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眉目清秀な劇団座長は、宿屋の平凡娘になぜか弱い。  作者: ゆずまめ鯉


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番外編 一.央央と晋高

 帝都にある宿屋「楓流軒」にて、家業を手伝う李央央(りようよう)には、十四歳の頃からずっと想いを寄せる人物がいる。八つ年上の二十二歳で、保鏢(ほひょう)をしている琳晋高(りんしんこう)だ。

 彼は、移動型劇団「月影座」の座長を務める謝楚月(しゃそげつ)の幼馴染みで、護衛と世話係を兼任している。町から町へ移動する道中、匪賊に襲われることは避けられない。月影座は六十名の大所帯ゆえ、標的になりやすいのだ。そんな時、晋高(しんこう)はいつもたった一人で撃退するという。相手が多ければ多いほど闘志を燃やすらしく、飛んでくる弓矢を剣ですべて弾き返し、接近戦を挑まれれば、恵まれた体躯を生かして薙ぎ倒す。まさに百戦錬磨だ。

 央央(ようよう)がそんな晋高に興味を持ったのは、月影座の公演を観た直後に助けられたからだ。公演が終わり、観客が引けるのを待ちながら、同い年の友人である福来(フーライ)と演劇について熱く語り合っていた際、見知らぬ男に絡まれた。二十代後半くらいの男から、食事を奢るから一緒に行こうとしつこく誘われたのだ。演劇愛好家の央央にとっては、大切なひと時だったのに、せっかく初日公演で高揚していた気分は、一気に最悪なものへと変わってしまった。

 そんな央央たちに気がつき、見回り中の晋高が仲裁に入った。観客同士の揉め事なのだから、保鏢が動くのは当然だと央央も理解している。しかし、晋高は悪漢から守ってくれただけでなく、央央の姿を目にしても、一切態度を変えなかった。そんな人物に会ったのは初めてだった。必要以上にじろじろ見てくることも、下心のある言葉をかけてくることもない。ただそこにいてくれるだけで、央央は安堵できた。


(……この人、面白いかも!)


 少し遅れて現れた月影座の座長、謝楚月もまた、央央を口説かない珍しい人物だったが、楚月に対しては役者としての興味しか湧かず、私生活を知りたいとは思わなかった。人として惹かれたのは、晋高の方だった。

 央央は、大きな黒い瞳と長いまつ毛、すっと通った鼻筋をしており、美しい顔立ちをしている。亡き母親にそっくりらしいが、生後三日間しか一緒にいられなかったため央央には記憶がない。

 町中を歩いていると、通り過ぎた男たちがわざわざ引き返してきて、央央の顔を不躾に覗き込んでくることがよくある。三回に一回は「かわいい」「美人」「この出会いは運命に違いない」などという、うんざりするような言葉を投げかけてくるのだ。まるで、値踏みをするように見下してくる男たちに、央央は心底うんざりしていた。外見ばかりを褒めそやす男たちに嫌気がさしていた。

 だからか、央央本人としては、大好きな姉と似ている方が数百倍も嬉しかった。姉に対して「侍女ではないのか?」や「本当に姉妹?」や「妹の引き立て役で可哀想」など、平然と失礼なことをいう輩が、この世からいなくなればいいと本気で思っている。


姐姐(ジェジェ)の可愛さは、私が一番知っているけど、でも、第三者に失礼な物言いをされているのを耳にすると、自分のこと以上に悔しいのよね)


 そんな央央の五つ年上の姉──李春鶯(りしゅんおう)は、縁あって謝楚月と結ばれた。大好きな姉を、自分がきっかけで取られてしまったので、正直、面白くなかった。面白くなかったけれど、姉が困っていると知るや否や楚月は真っ先に動き、躊躇することなく手を差し伸べる姿に、悔しくても認めざるを得なかった。それと同時に自分の無力さを知った。

 そして、央央の姉である十九歳の春鶯と、二十歳の楚月は婚礼を挙げた。ところが、姉には宿屋「楓流軒」での仕事があるし、楚月は移動型の劇団で座長を務めているため、二人が一緒に暮らすためにはどちらかが仕事を辞めるしかない。一晩中話し合った結果、春鶯が楓流軒から一時的に離れることになった。人員を増やし、央央や雇人に仕事を教え、春鶯がいつ抜けても困らぬよう準備を進めた。

 それから半年。移動型の劇団で座長をしている義兄に会うため、姉は遠路はるばる南都まで旅立った。


「あーあ。とうとう琳哥哥(ガガ)と二人になっちゃった!」


 てっきり、晋高が南都まで送り届けると思いきや、姉は、宿泊客の中に偶然いた、保鏢を生業にしている男と、その妻に声をかけて交渉していた。そして、晋高には、これからも妹と楓流軒を支えてほしいと頭を下げた。晋高がここにいなければ、妹を残して南都には行けない──と。

 姉の気遣いのおかげで、意中の相手ともうしばらく共に生活できると知り、央央は密かに喜んだ。

 しかしながら、晋高は難攻不落のような男だ。手料理を振舞っても顔色は変わらず、それならばと食事の最中に肩を揉もうとしたところ、今度は握力がないので失敗した。さり気ない接触を試みても、態度は変わらない。北湖園で舟に乗ろうと誘ったこともあったが、楽しいのか楽しくないのか判然としなかった。

 必死に自分の魅力を伝えようとしているうちに、央央は十八歳、晋高は二十六歳になっていた。央央は、幼い頃から人の顔色ばかり観察していたので、人相占いが得意だ。そんな央央ですら、感情表現の乏しい、晋高の顔色を正確に読み取ることには苦戦していた。出会いから四年経った現在では、ちょっとした喜怒哀楽ならば、なんとなく把握できるようになっていたが。

 関係はなにも進展していないものの、晋高のおかげで一方的に絡まれる機会はだいぶ減り、その点は感謝している。楓流軒での手伝いは続けながら、手が空くと老婆の変装をして易者をしに行く。その時間帯は、晋高とは別行動しているので、彼がなにをしているか央央は把握していない。

 央央にとってよかったことといえば、長い間、離れ離れだった姉の春鶯が、昨年の八月、帝都に帰ってきたことだ。姉の妊娠を機に、劇団の座長を譲って「月影座」を退団した楚月と共に帝都へと戻り、師走という寒い時期に愛らしい女児を出産した。十七歳で姪が生まれ、ますます結婚したくなった。

 それから少し経った四月下旬。散歩に出かけていた春鶯は、生後四か月の愛娘をあやしながら、楓流軒にひょっこり顔を出した。


阿央(アーヤン)。琳公子が急遽、霜北府へ帰るって、知ってる?」

「え、知らないよ!?」


 まったくの初耳だ。一時辰前、食堂で朝餉を食べたというのになにも言っていなかった。というより、もともとが無口なので、央央が一方的に喋っていただけだったが。


「お爺様が体調を崩されたと、妹さんから書簡が届いたそうよ」

「……聞いてない」

「さっき報告していたから、後で教えてくれるはずよ」

「そうかな……」


 あまり自らのことを話したがらないので、打ち明けてもらえるか自信がない。


「それで、明日の朝に出発するって言っていたわ」

「どのくらいで帰るの?」

「それは行ってみないと、わからないんじゃないかしら……」


 霜北府は、馬車で五~七日とそこまで遠いわけではない。けれど、晋高の二十六歳という年齢と、長男という立場から、実家に寄りつけば、婚姻について指摘されることは目に見えている。帝都で暮らすようになり四年。何度か婦人から声をかけられている姿を目撃した。不愛想だけど、目を惹く外見をしているので、故郷に許嫁がいても不思議ではない。


「……私も琳哥哥について行っても、いいかな?」


 事前に本人に打ち明けてしまうと、十中八九、足手まといだと却下されるだろう。だから楓流軒を出発する朝に、央央も後を追うことにした。駿馬か、馬車か、どちらで向かうのかはわからないが、偶然を装ってついていく。暇だったら乗馬を教えてほしいと、事前に晋高に習っておいて助かった。こんなに早く役立つとは思わなかった。


「ええ、行きなさい! はっきり拒絶されたわけではないのだから、追いかけるべきよ!」

「……うん!」

「そうと決まれば、着替えや荷物の準備をしなくちゃ。霜北府は、帝都よりも北に位置して少し肌寒いから、上着は忘れずにね」

「わかった」


 霜北府に滞在したことのある姉から、注意事項について聞く。帝都より人口が少なく、物価も低いのでその点の心配はいらないという。ただ、寒さに気をつけるだけで比較的、過ごしやすい地域だと教えてくれた。


「阿央。お金は足りるの? いくらか渡そうか?」


 春鶯は、胸に抱いていた愛娘をそっと柜台に下ろしてから、懐に納めた財嚢を取り出そうとしたので、央央は慌てて首を振った。


「大丈夫、心配いらないよ。帳簿管理で少しもらっているし、易者での稼ぎもあるから」


 年々、央央を頼る客が増え、今では固定客もついている。毎週、銀一両は稼げているので随分と貯まった。


「困ったことがあれば、すぐに文を出すのよ? 今日は早めに寝てね」

「うん。そのつもりだよ」

「もう上がっていいからね」

「ありがとう!」


 あと二時辰(四時間)ほど仕事は残っていたが、姉の気遣いに甘えることにした。


***


 一夜明けた明朝。面紗で顔を隠した央央は、卯の初刻の五時に身支度を済ませ、楓流軒の一階で待機していた。準備万端だ。

 結局、晋高からはなにも聞かされることはなく、もやもやしたままだ。四年近くも毎日顔を合わせているのだから、弟妹に対する情の何分の一でもいいから分けてほしいのに、昨晩の晋高の態度は普段と変わらなかった。脈なしだと自覚している。

 今回の帰省は遊びではなく、体調が芳しくない家族の見舞いをするためだ。帰省する理由が理由なだけに、本当はついていくべきではないことくらい頭ではわかっている。

 けれど、このまま黙って見送り後悔してしまうくらいなら、ついて行きたかった。我慢できなかった。


(……出てきたわ!)


 央央の読みが当たり、晋高は朝餉を取らずに楓流軒から出発しようとした。央央は、迷うことなく晋高の背中を追いかけた。

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