表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
眉目清秀な劇団座長は、宿屋の平凡娘になぜか弱い。  作者: ゆずまめ鯉


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

17/26

十六.帝都へ帰るとき

 それから三年の歳月が過ぎ、春鶯は二十三歳、楚月は二十四歳になっていた。楚月の妻として、月影座の一員として、劇団に帯同するようになってからも三年。劇団は、雪解けする春先から雪が降るまで、一か月程度で町を移動するため、馬車での長距離移動にもだいぶ慣れた。

 南都で合流して間もない頃は、春鶯が疲れないよう、旅程を遅らせてまで適度に休憩を挟んでいた。同時に出発した劇団員が、丸二日待っても座長を乗せた馬車が現れず、匪賊の被害にあったのではないのかと心配したほどだ。真実を知った途端、伴侶に対する甘い対応に驚愕していた。

 今では、予定通りの日程で長距離移動できるようになったので、迷惑をかけずに済んでいる。

 けれど、現在、春鶯と楚月が乗っている馬車は、極力揺れないよう、細心の注意を払ってゆっくり走らせている。それもそのはず。春鶯のお腹には、新しい命が宿っているからだ。

 妊娠が判明したのは二か月前の三月上旬。月のものが数週間ほど遅れ、念のためにと町医者に脈を診てもらったところ、妊娠していることが判明した。楚月との子どもは素直に嬉しい。

 ところが、春鶯と月影座が滞在していたのは、楚月の故郷でもある霜北府だった。十七歳で勘当されてから七年。両親と歩み寄らせようと気遣った楚月の兄の要請で、霜北府にて、久しぶりに月影座の公演が開催されることになった。公演することに対して難色を示していた父親を説得したのは、楚月の兄の子どもだという。厳格すぎる父親も、孫には弱かったらしい。その孫たちも神童と呼ばれているが、子どもの母親が縛りつける教育を反対しているので、伸び伸び育っているという。

 楚月が月影座に入り、一年で座長になってから初めて開かれる大事な公演前だ。両親と楚月が和解できるかもしれない機会を、邪魔したくないと春鶯はいつ伝えるか迷っていた。そのきっかけを作ったのは、楚月の兄の子ども──琴音だった。稽古場に見学に来ていた六歳の姪である琴音は、春鶯の姿を一目見るなり元気よく走り出した。


「新しい家族が増えるんだね? きっと女の子だよ」


 春鶯の腹部に向かって話しかけたのだ。最愛の妻である春鶯の姿を見かけ、たまたま休憩しようとした楚月に目撃されてしまった。


「耀耀、本当なの?」

「……はい。さっき診てもらって判明しました」


 尋ねられたので素直に頷く。自分の口から折を見て伝えたかったがやむを得ない。


「すぐにでも帝都へ帰ろう。俺たち三人で暮らすんだ。もちろん、住まいは楓流軒だ」


 楚月の予想外の返しに、春鶯は呆気に取られた。


「えっ!? 明日の公演は!?」

「あっ」

「楚月さん!?」

「はははは。忘れてないよ、もちろん」


 春鶯が妊娠したことをとても喜んだ楚月は、霜北府での公演を最後に、月影座の座長を正式に譲り、春鶯と共に帝都で暮らすことを決めた。無事に一か月の公演を終え、新しい座長と共に次の町へと向かった月影座を、楚月と二人で見送った。

 ぎくしゃくしていた楚月の両親とは、琴音のおかげでなんとか改善され、世家に出入りすることを許されるようになった。月影座を見送ったので帝都へ向かおうとしたところ、春鶯の体調が安定するまでは長距離移動は避け、霜北府にいなさいと楚月の母親に諭された。

 そして体調が安定した五月。帝都へ向けて出発した馬車に揺られながら、春鶯はもう一度問いかける。


「本当にいいんですか? 私と一緒に帝都へ帰っても」


 霜北府での公演を見届けてから、出産のために一人で一時的に帝都へ帰ろうとしていた。ところが、そんな春鶯に待ったをかけたのは、楚月と妹の央央だ。帝都までの道中も心配だが、お産はもっともっと心配だから、絶対に一緒に帰らなければ駄目だと、書簡だというのに央央と楚月の意見は合致していた。さすが春鶯を好いている同志だ。

 ちなみに、央央には妊娠について伝える前だ。春鶯の手相を見た際に、出産する年齢がわかっていたのかもしれない。


「何度聞かれても俺の意見は変わらないよ。月影座には、子どもが大きくなってから戻ったっていいんだ。その辺は自由だから」

「でも、一度譲ってしまったら、もう二度と座長にはなれませんよね?」


 春鶯は、ただただ楚月に後悔してほしくないだけだ。逃亡の際に座長代理を立てたときと異なり、今回は実際に譲っている。今更、復帰すると言ってもいい顔をされないことはわかっている。でも、戻りたい気持ちが少しでもあるのならば、妻として夫の背中を押したかった。


「別にかまわない。座長になりたかったら、新たに劇団を立ち上げてもいい。それに、前に君が言ってくれた、楓流軒で芝居をしてみたいんだ」


 楓流軒に小さな舞台を設け、宿泊客に披露する。本来、宿屋は旅の疲れを癒したり、交流の場をもうけたり、情報を交換するために利用される。観劇するための場所ではない。でも、春鶯は、せっかく演劇を生業とする楚月と出会ったのだから、芝居の面白さを宿屋の客にも味わってほしかった。手軽に楽しめる娯楽があることを知ってほしかった。

 帝都に帰ったらやることが山ほどある。住まいをどうするか、中庭の改修計画に、妹の夢も応援したいし、妹の傍で見守ってくれた晋高にお礼がしたいし、また柜台の手前で客を出迎えたい。創作がしたい。子どもが誕生したら、舞台で輝きを放つ、楚月の演劇を見せたい──。


「私に、一番に見せてくれるんですよね?」

「ああ。それと、お腹の子に」

「それは……楽しみですね?」


 霜北府から帝都までは四百里(約230km)離れている。馬車で五日から七日かかる距離を、体に負担をかけないようゆっくり走っている。夜間は宿屋に泊まるため、おそらく十日は要するだろう。その十日の間に、やりたいことがいくつも浮かびそうだ。


「楚月さん。帝都に着いたら、なにかやりたいことはありますか?」


 ふと気になったので尋ねてみる。楚月は、そうだな、と少し考えてから口を開いた。


「……お義父さんの手料理を食べる」

「いいですね! 豚の角煮と玉子の包子が食べたいです」


 豚の角煮と茹でた鶏卵を半分に切り、生地に包んで蒸したものが人気だ。帝都公演で滞在すると、よく食べていた。


「俺も。きみのやりたいことは?」

「いっぱいありますよ? 阿央と芝居についてお喋りしたり、阿来には珍しい薬草のお土産を渡したり……。あ、そうだ。また北湖園で手漕ぎ舟に乗りたくないですか?」

「うん。今回は俺が漕ぐよ」

「ありがとうございます。それから、久しぶりに百花繚乱の公演が観たいですね。辛口評価します」

「はは。落ち着いたら観に行こう」

「あとは……」


 時折気がつくと、春鶯ばかりが話に精を出し、楚月はうんうんと頷いているだけになっていることがある。春鶯が面白いと感じた話、楽しかった話、落ち込んだ話、悲しい話など、どんな内容でもつまらない顔をすることなく耳を傾けてくれる。公演で疲れていてもそれは変わらず、いつも気にかけてくれる。一方的に話していることを謝ると、楚月はすぐさま首を振り、聞いているだけでいいと言ってくれた。


(……理想の旦那さんだなぁ……)


 正面に座る楚月と視線が合う。美しい顔立ちをした夫が、嬉しそうに微笑んでくれる。だから春鶯も、お返しとばかりに微笑み返す。すると、楚月はおもむろに腰を上げ、正面から隣の席に移動してきた。慈しむよう、優しく肩を抱いて支えてくれる。温もりを感じる。


「どうしたんですか?」


 気が変わったのだろうかと、春鶯は小首を傾げながら尋ねる。顔を見て話したいからと言い出し、今日は正面に座っていたのだ。


「──隣に来てほしいって、きみの顔に書いてた」


 片目を閉じた楚月は、いたずらっぽい笑みを浮かべてそう告げた。本当は、楚月が春鶯に甘えたいだけなのに、こうして春鶯のせいにするのだ。けれど、そんな甘え上手なところも愛おしい。


「ふふ、ばれましたか」


 だから、今日も甘えさせてあげることにした。気をよくした楚月は、隣で微笑んでいる春鶯の右頬に、そっと唇を寄せた。


*** 


 春鶯と楚月が、帝都に腰を据えてから半年過ぎた十一月。楓流軒の裏にある民家の住民が引っ越し、空き家になったため、そこを買い取り生活している。今までは、楓流軒の中庭で馬の世話や馬車を預かっていたが、裏手の民家に敷地があるので、そこで受け入れるようになった。

 中庭に余裕が生まれたので、演劇を披露するための舞台を設けることになった。もちろん、楚月が演じるためのものだが、空いている時間帯は、演劇を練習したい宿泊客に提供する予定だ。客から頼まれれば、有料で演技指導もする。

 予定通りに立派な舞台が完成し、元座長である謝楚月の限定復帰公演を、楓流軒の宿泊者限定で観劇できると告知を出したところ、その日のうちに全室満室になった。上房の二間も埋まったのだ。


「楓流軒、今日も満室で泊まれないのかよ」

「ちえ。公演、見たかったのになぁ」

「宿泊者限定なんだろ? 仕方ないさ。また来よう」


 一週間経っても話題に絶えず、ありがたいことに満室が続いている。宿泊した翌朝、代金を清算して客を見送った直後、清掃前にも関わらず部屋が埋まってしまうのだ。一時的なものとはいえ、演劇好きがこぞって訪れている。帝都一、泊まりにくい宿だと皮肉を込めて言われている。

 けれど、町中でよく声をかけてくれていた子どもたちが、楓流軒に泊まりたいと相談しに来た際は、本来は飛び込み客しか請け負っていないところ、下房を一部屋確保したこともある。翌日、友人四人を連れて泊まりに来たので、宿泊客として迎え入れ、特別に食事を提供して精一杯もてなした。

 宿泊する時期を、ある程度把握している常連客に対しても、同じように部屋を用意して空けてある。予定通りに現れなければ、公演目当てに訪れた客に回すし、一足遅く来てしまった場合は、別の宿を紹介している。


「あ、また新しい話が浮かびました」

「今回はどんな話? 男前の座長が主演の恋愛もの?」

「ふふ。それは読んでからのお楽しみですよ」


 大きくなった腹部を、春鶯は愛おしそうに撫でている。もうすぐ会える子どもを主役にした冒険ものだ。美しく演技の上手い役者をしている父親と、どこか抜けているけど創作が好きな母親と、世界一かわいい女の子は旅をする。旅の途中では、保鏢をしている夫と、易者をしている若い妻が出てくる。そんな話だ。

 少し大人になった央央が、柜台の前にいる春鶯を目にして慌てて駆け寄ってきた。


「姐姐! もうすぐ生まれるのに、まだ仕事してるの!? もう、義兄さんからもなんか言ってよ!」

「はは。残念ながら、俺が言っても同じだよ」


 そんな会話を耳にしながら、今日も春鶯は、竹紙に筆を滑らせた。



 ──完──

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ