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第22話「開戦の兆し」

 朝靄に包まれた街道を、無数の足音と蹄の響きが埋め尽くしていた。

 鎧の光は朝日を反射し、盾と槍の列は果てしなく続く。

 王都はついに万の兵を動かしたのだ。


 軍旗の下に立つ王太子アルベルトは、冷ややかな眼差しを辺境の方向に向けていた。

「女ごときに二度も辱められた。今度こそ、地図からその名を消してやる」


 兵たちは雄叫びを上げ、地響きが王国全土を震わせるように響いた。


 一方その頃、辺境の村――いや、辺境の国。

 リディアは高台に立ち、迫る大軍に備える人々を見渡していた。


 畑は刈り入れが済み、余った藁は城壁代わりの柵に編み込まれた。

 農夫たちは槌を剣に持ち替え、女たちは薬草と矢を準備し、子どもたちは合図のための角笛を抱えている。


「これが……国の戦い」

 リディアは胸元のコンパスを握りしめ、深く息を吸った。


 アレンが隣に立ち、剣を肩に担ぐ。

「リディア様。これまで幾度も死地を越えてきた。今回も必ず勝ちましょう」


 彼の言葉に、リディアは力強く頷いた。

「ええ。ここは私たちの土地。奪わせはしない」


 夜。広場には焚き火が焚かれ、人々が集まっていた。

 リディアは旗の前に立ち、静かに語りかける。


「皆さん。王都はついに本気を出しました。けれど、私たちは恐れる必要はありません。これまで毒も、刃も、軍勢も退けてきました」


 その声は震えていなかった。

 彼女の背にある旗が夜風にはためき、炎に照らされる。


「明日から始まる戦いは、ただの防衛ではありません。――この国が王国に並び立つための、最初の戦です!」


 アレンが剣を掲げ、カイルが槍を振り上げ、民の声が重なって夜空を震わせた。


 一方、王都の宮殿。

 セリーヌは高い塔の窓から、出陣する軍勢を見下ろしていた。

 旗が揺れ、兵の歌が響く。だが、その光景は彼女に誇りではなく、不吉な影を感じさせた。


(姉さま……。王都は万の軍を動かした。けれど、私は知っている。あなたは必ず抗う。負けるどころか、この戦で――王都を揺るがす)


 胸の奥で渦巻くのは嫉妬か、恐怖か、それとも別の感情か。

 セリーヌは唇を噛みしめ、震える声で呟いた。


「どうして……どうしてあの時、あの場で姉さまを完全に葬れなかったの……」


 答えのない問いは夜風にさらわれ、王都の闇に消えていった。


 翌朝。

 遠くの地平線に、黒い煙の帯が見えた。王都軍の進軍が辺境に迫っている。

 見張り台の子どもたちが角笛を吹き鳴らし、村中に緊張が走った。


「皆、配置につけ!」

 アレンの号令に、兵も農夫も子どもも走り出す。


 リディアは高台に立ち、迫る軍勢を見据えた。

 胸元のコンパスは強く輝き、針が震えている。


「これが……運命の時。辺境の国は今日、本当に“国”になる」


 風が吹き、旗がはためいた。

 その瞬間、戦いの幕が上がろうとしていた。

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