第12話「戦の余波」
王都軍が退いた翌朝、村は静けさに包まれていた。
風に揺れる柵の破片、焼け焦げた土、散らばる折れた槍――それらは昨夜の戦の激しさを物語っている。
だが、その中心に立つ村人の顔は誇りに満ちていた。
「……本当に、勝ったんだな」
カイルが木槍を握ったまま呟く。まだ幼さの残る声だが、その瞳には少年ではなく兵士の光が宿っていた。
「ええ」
リディアは頷き、負傷者の手当を続けながら答える。
「皆が一つになったからこそ守れた。……けれど、これは終わりじゃない。むしろ始まりなの」
言葉に周囲の空気が引き締まった。
戦で傷を負った者は多かった。
老人のひとりは腕を折り、農夫は肩に矢傷を負った。だが、死者は一人も出ていない。
ミラは薬草を煎じ、弟が見守るなかで傷口に布を当てる。アレンは黙々と戦場を歩き、落ちた槍を集めていた。
「武具は貴重だ。敵の槍も盾も直して使える。次に備えねばならん」
その声には疲労と決意が入り混じっていた。
リディアは彼の隣に立ち、真剣な眼差しを向けた。
「アレン。もし次に百や二百の兵が来たら……私たちは耐えられるかしら」
「難しいだろうな」
アレンは即答する。
「だが、戦い方はある。地形を活かし、罠を仕掛け、数を削る。君の術があれば、勝機は作れる」
リディアは胸元のコンパスを握り、強く頷いた。
その夜、広場で人々が集まった。
焚き火の炎に照らされた顔は不安を隠せないが、同時に強い光を宿している。
「皆さん。昨日の勝利は誇るべきものです。ですが、王都は必ず再び兵を送ってくるでしょう」
リディアの声にざわめきが走る。
「だからこそ、私たちはもっと強くならなければなりません。畑を広げ、備蓄を増やし、防壁を高める。――この村を、本当の国にするのです」
沈黙のあと、誰かが声を上げた。
「俺は賛成だ! ここをもう捨てるわけにはいかねぇ!」
「私も! 子どもたちにまた居場所を奪わせたくない!」
歓声が広場を包み、火の粉が夜空に舞い上がる。
その光景を見つめ、リディアの胸に確信が芽生えた。
――これはただの村ではない。新しい国の胎動なのだ。
一方その頃、王都。
王太子アルベルトは苛立ちに顔を歪めていた。
「たかが追放者どもの集落に、我が軍が退けられただと? 恥をかかせおって……!」
玉座の間に重苦しい沈黙が落ちる。
セリーヌは青ざめながらも必死に笑みを作った。
「きっと偶然ですわ、殿下。もう一度軍を送れば――」
「黙れ!」
王太子の怒声に、セリーヌの身体が震える。
「偶然で百の兵が退くものか! リディア……あの女が背後にいるのだな」
その名を口にした瞬間、彼の瞳に憎悪の炎が宿った。
「次は大軍を送る。いや、それだけでは足りん。証拠を捏造し、“反逆者”として裁きを下す。……奴を完全に葬らねば、王家の威信が地に堕ちる」
セリーヌは頷きながらも、内心は恐怖に蝕まれていた。
王都の誰もが気づき始めている――“悪役令嬢”と呼ばれ追放された彼女が、今や王都すら揺るがす存在になりつつあることを。
辺境の夜。
焚き火を囲むリディアは、星空を仰ぎ見た。
村人たちの笑い声が遠くから届く。だがその音の向こうに、迫り来る嵐の気配を感じていた。
「必ず……守ってみせる。この村を、皆を」
コンパスの光が微かに瞬き、星の輝きに溶けた。