら、琳公子と離縁してしまうと『自分なんかを気にかけてくれるわけがないわ!』って変に強がっちゃって、結局言い出せなかったのよ」


 懐かしそうに目を細めながら、馬夫人は打ち明けてくれた。お互いのことを思いやっていた事実を知る。


「琳公子に伝えても……いいですか?」

「ええ、もちろん。あなたが悔やむことなんて、何一つないって伝えてほしかったの」


 晋高は、葬儀に間に合わなかったことを悔やんでいるのか、楚月と共に位牌に手を合わせて以来、一度も顔を出していないという。馬夫人は、晋高のことを気にしていたが、保鏢をしているためなかなか遭遇するような機会は訪れないし、かといって文で伝えるのも、誤解を招き兼ねないことを案じて、いつか会った際に言おうとしていたそうだ。


「必ず伝えます」


 そう約束してから央央は、馬夫人の住む屋敷を後にした。



 町を歩く際は面紗をすると、霜北府に到着する前に晋高と約束していたので、懐から薄い布を取り出す。顔を覆う。

 最愛の祖父を見送り、泣き疲れたであろう晋高の弟妹たちへ、甘い物でも差し入れたくなった。甘いものを食べると元気になるからだ。

 央央は、中心部を賑わせている屋台へ向かうと、どんなものが並んでいるのか一つ一つ覗いた。定番の山査子飴に、耳の形に似た甘い糖耳朵(Táng ěrduǒ)、果脯(Guǒfǔ)と呼ばれる果実の砂糖漬け、甘辛く味つけされた焼餅が並んでいた。その中から糖耳朵と呼ばれる菓子を三袋ほど購入した。お金を渡して受け取り、おまけで少し多く入れたというので礼を告げ、他にも美味しそうな食べ物がないか探そうとしたところ、近づいてきた人物に声をかけられた。


「どこに行っていた」


 いつの間にか晋高がいた。どこにいた、という口ぶりから、央央が別のところにいたことは察しているのだろう。


「どこだと思う?」

「……まさか」

「うん。さっき歩いていたら、馬夫人と偶然会ったのよ」


 そう伝えると晋高は硬直した。央央からその名前が出るとは思わなかったのだろう。


(……伝えるなら今しかないわ)


 央央は、人通りの多い屋台の並ぶ通り道から、少し離れた位置にある東屋まで移動した。後ろを振り向くと、晋高が神妙そうな面持ちで立っていた。


「私の話を聞いてくれる?」

「……」


 晋高は返事をしなかったが、首を振ることもなかったのでそのまま馬夫人から預かった言葉を伝えた。元気でいるのか心配していたこと。幼馴染みの彼女も、本当は晋高との離縁を考えていたこと。そして、許嫁になったことに対して悔やんでいた様子はなかったこと。もちろん三つ目は、本人の意思ではなく母親の主観だが、文や贈り物を大切に保管し、綺麗な状態のまま祭壇に飾られていたことから真実だと思った。そのことも伝えた。しかし。


「……家まで送る」

「琳哥哥!」


 馬夫人の言葉を耳にしても、晋高はなにも言及することはなかった。聞いたばかりで言葉を飲み込められないのだろう。

 無言のまま琳家まで戻ると、央央が正門を潜ったのを見届けた晋高は、後には続かず踵を返してどこかへ立ち去ってしまった。仕方ないので、追いかけずに家屋に足を踏み入れる。すっかり気落ちした様子の弟妹たちが母屋にいたので、糖耳朵を手渡した。

 その日は夜遅くなっても、晋高が帰宅することはなかった。

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