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眉目清秀な劇団座長は、宿屋の平凡娘になぜか弱い。  作者: ゆずまめ鯉


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十四.婚礼

 九月下旬、秋晴の空の下。李春鶯と謝楚月は当初の予定通り、楓流軒にて婚礼の儀を執り行った。振り返ればこの縁談は、継母が仕組んだ見合いを回避するための苦肉の策だった。ほとぼりが冷めたら離縁するつもりだった。

 しかし今、春鶯は胸を張って言える。あの時、結納を交わした相手が楚月で本当によかった。二人の仲を取り持ち、背中を押してくれた央央を信じてよかった、と。妹には感謝してもしきれない。

 花嫁を迎えにきた新郎を、花嫁の親族が邪魔をするという、ちょっとした催しを挟みつつ、式は順調に進行し、天地に一礼、両親に一礼、お互いに一礼した二人は、晴れて夫婦となった。傍で見守っていた央央や福来、馴染みの露天商など、みな口々に祝福してくれた。穏やかな空気に包まれる。

 けれど、新郎の親族席には楚月の両親の姿はなく、少し寂しさを感じたものの、父親代わりとして楚月の伯父が参列してくれたことが、せめてもの救いだ。幼馴染みの晋高もいる。


「結婚したい人ができたことは伝えているんだ。でも、父上はまだ俺を許すつもりはないらしい」

「差し支えなければ、なにがあったのか聞いてもいいですか?」

「大したことではないんだ。三年前、郷試(きょうし)を白紙で出したことが理由で、父親に勘当されただけだよ」


 郷試とは、地方における科挙の試験のことを指す。楚月の父親は、帝都よりも北東に位置する霜北府(そうほくふ)にて高位官僚となり、知県として務めていた。子宝にも恵まれた。当然ながら、自分の息子たちも官僚になると決めつけていた。

 だがしかし、幼少の頃から熱心に教育していた長男は、なにをやらせても平均的で、期待した以上に成績が伸びることはなかった。平凡すぎて突出するような才能がなかったのだ。

 早々に長男を見限った父親は、今度は五つ年の離れた次男の楚月に心血を注ぐことにした。楚月は兄とは違い、一つ教えられれば、十返すような子どもだった。まさに父親の理想の息子像だった。

 ところが、そんな完璧なように見える楚月にも欠点はあった。幼少期の楚月は、とにかく寒さに弱すぎたのだ。霜北府は、避暑地としても有名だったことから、夏場でもそこまで気温が上がらず、季節問わず風邪を引き、月に十日は寝込むほどだった。

 そんな楚月を鍛えるため、色んな地域で公演する、劇団の座長をしている伯父の元に、一年預けることになった。月影座の巡業に帯同したのだ。そこで、六歳の楚月は、観客を惹きつけてやまない伯父の芝居を目にし、演劇というものに魅了されてゆく。

 約束通り一年で霜北府に帰された楚月は、様々な土地を巡ったことで免疫力が高まり、風邪で寝込むことはほぼなくなり丈夫な体を手に入れた。父親は大いに喜んだ。

 そして、体力をつけるために武術を習ったり、歴史を学んだり、勉強すればするだけ吸収するという天賦の才があった楚月は、県で一番の名門私塾で神童扱いされるようになった。

 父親は、自分の後継者になるのは楚月しかいないと信じて疑わなかった。すべてが、順風満帆に進んでいるかのように思われていた。

 だがしかし。周囲の期待以上に成長した楚月は、成績優秀だというのに、官僚になることには興味を示さなかった。幼少の頃に触れた「月影座」の公演がずっと忘れられなかったのだ。自分も伯父のように演じてみたくなり、銅鏡の前で練習を重ねた。台詞を覚えるのは得意だし、たまたま移動型劇団が公演をしていたこともあってか、芸術方面を学ぶことにした。

 それから数年。十七歳という若さで郷試に合格できるほどの実力がついたというのに、楚月は役者として生きたいと初めて両親に打ち明けた。

 楚月から告げられるなり寝耳に水だった父親は激怒し、母親には「どうして……」と泣かれてしまった。それでも夢を諦めきれなかった楚月は、郷試を受ける際、名前だけ書いて白紙で提出した。父親から勘当されたのはその後だ。

 父親としては、よかれと思って月影座に楚月を預けたのに、そのことがきっかけで思わぬ大誤算となってしまったのだ。父親と伯父は、当然ながら今も険悪なままだ。


「俺のせいで、伯父は実家に帰りづらくなってしまった。だから、いつか、そのうち、一緒に実家に帰って欲しい」

「もちろん、いいですよ」


 妻を伴って帰宅しても、両親が許してくれるとは限らない。それでも、久しぶりに帰省するならば、隣にいてほしいのは他でもない、春鶯だと楚月に言われて嬉しかった。

 霜北府には三年間、足を踏み入れていないという。けれど、幸いなことに、兄とは険悪ではないので、時折連絡を取り合っている。平凡だったが、兄は人の悪口を決していわない温和な性格をしているため、楚月は兄を慕っていると教えてくれた。密かに楚月の夢を応援してくれたのも兄だ。兄弟仲は良好だ。数年先に結婚していた兄家族の元には、もうすぐ二人目の甥か姪が誕生するらしい。生まれたら一緒に会いに行こうと言われて頷いた。

 春鶯は、楚月の優しい笑顔を見る度に、胸が熱くなるのを感じていた。


「私たちが家族になるんです。これからは、私が楚月さんの支えになります」

「ありがとう。耀耀」


 楓流軒の客間で、二人は永遠の愛を誓い合った。偶然から始まった二人の関係は、今、真実の愛へと変わろうとしていた。


 式の翌日。婚儀の余韻に浸ることなく、箒の柄を握って石畳を掃き清めていた。結婚したからといって、いきなり生活を変えるつもりはない。そんな春鶯のもとへ、慌ただしい様子の央央が詰め寄ってきた。


「姐姐! 義兄さんについて行かないって本当なの!? 楓流軒を心配しているのなら、お父さんの後を継ぐまでは、私が代わりに守るよ?」


 昨夜、遅くまで話し合って決めたことなのに、央央はすでに把握しているようだ。楚月の保鏢であり、世話係でもある晋高に尋ねたのだろう。お互いの準備が整うまでは、楚月は月影座の座長、春鶯は楓流軒で別々に暮らすことで決着している。


「いきなり私が抜けたら、楓流軒は回らなくなるわ」

「それはそうだけど……でも、結婚したのなら、夫婦はやっぱり一緒にいなきゃ」

「考えていないわけではないのよ、阿央。四年前までうちで働いていた方と、偶然会ったから確認している最中なの」

「そうなの?」


 つい先日、四年前に元継母である趙嬌に解雇された従業員と再会した。趙嬌が去ったので、またうちで働きませんかと声をかけたところ、前向きに検討すると答えてくれた。もしも縁があるならば、以前よりも待遇を改善して雇うつもりだ。


「あなたに、帳簿管理を任せたいの。お金の計算は好きでしょ?」

「好きだけど……でも、私にできるかな?」

「大丈夫。私が丁寧に教えるわ」


 春鶯がいない間、どうしても金銭面を管理するものが必要になる。父親は、調理に関してだけは長けていても夜勤があるし、計算はあまり得意ではない。趙嬌のように横領を企てない、春鶯が信頼できる人物は央央以外に考えられない。慣れるまでじっくり教えるつもりだ。

 そして、客簿や仕入れは復帰する可能性のある元従業員に任せる。帳簿管理ならば、外見が理由で異性に絡まれる心配もない。


「私ってば責任重大じゃない? 早く義兄さんの元へ行けるように、頑張って覚えるね」

「ふふ、しばらくいるつもりだし、焦らなくていいのよ。易者も続けられるし、今まで通り演劇も観に行けるわ」

「うん!」

「それに、琳公子もいる」


 楚月の元に戻ると思われた琳晋高は、引き続き楓流軒に残り、春鶯や央央を守るように指示された。そうでなければ、離れて生活するのに安心できないと言われた。正直、春鶯一人で央央を守ろうにも限界がある。だから、晋高が傍にいてくれるのは心強かった。


「央央も頑張らなきゃね?」

「えー? 頑張ってるつもりなんだけどなぁ」


 晋高に片思いしている央央は、それとなく好きだと気持ちを伝えているのに、知ってか知らずか上手くかわされているという。相手は二十二歳と、八つ年上で大人だ。出身地は教えてもらえたものの、許嫁の有無や、好きな異性についてなど、踏み込んだ内容は一切答えてくれないらしい。


「長期戦になることは間違いないけど、諦めるつもりはないよ」


 たとえ難攻不落だとしても、挑み続けることに意味がある。自分が納得するまでは断念するつもりはない。央央は力強く、そう付け足した。


「あなたなら、きっと大丈夫よ」

「相性は悪くないはずだし、福来と作戦を考えるつもり!」

「嫌われないよう、ほどほどにね?」

「わかってるって!」


 今は望みが薄くても、妹の願いが叶ったらいいのにな、と春鶯は口元に笑みを浮かべた。

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