Case5 魔人の魔力暴走
「よう、おはよう」
「おはようございます、ロワルさん!」
ラグがロワルの家を訪ねた翌日、ロワルはいつも通り出勤した。
薄いクマ、青白い顔はいつも通りだったが、その顔はいつもよりすっきりとしているようであった。
「ラグちゃん、もしかして……?」
ヤゴコロの視線にラグはニコッと笑みで返す。
ヤゴコロはクロッサと目を合わせた後、ロワルに詰め寄る。
「ねぇ、何味だった? ポーション何味だった?」
「……柑橘系だろ」
その言葉にブワッとヤゴコロから涙が溢れ出す。
今まで味について曖昧に返されていたが、ようやく味についての返答を得ることができた。
これは紛れもなくラグの功績だった。
「ほんとに……? ほんとに飲んだの……?」
涙を流すヤゴコロに近寄り、バツが悪そうに、ポンと頭をひと叩きする。
「すまなかったな」
グズグズと泣きながら、兎の長い耳をぴょこぴょこと動かし喜ぶ。
「ロワル……セクハラ……」
冗談を挟むヤゴコロの頭をぐしゃぐしゃと撫で、ロワルは自分の机に向かう。
あー!と声をあげヤゴコロは手櫛で髪を整える。
恨めしそうにロワルを見るが、その表情は嫌そうではなく、むしろ少し口元が緩んでいる。
「おつかれ、早速だけどちょっと私の部屋に来てくれるかな?」
ニコニコと笑いながらクロッサはロワルに近づく。
しかしその笑顔はいつもと違い、どこか引き攣っているように見えた。
「……ああ」
違和感に気づきながら、ロワルはクロッサと共に署長室へ向かった。
ーーー
「すまなかった」
部屋に入るやいなや、クロッサは頭を下げロワルに謝罪する。
「頭をあげてくれ、なんの謝罪かはおおよそ見当がついている」
顔を上げるクロッサの顔は、いつもの笑みはなく真剣な、その中に申し訳なさを滲ませた表情をしていた。
「爆発事故現場で俺の足を掴んだ女のことだろ? あいつの責任を負う必要はねえよ、元婚約者といえど」
ロワルは無意識に頬へ向かっている手に気づき、押し留める。
「ありがとう、縁は切れているが、どうにもね……」
困ったように笑みを浮かべるクロッサ。
生来の性格もあり、気にせずにはいられなかった。
「どうしても気になるってなら、新しい魔道具か医学書をくれ」
クロッサに気を使わせないようにしながらも、ちゃっかりと要望を伝えてくるロワルの言葉に、ようやくクロッサはいつもの笑みを取り戻した。
「わかった、最新のものを用意しておこう。ところで、ラグはどうだった?」
「ああ……まあ、助けられたよ。知識はまだまだだが、そこ以外は想像以上にやってくれてるよ。あと見てないのは戦闘力か?」
国立治癒班の業務上、魔物のいる現場や暴れる冒険者の元へ行くこともあり、その制圧も想定される。
「ラグとは昨日話したが、西獄動乱の被害者だろ? あまり思い出させる現場に連れて行くのもな……」
ロワルは軽く頭をかき、ラグの負担がない方法を考える。
そんなロワルにクロッサが話しかけようとするが、部屋の外が騒がしくなり話を中断せざるを得なくなった。
「事務室だ、行こう」
クロッサの声にロワルも続き事務室へ向かう。
そこでは魔人が苦しそうにうずくまっていた。
その身体は全ての力を放出するかのように、純白の光を放っている。
「ロワルさん、今駆け込みで魔人の方が!」
ロワルは即座に魔人へ駆け寄り指示を出す。
「魔力暴走だ、対魔結界で俺ごと囲め!」
指示を聞いた隊員が全員でロワルと魔人を中心に結界を張る。
一糸乱れぬ結界展開に、中央署全員の練度の高さが感じられる。
「『奪え・身体に秘めし・魔の力・大きく喰らい・飲み下せ』上位魔力奪取、並びに『聖域・奪い・魔に染めろ』魔陣結界」
「並行詠唱……?」
ロワルは一度に2種類の魔法を構築する。
魔法の上級加護を持ち、それを使いこなす才能、弛まぬ努力をしたものがたどり着ける並行詠唱。
これを難なくこなし、2人以上の治療が推奨される魔人の魔力暴走を1人で鎮める。
「やっぱ呆れるほどすごいよね、ロワル」
魔法が得意ではないヤゴコロが、同じく手を出せなかったラグに話しかける。
呆れるほどといいつつも、ヤゴコロは羨望の眼差しでロワルを見つめている
「2人以上でやる魔法1人でやるなんて、今までどれだけ無理したのかな」
そう言うヤゴコロの顔は、どこか悲しげで、また誇らしげであった。
自分が知らないロワルの姿に、ラグは胸にちくりとした一抹の寂しさを感じた。
「ヤゴコロ、治療が終わったから彼女にスタミナポーションをあげてくれ」
汗だくになり治療を終えたロワルの声かけに、はーい!とヤゴコロは駆けていき、黄色いポーションを持ってきた。
「ラグ、今回の処置を彼女に説明するから一緒に聞いてくれ」
「はい、わかりました!」
治療が終わった魔人を見ると身体の発光は治まっており、呼吸も普通に戻っていた。
容姿は若く、まだ成人はしていないだろう。
「あの……ありがとうございます。私の身体、どうしちゃったんですか……?」
おどおどと魔人の女性が、自分の身に何が起こったのかを聞く。
「昨日か今日かな、どこかで治癒魔法を受けたかい?」
「はい、昨日からお腹が痛くて近くの治療院に……」
徐々にロワルの目が険しくなる。
「魔人の魔力暴走って聞いたことあるかい?」
ロワルの問いに女性は首を振る。
「そうだよな、そんなことが起こらないように教育が整えられたんだからな」
ラグと女性の頭にハテナが浮かぶ。
「魔人に聖属性の治癒魔法を使うと、体内の魔素と反応する。するとどうなると思う? 体内で反発しあって、魔力が爆発するんだ」
その言葉にラグも女性も青ざめる。
自分がどれほど危ない状態だったかを理解し、口に手を当て震えていた。
「それを知った国の上層部たちは、最もやってはいけない禁忌として、治癒魔法を使う者への教育を徹底したんだ」
ロワルの瞳は強い怒りを携えていた。
一歩間違えればこの若い魔人は魔力の爆弾となり、その周囲を巻き込み命を散らしていた可能性があった。
それこそ死傷者は一昨日の爆発事故以上となるだろう。
「俺の方で魔力の安定と身体の治癒魔法は無効化したから安心して大丈夫だよ。……さて、じゃあ聞かせてほしい」
事務室内の空気が張り詰める。
中央署で4年間共に勤務したクロッサやヤゴコロ達でさえみたことがないほど、ロワルの肩が怒りに震えていた。
「人の命も、先人の知恵も無視したこんな酷い治療を誰がした……?」
激しい怒りを通り越した、ヒヤリと首筋が冷えるほどの冷たい言葉。
まるで部屋の気温が一気に下がったかのように感じられ、1人の隊員は身体を震わせた。
ロワルのその言葉は、人を救うための魔法を多くの人を死に至らしめる凶器に変えた治療院に向いていた。
その中で魔人の女性は口を開き、一つの診療所の名前を出した。
「フロール治療院です」
その名を聞き、ロワルはチラリとクロッサの方を向く。
クロッサは握り拳を額に当て俯き、深いため息をついた。
そしてすぐに椅子に座って女性の前で片膝をつき、目線を合わせ話し始めた。
「はじめまして、カーマ家当主のクロッサ=カーマです。大丈夫、座っていてかまいませんよ」
クロッサは迷いなく土で汚れた事務室に片膝をつき、女性と目を合わせる。
貴族に膝をつかせていることに血の気を引かせ立とうとする女性を優しく留めた。
クロッサの柔らかい雰囲気に安心し、女性は控えめながら椅子に座りなおす。
「カーマ家の名にかけて貴女にご迷惑をおかけしません。この医療事故を国に報告させていただけませんか?」
柔らかい表情ながら、その真摯な眼に女性は頷いた。
ーーー
必要な調書を取り終え、ポーションで少し回復した女性を見送る。
クロッサは窓際に立ち、いつまでも女性の歩いて行った方向を見つめていた。
「クロッサ」
ロワルがクロッサの名を呼ぶ。
ふうと息を吐き、クロッサはロワルの方を向いた。
窓の近くにいたクロッサの顔はちょうど逆光になり、うかがい見ることはできない。
黒い影となったクロッサの雰囲気はいつもとは違い、貴族としての威圧感を放つ。
重苦しいほどの重圧に、ロワルは頬に冷や汗を感じた。
「因縁も、ここまでくると呪いのようだね」
ふっと気を緩め、冗談めかして話すもクロッサの声は硬く重たいままであった。
頭の上にハテナが浮かぶラグに向かって、調剤室からちょいちょいとヤゴコロが手招きをする。
ラグが部屋に入ると、ひそひそと小声で話しだす。
「ラグちゃんあのね、フロール治療院は署長の元婚約者が経営している診療所なの。それに、前回爆発事故があったのもフロール家だよ」
それを聞きクロッサの反応に合点がいった。
元とはいえ、婚約者の家で爆発事故があり、次は医療事故。
心穏やかではないだろう。
「あの家は守銭奴だからね、叩けばもっとボロが出るかもしれないよ」
調剤室の入り口からひょこっとクロッサが顔を覗かせる。
2人は驚き肩を跳ね上げる。
「ラグ、すまない、少し忙しくなりそうだ。ご飯はまた今度で頼む」
「あ、はい、大丈夫です!」
クロッサの横からロワルも顔を見せ、ラグに話しかける。
会話の内容にヤゴコロが、え、恋?本当に恋?と視線を右往左往させ狼狽えている。
「仕事の話しですよ」
そう言い切るラグだったが、ロワルと目が合うと、慌てたように目を逸らした。
その耳は少し赤く染まっている。
それをみたロワルは肩をすくめ、苦笑いを浮かべるのであった。
ーーー
1日の仕事が終わる。
今日もいつもどおり出動をこなしながら、書類を整理していた。
「さて、さすがに証拠が少ないね。もしかしたら今後も医療事故で出動が入るかもしれない、そのとき調書をとってくれないか?」
「了解だ、過去の報告書からも怪しいやつを当たってみよう。」
2人は長年の仲のように話をトントン拍子で進めていく。
ハクタクの平和を守るため、己の責務を果たすため元婚約者の家を告発する。
クロッサの表情からはどのような感情が渦巻いているか、誰にもわからなかった。
ロワルはクロッサの震える拳を見ないふりをし、視線を窓の外へ、沈んでいく夕陽へ向けた。




