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小話の少年

おばけのお話し―その①


集合住宅の一室。夜の八時。リビングの電気を消す。

眠りへと誘うためにわざとそうして、自分自身へ眠りにつきなさいよと部屋を暗くする。そこで三十分から一時間過ごす。

一番近くの家具などの暮らしの量販店で購入した椅子に座り、携帯電話の音楽機能から癒しの曲を選んで流す。

せせらぎの音、クラシックの音、ジャズの音。

それらは、わざと音の大きさを小さくして流す。

その音と、自身の身体から奏でられる音へと集中する。

生活音が邪魔をするなら、窓を閉めるのをオススメする。

静かな時間。

薄暗い時間。

携帯電話やパソコンやテレビの液晶などの画面を見ていない時間。

首など硬くなってしまった時には、蒸しタオルで温めるも良し。

癒しの時間。

こうすることで身体の中で交感神経と副交感神経がお疲れさまと挨拶し合い、副交感神経が優位に立つ。身体の骨盤も寝る姿勢を保てるように変化する。

一日あった出来事が嘘のようにこの空間から離脱し、私自身を解放してくれる。

素敵な時間である。

「眠たくなってきた。」

自分への思惑通りに、仕上がってきた。

自分の部屋へ移動する。扉一枚隔てた向こうが自分の寝室だ。

六畳という広さにベッドをおくと窮屈に感じるので、布団はお布団にしている。そのお布団を押し入れから出して敷く。

この時、部屋の明かりはつけない。

携帯電話の充電をしておく。

かならず携帯電話は布団の中に持ち込まない。このルールを守るようになってから、随分体の調子が良い。

窓から見える雲の多さに、携帯電話を起動させる。

明日の天気は……曇りが続いて……雨が降るか。

夕方から雨が一ミリ降ると予報されている。

「帰り、雨か」

秋が深まり最低気温が一桁になる。風も吹く。

コート……厚めのにするか。たしか洋服ダンスの前まで移動して確認する。去年買ったダウンコートが入っていた。白い色を買ったんだが、襟首と袖を見る。

「……」

薄暗い中では、アウトかセーフか分からない。

「あー、くそ」

仕方なく、部屋の電気を点けた。

見て確認しないと。

「あー、セイフ?」

なんか目がかすむ。

「まぁ、気にすること無いくらいということか?」

そういって明るく振舞った矢先に、頭に浮かぶのは、昔黄色に変色していた白いTシャツを見て、陰の色だと思っていたら、本当に白色が黄色くなっている姿だった。

太陽の下で見ないと信用できない!

「もう一個なかったっけ」

洋服ダンスを探すが、ダウンジャケットはなかった。代わりに出てきたのは、ふわふわの素材が中から身体を温めてくれる短めのタイプの冬用コートだった。

「こ、これは。プライベートの」

職場でカジュアルスーツにもいいのだろうか。

そうはいってもないしな。明日はこれを着よう。

「あー、忘れてた。今年職場に着ていく用の冬のコート」

まぁ、また折を見て買うしかないか。

すっかり明るい照明の明かりにも目が慣れ、ため息をついて、照明をまた消して暗くする。

ひと息。

お布団へと移動する。

若干お布団の冷たさを感じる。

「はぁー、さむさむ」

首元まで毛布のはしを引き上げる。

ため息ひとつ吹くのに合わせて、身体の力も抜いていく。

「ダメだ」

寒いので、お布団の中で足をバタつかせて少し運動をする。

「はぁはぁはぁ」

もういちどため息ついて、今度こそ体をリラックス。力を抜いて寝る姿勢になる。

―スースー

疲れていた私は、お布団が暖かいと感じて安堵した瞬間。寝に落ちるのが急速に早まり、まるで一瞬で意識を手放すように眠った。

―……ごそ。

「はぁ、眠ったね」

「寝たな」

小さな声で囁き合って居る姿が薄青白く浮かび上がる。

眠っている女性を見守る横顔が二つ。お布団の横で星座と胡坐をかいて座っている。年のころは老齢であるということは分かる。しわの手や腕が覗く袖は2人とも和装で、冬用に着こむ物も身につけているようだ。

彼ら二人は声を掛け合う。

「あなた」

「おまえ。名前で呼べ」

「まぁ、茂秋しげときさん」

「おう」

「もう、”おう”ではなく」

「分かっている。オタエ」

「それは、ドラマの人」

「言ってみたかっただけだ」

「まぁ、ふふふ」

「多美恵」

「はぁい」

「ははははは」

「ははははは」

二人の間に小さな丸テーブルを出して上にはお菓子を置いて、暖かいお茶を湯のみで飲んでいる。

夫婦の時間だ。

「今日も疲れていたね」

「今は何もかも早いし速いからな。」

「そうね」

「それに合わせて動くのも大変ってもんだろう」

多美恵は手を添えて、お布団で眠るこの家の主である女性へと声を掛ける。

「お疲れ様、疲れが取れますように。ってね、っふふふ」

「寝かしてやれ、静かにしろおまえ。菓子より飯はないか?」

「ふふふふふふ。ありますよ」

多美恵は左脇から手繰り寄せる仕草をしたと思ったら、ドデーンと小さな丸テーブルの上に置いた。

「どう?」

茂秋は見た。

「おまえ、こりゃ、海鮮丼じゃねぇか」

「そうよ」

「いや、こりゃ。いいんか?」

「もちろんよ。さぁ食べて」

「おまえは?」

「私はこっち」

そう言ってもう一度手繰り寄せるように動いたかと思ったら、もうひとつ同じようなどんぶりを置いた。彼女のどんぶりはちらし寿司になっていた。金糸の玉子にいくらにボイルされたエビそれが一口サイズになっている。ご飯は酢飯である。

「ちらしかぁ」

「ね?」

「おう」

いただきますと食べる前のお祈りをして食べ始めた二人。

もぐもぐ「美味しいね」もぐもぐ「おう、そっちもか」。

薄暗い中。薄っすら浮かび上がる青白く浮かんだ彼らは、御馳走と暖かいお茶で温められ、実に幸せそうだった。

ちらりと多美恵は女性の寝顔を見た。

ニンマリとしている。目の前の夫に告げる。

「案外、私たちと日頃一緒にいるもんだから、私たちが食べている時、一緒にニンマリしているんじゃないかって、ちょっと考えちまった。」

「あははははははは、それだったら、面白いのになぁ」

「あはは、私たちがイチャついているもんだからこの前お懲りん坊さんになってたじゃない」

「おまえ。何言うんだい。それは言いっこなし。」

「食いもんはよくて、下ネタはダメかい」

「今じゃ、セクハラどころかモラハラなんてものもあるんだぞ。やめておくに越したことはない。それにすまなかったなぁって反省したばかりだろう。」

「そうだったそうだった。」

ごくごく喉を鳴らす勢いでお茶を飲む多美恵。

「もう食べたのか?」

あんなにしゃべっていたのにと不思議そうにしている茂秋のどんぶりにはまだ半分海鮮丼が残っていた。

「相変わらず遅いねぇ」

文句を言いつつみかんを渡す多美恵。

「まだ食べてるんだっつーに」

「はははははは」

訴えても、笑って対応してくれない。これが夫婦の本当の図なのかもしれない。

堪らないとばかりに、どんぶりをテーブルに置いて、お茶をすする。

「ゆっくり食べな」

「おう」

二人の夜も更けていった。





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