そのドレスは無自覚にザマァする
オカルトではない。
チクチクチクチク……
チクチクチクチク……
私はドレスに刺繍をしている。
先祖代々のデビュタントを支えてきてくれたドレスに刺繍している。
死化粧の様に、刺繍を施している。
何もかもが私の代で終わるのだと思いながら。
因みに私のデビュタントは出来た。
その後、両親が亡くなった。
なんの因果か事故なのかはわからない。
私は子爵令嬢ではなくなった。
それでもどうにか卒業までの学費が払われてたので、卒業は出来た。
地頭は良い方なので、貴族でなくなった後でも、特待生として残れたので卒業資格は得られた。
その後爵位は、父側の叔父が居たので爵位を譲渡した。
デビュタントのドレスはワインに濡れ、その染みはとれなくなっていた。
隣国の皇太子に嫁ぐという公爵令嬢の癇に触れてしまったようだ。
それは些細な事だった。
彼女のお気に入りの令息と二言ばかり話した。
それだけの事だった。
色目を使っただの言われても彼と私は初見の他人だ。
彼女のお気に入りだという事は後から知った事だが、只の挨拶だけで、詰られるとは思ってもなかった。
ましてや頭からワインをぶち撒けられるなんて。
しかも、彼女の取り巻きも、御機嫌取りの為にぶち撒けていく。
確かに私は子爵令嬢で、彼らよりは弱い立場だ。
確かに私は貧しい、いや、清貧な家庭で育った下級貴族だ。
だからといって、彼女達に辱められる謂れはない。
それでもただただ貴族というものが恐ろしく感じた。
だから私は爵位を叔父に譲渡し平民になる事を決めた。
ワインで染まったドレスはもう、未来の娘達に着せる事は出来ない。
だから終わりにしようと、刺繍を入れ始めた。
この世には呪いのドレスという逸話がある。
オカルトじみた話ではない。
最初は、ハンカチだった。
婚約破棄された令嬢が、元婚約者から貰ったハンカチに元婚約者への恋慕や悲しみを刺繍として刺し、自分の想いや辛さを昇華させる為に焚き上げたのが始まりである。
そしていつしか苛烈な令嬢がハンカチでは足りぬと、愚痴や暴言を縫い上げたのが、呪いのドレスである。
かくして私はドレスに刺繍を入れ始めた。
隣国の帝国語で刺し始めたのは、単に帝国が女性の就職について明るく門戸が開かれていたので勉強がてらと、母国語では少し差し障りがある事を綴ったからである。
最初は両親や先祖にごめんなさいと謝罪の言葉と、着れなくなったドレスへの謝罪と感謝を。
それと着れなくなった理由と。
チクチクチクチクと、全身隈無く色んな絵柄を組み合わせながら言葉を綴っていく。
小鳥は母国にも隣国にも多く、色んな事をピーチクパーチク囁いている。
公爵令嬢についても然り。
彼女は恋多き乙女であり、多くの男性を侍らせ、求め、飽きたら、新しきを求めては捨てるを繰り返していた。
公爵は遅くに生まれた姫君たる娘に弱く、醜穢を多く消してきた。
甘く育てられた彼女は勉学を嫌い、癇癪で相手を振り回す傲慢な令嬢に育ったのである。
私はただドレスにそれらを綴っただけである。
私は出来上がったドレスを学園の焼却炉でお焚き上げをしようとした。
運悪く、公爵令嬢に見つかり、奪われてしまった。
とりあえず、誰かに咎められたらドレスは着ないで下さいと忠告はしたが。
その後、隣国へ移り住み、どうにか住み込みのお針子として採用されて生活していた。
その後なんだかんだで王女が私の刺繍を気に入り、ある事情からも私を囲って下さったのである。
王宮の小鳥達も中々にお喋りだ。
そして、隣国にやってきた公爵令嬢はやらかしたらしい。
あの呪いのドレスを隣国の王宮の夜会で、婚約者の前で着て来たというのだ。
私が、(公爵令嬢のフルネームで)公爵令嬢は恋多き乙女である(←オブラートで柔らかくしてます)という事を胸にデカデカと表記したあのドレスを、着込んでやってきた。
帝国語で描かれたあのドレスを、不貞相手を羅列したあのドレスを、帝国で着てしまったのだ。
私は何処かで廃棄されると思っていた。
公爵令嬢は帝国に嫁ぐと決まっていた。
だから将来の母国語となる帝国語を理解している筈だと思っていた。
彼女が理解出来なくとも、侍女や執事、家令らが止めてくれると思っていた。
きっと彼らは止めた筈だ。
彼らの忠告を聞くことなく、いつものように癇癪を起こしたのかもしれない。
とにかく彼女は帝国で、母国で自分がしてきた事を、不貞をしていた事を、ドレスで告知してしまったのである。
結果は勿論、公爵令嬢有責で婚約破棄であった。
帝国側でも、彼女の素性や不貞は影からの情報で得ていたので、秘密裏に婚約破棄は考えられていた。
そこにこの呪いのドレスが、信憑性を持たせてしまったのである。
帝国を重んじるなら、帝国語は理解できて当たり前なのである。
知ってて着てきたのなら、帝国への不敬だし、知らなくても不敬である。
彼女は頭のなさを露呈してしまったのである。
そんな女性を未来の国母として迎える訳にはいかないし、さらに別の問題も浮上している。
不貞相手が多く居た事から、彼らの子種を所有したまま嫁いでくるとなると、母国による帝国の皇位簒奪の可能性が出てくる。
彼女自身がどうであれ、不貞相手との関係がどうであれ、ドレスには彼らの名前もフルネームで記載していたので、帝国の影の情報と一致したなら、何かしら不貞が確定した事案が浮上していたのもしれない。
母国の国王の王弟であった公爵も中々に苛烈で若かりし頃に母国の王位簒奪を考えてた時期というものがあるらしく、王家や兄である陛下との仲はよろしくなかった。
そしてこの呪いのドレスにより、疑惑が深まり、彼女の婚約破棄後、公爵家は帝国との関係を悪化させたとして、公爵と公爵令嬢は毒杯を賜ったらしい。
(彼らの苛烈さから消し時とされたらしい)
彼女らを常々止め諌めようとした、公爵夫人、公爵令息と使用人に対しては、伯爵位への降格と王位継承権剥奪、使用人に対しては減給の沙汰がおりた。
不貞相手にしてもさもありなん。
其々に沙汰はあったようだ。
そして王宮の小鳥達の囀りで、真っ青となった私ではあるが、あのドレスが返ってきていて、真っ白になって気絶した。
私にも何かしらの処罰が下されるのか?とか、公爵家からの報復があるのか?と戦々恐々だったが、何もなかった。
王女がいうに、呪いのドレスの逸話は帝国にも噂として広まっていて、ドレスが戻ってきたのでお焚き上げして、全てを忘れたらどうか、という話だった。
私は有難くドレスをお焚き上げさせてもらった。
その後、王女のウェディングドレスに全力で刺繍を施し、そのドレスや私の作品は多くの女性に見初められていった。
その後なんだかんだあり、帝国語と母国語、刺繍が出来る事から、帝国でガヴァネスとなった。
王女とは気安い仲となった。
捨てた筈の貴族位なのに、あれよあれよと貴族への養女入りからの、上位貴族との婚姻が決まったのである。
私、貴族が怖くて逃げた筈なのに解せぬ。
もしかして呪いのドレスのせいですか!?
主人公的には厄落とし的なお焚き上げキボンヌだった。
自滅ザマァというか、なにそのサンドイッチマン(広告塔)ドレス。