第9話「王都からの使者」
朝もやのなか、村の入口に土煙が立ちのぼっていた。
見張り台に立つカイルが叫ぶ。
「リディア様! 馬車が三台、それに騎士が十人ほど! 王都の旗を掲げています!」
広場に緊張が走った。女たちは子どもを抱き寄せ、農夫たちは鍬や槍代わりの棒を構える。
アレンは剣を腰に下げ、リディアの隣に立った。
「とうとう来たな……王都の犬どもが」
やがて馬車が土煙を払って現れる。磨き上げられた黒塗りの車体、銀の装飾。兵士たちの鎧は整然と輝いていた。
その中心に立つのは、深紅の外套をまとった壮年の男――王都の勅使、マルケス卿であった。
馬から降りたマルケス卿は、涼しげな眼差しをリディアに向けた。
「リディア=フォン=エルバート。お前の行いはすでに王都の耳に届いている。辺境で勝手に領地を作り、人を集め、商いを広げた――これは反逆にも等しい」
村人たちがざわめく。だがリディアは一歩前へ出て、毅然とした声を放った。
「反逆ですって? 私は王都に捨てられたのです。婚約を破棄され、家から追放され、生きる場所を失った。だからここで人と共に耕し、築いただけ。それを反逆と呼ぶなら――王家こそが民を裏切っている」
マルケス卿の眉が動く。だがすぐに冷たい笑みを浮かべた。
「口達者だ。だが王家の命は絶対だ。殿下はお前を“迎え入れる”と仰せだ。罪を赦し、再び侯爵家に戻すと」
その言葉に村人たちが息を呑む。
だがリディアは静かに首を振った。
「戻るつもりはありません。私はもう、エルバートの娘でも、王太子の婚約者でもない。ここで新しい道を歩くと決めたのです」
広場に力強い声が響く。カイルが拳を握り、ミラが涙を浮かべて頷く。村人たちの視線が一斉にリディアに集まった。
マルケス卿は冷ややかな目を細め、吐き捨てるように言った。
「愚か者め。お前一人ならまだしも、この村の者たちを巻き込む気か。王命に背けば、次に来るのは軍勢だ」
剣の柄に手を置くアレンが一歩前へ出る。
「ならば、俺たちは剣を取ってでもこの村を守る」
その言葉に、村人たちの胸に勇気が灯る。マルケス卿はわずかに目を細め、やがて馬車へと乗り込んだ。
「よかろう。王都に逆らう代償を思い知るがいい」
兵士たちは整然と馬首を返し、土煙を上げながら去っていった。
村に静寂が戻ると、誰かが息を吐いた。
ミラが震える声で尋ねる。
「リディア様……本当に、戦うのですか?」
リディアは胸の奥で燃える決意を抱きしめ、答えた。
「ええ。私たちはもう逃げない。王都が何を奪おうとしても――ここは、私たちの居場所だから」
夜空に星が瞬くころ、村の人々は火を囲みながら誓い合った。
小さな集落は、いまや確かな意志を持つ「辺境の国」の始まりになろうとしていた。