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多種族国家の診療録〜白髪の元神官は命を背負い、現場を駆ける〜  作者: 稗田


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2/6

Case2 ドワーフのアナフィラキシー

『神官さんはよくやってくれたよ』

『諦めろ、もうお前も休め』


 今にも命が消えそうな多種族が次々と救護テントに運ばれてくる。

 しかし、ロワルにはすでに魔力は残っておらず、切り傷1つ治すこともできない。


「俺は上級治癒魔法を使えて、魔力も多くて、全ての人を治せる治癒師に……」


 血錆臭いテントの中、怪我人の全ての目がロワルを見つめている気がした。



 はっと目を覚ます。

 身体はひどく汗をかき、喉はひりつき乾き切っている。

 空はまだ暗く、朝までは時間がかかるだろう。


「よくやってくれた、か……」


 ロワルは汗を拭き、白くなった髪を掻き上げる。

 今日もまた眠ることはできず、朝、ロワルは身支度を整えて中央署へと向かった。


ーーー


「えっ、ロワルさんって元々神官だったんですか?」


 終業後、歓迎会が開かれた酒場でラグは驚きの声を上げた。

 神官といえば、そのほとんどが信心深い信徒だが、少なくともロワルはそう見えなかったからだ。


「そうだぞ、しかもこいつ、上級の治癒魔法使えるんだぞ」


 クロッサの言葉にラグはさらに驚くこととなった。

 上級の治癒魔法を扱えるものは神官の中でも数少なく、それだけで治療院の重要な役職に就くことができる。


「それならわざわざ怪我人を運ばなくても、その場で治療してしまえばいいんじゃないですか……?」


「考えてもみろ、上級治癒魔法で10人救って魔力が切れたとする。次の11人目はその場で上級治癒魔法を使わなければ救えない。どうだ?」


 ロワルの回答に自分がいかに短絡的な発想をしたのか気づき、ラグは俯き頬を染める。

 そのためロワルの顔に自嘲の色が浮かんでいることに気づかなかった。


「そういえば、ラグはイーエムティーの由来って知っている?」


 隊員の1人が空気を変えるようにラグへ質問した。


「国立治癒班だと硬いから、通称にしている……と聞いたことが」


 確かに正確な理由までは知らなかったな…と思い、しどろもどろになりながらラグは答える。


「あのね、イーエムティーは、エルフ語で治癒を意味するイェムテと、ドワーフ語で痛みを意味するイーティーの2つを聞いた魔人が、じゃあ2つ合わせてイーエムティーだな! って酒場で話していたのが広まったの!」


 この国らしいよね!と、兎人のヤゴコロが教えてくれる。


「まあ、酒場が発祥ってだけあって、貴族はその名称を使っていないけどね。認知はしてるけど」


 クロッサが杯を傾けながら補足する。

 歓迎会の開始から何杯も呑んでいるが、普段と変わった様子はない。


「そういえばロワルさん、前に有翼種の配達員さんの胸に何かを当てていましたけど、あれはなんでしたか?」


 ふと現場で気になったことを思い出し、口にする。

 

「あれか、あれは俺が前に働いてたとこで使われていた音を大きくするための魔道具だ」


 するりとマジックバックから魔道具を取り出す。

 ラグは普段から仕事道具を持ち歩いていることに驚いたが、他の隊員は何も気にしていなかったので、いつものことなのだと納得した。


「これがあれば呼吸がしっかりできているかわかるし、慣れれば腹の音を聞いて病気を発見することもできる」


 ロワルは笑いながら、なんでもないことのように話す。

 しかし種族ごとの体の構造や特徴、それに適した観察方法を全て頭に入れるなど一体どれほど時間がかかるのか、ラグには見当がつかなかった。

 なぜ神官を辞めたのか、どうしてここまでの熱意をもっているのか、聞きたいことがどんどん増えていった。


「そんなに見られると食べにくいんだが……」


 魔道具の話はいつのまにか終わっており、食事をするロワルをラグがじっと見つめるという形になっていた。


「あ、いや、その……すみません……」


 ラグは顔を真っ赤にし縮こまった。

 その姿は狼というより小型犬に近いように見える。


「ほら、そんなおっさんしかいないとこよりこっちおいでよ! あ、署長は別だけどね!」


 チュッと投げキッスをひとつして、ヤゴコロはラグを連れ女子隊員の輪に入っていった。

 ラグより幼い容姿をしている彼女の投げキッスは、どちらかと言うと微笑ましさがある。


ーーー


「さて、夜も深まってきたしそろそろ解散かな?」


 クロッサが声をかけ、歓迎会は解散の流れとなった。


「あの、お支払いは?」

 

ラグが財布を取り出すと、クロッサが手を振り制止した。


「ラグ、大丈夫だ、貴族様が出してくれるぞ」


 ロワルの言葉にラグは少し笑った。


「独身貴族ってことですか?本当の貴族に聞かれたらまずいですよ?」


「いやいやラグちゃん、署長は本物の貴族なのよ?医療系の名家なの」


 ヤゴコロが人差し指をピンとたてて説明する。


「ま、早めに家を継ぐことになったお飾りみたいなものだよ」


 手をひらひら振り、酔い潰れたドワーフの横をすり抜け会計に向かう。


「え、あ、いや、すみません!」


 貴族に対して随分な口をきいてしまったと顔を青ざめ謝罪に行こうとする。


「……ガルダの実?」


 ふと香ってきた珍しく匂いに、ラグは足を止めて呟く。

 瞬間、少し離れた位置にいたロワルが駆け寄ってくる。


「念の為だ、どこから匂いするかわかるか?」


「えっと……あっちの卓です、それとあのドワーフから」


 酔い潰れたドワーフを指さすと同時にロワルは叫んだ。


「クロッサ、ガルダ酒、ドワーフだ! 状況確認と説明頼む!」


 端的な指示だが、クロッサは迅速に行動を始めた。


「ラグ、お手柄だ! ついてこい」


 ラグの肩をポンと叩き酔い潰れていると思われていたドワーフの元へ向かう。

 ドワーフは顔面を真っ赤にし、意識は無いようであった。


「おうにいちゃん、そいつがどうかしたのか?」


 倒れているドワーフの同僚が顔を覗き込んでくる。


「国立治癒班だ、このドワーフは今危険な状態で治療の必要がある。詳しくはあっちに聞いてくれ」


 ロワルはクロッサを指差す。

 クロッサは店員に事情を話し、ちょうどこちらへ向かってきていた。


「あなたのお連れの方は激しいアレルギーを引き起こして危険な状態です、ガルダの実について聞いたことはありませんか?」


 クロッサがそう伝えると、同僚の顔から血の気が引いていった。

 ガルダの実はドワーフがほぼ100%アレルギーを引き起こす果実だ。

 それを漬け込んだ酒を飲んだのだから、どうなるかは容易に想像できる。

 

「俺は、珍しい果実酒を手に入れたと馴染みの魔人から……」


「悔やんでも仕方ありません、今すぐ処置をしますので待っていてください」


 青い顔をしたドワーフは、心配そうになりゆきを見守っている。


「まずいな、すでに息が止まりかけている」

 

 ドワーフを見ると赤かった顔は徐々に血の気が引いて青白く、ひゅーひゅーとした呼吸も小さくなっていっている。

 酸素を与えようにも喉が腫れていてなかなか入っていかない。

 

「強心薬です!」


 ヤゴコロが特効薬を取り出しロワルに渡そうとする。


「だめだ、強靭なドワーフの皮膚に通常の針は刺さらない」


 用意しておけばよかったとロワルは悔しさに歯噛みした。

 ドワーフの呼吸はどんどん弱くなり、すでに顔は死人のように真っ白だ。

 誰の目から見ても、もう手遅れだとわかるだろう。


「……仕方ないな」


 ふぅ、と息を吐きロワルがぼそりと呟く。

 クロッサはロワルの横顔を見る。

 その顔は覚悟を決めているようだった。


「ああ、仕方ない」


 クロッサもそれに同調し、悲痛な面持ちで頷く。

 それを聞いたドワーフは涙をこぼし崩れ落ちる。


「まだ治療院に運べば間に合うかもしれないですよ!」


 ラグが倒れたドワーフに駆け寄り運ぼうとするのを、クロッサは手を掴み止める。


「なんで止めるんですか!」


「それじゃあ間に合わない、勘違いするな、見てろ」


 見るとロワルはドワーフの傍で膝をつき、手を組んでいる。

 さながらそれは天に祈る聖職者のようであった。


「『母なる神に、敬虔な信徒ロワルが願い奉る』」


 瞬間、ロワルから光の粒がたちのぼる。

 ふわふわとした優しい光は、まるで奇跡が起きているかのように店内を明るく照らす。


「『この者に、全てを癒す祝福を与えたまえ』」


 魔法とは違う、神へ願う詠唱。

 詠唱の終わりとともに光の粒は倒れているドワーフに集まり、消えていった。


 薄暗い店内に戻ったとき、むくりと倒れていたドワーフが起き上がった。


「……俺は」


 周囲をきょろきょろ見渡すドワーフに同僚が抱きついた。


「よく戻ってきたぁ! よかったなぁ……」


 倒れていたドワーフはまだ事情が飲み込めず、頭の上にハテナが浮かんでいる。


「ロワルさん、今のは……」


「緊急処置の上級治癒魔法だ。なかなか見れないぞ?」


「それならもっと早く使っていただければ! それに仕方ないってどういうことですか!」


 もう少しで死んでいたとラグは肩を震わせる。


「この魔法、国への報告がめんどくさくてな、報告書の数が段違いなんだよ……」


 少し青い顔をしたロワルが答える。

 魔力を大量に消費したのだろうか、手も震えているように見える。

 怒鳴った手前ばつが悪いが、肩を貸そうとラグが近づくと、ロワルはすくっと立ち上がった。


「いや、久々にやると疲れるな、ちょっと先休ませてもらう」


 お疲れ、と逃げるようにすたすた歩いて行くロワルを、ラグはただ見送るしかできなかった。

 店内はいまだに歓声が上がっていた。


ーーー


「ぐうっ……」


 ロワルは路地裏で強烈な吐き気に耐えていた。

 吐きこそしていないものの、胃が捻れ、ひっくり返りそうな痛みを訴えている。


「辛そうだね」


 クロッサはいつもの笑みを浮かべているが、瞳が悲痛に揺れている。


「問題ない、いつものフラッシュバックだ」


 ふらふらと姿勢を正し、クロッサに向き合う。

 月明りでしか見えないが、顔色はおそらく真っ白だろう。

 額をぬぐう動作から、冷や汗をかいていることがわかる。


「助かったよ、さっきのドワーフは近くの治療院に運び込んでも間に合わなかっただろう、君のおかげだ」


 感謝の言葉を手で払うように、ロワルはクロッサの横を通り抜ける。


「ああそうだ、今回のガルダの実、ラグが気づいたんだ、褒めてやってくれ」


 肩越しに振り返りクロッサに伝え、ロワルは帰路についた。




「もう二度と……全てを救うために……」


 うわごとのように呟き、死人のように街道をふらつきながら歩くロワル。


 路地裏から全てを見ていたラグの視線には、最後まで気づかなかった。


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