第5話「流れ込む人々」
辺境の廃村に火が灯ってから、ひと月が経った。
井戸は安定して水を供給し、畑には青々とした苗が並んでいる。村人たちは力を合わせ、崩れた家屋を修繕し、焚き火の代わりに石竈を築き始めた。
リディアは疲労にまみれながらも、日々確かな手応えを感じていた。
「……すごいな、リディア様。本当に村になってきた」
カイルが土に汚れた手を拭いながら言う。少年の頬はかつての陰りを失い、日に焼けて健康そうだ。
リディアは笑みを返し、額の汗を拭った。
「皆が力を出してくれるからよ。私ひとりでは到底ここまで来られなかった」
その言葉に、ミラや老人たちが頷く。小さな共同体は確かに形を成し始めていた。
そんなある日、馬の蹄の音が村に近づいた。
現れたのは、以前訪れたあの商人だった。前回よりも大きな荷馬車を引き、笑みを浮かべている。
「おや、随分と人が増えたじゃないか! 噂は本当だったな」
商人は村をぐるりと見回し、畑の苗を興味深げに眺める。
「王都で『辺境に奇跡の村あり』って囁かれてるぜ。水が湧き、作物が育つ、追放者が集まってるってな」
リディアは一瞬、胸を締めつけられた。王都の噂は、いつか自分の存在をあの人々に思い出させる。
だが、もう怯えるつもりはなかった。
「ええ、その通りです。ここは追放された者たちが集まる場所。そして……生き直す場所です」
堂々と答えると、商人は満足げに頷いた。
「気に入った! 取引をしようじゃないか。薬草や干し肉と交換に、鍬や布地を持ってきた」
交易は村を潤した。鍋や釘、塩や油――暮らしを支える品々が手に入る。村人たちの顔に笑みが広がった。
商人が去った翌日。
森の入り口で、二人の男が倒れているのをカイルが見つけた。片方は鎧を纏い、剣を握ったまま意識を失っている。もう片方は農夫風の青年だった。
「敵かもしれない!」
村人が警戒する。
だがリディアは膝をつき、男の傷を確かめた。鎧の男は深い切り傷を負っていたが、呼吸はまだある。
薬草を煎じて包帯を巻くと、やがて男は薄く目を開いた。
「……ここは……?」
かすれた声。だがその眼差しには鋭い光が宿っている。
「ここは追放者の村。あなたは?」
「俺は……王都騎士団、第二隊副長――いや、元副長だ。理不尽な罪で除隊され、逃げ延びてきた」
名をアレンと名乗った。彼の隣にいた農夫は、領主に土地を奪われたという。二人は道中で山賊に襲われ、この村に辿り着いたのだ。
アレンは剣を握り直し、ゆっくりと身を起こした。
「この命を救われた恩は忘れん。……もし許されるなら、俺もここに残りたい。剣を振るう場所が、もうここしかない」
リディアは微笑み、手を差し伸べる。
「歓迎します。あなたの剣は、この村を守る力になる」
その夜。
焚き火を囲み、皆が食事をとる。新たな仲間が加わったことで、笑い声は一層大きくなった。
リディアは炎を見つめ、胸の奥で思う。
(王都に捨てられた者たちが、こうして手を取り合って生きている……)
彼らを守る責任は、自分にある。追放されたからこそ掴んだ絆を、決して手放してはならない。
焚き火の光が頬を照らす。リディアは静かに誓った。
「――ここを必ず、誰にも奪わせない」
その言葉を、星々が見守っていた。