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第6話「迫りくる影」

 辺境の村に元騎士アレンと農夫の青年が加わってから、数日が過ぎた。

 アレンは剣の稽古を始め、少年たちに基礎を教えた。木剣を握るカイルの姿はぎこちないが、彼の瞳には力が宿り始めている。

 農夫の青年オルグは畑の土質に詳しく、村人と共に耕地を広げていた。


「リディア様、ここは湿りすぎています。水脈を少し外せば、もっといい畑になりますよ」


 オルグの助言を受け、リディアはコンパスを用いて水脈の流れを読み替えた。やがて土はほぐれ、芽吹いた苗は一層鮮やかに成長した。


 村は確かに力を増していた。

 だが同時に、それは外の世界にも知られつつあった。


 その日、森を抜けて商人が駆け込んできた。

 息を切らし、顔を青ざめさせている。


「大変だ! この村の噂を聞きつけた連中が動き出してる!」


 焚き火を囲んだ広場に緊張が走る。商人は続けた。


「王都の貴族どもじゃない。もっと近い、周辺領主だ。奴らは“辺境の奇跡”を欲しがってる。水も作物も全部、自分のものにしようとしてるんだ」


 リディアは胸を強く打たれた。

 ――予想はしていた。豊かさを求める人間は必ず群がる。だが、それがこんなに早いとは。


「どのくらいの人数が?」


 問いかけると、商人は苦い顔をする。


「二十や三十じゃきかねぇ。兵を連れて、近いうちに押し寄せるはずだ」


 村人たちの間に不安のざわめきが広がる。孤児たちは怯え、老人は顔を覆った。


 その夜。

 リディアはアレンと焚き火の前に座っていた。炎の赤が彼の横顔を照らし、鋭い影を作る。


「……戦になるかもしれない」


「なるだろうな」

 アレンは即答した。

「連中は力で奪うしか能がない。だが、俺たちには守るべきものがある。俺の剣は、この村のために振るう」


 その瞳に迷いはなかった。

 リディアは唇を噛み、彼に向き直る。


「けれど私たちは弱い。子どもや老人ばかり。勝ち目があるのかしら」


「勝ち目を作るんだ」

 アレンは静かに言った。

「村人全員で戦う必要はない。俺と数人が前に立ち、残りは防衛の準備をする。罠や柵を作り、畑を守るんだ。……幸い、君には不思議な術がある」


 リディアは祖母のコンパスを見つめた。

 風を呼び、水を導く力。祖母は「民を生かすための術」と教えてくれた。だが今、その術は村を守る盾となるのだろうか。


 炎の光に照らされるコンパスは、静かに答えを待っているように見えた。


 翌朝、リディアは村人を集めた。

 広場に並ぶ人々の顔には恐怖と期待が入り混じっている。リディアは深呼吸し、声を張り上げた。


「皆さん。近くの領主が、この村を狙っていると聞きました。けれど私は、ここを手放すつもりはありません。王都に捨てられ、居場所を失った私たちの、新しい故郷です」


 言葉に呼応するように、カイルが一歩踏み出した。


「僕も戦います! 剣は下手だけど、もう逃げたくない!」


 ミラも続いた。


「弟を守るためなら、何だってする!」


 次々と声が上がり、やがて老人までもが頷いた。

 リディアは胸が熱くなるのを感じた。恐怖を超えてなお、この村は立ち上がろうとしている。


「皆で力を合わせましょう。畑を守り、家を守り、ここを“奪わせない”」


 その瞬間、小さな共同体は確かにひとつの意志を持った。


 夕暮れ。

 アレンは剣を磨き、リディアは村の入口に木柵を作る準備を始めた。子どもたちは石を集め、農夫たちは落とし穴を掘る。

 やがて赤く染まる空の下、遠くで蹄の音が響いた。


 ――迫りくる影は、確実に近づいていた。

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