第24話「勝敗の行方」
月が天に昇り、戦場は赤黒く染まっていた。
炎の明かりと血の匂いが入り混じり、叫び声と剣戟の音が夜を裂く。
辺境の民は必死に踏みとどまっていた。
農夫は槍を、孤児は石を、女は薬草を、老人は歌を――それぞれの手に武器を持ち、この国を守ろうとしていた。
リディアは胸元のコンパスを握りしめ、最後の力を振り絞って叫んだ。
「皆、ここが正念場よ! 絶対に退かないで!」
針が光を放ち、大地が震える。
地脈が呼応し、土の壁が隆起して敵兵の進軍を阻んだ。
しかし、王都軍の数はなお圧倒的だった。
次々と押し寄せる兵に、柵は裂け、仲間の悲鳴が響く。
アレンは剣を振るいながらリディアに叫んだ。
「長くは持たん! 策はあるか!」
リディアは荒い息を吐き、夜空を仰いだ。
星々が瞬く――その瞬間、彼女の脳裏に祖母の言葉がよみがえる。
『大地と風と星をひとつに繋げば、道は開ける』
リディアは震える手でコンパスを掲げ、星空に向かって呪を紡いだ。
「風よ、大地よ、星々よ――我らの国を護れ!」
光が弾け、突風と地響きが同時に起こった。
炎は竜のように渦を巻き、敵兵の列を飲み込んだ。
「な、何だこれは……!」
王都軍の指揮官が狼狽し、兵の列は乱れた。
その隙を逃さず、アレンが声を張り上げる。
「今だ! 押し返せ!」
農夫たちが槍を突き、カイルが角笛を吹き鳴らし、少年たちが雄叫びを上げた。
民は一丸となって突撃し、敵兵を後退させる。
王都軍の士気が崩れ、ついに退却の号令が響いた。
鉄の波は崩れ、森の向こうへと退いていく。
辺境は……勝ったのだ。
広場に戻った時、人々は疲れ果てながらも歓声を上げた。
抱き合い、涙を流し、互いの無事を確かめ合う。
リディアは崩れ落ちそうな体を支えられながら、胸元のコンパスを見つめた。
「……これで……私たちは証明した。追放された者でも、国を守れると」
その声に、人々の歓声が重なった。
「辺境の女王万歳!」「辺境の国万歳!」
一方その頃、王都。
敗北の報を聞いたアルベルトは激昂し、玉座の間で剣を叩きつけた。
「三度も……三度も女に敗れたというのか! 恥だ! 許されぬ!」
重臣たちは顔を伏せ、誰も声を上げられない。
国王すら沈黙し、重苦しい空気が宮殿を包んだ。
ただ一人、セリーヌだけが窓辺に立ち、月を見上げていた。
(姉さま……あなたは本当に、国を作ってしまった。殿下をも、王都すらも凌ぐ力を……)
嫉妬は恐怖に変わり、恐怖はやがて羨望に変わりつつあった。
彼女の胸に芽生えた感情は、もはや「敵」だけでは説明できなかった。
夜。
リディアは丘の上でひとり星空を見上げていた。
疲労で膝が震えていたが、瞳は揺らぎなかった。
「この国はもう揺るがない。王都が何をしようとも……私たちは生き抜く」
コンパスが淡い光を放ち、針が北を指す。
星々はその誓いを祝福するように、凛と輝いていた。