第7話「初めての襲撃」
蹄の音は、夕暮れの森を震わせながら近づいてきた。
リディアは村の入口に立ち、胸元のコンパスを握りしめる。背後では、子どもたちが怯えながら石を抱え、農夫たちが木槌を握りしめていた。
「落ち着いて。慌てなければ、恐れる必要はないわ」
声をかけると、ミラが弟の手を強く握り、カイルが木剣を構えて頷いた。
森の陰から現れたのは、粗末な鎧を纏った十数名の兵だった。槍や弓を手に、笑いながら村を見渡す。
先頭に立つのは、髭面の男。肩章には周辺領主の紋が縫い付けられている。
「おいおい、本当に人が住んでやがる。こんな廃村で“奇跡”をやってるってのは本当らしいな」
男は下卑た笑みを浮かべ、剣を抜いた。
「畑も井戸も、全部俺たちの領主様のもんだ。抵抗する奴は斬り捨てろ!」
兵たちが一斉に進み出る。
「今だ!」
アレンの号令で、村人たちが仕掛けた落とし穴が炸裂した。
足元の土が崩れ、兵士が二人、罠に落ちて悲鳴を上げる。続けて子どもたちが石を投げ、矢の雨をかわしながら農夫たちが長柄の農具で槍を弾いた。
「退けぇっ!」
アレンは剣を振るい、兵士の槍を弾き飛ばす。その一撃は鋭く、かつての副長の技量を示していた。
リディアは両手を掲げ、呪句を紡ぐ。コンパスが光り、風が渦を巻いて兵士たちの視界を奪う。さらに水脈から呼び出した湿気を冷気に変え、地面をぬかるませた。
「なんだ、この地面……動けねぇ!」
「足が抜けない!」
混乱する兵士たちを、村人たちが押し返す。
戦いは短かった。
十数名のうち、数人が罠にかかり、数人が剣に怯えて逃げ出した。残りも傷を負い、やがて森へ退却していった。
村に静寂が戻る。
息を切らせながらも、村人たちは互いに抱き合い、勝利を確かめ合った。
「……勝ったの?」
カイルが呆然とつぶやく。
「ええ。初めての襲撃を退けたわ」
リディアは頷き、微笑んだ。
その声に、歓声が広がる。子どもたちの顔は誇りに輝き、老人たちの瞳には涙が浮かんでいた。
だが、アレンは剣を鞘に収めながら低く言った。
「今回のは様子見にすぎん。本気なら、もっと大勢で来るだろう」
リディアも理解していた。
この勝利は小さな灯火にすぎない。だが、それでも――確かに灯ったのだ。
「必ず守る。どんな敵が来ても、この村を」
リディアはコンパスを握りしめ、誓いを新たにした。
辺境の小さな村は、今や“奇跡の村”として外の世界に知られ始めている。
その名がさらに広がれば――次にやって来るのは、ただの領主では済まないだろう。
炎の揺らめきの中、リディアの瞳は遠い未来を見据えていた。