まじない師
〈梨食へば文明の味冷藏庫 涙次〉
【ⅰ】
怪盗もぐら國王が、*(株)貝原製作所の株券を盗んだ事に依り、製作所會長・貝原の信用はがた落ち、株価暴落の憂き目にあつた。そこから新たに「俺たちの會社」として、會社再建を目指す一派もあれば、もぐら國王を捕らへて、彼に全ての責任を脊負はす事を狙ふ一派もあつた。丁度國王が、枝垂哲平よりモンスターバイク、ヤマハ VMAX1700を買つた代金を稼がねばならぬその時に、(株)貝原製作所の仕事が回つてきたのであつた。
* 当該シリーズ第37・38話參照。
【ⅱ】
易々と株券の件は濟ませた國王、今頃はVMAXの後ろに朱那を乘せて、上機嫌でツーリングを樂しんでゐる‐ と思ひきや、國王、こゝに來て心身の不調を訴へ、心療内科で薬を処方して貰つてゐる。だうしたのだらう- この事は故買屋Xには内緒であつた。いつ、次の仕事の聲が掛かるか分からない。その時には、國王、少々の無理は承知で、仕事をやり拔く覺悟でゐた。
【ⅲ】
その國王がバイクで事故つた。不幸中の倖ひで、朱那とタンデムしてゐない時の事故だつた。また警察沙汰にはならずに濟んだが、國王、だうした譯か心の薬を乱用し、バイクに乘つてゐたのである。法定速度をはるかに上回るスピードで走り、これで輕傷で濟んだのは畸蹟だと云ふ無鉄砲なライドであつた。枝垂を始め、故買屋(彼には來るな、と云つてあつたのだが)、カンテラ、じろさん、テオ‐ 一味の面々が、ベッドサイドに集まつた。輕傷とは云へ、利き手(右手)を動かすのに当分不自由する。だうして、こんな莫迦な事をしでかしたのか、自分でも分からない、と云ふ國王。枝垂が見舞い品にフルーツの詰め合はせを持つてきたので、一同、朱那に切り分けて貰つて食べていた...
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〈恐ろしき言葉なりけり患へば水の飲み過ぎ脳がぶよぶよ 平手みき〉
【ⅳ】
カンテラが云つた、「【魔】ならずとも、何か外界からの圧力を感じる事はないか?」‐國王「さうねえ、自分の意志に叛したことをやつちまつた譯だから、それもあるかも知れない」‐カン「よし、それぢや『修法』を使つて、そいつを突き止めてみやう」急ぎ、牧野の運轉するホンダ LY125fiにタンデムして、「開發センター」に向かふカンテラ。「センター」では、安保さんがテオの次に依頼した品物を造つてゐる眞つ最中であつた。これは、誰かゝら、自分に向けネガティヴな念波が送られて來た時、それを跳ね返すと云ふ装置‐ 假に「ネガティヴ念波叛射機」とでも呼ばう‐ であつた。
【ⅴ】
隣りの「方丈」でカンテラは「修法」を使つたのだが、直ぐに「外界からの圧力」がどんな物か、分かつた。それは「まじない師」レヴェルの呪ひだつた。丁度、安保さんの発明品が出來上がり、かつまた今回の件にはばつちりマッチした機能だと云ふので、テオにオペレートさせて、「まじない師」の呪ひを跳ね返したのである。
【ⅵ】
と云ふ譯で、誰とも知れぬ、何処にゐるとも知れぬ「まじない師」をやつつけた譯だが、カンテラは八卦を立てゝみた。それには「貝原」と出てゐた。貝原の會社の「叛もぐら國王派」がまじない師を雇つて、呪いの念波を送つてきてゐたらしい‐ これに拠り、心の病ひ、バイクの件、みな合點が行く。安保さんに頼んで、珍しい事だが、密偵役をやつて貰つた。すると、間もなく、その「まじない師」に、やはり先に挙げた一派が、もぐら國王の命を狙つて呪ひを掛けさせてゐた事、裏付けが取れた。安保さんは、貝原文嗣に陳情して、それら不毛な行為をする社員を解雇して貰ふ事にした。
【ⅶ】
もぐら國王は見る見る内に恢復した。腕の怪我も、予定を遥かに上回る速さで治つた。「まじない師」はカンテラ・じろさんが斃した。まあ雑魚なので、詳述する迄もない(依頼料は故買屋が拂つた)。VMAXの修理も終はり、朱那を乘せて國王、「ぢや、ちよつと行つてくらあ」と故買屋に云つて、ショートツーリングに出たぐらゐ、彼の元氣は取り戻された...
【ⅷ】
國王が帰つて來ると、故買屋「仕事だぞ」‐國王「OK、いつでもいゝよ」。と云ふ事で、テオの天才ぶりがまたしても一つの事件を解決した。果たして、テオには事件の全體像が「見えて」ゐたのか? 彼に訊いても、「内緒」と云ふだけで、明らかにされなかつた。お仕舞ひ。
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〈水菓子や子規忌も近き汁垂らす 涙次〉
PS:貝原會長からは、再三の要請であつたが、安保さんに代表取締役社長就任依頼があつた。かう云ふ難しい局面でこそ、輝くのが、安保さんの現役スピリットだと云ふのだ。安保さんはずつと保留にしてゐたのだが、それもいつまで持つか... 社長の坐だけは勘弁して貰ひたい安保さんなのだつた。