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大嫌いだ



「……ここが例の倉庫ですか」


「そうなんだよ、毎晩ガサガサと音を立てては中の食い物を食い散らかしていくんだ。一度だけ入れたことがあったんだが、勘が鋭いのか扉を開けた瞬間逃げちまってな。そこで凄腕の探偵さんに犯人を探してもらいたいってわけ」


「なるほど、わかりました」




夜、楓は再び例の倉庫に来ていた。ゆっくりと音を立てないように扉の前までしゃがみ、近づく。耳をよく澄ましてみると、何かを食べる音が聞こえた。依頼者の言っていた犯人が居るようだ。それは獣か、それよりも恐ろしいものか、確認しないことには何も進展は得られない。


「ステルス機能を使って……よし」


楓は倉庫の中へそろりそろりとしゃがみながら歩き始めた。月光だけが照明の役割を果たし、進んでいくことはかなりの苦難を要した。


そして、進み始めてしばらく……犯人それは居た。


「………!」


楓は驚きを隠さなかった、思わず声を出しそうになり慌てて口を押さえる。



―――そこに居たのは、仔龍ドラゴネットだった。



「………」


ドラゴネットはただひたすらに、機械のように袋に入っているジャガイモを貪っていた。味わう余裕もなく、ただ腹を満たすだけ。


(今回は偵察だけのつもりだったから、まともな道具を持ってきていない……)



ガタッ



「!!」


(しまっ!?)


「フゥゥゥゥッッッ!!!」


物音を聞き、警戒したドラゴネットは激しく威嚇をした後、積み上がった木箱を器用に登っていき、天井に開いた穴から姿を消した。


(……正体が掴めたのは収穫か、準備にとりかかろう)




それから数日、楓はまた例の倉庫に来ていた。慎重に扉に近づき、取ってに手をかけると、勢いよく音を鳴らす!


「!!」


その音に気がついたのか、ガサガサと何かが動く音。あのドラゴネットが逃げる音だ、楓はすぐさま倉庫裏に移動する。


「見つけた!」


「グルルル!」


ドラゴネットが天井の穴から飛び出した所だった、ドラゴネットは楓を睨みつけると、ドタドタと走り出す。


その直後、ドラゴネットの頭上から網が降ってきた。予め楓が用意しておいていたものだ。しかし……


「速いッ!?」


ドラゴネットの速さは楓の想像を遥かに超えていた。落ちてくる網を軽々と回避し、壁を伝いながら逃げていく。


「……! 危ない!!」


「………!!」



――――――――――――――――――



身体中がジクジクと痛む、頭がガンガン響く。重い瞼をゆっくり開けて、歪んだ視界が纏まるまで待つ。そこは、自分の知らない場所。自分の身体が沈むほど柔らかい綿? の上に自分は居た。ゆっくりと呼吸をすれば、鼻から伝わる自分の知らない匂い……少なくとも嫌悪感はなかった。


「……あ、良かった。目が覚めたのね。倒れてきた木に押しつぶされたのよ貴方」


「フゥゥゥゥッッッ!!!」


「大丈夫、何もしないから……」


「ヴゥゥゥゥ!!!」


「……ご飯、置いておくね。好きな時に食べてね」


「…………」



(……あの子の身体に刻まれた傷……ただの暴行では説明できない……)



――――――――――――――――――



「……ご飯、持ってきたよ。色んな種類のお肉、持ってきたから」


「………」


「わぁ、すっごく嫌そうな顔。……何かあったら、呼んでね。隣で仕事してるから」




(……牛肉の減りだけ速いな)


「………」


「牛が好きなんだ? わかるよー、かみごたえあって美味しいよね」


「………」



それから、楓は毎日龍の様子を見ていた。初めは部屋に入っただけで威嚇されるが、時間が経つにつれて威嚇されることはなくなった。触れようとすれば流石に威嚇されるが。


「さて………」


楓は仕事着を着て、準備を済ますと


「事情聴取と行きますか」



――――――――――――――――――



「あぁ、探偵さんか。あの龍を捕まえてくれてありがとうな、食料をこれ以上減らされたらたまったものじゃない。あの龍は探偵さんが飼ってるのか?」


「野放しにするのもアレなので、一応こちらで保護しています」


「大変じゃないか? 襲ってきたりとかしてきただろ」


「今は大人しいですよ、触ろうとしなければ威嚇してきません。それはともかく、いくつか聞きたいことがあるのですが。そもそもあの龍が現れたのはいつ頃?」


「つい最近……とは言っても一ヶ月くらい前辺りかな」


「何か周辺で変わった事は? どんな些細なことでも構いません」


「うーん……あぁ、曲芸団サーカスの奴らが度々来て色々動物の曲芸を披露していたよ。象が玉乗りしたり、猿がジャグリングしたりな」


「なるほど」


「あれはかなりの調教していないとできない賜物だと思うぜ? そもそも自分の言うことをきっちりかっちり聞かせるってだけでもすごいのにさ。俺が好きなのはイヌワシのフライトショーやイリオモテヤマネコの鉄骨渡りだな」


「……ちょっと待ってください、それって『希少野生動物』じゃないですか?」


「だからこそ、なんだろうな。レア物を使えばより一層集客ができるって魂胆だろうよ」


「……曲芸団の行方、わかりますか?」



――――――――――――――――――



ハンターに親を迫害された仔龍が居た。


身体が黄金で良い金になるからだそうだ。


仔龍はハンターに捕らえられた。


仔龍は希少で良い金になるからだそうだ。


曲芸師を名乗る男が買取を求め、ハンターはそれに応じた。


男が従える動物達はどれも希少だった。絶滅に瀕している種族もあった。


男はさっそく仔龍を調教した。玉乗りしながらのジャグリング、三輪車に乗りつつ綱渡り……よくある演目は全て実行した。


しかし、いくら調教されども仔龍はそれら一つもできなかった。


過酷過ぎたのだ、まだ言葉ひとつも喋れぬ仔龍にとって、男の教育は身体が悲鳴を上げるほど厳しいものだった。


「ふざけるなよ……いつになったらできるようになるんだよ!!?」


仔龍は複数の物事を同時に行えるほどの頭を持っていなかったのだ。加えて集中力の欠如が激しく、曲芸を続けることができなかった。そんな事を知る由もない男は自分の思い通りにならないことに対して苛立ち当たり散らす。


「レア物だって聞いたのに、期待させやがって。簡単なことも出来ないバカなんていらねぇんだよ、とっととどこかに消えちまえ」




「少しお時間よろしいでしょうか」


「……なんだ、次の公演の準備で忙しいんだが」


「以前こちらの曲芸団で仔龍を扱っていたとお聞きしたのですが」


「……あぁ、ドラゴネットか。確かにしばらくは居たさ、今は居ないが。それがどうした?」


「……放浪としていたところをこちらで保護したのですが、傷があまりにも痛々しく……あの傷はちょっとやそっとの説明じゃ終わらせることはできない」


「あのドラゴネットは売っていたのを俺ら曲芸団が買い取ったんだよ。なんでも、メンバーの我儘に半ば折れたって感じだけどな」


「我儘、とは?」


「そいつは希少な動物……『レア物』ばかりで曲芸を開いてるんだ。珍しい物を使えばその分客の興味関心を惹けるだろ?」


「ええ、その理屈はわかります。なら、どうして仔龍を捨てたのですか? かなり珍しい部類に入ると思うのですが」


「簡単な話さ、使えなかったんだよ。本人から聞いたが、一番簡単な演目もできなかったらしい。いくらレア物だからって、曲芸ができなければ意味はねぇんだ」


「……それは、あの仔龍につけられた傷の説明になるのでしょうか。あれは、度が過ぎているというか」


「まぁ俺らも正直言えばあいつはおかしいとは思ってるよ。簡単とは言え、玉乗りしながらジャグリングとか、三輪車しながら綱渡りとか……せめてひとつひとつ覚えさせてからやらせろって話。あいつは動物達を『相棒』じゃなく半ば『奴隷』としてみてるからな」


「……止めないのですか」


「お嬢ちゃん、言いたいことはわかるさ。でもな、こっちも商売なんだ。こういう仕事なんだ。客が来なければやってられねぇ。それにな、いかに客を集められるか、いかに魅せられるかが俺らには課せられてる、客の多さこそ俺らにとってのアドバンテージなんだよ」


「……ご協力ありがとうございました」




事務所に戻った楓。


「……戻ったよ、調子どう?」


「…………」


「よしよし、ちゃんとご飯は食べてるね」


「…………」


楓は仔龍の隣に座る。


「しばらく留守にしていてごめんね? 貴方のことを調べていたんだ。貴方は……曲芸団の子だったんだね」


「………」


「それで、上手くいかなくて捨てられて……大変な目に遭って来たんだね」


「………グルルル」


「……?」


突然、仔龍が唸り声を上げた。身体中の鱗が逆立ち、ナイフのような鋭さを持ち始める。最近は威嚇することが少なくなってきていたから、楓は驚いてしまった。


「グルルルル……」


「ど、どうしたの……」


身体を持ち上げ、猫が威嚇する時のように背中を曲げ、牙を見せつけ低い声を出し続け―――



―――ついに楓に襲いかかった。



「ぐっ……!!」


仔龍とはいえ、重さはあった。そのまま仔龍は楓を咬み、引っ掻き、殴り、尻尾で打ち続けた。



―――痛い



(しまった……この話は地雷だったか……)



―――痛い



「…………」



―――さみしい



――――――――――――――――――



仔龍にとって、楓の言動は疑念だった。


人間は勝手な生き物だ、相手の『なるべき型』を勝手に決め、そこに嵌るように強制する。


初めはいい顔をしつつ、やがて何かを矯正してくる。この人間もそうに違いない。


勝手に期待し、勝手に失望し、怒りをぶつけて去っていく。人間はそういう生き物なのだと仔龍は学習していた。


彼にとって人間は、尊厳を脅かす天敵だった。


ただ、今はまだ身体中が痛む。傷が治るまではここに匿うしかない。


そして、その後は……



「朝ごはんだよー」


「ハ……ハ……」


「……!! 大丈夫!? 凄い熱……!!」



         どうして?


      どうしてこんなことするの?


       痛いことしないでよ


      僕だって頑張ってるんだよ


      お願いだからわかってよ


    僕なりに理解しようとしてるんだよ……



「もうすぐだからね、頑張ってね」


「………ヴ、ヴヴヴヴ!!」


「……!!」


仔龍が楓の腕に咬みついた。鋭い牙が皮膚を、肉を容易く貫通する。鮮血が腕からポタポタと流れ落ちる。


「うっ……」


楓はふらつきながらも路地裏に移動する。そのまま身体を壁につけ、しゃがみ蹲る。


(スーツ着てるのに容易く貫通した……)


「ヴヴヴヴヴヴヴヴ……」


「……大丈夫……大丈夫……いい子いい子……」


「ヴヴヴ………」


「痛かったね……苦しかったね……もう、大丈夫だから……」


「………」



人間なんて大嫌いだ。


自分勝手な人間が大嫌いだ。


傲慢な人間が大嫌いだ。


醜い人間が大嫌いだ。




優しくしてくる貴方が大嫌いだ。


見返りを求めない貴方が大嫌いだ。


言葉をかけてくる貴方が大嫌いだ。


餌を欠かさずくれる貴方が大嫌いだ。


それ以上に



貴方を嫌いになりきれない自分が大嫌いだ。



――――――――――――――――――



「本日はご足労いただきありがとうございます」


「いやいや良いんだ、頼んでいるのはこっちだからな。それで楓さんに早速依頼なんだが……」


「………」


「……ああ、そうだね。飲み物を淹れてきてもらえる?」


「………、……?」


「ああそっか……私にはコーヒー、お客様にはお茶、貴方の分は牛乳をを持ってきてほしいな」


「………」


仔龍は頷くと、台所に向かっていった。


「楓さんのバディ?」


「成り行きですが。結構素直で良い子ですよ」


「…………」


「こらこら、よそ見したら危ないよ。ほら、こっちおいで」


「…………」


「うん、ありがとう。隣おいで。うん、お話聞き終わったら一緒にお散歩しようね」


それから楓は依頼者と話を続けた。仔龍は足をぷらぷらとしながら、楓の隣で牛乳を飲みつつ大人しくしていた。



「聞いてくれてありがとう楓さん、それじゃあよろしく頼むよ」


「おまかせください」


「…………」


仔龍が楓の服を掴んでぐいぐいと引っ張る。


「ん、わかったわかった。お散歩行こうか」


「…………で」


「?」



「かえで」



「!」


楓は驚いた。仔龍が初めて言葉を発したのだ、それも自分の名前を。


それが、とても嬉しかった。


「うん、そうだよ。楓、それが私の名前」


「かえで」


「可愛いぃぃ……」



雨月 楓の事務所は今日も何も変わらない。


一匹の小さなバディが増えたこと以外は。




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