第13話「国の胎動」
王都軍を退けてから数週間。
村には静けさが戻っていたが、それは決して安堵ではなかった。むしろ、次に来る嵐を知っているからこそ、人々は一層懸命に働いていた。
オルグを中心に畑はさらに広がり、穀物の穂が風に揺れる。カイルはアレンに鍛えられ、短槍を自在に扱うほどに成長していた。
子どもたちは小さな見張り台に登って森を警戒し、女たちは布を織り、老人たちは歌を紡いで若者に勇気を与えた。
リディアはその姿を見渡し、胸の奥で震えるような感覚を覚えていた。
――これはただの村ではない。
人が集い、畑が広がり、互いを守るために役割を分け合う。これはすでに「国」と呼べる形に近づいている。
夕暮れ、広場に人々を集めてリディアは語った。
「皆さん、私たちは王都から見れば“追放者”にすぎません。けれど、ここでこうして生きている。それは一人一人が力を尽くしているからです。だから……私は思います。この村はもう村ではない。私たちの“国”の始まりなのです」
ざわめきが広がる。だがその目は恐れではなく、期待に揺れていた。
アレンが立ち上がり、剣を高く掲げる。
「俺はリディア様に従う! この地を治める者は、王都の誰でもない。共に血を流したこの方だ!」
カイルが声を張り上げ、子どもたちが拳を突き上げる。
歓声は夜空を震わせ、辺境の村はついに「国」としての意識を芽生えさせた。
一方その頃、王都。
玉座の間で王太子アルベルトは怒りに震えていた。
「百の兵で足りぬなら、千を送ればよい。リディアを“辺境の反逆者”として討ち滅ぼすのだ!」
将軍たちが跪き、進軍の準備を整える。
セリーヌは隣で微笑みを浮かべながらも、心臓が凍りつくような恐怖を感じていた。
(リディア姉さま……どうしてあんなにも人を惹きつけるの……? 王都すら揺らしてしまうなんて……)
彼女の胸には嫉妬と恐怖、そして言葉にできぬ劣等感が渦巻いていた。
夜。
リディアは廃屋の屋根に登り、星空を見上げていた。
胸元のコンパスは淡い光を放ち、針は北を示している。
「祖母……もし生きていたら、きっと笑ってこう言うでしょうね。“あんたはもう侯爵家の娘じゃない。国を起こす者だ”って」
微笑みながら呟いた声は、風にさらわれて夜空へ溶けていった。
遠く、街道の向こうでかすかな土煙が上がっている。
それはやがて、辺境に迫る大軍の影となるのだろう。
リディアは目を閉じ、深く息を吸った。
「来るなら来なさい。私たちはもう逃げない。――この地を、私たちの国を守る」
星々が瞬き、まるでその誓いを祝福するかのように輝いていた。