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多種族国家の診療録〜白髪の元神官は命を背負い、現場を駆ける〜  作者: 稗田


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Case1 有翼種の気嚢破裂

『情報送る、8歳男児、種族は猫人ねこびと。高所から飛び降り負傷したため要請があったもの。指定の場所に向かえ、以上』


「お前ら、行くぞ」


 小型の水晶から連絡を受けたのは壮年で白髪の男性だった。

 淡々とした喋り方とは裏腹に、指示を受けた後の動きは迅速だ。

 場所は建築現場、猫人や犬人いぬびとの子供達が遊び場にしていたが、3階から足を滑らせて落ちてしまったようだ。

 一緒に遊んでいた友達が、街に設置してある緊急通報用の水晶で連絡をとり判明した。


「ロワルから署長、現場到着、どうぞ」


『了解、頼んだ』


 隊長のロワルがやりとりをしている間、すでに隊員の2人は猫人の子供に接触し、意識や呼吸に問題はないか、重大な怪我がないかを確認している。

 遠目に見る限り、痛めているのは足だけで他に怪我はなさそうだ。


「よしよし、痛かったな。『内部を・見通す・眼』透視」


 隊員の1人が魔法で負傷した部位を透視し骨折がないかを確認、もう1人は脈や血圧などを測っていく。


「どうだ、骨折していそうか?」


 ロワルが隊員にたずねる。

 左足首は赤く腫れ熱を発しており、痛みに耐えきれずグズグズと涙を流していた。


「やあこんにちは、お名前を教えてくれるかい?」


 ロワルは屈みこみ目線を合わせ、猫人の子供に話しかける。


「アルゥ……」

 

「アルゥだね、今すぐ足を治してあげるから、もう少しだけ我慢するんだよ?」


 隊員から骨折していないとの報告を受け、ロワルは腰につけたマジックバックから下級ポーションを取り出し、左足首にゆっくりとかけた。

 薄緑色の液体が染み入り、アルゥの左足首は徐々に腫れが引いていく。

 細長いガラス瓶の中身を全てかけ終わる頃には、腫れも足首の熱も完全に無くなっていた。


「うわぁ、痛くないよ!」


 痛みが無くなったのがよっぽど嬉しいのか、アルゥは飛び跳ね喜んでいる。

 周りにいた獣人の子供も嬉しいのか、一緒にぴょんぴょんと飛び跳ね、とても微笑ましい光景だ。


「よしよし、大丈夫のようだね。この後違和感が出たり痛みが出たら近くの治療院に行くんだよ?」


「わかったよ、イーエムティーのおじさん!」


 ありがとう!と手を振り駆けていくアルゥを見届け、治癒班の3人は中央署に戻っていった。


ーーー


「やあお疲れ、大丈夫だったかな?」


 中央待機署に戻ると、署長のクロッサ・カーマが出迎えてくれた。

 金髪長身の男性でロワルと年齢はさほど変わらないが、外見はクロッサの方が10歳以上は若く見える。

 

「ああ、詳細がわからなくて少し警戒したが、捻挫だけで搬送も要らなかったよ」


 あ、そうだ、とロワルはポーションを使用したことを思い出し、部屋の奥にいる隊員に声をかける。


「ヤゴコロ、下級ポーションを1本使ったから補充しておいてくれ」


 はーいと兎人とじんの女性が調合室にパタパタと駆けていく。


 さて、とクロッサが言葉を発する。


「たて続けの出動ご苦労、今日も相変わらず忙しいと思うが、一日事故なくいこう!」


 おおーっと拳を上げほぼ全員から声が上がる。

 ロワルは声は出さず手だけ上げていた。


ーーー


 多種族国家ハクタク、マルストヴィラと呼ばれる世界の西端に位置する国で、人間や獣人はもちろんのこと、エルフ、ドワーフ、魔人も暮らし、友好関係が築かれている。

 しかし種族の数だけ暮らしもあり、衣食住を整えるのも並大抵の苦労ではなかった。

 先人の苦労の甲斐あり、今ではほとんどが整備されているがまだ完璧ではなく、医療もその一つだ。

 それらを解決すべく結成されたのが国立治癒班、通称イーエムティーだ。


「で、署長、さっきから後ろにいるやつは誰ですか?」


 ロワルが指差したのは、署長の後ろで手を後ろに組み、休めの姿勢をとっている女性であった。

 黒髪で身長は高く、細身ながら引き締まった体格をしている。


「ああ、出動してたみんなには紹介してなかったな。西方待機署から1年間研修に来たんだ。あっちは今出動が少ないからね」


 ほら、と促され、女性は直立の姿勢をとった。一本の棒が入ったかのような姿勢は軍に所属していたと言われても不思議ではない。


「西方待機署から出向で参りました、ラグと申します! 種族は狼人ろうじんです! 配属されてまだ1年の若輩者ですがよろしくお願い致します!」


 勢いよく頭を下げる姿に周囲からパチパチと拍手が起こる。


「つまり、研修して使いもんになるようにしろってことだろ?」


「ああそうだ、慣れてるだろ?」


 クロッサが笑いかけると、ロワルはまあな、と頭を掻いて答える。


「よし、とりあえず一通りの研修は受けてるな? どこまでできるか知りたいから次から一緒に出てもらうぞ」


「わかりました、よろしくお願いします!」


 さっとロワルが右手を差し出す。


「自己紹介が遅れた、俺は中央治癒班隊長のロワルだ、よろしくな」


「はい、よろしくお願いします、ロワルさん!」


 2人が握手を交わすと、急に署に設置してある水晶が光り、ピーピーと音を発した。


「おや、早速出動の通信だね?」


 クロッサは水晶に手をかざし、向こうと連絡をとる。


「こちら中央治癒班、どうしましたか?」


「すみません、有翼種の配達屋さんが空から落ちてきて、痛くて動けなさそうです」


「わかりました、すぐ向かいます。場所は南側の市街地エリアですね?」


 はい、と向こうからの情報を受け、ロワルは動き出した。


「よし、場所の確認が取れたぞ。墜落外傷ぽいから出血や脊椎の骨折に注意していく、ほか細かい情報は移動しながら連絡を受けるぞ」


 おう、と隊員2名とラグがロワルに続く。


『情報送る、30歳男性、種族は有翼種。上空を飛行中、鳥にぶつかりそうになり回避、バランスを崩して地面に墜落したもの。墜落直前に羽ばたき勢いを殺したが、そのまま腹部を地面に打ちつけたとのこと。以上』

 

 通信を受け、ロワルは隊員に情報を共有する。


「聞いた通りだ、有翼種は骨が薄いから骨折に注意しろ。あとは腹を打っているから腹腔内の出血も確認するぞ。ラグは全身の状態や身体の麻痺を調べてくれ」


 矢継ぎ早に出される指示に3人は了解、と端的に答える。


 現場に到着、有翼種は地面に座り込んでいる。有翼種は人に近い外見で、腕に大きな羽根がついている。


「中央治癒班だ、そのまま首を動かすな。名前を言えるか?」


 ロワルは有翼種の顔を両手で包み込むように押さえ、首が動かないようにする。


「ああ、すみません、クルーと言います。ちょっと、どじっちまいまして、いてて……」


 青白い顔色をしたクルーは、腹を押さえ、はぁはぁと苦しそうに会話する。


「苦しそうだな、酸素を集めてくれ。骨と出血はどうだ?」


 隊員の1人が魔法で酸素をクルーの顔付近に集め、もう1人の隊員が骨と腹部の出血を透視し、ロワルは骨折、出血なしと報告を受ける。


「ラグ、どう思う?」


 ラグは少し悩み答える。


「血圧は異常ないですし、骨折や出血はなし。脈や呼吸は早いですが、息苦しいのは腹部を打った痛みによるものでしょうか? 下級ポーションで痛みをとって様子を見ようかと思います」


 そう言いラグは下級ポーションを取り出し蓋を開けようとする。


「まて、ラグ! ポーションを戻せ!」


 ロワルはラグとクルーの間に手を割り込ませ、制止した。

 突然の鋭い声にラグはビクッと肩を跳ね上げ動きを止め、ロワルを見る。


「クルーさん、ちょっと服を開けさせてもらうよ」


 隊員に認識阻害の魔法をかけるよう指示し、クルーの服を開ける。

 そしてロワルは両胸を見比べ、音を増強する魔道具で胸の音を聞いた。


「ロワルさん、打ったのは腹なのに胸ですか……?」


「見てみろ」


 ロワルがクルーの胸部を指差した。右胸が呼吸で明らかに動いていない。


「気胸だ……」


 もしこのままポーションを腹部の傷にかけてしまったら、破けた気嚢が塞がり、漏れた空気と膨らんだ肺が心臓を圧迫し死んでしまっていた可能性がある。

 その事実にラグは胸の奥にヒヤリとした嫌な冷たさを感じ、胃が締め付けられるような錯覚を覚えた。


「必要なのは傷の処置だけでなく、漏れた空気の処理もだ。急ぎ中級治癒魔法を使える治療院へ運ぶぞ」


 中級治療魔法なら少量であれば出血や空気の漏れなどを消して、元の状態に戻すことができるからな。とロワルは付け足した。

 その後、急ぎクルーを治療院へ運び、重症化することなく治療を終えることができた。


ーーー


「……すみません」


 中央署に戻ったラグの第一声は謝罪だった。

 ロワルの期待に応えられなかった悔しさなのか、自分だけではクルーを死なせてしまう可能性があった恐怖なのか、ラグの言葉も肩も震えていた。


「有翼種は、空でも呼吸ができるように肺のほかに気嚢っていう空気を貯めるところが腹近くまであるんだ。それに、強い衝撃を受けた怪我では念のため全身を確認するのが基本だぞ」


 ロワルからの指摘にラグはどんどん小さくなっていく。


「だがまぁ……」


 ロワルから続く言葉にラグは顔を上げる。


「観察はしっかりできていたし、自分の考えもすらすら言えていた。あとは経験次第だ、それに──」


 ロワルはぐるりと待機室を見渡す。

 そこには署長のクロッサを含む、6人の顔があった。


「ここにはベテランどもが揃っているからな、おまえがミスったりわからなくてもフォローできるやつがたくさんいる。安心して失敗しろ」


 ぽんとラグの肩を叩き、ロワルは報告書の作成に取り掛かった。


「すまないね、教えるのに慣れていても人間関係は不器用なやつなんだよ」


 クロッサがラグに近づき話しかける。

 

「さっきロワルが言った通りさ、今回の見逃しが致命的でも誰かがフォローすれば致命的ではないよ。次にそれを見逃さないように経験を積むのがラグの仕事だ。期待しているから頑張ってね?」


「はい……ありがとうございます!」


 2人の言葉にラグはようやく明るさを取り戻せたようだ。

 

「さて、せっかくだしラグの歓迎会の予定でも立てようか!」


 クロッサの声に合わせるように、ピーピーと水晶が鳴り響いた。


「まあ、詳しくは今日を乗り切ってだな」


 ロワルは立ち上がり出動に備える。


 街の中ではエルフや獣人が街を行きかい、ドワーフが槌を振り、魔人が商売の声をあげていた。

 

 住民の命を救うため、王立治癒班中央隊は今日も街を駆け巡る。


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