転生魔王のざまぁ録〜いじめの代償は払ってもらいます
「ギャハハハ、なに泣いてんだよブス!! ほらさっさと脱げよ!!」
「うっわかわいそーw」
「あんま暴れんなってwちょっと裸の写真撮ったら解放してやっからw」
「SNSで晒してエンコー親父に売るけど? アッハハハ!!」
「ねえ水無月さん。笑って?」
「虐められた? そんなのあなたに問題があるんでしょ。いちいちくだらないことで電話してこないで」
「先生はいつでも相談に乗るぞ。何でも話してこい。そういえば水無月、噂で聞いたんだがな……援助交際しているというのは本当か?」
痛い。悔しい。恥ずかしい。
泣いても許してくれなくて、誰も助けてなんかくれなくて。
つらい毎日から逃げ出したくて。
私は人知れず暗い空を飛んだ。
――――――――
退屈していた。
突き詰めれば、それが世界を渡った理由なのだろう。
敵対していた人間たちはおろか、我を崇めるはずの同胞にすら恐れられ、いつしか挑むことも慕われることも忘れられた魔王。
空っぽの玉座で我は思い至った。
「この世界に、我の居場所は無いのだな」
なれば、こことは異なる世界を望むのは必然と言えよう。
異世界転生……我の肉体を放棄し魂だけの存在とすることで世界間に存在する数多の次元を越える魔法。
転生した先の世界にて魂の依代を見つけ受肉しなければならないという欠点があるこの魔法だが、受肉の対象は生物ならば何でもいいというわけではない。
魂を入り込ませることが出来るのは、本来の魂が離れている状態の肉体……つまりは死にかけの身体に限定される。
そんなものが都合よく見つかるわけはない。
数年は様子を見る算段ではあった。
しかし、その機会は思いのほかすぐに訪れた。
妙な管に繋がれベッドに横たわる痛々しい身体ではあったが、致し方ないとその肉体に魂を定着させる。
そうして我は、この世界にて生を得た。
「脈拍が安定しません! 血圧も低下しています!」
「くそ、ショック状態だ……輸液急げ! クロスマッチはまだか?!」
「今出しています! 出血が止まりません!」
「圧迫続けろ、止血優先だ! 外科チームは?!」
慌ただしい。それに喧しい。
大賢者……この世界の情報を取得。完了。
なるほどこ奴らは医師か。
ここは病院……この身体の持ち主の傷の処置に奔走しているようだ。
「瞳孔チェック! 左右差は?!」
「右が拡大しています!」
「まずい、頭蓋内圧が上がってる可能性が高い!」
しかし煩わしい。
少し止まれ……時間停止。
さて、次は身体を癒そうか。回復。よし。
少し細すぎる気もするが、五体満足で他に異常は無し。
ついでに衣服も整えておこうか……修復。問題無く魔法も使える。
ともすれば、この身体の持ち主の情報も知っておく必要があるか。
「名前は水無月静」
高校生……学院の生徒か。
向こうの知識とのすり合わせが面倒だが、すぐに済むだろう。
しかし至って普通の女子のようだが、何故あんな大怪我を。
記憶を閲覧。
「……あまりおもしろい記憶ではないな」
どこの世界でも人間同士の争いが起こるのは同じだな。
なんとまあ醜い。
尤もこの人間に関しては、一方的に暴力を浴びせられていたようだが。
「じつにくだらん」
病院を出たところで指を鳴らし時間停止を解く。
建物の中では患者が消えたことでパニックになっているようだが、まあ問題はあるまい。
「静」
外で一人の女が声をかけてきた。
ああ、こ奴の母親か。
どうやら片親らしい。父とはすでに死別している。
「病院に運ばれたって聞いたけど」
「心配をかけた。しかし問題は」
「まったく。忙しいのに無駄な時間を取らせないで」
母親は娘を案じるどころか、面倒を吐き出すように息をついた。
「医者が大袈裟に騒ぎ立てるからわざわざ来たのに。ああもう、スケジュールがめちゃくちゃだわ。どうしてくれるの?」
実際大事には至っていない。
が、これが仮にも投身自殺を図った娘に対する親の反応か?
「もしもし? ええ、すぐに迎えをちょうだい。お見舞い? そんな無駄なことする必要は無いわ」
放置的虐待……と言うのか。
家にも帰らず、家事もせず、子に関心を持たず育児を放棄するとは嘆かわしい。
親に愛情を向けられず育つ子の、なんと痛ましく哀れなこと。
「ふぅ。私は会社に戻るわ。次無駄な時間を浪費させたら許さないわよ。わかったわね?」
「…………」
「返事はどうしたの? 聞いているの?」
「……貴様は親ではないな」
「は?」
この胸の内に湧き上がる感情は、我のものなのか、はたまた水無月静のものなのかは定かでない。
どちらにせよ、この世界もさしたる魅力は無さそうだ。
「何なのその目は。親にそんな目をしていいと思っているの静!!」
「ろくに家庭を顧みぬ不義理な女が一丁前に親の顔をするな。貴様など我の生に必要無い」
「なッ――――――――」
女はかっとなり平手を見舞おうとしたようだが、あまりにも遅いので足を払って転ばしてやった。
「きゃっ?!」
その際、手から薄い板……スマホが落ちた。
踏みつけて砕いてやったのには、大して理由は無い。
「痛……」
「おい」
低い声で呼ぶと、女はビクッと身体を震わせ我を見上げた。
「貴様が我に関心を持とうが持つまいが、最早どうでもいい。貴様はすでに親の責務を手放した。ならばこそ我が子の権利を放棄しようと文句を言われる筋合いはあるまい」
「な、なにを馬鹿なこと、をッ?! い、痛い……!! やめて、髪を引っ張らないで!!」
「我を見ろ。目を背けることは許さぬ」
「ひっ?!」
この世界の法を変え、歴史を変え、この女と親子でなかった事実を作り上げることは容易だ。
しかしそれではこの女がまっとうするはずであった責任諸共消えてしまう。
それは水無月静の本意ではないだろう。
「いいか女。これから毎月、貴様の所得の八割を献上しろ。毎日顔を見せろ、会話をしろだのは無益だ。貴様に親としての役割など求めぬ。労働奴隷としてただ我のために貢ぎ続けろ」
「ど、奴隷……静、あなた、なにを……」
「仕事が好きなのだろう? なに簡単なことだ。日に三時間の睡眠で働き続ければ相応の稼ぎにはなる。これは命令だ」
視線越しに制約の魔法をかける。
隷属させた相手が、与えた命令をこなせなければ死ぬだけの簡単な魔法。
女は我の圧に耐えられず、白目を剥いて気を失った。
「努々忘れるな」
貴様が手放したもの、そして水無月静が抱えたものの重さを。
出だしから気分の悪いものを見たが、しばらくはこの世界でも退屈しなさそうなのは良い。
前の世界には無かった文化、物、技術で溢れている。
特に食に関しては向こうの世界の遥か先を行く先進ぶり。
やってみたいことが多すぎて目移りしてしまう。
「これから何をしようか」
この世界を征服するなどすぐにでも出来るが、差し当たってやるべきことが一つある。
無念のまま死んだ水無月静の復讐だ。
特にそういった制約があるわけではない。
ただ単に、依代となった水無月静への恩を返すという目的のため。
水無月静の通っていた高校は、私立桜ノ宮女学院という、国内でも有数の進学校のようだ。
しかしどれだけ偏差値が高くとも、そこに通う全員が品行方正というわけではないらしい。
ガラリと教室の扉を開けた瞬間、我に対し視線が刺さった。
無関心を装い目を背ける者はまだいい。
特に多いのは侮蔑や嘲りを孕んだものだ。
その理由は、水無月静の席を見てわかった。
『死ね』『ブス』『キモい』『ヤリマン』『援交女』
その他にも意味の理解し難い落書きで埋め尽くされた机。
椅子には画鋲が散らばっている。
我の反応を見て隠れて笑う者がちらほら。
これは『いじめ』という社会問題のようだが、いったい教師らは何故この現状を放置しているのか。
まあいい。
さて……
「おはよー静。今日も机汚れてるじゃんかわいそー。早く片付けないと先生来ちゃうよ…………え?」
ガシャン
教室に爆音が響いた。
ニヤついた笑みを浮かべた女生徒を机ごと蹴り飛ばしただけだが、そんなことはさておこう。
「え……」
「な、なに……」
多少の騒ぎは仕方ない。
「痛っ、きゃあああ!!」
我は倒れる女生徒の髪を掴み、席へと引きずり、汚れた机へと頭を叩きつけた。
「ぁがっ?!」
「我の席を汚したのは貴様だな」
頭を机に擦りながら問う。
「言い逃れはいい。心を読んだからな。我の所有物を汚すとは、死ぬ覚悟は出来ているだろうな」
「いだっ、やめてっ、離してっ!! あああ!!」
「離してやるとも。貴様がこの机を元通りにすればな」
だから鼻から血など垂らすな。
余計に汚れる。
「そこの者」
頭を擦り付けながら、我はこの女生徒の友人らしい女たちに向いた。
「椅子が汚れている。掃除しろ」
「え、え……?」
人の話を一度で聞けぬ愚図が。
実行したのがこ奴だから大目に見てやろうと思ったが、我に対し不敬を抱いたのなら同罪か。
我は女生徒の頭から手を離し、一人の女の腹を蹴飛ばした。
「ふぐッ?!!」
もう一人蹴飛ばし机を巻き込んで転び、もう一人は頭を押さえて窓ガラスに叩きつけてやった。
教室に悲鳴が起こる。
何を騒いでいるのか、見て見ぬふりをしていた傍観者共が。
「立て」
女生徒は蹴られた腹を押さえてうずくまっている。
「同じことを二度言わすな」
「ひいぃ、いやっ、やめてぇ!!」
言っても立たない方が悪い。
二度、三度、と踏みつけてやるが、壊さないよう手加減するのが難しい。
いっそ一度殺してしまってもいいのだが。
「最後だ。掃除しろ」
「あ、ああぁ!!」
女生徒は半狂乱になりながら、涙目で椅子を抱えて教室を飛び出した。
机を汚した女生徒も気を失ってしまった。
静まり返る教室の中、私に声をかける者は一人とてなかった。
水無月静……貴様に友人と言える者はいなかったのか。
「何の騒ぎだ!!」
しばらくして、教師の男が息を切らしてやって来た。
誰かが呼びに行ったらしい。
「水無月、お前いったい何をやったんだ!!」
荒れた教室と倒れた女生徒を見て、教師は混乱したように頭を押さえた。
「と、とにかく来い!!」
落書きされた机に関しては言及せず、か。
こ奴もろくな教師ではなさそうだ。
話を聞くという名目で空き教室に連れ込まれたわけだが、この男……
「水無月、どうしたんだ。お前はケンカなんてするような生徒じゃないだろう。おとなしいいい子じゃないか」
下卑た視線がよく刺さる。
脂ぎった肌にヘドロのような口臭。
不快で思わず縊ってしまいそうだ。
「我の席が汚されたものでな。やり返しただけにすぎぬ」
「水無月……あまり面倒なことを起こさないでくれ。対応しなければならないのはこっちなんだぞ」
「面倒? いじめは犯罪だぞ。今どき子どもでも知っている常識だ」
「……ふぅ、水無月。お前も溜め込んでいるのはわかる。だがな、私にも立場があるんだ。わかってくれるよな?」
男の手が我の尻をまさぐった。
「おとなしくしていればこれまでどおり、先生がお前のことを」
グシャリ
「可愛がって、え……?」
「どうした? その続きを言ってみろ」
「腕……折れて、え……ぎぃや――――――――」
「煩い」
声を聞くことすら気に障ると、つい顔から口を消失させてしまった。
無口でおとなしい水無月静を食い物にした、生きる価値の無い下劣な男め。
「――――!! ――――?!」
口が無いから余計な煩わしさを覚えずに済む。
これなら魔法で苦痛を浴びせ続けても耳が病まなくて良い。
試しに身体の中を針虫が這い回る魔法でもかけてみよう。
「――――――――?!?!?!」
これはいい。
しかし……惜しいな。
「貴様が向こうの世界に産まれていたら、きっと勇者になっていたぞ」
未だかつて我の尻を撫でた者はいなかった。
まあ、こ奴のような小汚い勇者など見るに堪えぬが。
「――――――――!! ――――――――!!」
「助けを乞うているのか? 問うが、貴様は一度でも水無月静を助けたか?」
「――――――――!!!」
「もういい。消えろ」
瞬きを一つ、男は目の前から消えた。
どこぞに飛ばしたはずだが、まあ生きてはいるだろう。
運が良ければ。
教室の騒動と、男性教師の失踪。
二つの報せでその日は終始騒々しかった。
水無月静を虐げていた女生徒たちは揃って早退ないし救急車で運ばれていったため、我は一日腫れ物を触れるように扱われたが。
「あ、あの、水無月さん……大丈夫……?」
「ひ、酷いよね……水無月さんに、あんな……」
「困ったことがあったら、何でも言ってね……」
我を恐れ、矛先が自分に向かないようにと女生徒たちが媚びを売る。
なんとまあ。
「今になってそれを口に出来る貴様らの浅ましさには感服する。下がれ。二度と我にすり寄るな」
そう言うと女生徒たちはバツが悪そうに引き下がった。
傍観者に徹そうと、被害者を守ろうとしなかった時点で加害者には変わりない。
そんな連中と付き合う必要などどこにも無い。
――――――――
「ふうん。それであなたたちは、そんなにボロボロなの」
興味なさげに足を組み替えながら、傷だらけの女生徒たちに問いかける。
「そうだって言ってるだろ! み、水無月が……! あいつ、急におかしくなって……!」
「机に頭叩きつけられて……血が、止まらなくて……!」
「先生も……いなくなるし……なんか、ヤバいんだよ……っ」
口々に訴える女生徒たち。
だがその内容は支離滅裂で、恐怖だけが先走っていた。
「……はぁ」
その女子は深くため息をついた。
「たかが一人にやり返されたくらいでこの騒ぎ?」
「ち、違うんだって……! あいつ、普通じゃ……」
「普通じゃない? あなたたちが今までやってきたことの方が、よっぽど普通じゃないでしょう?」
一瞬、誰も言い返せなくなる。
だがすぐに別の少女が叫んだ。
「で、でもそれは彩理がやれって言ったから……!」
その瞬間。
カチャリ、とカップをソーサーに戻す音が響いた。
「……今、何か言った?」
先ほどまでとは明らかに質が違う声色だ。
「え……あ……」
「私がやれ……って言った? あなた今そう言ったの?」
ゆっくりと立ち上がる。
コツ、コツ、と革靴の音が響く度に女生徒たちは後ずさった。
「勘違いしないでちょうだい」
目の前まで来ると、にこりと微笑む。
「私は遊び相手に困っているから、少しからかってあげたら?って言っただけ。それをどう解釈して、どう実行したかは、あなたたちの意思でしょう?」
逃げ場を塞ぐような言葉で冷たく言い切った。
「私は何も命令していないわ」
女生徒の一人が唇を噛んだ。
「でも……このままじゃ、あいつ……また……!」
「怖いの? なら、やり返せばいいじゃない」
あっさりとした一言。
「え……?」
「いつもみたいに男を使って囲んで、押さえつけて、黙らせればいいじゃない」
「む、無理です……あんなの……!」
震える声。
それを聞いた瞬間、彩理の目から完全に興味が消えた。
「使えないわね」
「っ……」
「結局あなたたちは、群れないと何も出来ないのね」
吐き捨てるように言う。
「そんなの、ただの雑魚じゃない」
空気が完全に凍りついた。
「もう消えていいわよ。これ以上醜態を晒すなら、今度はあなたたちを遊び相手にしてあげてもいいんだけど」
「ひっ……!」
その一言で、女生徒たちは弾かれたように部屋を飛び出していった。
「はぁ、つまらない人たち」
退屈そうに呟き、今度はクスッと口角を上げた。
「あなたはそうじゃないのかしら。水無月静」
――――――――
このまま平穏な学校生活とやらを楽しみたいが、それにはまだ排除しなければならない者が存在する。
水無月静を虐げる、いじめの首謀者。
「神城彩理」
桜ノ宮女学院の理事を勤める親を持ち、権力を嵩にやりたい放題のお嬢様。
地味で愛想が無いという理由で水無月静を標的にし、肉体的にも精神的にも疲弊させた張本人。
理事の娘ゆえに教師も口を出せず、いじめを黙認していたということか。
暴行に売春の斡旋、SNSへの情報漏洩……到底子どもの遊びの範疇を越えているな。
「記憶操作。破壊」
水無月静と関係を持った男たちの記憶と痕跡の消去、電脳世界に散らばった痴態も削除が完了した。
あとは神城彩理への制裁だが、どうしたものか。
一拍考えたが、何も難しく考える必要は無い。
与えられた痛みを返すだけだ。
その機会は早々にやって来た。
否、こちらから出向いてやろうとした矢先、当人である神城彩理に呼び出された。
「こんにちは、水無月静さん」
わざわざ校舎の屋上に茶会の用意とは。
「随分と趣味がいいな」
「お話するのにおもてなしが何も無いなんて無粋でしょう?」
白いティーカップを手に、神城彩理は優雅に微笑んだ。
風に揺れる髪、整えられた所作、纏う空気がどこまでも上に立つ者……そう、支配者のそれだ。
「どうぞ座って?」
「貴様の命令を聞く必要があるか? わざわざ呼び出しに応じてやっただけでもありがたく思え」
「クスクス、話に聞いたとおりおもしろい人。そう怪訝にしないで。あなたがしてくれたことについて、お礼を言いたいだけなのよ」
「何のことかわからないな」
「あんなものでも、あなたが傷付けたのは私の駒なのよ。自分の所有物を壊されて平気でいられるほど大人ではないの」
小さく笑う。
だがその瞳は笑っていない。
「大人ではあるまい。他者を虐げ悦に浸るのは、身の程を知らぬ子どもだけだ」
我はテーブルに置かれたカップを持ち上げ、中身をテーブルクロスの上にこぼした。
「子どもは子どもでも、度が過ぎた悪童らしいが」
中身は毒か。
飲んだところで効きはしないが、したり顔をされるのも腹が立つ。
「神城彩理、これ以上我に関わるな。でなければ殺す」
「殺す? フフ、刺激的な言葉ね。小さく震えながら泣いて謝っていただけのあなたとはまるで別人と話しているようだわ」
「何故我にちょっかいをかける? 我と貴様に大した接点などあるまい」
「接点……そうね。同じ学校に通うだけの他人よ。だから、どうでもいいの」
どうでもいい、か。
軽く吐き捨てたその言葉には嘘も偽りもなかった。
「気分で虐めて、気まぐれに壊して、なんとなく犯す。ただの退屈しのぎよ。深く考えないで」
「退屈しのぎ……?」
「飽きたら別の子で遊ぶだけのね。今回もすぐ飽きると思っていたけど、ねえ水無月静。あなた、何者なの?」
「答える義理は無いな」
「そう」
あっさりと引いた。
だが、その次の言葉には微かな熱が混じる。
「でもいいわ。あなたが何者でも」
神城彩理が椅子から立ち上がった瞬間、屋上の扉が開き大勢のガラの悪い男たちが姿を現した。
「壊れようが壊れなかろうが、退屈が紛れるなら何でも」
男たちは下卑た笑みを浮かべながらぞろぞろと近付き、我を押さえつけようと手を伸ばした。
「動けなくなったら、あとは好きにしていいわ」
話し合いで解決出来るとは微塵も思っていなかったが、どうにも愚かしく滑稽だとあくびが出る。
「いつも通りね。ほら、怖いでしょう?」
「…………」
「誰も助けてくれない。痛くて、苦しくて、惨めで」
囁くように言う。
「それでも声を上げられないのが、あなたの役割だったものね?」
水無月静の身体に刻まれた記憶が微かに軋む。
だが。
「くだらん」
我はたった一言で全てを切り捨てた。
掴みかかろうとした男の腕が、空中で止まる。
「え……?」
「何、これ……動か……」
指先一つ動かせぬまま、男たちはその場に縫い付けられた。
「命令を無視したのはそちらだぞ、神城彩理」
男相手は女相手よりも気兼ねしなくて良い。
腕と足を折ろうが鼻を砕こうが顎を割ろうが心は痛まない。
数人は殴った勢いでフェンスの外から落ちそうになったが、そうなった時はそうなった時だ。
中には木刀や鉄パイプで襲いかかる蛮勇な者もいたが、眼光一つで爆風と共に屋上を転がった。
「もう終わりか?」
そう呟くと風が止み、音が消え、世界が沈黙する。
「あとは貴様だけのようだぞ。神城彩理」
「……あなた、何者なの」
「どうした、先ほどまでの余裕が消えているようだが。妙な質問をするな。我は我だ。貴様が嬉々として虐げた水無月静以外の何者でもない」
「そんなわけ……」
「問答は趣味ではない」
冷や汗を一つ垂らす神城彩理に鋭い眼差しを向けると、数歩後ずさってから尻をついて転んだ。
初めて。ほんの僅か、その目に揺らぎが走った。
「どうにも、貴様と話すと苛立ちを覚える。たかが人間の小娘が我に楯突いたこともそうだが、それ以上にこれは同族嫌悪なのだろうな」
退屈……支配者階級が行き着く生の底。
得られるが故に飽き、欲望という巨大な器は飽和を知らない。
『異世界転生』と『他者への加虐』。
『退屈という原動力』。
つまるところ我とこ奴には、満ちることのない虚無を満たそうとした結果の差異しかないのだ。
だからこそ腹が立つ。
こ奴程度が我と同じ支配者を気取っていると思うと。
「覚悟はいいか、神城彩理。貴様が水無月静に与えた苦痛を、終わらぬ地獄で噛み締めろ」
指を鳴らす。
すると、骨がひしゃげた男たちが揃って立ち上がった。
「ひっ?! な、何……」
「死霊術……まあ死んでいるわけではないが、其奴らは意思も意識も無く、ただ己の欲を満たすために動く」
肉体的にはかなり破損しているが、生殖器に関してはその限りではない。
フラフラと蹌踉めくゾンビ共の股間が熱り立っているのは、なかなかに滑稽だ。
「欲って……まさか……」
神城彩理は顔を青ざめた。
これから身に起こることを理解したのだ。
「ま、待って、助け……い、嫌ぁ!!」
男たちの手が神城彩理にかかる。
押さえつけられ、制服を千切られる。
かつて水無月静がそうされたように。
「嫌っ、触らないで、離し、むぐっ?!!」
「せいぜい楽しめ。早いうちに壊れてしまった方がいっそ楽かもしれんがな」
ああ……と、踵を返しかけた足を止めた。
「最後にもう一つ命令だ。笑え、神城彩理」
その後、神城彩理は学校を辞めた。
「聞いた? 神城さん妊娠したんだって」
「誰の子かわからないんでしょ? 結構遊んでたんだね、クスクス」
「ネットでも話題になってるもんね。これとか」
「うっわエッグ……神城さん有名人じゃん」
噂によると心を病み、自分の部屋に引きこもり誰とも顔を合わせないのだとか。
それとは別件で、神城彩理及び奴に加担した者たちの犯行も表沙汰になった。もとい表沙汰にした。
日常的な加害と普段の素行の悪さが取り上げられ、揃って退学となったようだ。
理事の娘と生徒が醜聞を晒したせいで、学院は様々なパッシングにあっているようだが、それもまた水無月静を貶めた者の顛末の一つだ。
しばらくは神城彩理も、退屈を覚える暇が無いだろう。
そんな些細な出来事があったが、我はまだ学校生活を送っている。
喧しい連中が一掃されて気分良く学びを得ている……のだが、学びを得るだけがはたして健全な学校生活とやら、か?と疑問を抱いてきた。
我の知り得る限り、友と語らい恋をし、青い春を謳歌するのがJKのはずだが……我は案外コミュ障というやつなのかもしれない。
「いざとなったら魔法で友人の一人や二人……」
魔王らしからぬ浅薄さを垣間見たとき、風が一陣過ぎていった。
まるで我を笑うように。
「……復讐してやったつもりもないが、これで少しは気が晴れたか」
空を見上げれば果てのない青。
こればかりは、前の世界と何ら変わらない。
「貴様もそちらで上手くやれ、水無月静」
ついでに消えかかっていた水無月静の魂を向こうにやったが、転生した先で何を成すかは本人次第。
我の預かり知るところではないが、それでもこちらの世界にいたときよりはマシな人生を送れることだろう。
死にたくない――――――――
世界を渡ってすぐ届いた、幾重もの後悔にまみれた生に執着する声。
あれが無ければ今頃は……まあいい。過ぎた話だ。
退屈を覚えたときは会いに行ってやらんこともない。
しばらくの間は、この世界を堪能させてもらうがな。
「せいぜい幸せになることだ」
伸ばした手に何を掴むのか、それは誰にもわからない。
ローファンタジーは初めて書きましたが、如何でしたか?
おもしろかったと思っていただけたら幸いですm(_ _)m
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