第十三話 酒が攻略の鍵になるときもある(私は飲めない)
充実した日になった。
下着の改革案は順調に進んだが、アールが直接関われる時間が終わってしまい、とりあえず王女殿下の執務室での第一回会議はお開きとなった。
私はその後、針子室にお邪魔して、素晴らしい腕の針子メイドさんたちが見様見真似で作ってくれたハーフトップブラモドキとシンプルショーツかっこ仮、を手に入れた。
その後も針子メイドさんたちの手は止まっていなかったので、明日になればまた技術が上がって、上位存在が出来上がっていたりするかもしれない。楽しみすぎる。ありがたすぎる。
針子室を出るときも、筆頭メイド長がついてきてくれた。
そこで改めて思う。
特に何も言われていないが、かなりの確率で筆頭メイド長が私のそばにいてくれている。
彼女はそれこそ名前のとおり、この城すべてのメイドの長だ。
わざわざ私についてくれているということは、王様や王子王女直々の指示以外考えられない。
「遅ればせながら自己紹介いたします。四方しぐれと申します。筆頭メイド長様、細やかな心配り、とても嬉しく思っています」
本当に突然、今更、廊下で始まってしまった自己紹介に筆頭メイド長は目を丸くしたが、すぐに美しいカーテシーを披露してくれた。
ゴスロリと混ざってしまったなんちゃってメイド服とは程遠い、伝統的なこれぞメイドと言わんばかりの装いがなんとも心ときめく。
この城の中で、武力や魔法で戦線に立つ人、ではないが、生活という生きる場所を守るために戦う人、が彼女たちメイドだと思っている。
「こちらこそ、改めまして名乗らせていただきます。ヘリオス王家に仕えます、筆頭メイド長、グリシャ・ニケ・コーラルと申します」
珊瑚色の柔らかな瞳の色。南国の鮮やかな花を思わせる桃色の髪。スラリとした手足が器用に優雅に動く様は、見惚れるほどだ。
旧作からの攻略対象。伯爵家の次女という身分を持っている、作品内で一番攻略が難しい。ファンがつけたあだ名は『不落の女』だ。いや、攻略方法ちゃんとあるから!!
「グリシャ様、作法など至らぬところがありましたら、是非ご指摘いただけますようお願いいたします」
「稀人しぐれ様、どうぞまずは私どもへの敬称および丁寧なその態度をお改めくださいませ」
「いいえ無理です」
指摘しろと言っておきながら、即座に反論してしまった。
グリシャが笑顔で怒っているのはなんとなく分かった。
「理由はあります。まず、私は稀人であっても、プッチさんのように国を救った英雄ではありません。あくまでただの客人、そしてもとよりなんの身分も持っていません」
「稀人様であるというだけで、王族と並ぶ身分でございます」
「それは私を稀人と知っている人たちだけです。市井に降りようものなら、そんなものすぐに分からなくなる」
「そのお話は本気でございますか?」
そうだった。
グリシャはもう、両殿下に話したときも、王様に話したときにもこの話を聞いている。
「そのつもりです。今はこの世界に来たばかりと甘えておりますが、王族と婚姻するわけでもないのに王城を住まいとして留まり続ける? 私の生活を維持する金額はきっと、平民の給料何ヶ月分とかを簡単にぶっ飛ばしますよね? 耐えられそうにありません」
「先ほどアール殿下にご提案なさった案件により、市場が動くのは確実であり、今後永続的です。もう既に稀人しぐれ様は一生王城で暮らしても余りある金額を稼がれる目処が立っていますよ?」
あー……、うん、知識提供料とか言って何%かのマージンもらうだけで生きていけちゃう? そっか、それほどか……。
「それでも、やはり王城で暮らすのは違うと思います。城は城であって、私の家にはなり得ない。そういうイメージなのです」
「それは……、理解できる気がします。稀人プッチ様も『ベッドが豪奢すぎて、最初は嬉しかったけど眠れない!! 兵舎の一室貸して!!』と言って魔法師団の一室を自室にされておられました」
「あー、わかりみ深い。天蓋ついてても、そもそも部屋広いんです!! 無駄に広いんです!! 微妙に落ち着けない」
くすくすとグリシャは声を出して笑ってくれた。
「だから、申し訳ないですがこのままで。私が気を抜いて砕けた態度を取りすぎたせいで、今までこの城で生き抜いてきた皆さんの威厳が損なわれるなんてことはあってほしくない。政敵は何時何時でもどこかに潜んでいて、足元をすくおうと狙っている。平和な治世を続けることがどれほど難しいか、どれほど些細なことで崩れるか、知識でしかありませんが知っているつもりです」
だからこそ、主人公でない私がおかしな態度を取るわけにはいかない。
……もう十分、やらかしている気がしないでもないが。
グリシャは笑顔を何一つ変えずに、それでも優しさだけはひしひしと感じられるほどの態度を見せてくれた。
「稀人様の行動に、私めが注意を促すことなど畏れ多く」
それって、私がみんな敬語を使おうが敬称をつけようが、自由にしろ、ということで。
「ありがとうございます」
礼を言っても、グリシャは微笑んだままだった。
「稀人しぐれ様、次はどこへ向かわれますか?」
「そうだ!! お菓子を作る材料をいただきたいのと、使っても邪魔にならない調理場はありますか? 調理人の方たちの邪魔になりたくもないし、面子を潰したいわけでもありません」
「今の時間は、どこの調理場も料理人たちは夕食の準備に追われている頃でしょう。来客用階の小調理場へご案内いたします。道すがら、材料も取りに寄り、他にも必要なものがございましたら後ほど運ばせるよう手配いたします」
「やったぁ。さっきの執事さんにもお詫びに何か作って届けたいし、夕食前だし早く作れるものにしようかな? 小麦粉、卵、牛乳、砂糖、バター。あるなら果物、チョコレートはないですよね?」
「カカオ粉と呼ばれるものはあったはずですが」
「わぁお、お菓子の幅が広がります。チーズがあるならもっと。……チーズケーキタルト、エッグタルト、……生クリーム欲しいなあ。クッキーが最短、一緒にパウンドケーキ、ブランデーをもらってたっぷり浸して一晩置いておいて」
「ブランデー……」
ゴクリとグリシャの喉が鳴った音が聞こえた。
そう。グリシャの攻略方法は、各地域の酒を持って足繁く通い、晩酌に付き合うところから好感度が上がっていくという無類の酒好きだ。
「ブランデーケーキ、美味しいですよね。作ったら差し上げますね」
今確かに、グリシャの目がきらりんと輝いた。
好感度上がったかな?
というのが夕方のお話。
そして、王様に正式に招かれた夕食の席で両殿下ともまた顔を合わせ、しばらくだけは城で暮らすことは告げておいた。
魔導王が会いに来てくれるまでは数日かかるはずだし、下着改革はちゃんと意見をまとめてプロトタイプが出来上がるところも見たいし、お菓子のレシピも作った分だけ書き出したいし、修練場以外でテラアストライガ様がどんな仕事をしているか事細かに記述しておきたいし……。
なんでカメラ使えないかね? 私、絵は描くけど上手くはないのよ。文章で書くのもそれほど上手くないのよ。
あー、現代人が携帯使えないのマジ死活問題。
昨日も今日もお世話になった客間は、また見違えるほど綺麗に整えられていた。
お掃除は苦手な部類に入るので、メイドさんの腕前には感服いたします。
今日は一人でお風呂に入らせてもらい、髪を乾かしたりするのだけはメイドさんに手伝ってもらった。
寝着は、シュミーズとネグリジェ。寝るときだったらこれで十分なんだけどなあ。
お世話のお礼と言ったら絶対受け取ってもらえないから、夕方に作ったクッキーをいくつか布に包んで「試しに作ったものだから感想を聞かせてほしい」と、さも仕事のように頼んで渡した。
美味しいっていう感想が返ってきたら嬉しいな。
メイドさんたちが出ていってしばらくして、豪奢な天蓋付きのベッドに入った。
フッカフカ。
間違いなく超一級品の寝具だ。
でもこれも一週間もしたら「畳に寝転びたい……」と呻くようになるのがきっと庶民の日本人。
ベッドサイドの魔導具のランプの灯りを落とす。
じんわりとした薄闇が部屋に落ちる。
楽しい一日だった。
眠って起きて、目が覚めたとき、もしも元の世界の現実に戻っていても後悔しない一日を、私は送ることができたかな?
目を閉じて自問自答する。
『……やっぱり、邪魔に思われるのを覚悟の上で、もう一度テラアストライガ様の顔を見に行けばよかった』
後悔してますがな、既に!!
でも、やっぱり疲れ果てていたようで、そのままストンと眠りに落ちた。
登場キャラクターの名前
四方しぐれ
グリシャ・ニケ・コーラル筆頭メイド長




