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この世界に生まれた君が悪い

昔から落ちこぼれだった。


周りが簡単にできることが、簡単にできなかった。


周りから向けられるのは賞賛ではなく侮蔑の眼差し


だから、いつまで経っても玉乗りすらできない仔龍あいつが自分の人生に重なって


叩き潰したくなった。



朝の光が探偵事務所の窓から差し込む。楓は机に向かい、昨日の事件の資料を整理している。その隣で、あの仔龍が紙を前に何かを書いていた。


「……できた」


仔龍がそう口にして、楓の机の上にプリントを置く。楓はそのプリントに目を通し


「……うん、昨日できなかったところできたね。オーラム」


と褒めた。


あれからというものの、楓は仔龍と一緒に暮らし始めた。仔龍に言葉を教え続け、流暢ではないが人並みに喋れるようになった。そのさいに仔龍自身が名乗ったのが『オーラム』だという。


「………」


資料を整理している楓を見てオーラムはぽてぽて、と台所に向かった。やかんを取り出し、蛇口を捻って水を入れ、コンロに乗せて火をつける。


「……まめ、つくらなきゃ」


コーヒー豆が入った袋を取り出して、中身をミルの中に入れ、ギコギコと取ったを回して砕き粉にする。


「……んあ」


水がお湯になったぞ、とやかんが鳴いてオーラムに知らせる。その音に気がついて、オーラムは手を止めたが


「……ぁ? んぁぁ?」


コーヒーミルとやかん、両方の情報が入ってきてどちらを優先すれば良いのかわからない。


「オーラム、お湯優先して!」


楓が奥から声をかける、混乱した頭が覚醒して、オーラムはコンロに手をかけて火を消した。コーヒー豆を砕く続きをし、お湯を入れてドリップ、できたコーヒーをトレーに乗せて運ぶ。


「………ん」


「今回はよそ見しなかったね、えらいえらい」


オーラムは楓の机にコーヒーを置くと、楓の隣にちょこんと座った。しばらくは大人しくできていたが、時間が経つにつれて身体がそわそわと動き始める。


「もうちょっとで終わるから待っててね〜」


「………」


「ん〜〜………よし、終わった。お外行こうか」



――――――――――――――――――



「うひゃー、オーラム速いね! かけっこは貴方の勝ち、少し休んだらもう一回!」


「………」


「……?」


背後の草むらから音がした。振り返るとそこから現れたのは、傷だらけのイリオモテヤマネコだった。


「……!?」


オーラムはそのネコの姿を見た瞬間ぶわりと背中を逆立てる。


「この身体の傷………」


イリオモテヤマネコに刻まれていた傷は、かつてオーラムが持っていたものと全く同じ傷だった。それが意味することを、楓は理解してしまった。


「曲芸団が……この近くに……?」


「…………」


オーラムはボロボロのイリオモテヤマネコを抱えて、何かを考えるような仕草をとった後、突然走り出した。


「オーラム、どこに!?」


「………」



どこまでも走り続けるオーラムを楓は追いかけ続けた。周囲の景色がだんだん自分の知らないものへと変わっていく。未知故の恐ろしさというものを感じた。オーラムが痛めつけられ、傷つけられ、捨てられた世界は、いったいどれほど悍ましいものなのか。



「ハァ……ハァ……」


「オーラム、気持ちはわかるけど一回休……」


「………!!!」


再びぶわり、とオーラムの鱗が逆立つ。先ほどの比ではない、触れたらそれだけで指を切り落としそうなほどに鋭く逆立っている。



「僕をどれだけ怒らせたら気が済むんだ……なんで僕の言ったことができないんだよぉ!!?」



男の怒号、そして振るうムチが空を切る音。男の前にはボロボロで、ひどく出血した動物達が倒れていた。


「まぁいい、お前らも潮時ってわけだ。前もって『新しい奴』を買っておいて良かったよ」


「……まさか、あの男がオーラムの……!」


「ガルルァ!!」


「オーラム!?」


オーラムが男に飛び掛かる、だがムチで薙ぎ払われてしまう。


「ギッ!!」


「!?」


「グルァ!」


「………ガヴ!」


「ギャッ!」


オーラムは傷だらけの獅子に手を貸そうとするが、逆に攻撃されてしまう。獅子は大きく咆哮した。


「ハハハ!! 流石はリーダー、威勢が良いな!! まだ暴れられる余裕があるってわけか!! お前は残しておいても良いかもな!!」


「ちょっと、貴方一体何を―――」



ドゴッッッッ



「…………」


ひゅ、と悪寒が走った。男の傍らに居た熊が容易く獅子を嬲ったのだ。腹を殴られた獅子は力なく地面に落ち、吐瀉物のようなものを口から出しながらぱくぱくと口を動かしている。


「……で、何か用?」


「そ、その子達にどうして暴力を……!!」


「ハァ? お前に関係ないだろ、こいつらは僕の動物達だ。僕がどう教育しようが勝手だろ」


「関係ある……! こんな最低なこと、見過ごせるわけが……それに、その子達は……」


「……ああ、思い出した!! お前僕が調教した奴か!! のたれ死んでなかったとは驚きだ!! その女が新しい主人か!? 手を組んでかつての仲間を助けにきたってわけか!!」


「………」


「良いか女、そいつは周りができるようなこともできない頭も要領も悪い出来損ないのクソバカだ。そんな奴存在価値なんてねぇんだよ」


「だ、誰にだって向き不向きがあ―――」



バチン



「ぎっ………あああああああああああッッッ!!!」


楓の左手の皮膚がムチによって裂け、そこから血が滲み出る。


「仲間の足を引っ張って楽しかったか、ええ!? お前みたいな役立たずの極みは見たことがなかったぞ!! ゴミでクズでカスのお前は生きてて良いわけがないだろ!!?」


「オーラム……!」


男がオーラムにムチを振るうその直前、楓がオーラムを庇う。そのままお構いなしに男はムチを振るって、振い続けた。


「…………」


「が……はっ……」


男は楓の襟を掴んで熊に向かって放り投げる。熊は楓の腹を貫通する威力で殴った。そのまま楓は彼方に飛んでいく。


(ぐ……ぁ……護身用スーツを着てるのに……この威力……内臓が潰れ……!! 息が、できな……!!!)


「随分ぶっ飛んだな……さて……クソみたいなお前にはお仕置きだ。僕のムチの味を忘れたってんなら……思い出させてやるよ!!!」



『あいうえお、はい』


『あ……う、お』


『あいうえお』


『あ、い、うえ、お』


『言えた言えた! すごいすごい』


『………す、ご、い?』


『うん、すごいよ。だってこんなすぐに言葉を喋れるようになるなんて思ってなかったもの。次はもっとスムーズに喋れるようになろうね』


『…………』


『大丈夫だって、貴方は時間をかければできるようになるタイプなんだから。そろそろおやつの時間だからおやつにしようか』



「ぐ……ふ……」



雨月 楓。一体何をしている?


どうして立ち止まっている、早く立ち上がれ。


お前は何の為に探偵になった?


困っている人を助けるために、誰かを助ける為に。


そう、自分のような存在を生み出さない為に。


立ち上がれ、立ち上がれ


立ち上がれ立ち上がれ立ち上がれ!!!


目の前に助けを求めている小さな命がある!!!


この身体が朽ちても燃え上がれ!!!



「さっきのやりとりを見て確信したぜ!! お前俺どころかあいつらにも見放されてたんだろ!! 自分を省いた奴らを助ければ認めてもらえるとでも思ったか!! んなわけねぇだろこのゴミが!!! お前みたいな役立たずの極み……この世の誰もが必要としねぇんだよ!!! 何よりも誰よりも弱いカスが!!!」


「………」


「……終わりだな、川に沈めておけ」



「沈むのは……」



「……!?」


「お前だァァァァァァァァッ!!!」


聞こえた楓の叫び声と共に男が熊ごと楓に蹴り飛ばされ川に落ちる。


「……ッ、てめぇ……何しやがる!! マジでぶち殺すぞ!!!」


「うるさい!! 私は……雨月 楓、探偵だ!! そしてこの仔は私の相棒バディだ!!」


「だから何だクソったれが!!」


男は大きくムチを振るう、楓はその攻撃を受け止めると、男からムチを奪いあろうことかそのムチを引きちぎった。


「な!?」


「取り消せ……全部取り消せ! お前がオーラムに放った言葉全て!」


「あぁ!?」


「オーラムは……頑張って、今日まで生きてきた。まだ幼くて、大人の助けが必要なはずなのに、自分なりのやり方で今日まで頑張ってきた……これだけで充分褒められるじゃない!! わかってあげなよこの田吾作野郎!! オーラムは、誰よりも、何よりも、強いんだよ!!」


「…………」


「取り消せ!! ゴミとかカスとか弱いとか!! 私の相棒バディを……バカにするんじゃねぇぇぇぇ!!!」


「………ッ!!」


「……随分と心に響く演説だなぁ? もういい! こいつらをぶち殺せ!!!」


男が熊に指示を出す、熊はその鋭利な爪を剥き出して二人に襲いかかる!


「………ゥゥゥゥ」


「……オーラム?」


「ゥゥゥゥ……ヴァァァァァァァ!!!」


「!?」


楓の背後に居たオーラムから放たれる、地獄にも等しい業火。楓はギリギリの所でそれを避ける、熊はその炎を直に浴び、まるで調理された焼肉のようにこんがりと焼けた。


「ひっ……!?」


「………」


オーラムは男に近づく。さっきまでの威勢が嘘のように男は情けなく狼狽えていた。


「わ、悪かった! 言ったことは全部取り消す! お前はゴミでもカスでもない! だから許し……」


「謝ったら傷は治るの」


「!」


「身体の傷も、心の傷も、言葉じゃ消えない」


「……そ、そうだ! それだけの力、もう一度僕のところに―――」


男がそれ以上喋ることはなかった。だって焼肉になってしまったのだから。


「…………」


「………オーラム?」


「…………」


「オーラム、どこに行くの。……どうして、そんなに悲しい背中をしているの」


「………ッ」


「貴方はみんなを助けたんだよ、すごい技も出せるようになったみたいだし……自信持ちなって!」


「ガルルァ!!」


「ッ……」


「………」


傷ついて、追い出されて、必死に頑張ってきたけれど、かつての仲間は、行ってしまった。


相手の言っていることが、わからない。


みんなができることが、できない。


そんな自分は生きてて良い存在なのか、わからない。



「ちょっとなんでそんなシリアスな雰囲気出してるのかな悲しいねぇぇ!?」


「!?」


「あいたっ!!」


そのままオーラムはどこかへ行こうするが


「私は!」


「………」


「……昔、浮浪孤児だったんだ。えっと、貴方みたいに親が居ない子のことね。だから、自分みたいな子がなくなるように、困ってる人が居なくなるように、探偵を始めたんだよ」


「………」


「貴方と出会ってわかった、私が助けてきた人達はほんの一握りなんだって。この世界には、私の想像以上に助けが必要な人がいるんだって」


「………」


「だからね、オーラム。私の願いを叶えるためにも貴方には私の相棒バディになって欲しい。探偵には相棒がつきものだしね」


「………」


「うん、二人とも、傷だらけ」


「……ぇで」


「でも、こんな傷如きで怯んでなんかいられない。もっと、強くならないと。一緒に、強くなろう。どこまでも、一緒に居よう」


「………」



長く、この暗闇の世界を歩き続け、ようやくその先に辿り着いた小さな龍の魂は


この世に生まれた理由を知った。



――――――――――――――――――



「やっほー、楓。仕事は順調? はいお土産」


「それなりにってところかな。そこに置いといて」


「………」


「あれ、知らない子だね。新入り?」


「! ゥゥゥゥ!!」


「大丈夫、この人は悪い人じゃない。ともだち」


「……だち?」


「そう、ともだち。お茶淹れてきてくれる?」


「……わか、た」


「養子でもとったの?」


「違うよ、あの子は私の相棒」


「相棒?」



「そう。二人で世界一の探偵になるって、決めたんだ」




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