表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/24

第11話「辺境防衛戦」

 朝霧のなか、王都軍の列が街道を埋め尽くしていた。槍の穂先が林のように揺れ、盾を構えた兵が整然と進む。数は百を超え、さらに騎馬兵の姿もある。

 土煙の奥に翻る旗は、かつてリディアが見上げた王都の紋章。

 それを目にした村人たちの顔に恐怖が走った。


「落ち着け!」

 アレンが剣を抜き、声を張り上げる。

「俺たちは退けぬ。背には家も畑も子どもたちもいるんだ!」


 その言葉に震えは収まり、人々は槍や農具を握り直した。


 村の入口には急ごしらえの木柵が築かれている。

 オルグが土を盛り、子どもたちが石を山と積み、老人たちは薬草を煎じて戦傷に備えた。

 ミラは弟を背に負いながらも石を抱え、カイルは木剣ではなく鍛え直した短槍を握っている。


「リディア様!」

 カイルが叫ぶ。「怖いけど……でも、戦います!」


 リディアは彼の肩に手を置き、真っ直ぐに見つめ返した。

「ありがとう。あなたたちがいるから、私は前を向ける」


 胸元のコンパスを開き、呪句を口にする。淡い光が走り、大地の流れが彼女に伝わってきた。――水脈は村の東、風は南から吹き込んでいる。これを利用できる。


 王都軍の指揮官が前へ進み出た。

 鋼の鎧を纏い、傲慢に声を張り上げる。


「リディア=フォン=エルバート! 王命に背くかぎり、この地は反逆の巣だ。今すぐ降伏せよ!」


 広場の視線がリディアに集まる。

 彼女は一歩前に出て、澄んだ声で告げた。


「私はもう王家の婚約者ではない。家族からも追放された身。ここに集う人々は、行き場を失った者たちです。私たちはただ、生きるために耕し、家を作っただけ。――それを奪うというのなら、相応の覚悟をもって来なさい!」


 その瞬間、王都軍が一斉に槍を構えた。


「進め!」


 地鳴りのような足音が迫る。


「放てっ!」


 アレンの号令で、村人たちが石を投げ、火矢を放った。

 油を染み込ませた木片が火を上げ、敵の最前列に降り注ぐ。兵士たちは盾で防ぐが、思いのほか混乱が走った。


 柵に取りつこうとした兵の足元が崩れる。

 ――リディアが仕掛けた罠だ。水脈を呼び出し、土をぬかるみに変えていた。兵は泥に足を取られ、次々と転倒する。


「いまだ! 押し返せ!」


 アレンと若者たちが柵の隙間から槍を突き出し、混乱する兵を押し返した。

 カイルも必死に槍を振るい、倒れかけた敵を弾き飛ばす。


 だが、敵は数に勝る。

 騎馬兵が回り込み、村の東側を突こうとした。


「リディア様!」

 オルグの声に振り返り、リディアはコンパスを高く掲げる。


「風よ――!」


 南から吹き込む風が強まり、火矢の炎を巻き上げて騎馬兵に襲いかかった。馬が悲鳴を上げ、兵は落馬する。混乱した騎兵隊は退き、東側は守られた。


 だがそれでも、戦いは終わらない。

 指揮官が叫ぶ。


「怯むな! 所詮は寄せ集めの村人だ! 突破しろ!」


 兵士たちが再び押し寄せ、柵は軋みを上げる。村人の顔に絶望が浮かぶ。


「――諦めるな!」


 リディアが叫んだ。

 声は炎に負けず、戦場に響く。


「私たちは追放された。奪われた。けれど、ここでやっと居場所を得た! だから絶対に渡さない! ここは私たちの国の始まりよ!」


 その言葉に村人たちの目が燃える。

 カイルが槍を突き出し、ミラが石を投げ、老人たちすらも柵を支えた。


 アレンは剣を振るい、突き進んだ兵を斬り伏せる。


「この村は、俺たちが守る!」


 戦は膠着した。

 百を超える兵が寄せては返し、村人たちは必死に押し返した。

 やがて太陽が傾き、森に影が落ちる。


 指揮官は苛立ちの声を上げた。


「……退け! 一度退け!」


 兵士たちは撤退を始め、土煙を上げながら森へと消えていった。


 村に残されたのは、息を荒げる人々の姿。

 傷ついた者も多いが、死者はいなかった。

 カイルが地面に座り込み、叫ぶ。


「勝った……勝ったんだ!」


 歓声が広場に広がる。涙を流し、抱き合い、互いを称える。


 リディアは胸元のコンパスを見つめ、静かに呟いた。


「これは……始まりにすぎない。王都は必ず、さらに大きな軍を送ってくる」


 だが、その瞳には恐怖ではなく、強い光が宿っていた。


「それでも私は、絶対に守る。この村を、私たちの国を」


 辺境の夜空に星が瞬き、村人たちの歓声を見守っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ