第8話「守りたかったもの、語られた真実」
「姉ちゃん……本当に、ありがとう」
夕暮れ前、大学の中庭。
瑞希と並んでベンチに座った悠真が、ぽつりと呟くように言った。
「俺、どうしたらいいか分からなかった。バレるのが怖くて、でも隠してるのも苦しくて……」
「……ま、あんたらしいけどね」
瑞希は笑いながらも、弟の頭をぽんぽんと軽く叩いた。
「別に私がやったことなんて、ちょっと背中押しただけ。だけど――」
瑞希は少しだけ視線を遠くにやりながら言った。
「美紅はさ、モデルとしてすごく努力してるの、私知ってるから。あの子が人前で笑うためにどれだけ我慢してるか、裏でどれだけ泣いたか……。だからね、守ってくれてありがとう。弟としても、男としても、ちょっと見直したよ」
「……姉ちゃん」
「で、そんなあんたにひとつ。今日の夜、実家行くから。親から連絡来てる。ちゃんと、話すんだよ?」
「うっ……」
「覚悟決めろ。長男だろ?」
◇
夜――
実家のダイニングに並んだのは、両親と瑞希、そして悠真。
鍋を囲む食卓。だがその空気はどこか張り詰めていた。
「……お前が、結婚を?」
父・誠一が、ゆっくりと箸を置いて言った。
「はい。篠原美紅さんと、正式に婚姻届を出しました。……でも、まだ未熟な僕には、隠しておくことが必要だと判断しました」
母・静香も驚いた顔をしていたが、やがて柔らかく微笑んだ。
「……まさかあの“美紅ちゃん”だったなんて。テレビで見て、素敵な子だと思ってたわ。まさか息子の奥さんになるなんてね」
「次はちゃんと連れてきなさい」
「……はい」
「それと、瑞希」
「なに?」
「お前も今回はよくやったな。お前が弟を支えたことが、あの子を守ったことにもなる。ありがとう」
「……ふっ、ま、当然でしょ。あたし、姉だし」
両親の声には驚きよりも、温かさがにじんでいた。
その帰り道。悠真の胸には、少しずつだが確かな“覚悟”が芽生えていた。
◇
翌日、大学では――
「悠真ー! 例のニュース見たぞ! すげーな、お前!」
「本当に結婚してたなんて、黙ってるとかマジかよ!」
「おめでとう、マジで。美紅さんとお幸せに!」
講義のあと、教室から廊下、キャンパスのベンチに至るまで、知り合いからの祝福の言葉が次々に届く。
その一方で――
「……なんであんな地味なやつが美紅さんと?」
「納得いかねぇ……」
という声も、確かにあった。
だがそのとき、隣で声をかけてきた女子学生がいた。
ショートカットの可愛らしい女性で、同じ学部の後輩らしい。
「悠真先輩。……私、最初は信じられなかったけど、でも、ニュースで見て思いました」
「……なにを?」
「美紅さんが笑ってて、悠真先輩の隣にいて、すごく自然で。あ、ふたりは本当に一緒にいるべき人なんだなって。だから――」
彼女は、やわらかく笑って言った。
「絶対、幸せになってくださいね」
その言葉は、何より胸に響いた。
◇
その頃、モデル事務所では。
美紅のスマホには、マネージャーからの連絡が次々と届いていた。
「事務所のスタッフみんな、応援してるからな」
「結婚おめでとう! 次の撮影もよろしく!」
「奥さんになったからって、撮影は容赦しないよー!」
「でも、いい旦那見つけたな。ちゃんと幸せになるんだぞ」
――美紅はスマホを胸に抱き、そっと微笑んだ。
(……守られてたのは、私のほうかも)
その夜、家でふたりきりになったとき、悠真は美紅に改めて言った。
「俺、美紅の隣に立てるように、もっと努力する。夫として、守れるように」
「……ううん、もう守ってもらってるよ」
「……でも、もっともっと、守りたいから」
ふたりは、言葉よりも深く、お互いの手を握った。
静かな夜、心が重なった。
隠す必要のない未来へと、ふたりは確かに歩き始めていた。
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