第23話「総力戦の幕開け」
地平線を埋め尽くす軍旗と槍の林。
王都軍、万の兵が辺境の地を飲み込むように進軍してきた。
鎧がきらめき、盾が揺れ、地響きが村全体を震わせる。
リディアは高台に立ち、胸元のコンパスを掲げた。
針は北を指し、光はまるで「抗え」と告げるように輝いている。
「皆、恐れるな! ここは私たちの国! 今日、この地を守り抜いてこそ、私たちは真に民となるのです!」
その声に広場から雄叫びが返り、農夫も子どもも女も、全員が戦の布陣へ散っていった。
王都軍の先鋒が突撃を開始した。
盾を構えた歩兵が一糸乱れぬ列を組み、太鼓の音に合わせて進む。
地面を震わせながら迫るその姿に、子どもたちの唇は震えた。だが、角笛を手放す者はいなかった。
「今だ! 火矢を放て!」
アレンの号令で弓兵が一斉に弦を鳴らす。
炎を纏った矢が夜空を裂き、盾の列へと突き刺さった。乾いた爆ぜ音と共に油を仕込んだ木柵が燃え上がり、敵陣に混乱が走る。
「怯むな! 前へ!」
王都の指揮官が叫び、兵士たちは炎を踏み越えて迫った。
柵の前で、農夫たちが槍を構えた。
カイルもその中に立ち、まだ小さな体で必死に槍を突き出す。
敵兵の剣を受け止めた腕は震えていたが、瞳には揺るぎない炎が宿っていた。
「僕は……逃げない! ここが僕の国だから!」
仲間たちの声が重なり、柵を突破しようとする兵士を必死に押し返す。
だが数は圧倒的。
別働の騎兵が側面から突撃を仕掛けてきた。
馬の嘶きとともに、鋭い槍の穂先が村の防衛を貫こうとする。
「アレン!」
リディアの叫びに応じ、アレンは剣を抜き放って飛び出した。
剣閃が馬の足を弾き、騎兵の突撃を逸らす。火花が散り、土煙の中で次々と兵を薙ぎ倒す。
だが、騎兵の列は途切れない。
「リディア様、術を!」
リディアは胸元のコンパスを掲げ、呪句を紡ぐ。
「風よ、渦を巻け!」
突風が巻き上がり、騎兵の列を横倒しにした。馬が悲鳴を上げ、兵が次々と泥に転がる。
村人たちの歓声が上がる。
だが、王都軍の指揮官は退かない。
「この女……本当に“女王”気取りか! 全軍、圧し潰せ!」
後方から大軍が前進を開始した。太鼓が鳴り響き、大地が震える。
リディアは汗を拭い、振り返って仲間たちを見た。
カイルは必死に槍を握り、ミラは薬草の壺を抱え、オルグは老いた体で槌を振るっている。
皆、決して退こうとはしていなかった。
リディアの胸に熱がこみ上げる。
「そう……私たちはもう追放者ではない。ここに立つのは、この国の民!」
旗が風を受け、大きくはためいた。
戦いは混沌を極めた。
矢と矢が交錯し、剣と槍がぶつかり合い、炎と土煙が空を覆う。
リディアは風と地脈を操り、アレンは剣を閃かせ、村人たちは命を賭して踏みとどまった。
やがて日が沈み、血に濡れた戦場に月が昇る。
王都軍はなお数で勝っていたが、士気は揺らいでいた。
「なぜだ……! なぜ寄せ集めの反逆者どもが、ここまで抗う!」
指揮官の叫びは夜に虚しく響いた。
リディアは荒い息を吐きながら剣を拾い上げ、声を張り上げた。
「王都よ、見なさい! あなたたちが捨てた者が、ここで国を築き、あなたたちに抗っている! これこそ真の力よ!」
その声は戦場全体に響き渡り、辺境の民の心を震わせた。
農夫も孤児も女も老人も、皆が一斉に雄叫びを上げ、王都軍を押し返した。
月光の下、辺境の旗が高く翻った。
その姿は、もはや疑いようもなく「国」の象徴だった。