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第18話「影の刃」

 辺境の国の旗が掲げられてから、村は新たな活気に包まれていた。

 畑は順調に育ち、交易に訪れる商人も増えた。

 だが、リディアの胸には重苦しい予感があった。王都が軍を退けられたまま黙っているはずがない。


 その予感は、静かに現実となろうとしていた。


 ある夜更け。

 村の見張りが焚き火の明かりに眠気を誘われ、瞬きした刹那、闇に紛れた影が柵を越えた。

 全身を黒布で覆い、音を立てぬよう砂を撒きながら進む。

 腰には短剣、背には毒を仕込んだ吹き矢。――王都の密偵である。


「辺境の女王……。今宵、命を絶たせてもらう」


 低い囁きとともに、影は廃屋の屋根へと忍び上がった。そこにリディアの住まいがある。


 その頃、リディアは灯火の下で文をしたためていた。

 交易を求める商人や、流れ着いた人々の名簿。国を治めるということは、剣だけでなく記録や約束にも責任を持つことだと知ったからだ。


「眠れませんか、リディア様」

 声をかけたのはアレンだった。剣を腰に下げ、夜警を終えて戻ってきたところだ。


「ええ。国を名乗った以上、怠けられないもの」


 微笑んだ瞬間、窓の外で風が揺れた。

 コンパスが微かに震え、針が狂うように震動する。


「……っ、来る!」


 リディアが叫んだ刹那、窓ガラスを破って黒布の影が飛び込んできた。


 短剣が閃き、アレンが即座に剣で受ける。火花が散り、狭い室内に金属音が響いた。

 刺客は素早く身を翻し、リディアへ迫る。

 だがリディアは机を蹴り倒し、コンパスを掲げて呪句を紡ぐ。


「風よ――!」


 突風が巻き起こり、短剣の軌道を逸らした。刺客は壁に叩きつけられ、低く唸る。


「女にしてはやる……だが、逃しはせぬ」


 刺客は吹き矢を構えた。アレンが飛び込もうとしたその瞬間――カイルが扉を蹴破って飛び込んできた。


「リディア様!」


 少年の叫びとともに石が放たれ、吹き矢が弾かれる。

 刺客は舌打ちし、窓から再び闇へ飛び去った。


 静寂が戻り、リディアは荒い息を吐いた。

 机の上には散らばった文と、割れたガラス片。

 アレンは剣を納め、険しい表情で言う。


「……やはり来たか。軍で倒せぬなら、闇に刃を忍ばせる。王都のやり口だ」


 カイルは震える手で石を握りしめていた。

「僕……役に立てましたか?」


 リディアは彼を抱きしめ、強く頷いた。

「ええ。あなたがいなければ、今頃私は……。ありがとう、カイル」


 その言葉に、少年の瞳が誇りに光った。


 翌朝、村人たちに事の顛末が伝えられると、広場に怒りの声が渦巻いた。

「王都は兵を退けられたら、今度は暗殺か!」

「俺たちを虫けら扱いしているのか!」


 リディアは皆の前に立ち、声を張り上げた。


「王都は私たちを恐れている。だからこそ卑劣な手段に出たのです。――ですが、私は屈しません。この国は必ず守る。皆で、光の下で生き抜きましょう!」


 歓声と怒号が混ざり合い、村の士気は一層高まった。


 その頃、王都の密室。

 任務を果たせず戻った刺客が跪いていた。

 王太子アルベルトは冷たい瞳で彼を見下ろし、低く呟いた。


「女ごときに二度も恥をかかされたか……。次は軍でも刃でもない。“毒”で葬り去る」


 その言葉を聞きながら、セリーヌは心の奥で凍りつくような予感を覚えていた。


(姉さま……あなたは王都を敵に回しながら、どうして輝き続けるの……?)


 嫉妬と恐怖が胸に渦巻き、セリーヌの指先は震えて止まらなかった。

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