第19話「毒の陰謀」
辺境の村に再び平穏が戻ったかに見えた。
柵は修復され、畑の麦は黄金色に実り始めている。
交易に訪れる商人の数も増え、村は日ごとに「国」としての姿を強めていた。
だが、リディアは知っていた。王都が諦めるはずがないことを。
暗殺が失敗に終わった今度は、必ず別の手で襲いかかってくる。
ある日の昼下がり。
村に新しい商隊がやってきた。
彼らは見慣れぬ顔ぶれだったが、珍しい香辛料や薬草を積んでおり、村人たちは歓声を上げて迎えた。
「殿下のご慈悲により、辺境へも交易を許されたのです」
隊商の長がそう口にした時、アレンの眉が僅かに動いた。
「王都の使いか……」
剣士の目は冷ややかに輝いていた。
だが、村人たちの多くは疲労と期待に押され、品物を喜んで受け取ってしまった。
その中には、ワインの樽や干し肉の袋もあった。
夜。
広場で祝宴が開かれた。
火が焚かれ、酒が振る舞われ、歌声が響く。
リディアも民と共に笑みを浮かべ、カイルやミラと杯を交わしていた。
しかしその時、隅で酒を飲んだ農夫のひとりが突然、喉を押さえて倒れ込んだ。
続いて二人、三人――呻き声が広場に広がった。
「な、何が……!」
ミラが悲鳴を上げ、子どもたちを抱き寄せる。
リディアはとっさに駆け寄り、農夫の口元の匂いを嗅いだ。
――苦い。明らかに不自然な薬臭。
「これは……毒!」
歓声は悲鳴へと変わり、広場は混乱した。
アレンが即座に剣を抜き、隊商の長を捕らえた。
「やはり王都の回し者か!」
長は青ざめながらも嘲笑を浮かべた。
「我らは命を賭して殿下の御意を果たす。辺境の女王など、毒一滴で地に伏すのだ……!」
リディアは怒りに震えながらも、冷静に叫んだ。
「皆、井戸の水を使って! 胃を洗って毒を吐かせるのよ! ミラ、薬草を! アレン、他の食料をすぐに調べて!」
村人たちは必死に動き、リディアの指示に従った。
彼女は祖母から受け継いだ知識で薬草を調合し、毒に苦しむ者たちに飲ませた。
夜が明ける頃には、多くが命を取り留めていた。
だが、数人の命は戻らなかった。
葬儀のあと、広場には重い沈黙が流れた。
リディアは涙を堪え、声を張り上げた。
「王都は剣で敗れ、闇の刃で失敗し、今度は毒を使いました。彼らは私たちを国と認めず、滅ぼそうとしているのです」
人々の顔に怒りと恐怖が交錯する。
だがリディアは続けた。
「けれど、私は屈しません。ここで命を落とした人々のためにも、この国を守り抜きます! だから皆、もう一度誓ってください。――辺境の国の民として生きると!」
カイルが涙を拭い、短槍を掲げた。
「僕は誓います! 何度でも、この国を守ります!」
ミラも声を震わせて続く。
「弟と未来のために、私も戦います!」
次々と声が広がり、やがて広場は怒りと誓いの声で満ちた。
一方その頃、王都の宮殿。
アルベルトは報告を聞き、椅子を叩きつけた。
「毒すら効かぬだと!? リディア……貴様はどこまで私を愚弄すれば気が済む!」
セリーヌはその姿を横目で見ながら、心の奥で震えていた。
(姉さま……あなたはきっと、殿下すら超えてしまう。もしかすれば……王国そのものを……)
その予感は、もはや嫉妬ではなく恐怖そのものだった。